地震のとき、まず「カタカタ」と小刻みに揺れ、少し遅れて「グラグラ」と大きく揺れる——この二段構えを体感したことがある人は多いはずです。この時間差をつくっているのが、震源から同時に走り出す二種類の波、P波とS波。同じ地震から生まれたのに、正体も速さも揺らし方もまるで違います。
P波とS波は「別の波」——まず二つを並べて見比べる
詳しい理屈に入る前に、二つの波の性格を横に並べてしまいましょう。ひとつの表にすると、「同じ地震の波」というより「まったく別の乗り物」だとわかります。

| くらべる点 | P波 | S波 |
|---|---|---|
| 波の正体 | 縦波(押し引きの疎密波) | 横波(直交方向へのずれ) |
| 速さ | 速い(岩盤で秒速約7km) | 遅い(岩盤で秒速約4km) |
| 届く順番 | 先に着く | 後から着く |
| 起こす揺れ | 初期微動(カタカタ) | 主要動(グラグラ) |
| 伝わる物質 | 固体・液体・気体すべて | 固体のみ |
| 名前の由来 | Primary(最初の) | Secondary(二番目の) |
この表の一行ずつが、実は地震学のちょっとした物語になっています。順に見ていきましょう。
波の「正体」が違う——縦波と横波
P波とS波を分ける一番根本の違いは、「地面をどう揺すりながら進むか」です。片方は押したり引いたり、もう片方は横にずらしながら伝わります。

P波は縦波——押し引きで進む疎密波
ばねを突くように進む
P波は、波の進む向きと同じ方向に地面を押したり引いたりしながら伝わります。ばねの端を軸方向にトンと突くと、縮んだ部分と伸びた部分が次々に先へ送られていく——あの伝わり方が縦波です。空気を伝わる音も同じ疎密波で、P波は言わば「地面の中を走る音」に近い性質を持っています。
固体も液体も気体も通り抜ける
押し引きの力は、詰まってさえいれば何にでも伝わります。だからP波は固体の岩盤だけでなく、液体や気体の中も進んでいけるのです。この「どこでも通れる」性質が、のちに地球の内部をのぞく手がかりになります。
S波は横波——ずれ・ねじれで進む
ロープを上下に振るイメージ
S波は、波の進む向きに対して直角の方向へ地面をずらしながら伝わります。ロープの端を上下にビュンと振ると、山と谷が横向きに走っていく——あれが横波です。地面をねじるように揺らすため、S波は建物にとって特にやっかいな揺れになります。
固体しか通れない——外核が液体だと突き止めた波
横向きのずれは、粒どうしがしっかりつながった固体でないと隣へ伝わりません。水や空気のように自由に形を変える物質は、ずらされてもそのまま逃げてしまい、波を先へ渡せないのです。そのためS波は液体・気体の中を進めません。
この性質が、地球の中身を映す鏡になりました。地震のS波が地球の反対側に届かず「影」ができる範囲があることから、地球の中心近くにS波を通さない層——液体でできた外核——があると突き止められたのです。人が掘って確かめたのではなく、届かない波が内部構造を教えてくれた、というわけです。
「速さ」が違う——だから届く時間がずれる
P波とS波は、震源から同時に走り出します。それでも到着に差が出るのは、単純にスピードが違うからです。この時間差こそ、あの「カタカタ」と「グラグラ」の間隔の正体です。

P波が先、S波が後
秒速7kmと秒速4km
地表付近の岩盤の中で、P波は秒速およそ7km、S波は秒速およそ4kmで進むとされています。数字だけ見ると小さな差に思えますが、P波のほうが2倍近く速い計算です。震源から遠ざかるほど、この速さの差が「到着時刻の差」として積み重なっていきます。
名前は着いた順番そのまま
P波・S波の「P」と「S」は、英語のPrimary(最初の)とSecondary(二番目の)の頭文字です。速く着くほうが最初、遅れて着くほうが二番目——観測所に届く順番が、そのまま名前になっているわけです。呼び名の由来が「揺れの正体」ではなく「到着順」だという点が、この二つの波の関係をよく表しています。
初期微動の長さで、震源までの距離がわかる
「カタカタ」が続いた時間がものさしになる
P波が着いてからS波が着くまでの間、つまり「カタカタ」だけが続く時間を初期微動継続時間と呼びます。この時間は震源が遠いほど長くなるのが特徴です。速さの違う二台が同時にスタートすれば、ゴールが遠いほど到着差が開く——それと同じ理屈だと考えてください。
明治の地震学者・大森房吉(おおもり ふさきち)は、この時間から震源までの距離を求める式を1899年に発表しました。大森公式と呼ばれ、「震源距離=係数×初期微動継続時間」というシンプルな形です。日本付近ではこの係数がおよそ7.5とされ、初期微動が10秒続けば震源までおよそ75kmという見当がつきます。
遠いほど「猶予」も長い
初期微動継続時間が長いということは、大きな揺れ(S波)が来るまでの余裕が長いということでもあります。「カタカタが長く続くな」と感じるときは震源が比較的遠く、身構える時間がいくらかある——そう読み替えることもできるでしょう。この「時間差=距離」の関係こそ、後で登場する緊急地震速報の土台です。
「揺れ方」が違う——初期微動と主要動
波の正体と速さが違えば、地面の揺れ方も変わります。先に来る小さな揺れと、後から来る大きな揺れには、それぞれ名前が付いているのです。

初期微動——先に来る小刻みな揺れ
P波が起こすカタカタ
最初に着くP波が起こす小刻みな揺れを初期微動といいます。縦の押し引きが中心で、揺れ幅が小さく、「地震かな?」と気づく合図のような揺れです。この段階ではまだ被害につながることは多くありません。
主要動——後から来る大きな揺れ
被害の多くはこの揺れで起きる
初期微動に続いて着くS波は、地面を横にずらす大きな揺れ——主要動——をもたらします。「グラグラ」「ユサユサ」と表現されるのはこちらで、建物や家具を大きく揺さぶるため、地震の被害の多くはこの主要動で生じるとされています。カタカタが収まったから安心、ではなく、その後の大揺れこそ本番だということです。
「表面波」も加わってくる
大きな揺れをつくるのはS波だけではありません。地表付近を伝わる表面波も、主要動に加わります。表面波は地中を進むP波・S波に比べて弱まりにくく、震源から遠い場所ほど相対的に目立つのが特徴です。地表をなでるように伝わるラブ波、地面を波打たせるように進むレイリー波などが知られています。
この時間差が「緊急地震速報」を生んでいる
P波が速く、S波が遅い——この数秒の差を逆手に取ったのが、スマホや街頭で鳴るあの緊急地震速報です。仕組みを知ると、なぜ「間に合うとき」と「間に合わないとき」があるのかも見えてきます。

先に着くP波を捕まえて、S波の前に知らせる
速い波で「遅い波」を追い越す
震源に近い地震計がまずP波を捉えると、その情報から震源の位置や地震の規模、予想される揺れの強さを瞬時に計算します。そして、大きな揺れをもたらすS波が届く前に「強い揺れが来ます」と知らせる——これが緊急地震速報の正体。地震そのものを予知しているのではなく、すでに起きた地震の速い波を使って、遅い波を情報で追い越しているのです。
猶予は数秒から、長くて数十秒
知らせが届いてから大きな揺れが来るまでの猶予は、数秒から長くても数十秒程度です。震源から遠いほどP波とS波の到着差が開くので猶予は長く、近いほど短くなります。ほんの数秒でも、火を止めたり机の下にもぐったりするには十分な時間になり得ます。
震源が近いと、間に合わないこともある
真上では時間差そのものが消える
速報が成り立つのは、P波とS波の到着に差があるおかげです。裏を返せば、震源の真上やごく近くで起きる直下型の地震では、P波とS波がほぼ同時に届いてしまいます。速報が揺れに追いつけないのは、このため。強い揺れの直前や最中に速報が鳴ることがあるのも、仕組みの限界によるものです。速報は万能の予知ではなく、あくまで「間に合えば得をする」備えだと理解しておくと安全でしょう。
もう一歩——地震波は地球の中身を映す
P波とS波の違いは、揺れの説明にとどまりません。この二つは、直接掘って見ることのできない地球の内部を「透視」する道具にもなっています。

S波が届かない「影」が、外核を映し出した
先に触れたとおり、S波は液体を通れません。世界中の観測所で記録を集めると、地球の反対側の一定の範囲にS波がまったく届かない「影」ができます。この影の形から、地球の中心部に液体の外核があると分かりました。さらにP波の速さが層の境目で急に変わることから、地殻・マントル・核という層構造も読み解かれています。地面の下を一度も見ずに内部の地図が描けたのは、性質の違う二つの波を読み比べられたからにほかなりません。
「地震の前に動物が騒ぐ」は本当か
身近なところでは、地震の前に犬や魚が落ち着かなくなる、という話もよく語られます。人より先にP波の初期微動を感じ取っているのではないか、という見方もあるようです。ただ、科学的にはっきり裏づけられたものではなく、あくまで一つの仮説として受け止めておくのがよさそうです。
次に地震で「カタカタ」を感じたら、それは遅れて来るS波の到着を告げる、地球からの短い前ぶれ。その小さな揺れの正体を知っているだけで、身構えるまでのわずかな時間の使い方は変わります。速い波と遅い波、たった一組の時間差が、私たちの防災の最前線を支えています。
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