貧乏ゆすりはなぜ「貧乏」なのか——ジグリングという効用

言葉と論理の話
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会議中に前の席の人の膝が細かく揺れていると、つい目がいってしまいます。行儀が悪い、落ち着きがない——貧乏ゆすりに向けられる視線は、だいたい冷ややかです。

ところがこの動き、整形外科の外来では「ジグリング」という別の名前で呼ばれ、患者さんに勧められることがあります。動きはほぼ同じ。変わったのは呼び名と、それを見る人の立場だけです。そして「貧乏」という不名誉な冠のほうは、江戸時代の寒さに由来するとされています。

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膝の揺れには、呼ぶ人の数だけ名前がある

座って膝を細かく揺らす。この一つの動作には、呼ぶ人の立場ごとに違う名札が付いています。日常語・江戸の言い方・医療の用語・英語、それに紛らわしい病名が一つ。まずは誰がどう呼ぶかを並べておきましょう。

呼び名呼ぶのは指しているもの
貧乏ゆすり日常の日本語座って膝のあたりを細かく揺らし続けること
貧乏ゆるぎ/貧乏ぶるい江戸期からの言い方同じ動作。現在はほぼ使われない
ジグリング(健康ゆすり)整形外科・リハビリかかとを2cmほど上下させる運動療法
fidgeting(フィジェティング)英語圏・研究論文そわそわした小さな動き全般。貧富の含みはない
レストレスレッグス症候群医学脚の不快感で動かさずにいられない別の病気

上の四つはおおむね同じ動きを違う角度から見た名前で、最後の一つだけが治療の対象になる病気です。以下では、名前の話から順に見ていきます。

「貧乏」の由来は、寒さに震える姿

なぜ貧乏なのか。有力とされるのは、着るものも足りない人が寒さで小刻みに震える姿に見立てた、という説明です。動作そのものではなく、その見た目が貧しさを連想させました。

震え説のほかに、貧乏神の説と借金取りの説がある

寒さと飢えの震えに重ねた見立て

語源辞典が有力説に挙げるのも、この寒さの見立てです。暖房も厚着もない冬に座っていれば、体は勝手に小刻みに動きます。それが貧しさの絵として通用した時代の言葉、という理屈でしょう。

足を揺すると貧乏神が取り憑く、という言い伝え

もう一つよく紹介されるのが、足を揺らすと貧乏神に取り憑かれるという民間の言い伝えです。借金の取り立てを受けている人が足を揺らしがちだった、という説も並びます。ただし話としては面白いこの二つ、古い文献での裏づけは乏しく、後から付いた解釈と見るのが穏当とされています。

江戸の本には「貧乏ゆるぎ」で載っている

1754年の談義本に残る用例

辞書が引く古い用例の一つが、1754年(宝暦4年)の談義本『銭湯新話(せんとうしんわ)』です。「珍説がある咄ましょと、貧乏動揺(びんぼうゆすり)しながら」——湯屋で世間話を始める人の描写に、この語が使われています。当時から、くだけた場のしぐさとして認識されていたことがうかがえます。

江戸前期は「ゆすり」ではなく「ゆるぎ」

もっと古い時代には「貧乏ゆるぎ」という形が使われていました。「貧乏ゆすり」として定着したのは江戸中頃から。辞書にはほかに「貧乏ぶるい」という言い方も残っており、震えの説と相性のいい呼び名が並んでいたことになります。

財産が逃げる、という感覚は東アジアで共通している

中国の「男抖穷、女抖賎」

中国には「男抖穷、女抖賎」という言い回しがあります。男が足を揺らすと貧しくなり、女が揺らすと品位を落とす、という意味です。由来としてよく引かれるのは、行儀作法をしつけられた家では食卓で足を揺らすことを強く戒めた、という説明。つまり「貧しいから揺れる」ではなく「揺れるような育ちだから貧しくなる」という順序で語られてきました。

英語のfidgetingには、お金の匂いがしない

韓国やインドにも、足を揺らすと福や財が逃げるという言い伝えがあるとされます。一方の英語圏では、この動きは fidgeting、あるいは単に「脚を揺らす」と表現されるだけ。落ち着きのなさは含んでも、貧富の含みはありません。2017年ごろに世界的に流行した玩具「フィジェットスピナー」も、この語から名前をもらっています。同じしぐさに経済的な烙印を押すかどうかは、文化によって分かれるわけです。

整形外科は同じ動きを「ジグリング」と呼ぶ

ここから名前の評価が反転します。膝を細かく揺らす動きは、変形性股関節症のリハビリで運動療法として用いられることがあり、その場では「ジグリング」あるいは「健康ゆすり」と呼ばれるのです。

変形性股関節症とは、股関節の軟骨がすり減り、痛みや動かしにくさが出てくる病気のことです。

やり方は「かかとを2cm上げ下げ」だけ

つま先は床につけたまま、1日2時間以上

久留米大学医療センター病院長で整形外科・関節外科センター教授の大川孝浩氏が監修した解説によれば、方法はごく単純です。いすに座り、つま先を床につけたまま、かかとを床から2cmほど上げ下ろしする。両足同時でも左右交互でもかまいません。理想は1日2時間以上を3か月ほど続けることとされ、テレビを見ながらでも成立する運動という位置づけです。

提唱は2004年ごろから

この方法を関節症の保存療法として広めたのは、久留米大学名誉教授の井上明生氏らとされています。人工関節に置き換える手術へ踏み切る前の選択肢として、あるいは関節を温存する手術のあと経過が思わしくない場合の一手として提案されてきました。健康法としての知名度に対して、医学的な検討の歴史は思ったより浅いテーマです。

報告されている効果と、その読み方

36関節中17関節が改善した2016年の報告

柳川リハビリテーション病院の広松聖夫氏らは、関節を温存する手術のあとに症状が悪化した患者へ1日2時間以上のジグリングを指導しました。結果は36関節のうち17関節、およそ47%で著明な改善。論文は「温存手術の成績不良例にも試みる価値のある治療手段である」と結んでいます(整形外科と災害外科 65巻3号、2016年)。

関節の軟骨には血管が通っていない

なぜ小刻みな動きが関節に効くと考えられるのか。関節軟骨には血管が通っておらず、栄養は関節液を介して受け取ります。関節をゆっくり動かし続けるとこの液が入れ替わり、軟骨の置かれた環境が保たれる——おおまかにはそういう説明です。ただし先の報告でも半数以上は著明な改善に至っていません。誰にでも効く万能の手段ではなく、痛みが出たら中止し、治療中なら主治医に相談するのが前提になります。

座りっぱなしを、小さな動きが打ち消していた

関節から離れて、もう少し広い話へ。長時間座り続けることの害と、そわそわした小さな動きの関係を調べた研究が、いくつも出ています。

12年追跡した1万2778人の女性で見えたこと

よく動く人では、長時間の座位でも死亡リスクが上がらなかった

英国のUK Women’s Cohort Studyでは、37〜78歳の女性1万2778人を平均12年追跡しました。1日7時間以上座る人は、5時間未満の人に比べて全死因の死亡リスクが30%高い(ハザード比1.30)。ただしこの上昇が見られたのは、自分を「ほとんど体を動かさない」と答えた群だけでした。

ハザード比とは、比較する二つの集団で、ある出来事の起こりやすさが何倍かを示す数値のことです。1.30なら1.3倍、0.63なら0.63倍になります。

むしろ低くなった数字もある

よく動くと答えた群では、1日5〜6時間座る人の死亡リスクがかえって低く出ました(ハザード比0.63)。中程度・高頻度の群では、座位時間が長くてもリスク上昇は認められていません。研究チームは Am J Prev Med 誌(2016年)で「そわそわした動きは、座りすぎに伴う死亡リスクを下げるかもしれない」と述べています。

この結果を鵜呑みにしてはいけない理由

もっとも、動きの量は自己申告の3段階でしかなく、座っているときの動きか立っているときの動きかも区別されていません。対象は英国の女性のみ。論文自体が「より詳しく検証された指標での追試が必要」と明記しています。「貧乏ゆすりをすれば長生きする」と読むには、まだ距離があります。

運動ではない消費が、体重を分けていた

1日1000kcalを8週間食べ続けた16人

米メイヨー・クリニックのジェームズ・レヴィン氏らは1999年、16人に必要量より1日1000kcal多く食べてもらう実験を行いました。増えた脂肪の量には10倍の開きが出ます。その差を最もよく説明したのが、運動と呼べない日常動作の消費量でした。人によって1日あたりマイナス98kcalからプラス692kcalまでばらついています(Science誌)。

NEAT(ニート/非運動性活動熱産生)とは、スポーツや運動以外の日常動作で消費されるエネルギーのことです。姿勢の保持・歩き回り・そわそわした小さな動きなどが含まれます。

座っている時間の差は、1日350kcal

同じグループが2005年に発表した研究では、やせた人10人と軽度肥満の人10人の姿勢を0.5秒ごとに10日間記録しました。肥満群は平均で1日2時間長く座っていたという結果です。この差を埋められれば1日あたり約350kcal多く消費できる計算になる、と論文は述べています。ごはん2杯分ほどの熱量が、姿勢の配分だけで動いていたわけです。

日本人は、世界でいちばん座っている

20か国比較で1日420分

20か国の平日の座位時間を比べた2011年の国際比較では、日本の中央値は1日420分。7時間で、台湾やノルウェーなどと並んで最も長い部類に入りました。ちなみに最も短いポルトガルやブラジルは180分以下です。厚生労働省のe-ヘルスネットも、日本人の平均座位時間を約7時間としています。ちなみに座位行動の定義は「座ったり寝転んだりした状態で、エネルギー消費が1.5メッツ以下の覚醒時の行動」。じっと座っているだけの時間が、一日の3分の1近くを占めている計算になります。

災害時の予防運動にも、同じ動きが入っている

厚生労働省が災害時のエコノミークラス症候群対策として挙げる運動には、「つま先を地面につけかかとを上げ下げする」が含まれます。ジグリングの説明とほぼ同じ動きです。ふくらはぎの筋肉は収縮によって血液を押し上げるので、第二の心臓とも呼ばれてきました。名前さえ替えれば、貧乏ゆすりは公的機関の勧める運動でもある、ということになります。

それでも嫌われるのは、動きより「合図」のせい

体に良い面があるとしても、会議室で堂々と揺らしていい話にはなりません。嫌われる理由は、動きそのものではなく、それが何かのサインとして読まれてしまう点にあります。

受け取る側には「退屈」「苛立ち」として届く

本人は無自覚、相手は意味を読む

貧乏ゆすりの多くは無意識に起きます。緊張や退屈をやり過ごすための自己調整だとされますが、見ている側にそんな内訳は届きません。届くのは「早く終わらせたそう」「機嫌が悪そう」という印象のほうです。面接や商談で「落ち着きがない人」と評価されてしまうのは、この読み替えが起きているからでしょう。

音と振動は共有物になる

もう一つ実務的な問題があります。電車の座席、飲食店のベンチシート、会議用の長机。つながった構造物の上では、揺れが物理的に他人へ伝わります。個人の習慣が共有物を揺らす場面では、健康上の利点を持ち出しても議論はかみ合いません。

集中のための動き、という見方もある

ADHDの子どもでは、動くほど成績が上がった

興味深い報告があります。8〜12歳の男児を対象にした2015年の研究で、ADHDのある29人と定型発達の23人に記憶課題を行わせ、そのあいだの体の動きを観察しました。ADHD群では、体をよく動かしていたときほど課題の成績が良くなっています。動きが集中を邪魔するのではなく、支えている可能性を示す結果です。

定型発達の子どもでは、逆にやや下がった

ただし同じ研究で、定型発達の子どもは動きが多いときにやや成績を落としました(Journal of Abnormal Child Psychology 43巻7号)。誰にとっても動けば集中できる、という単純な話ではないわけです。落ち着きのなさに見えるものが、その人にとっては必要な補助である場合がある——読み取れるのはそこまでです。

揺れが止まらないなら、別の病気かもしれない

四つの特徴で見分ける

脚の奥に不快感があって動かさずにいられない場合は、レストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群)が疑われます。診断の目安として挙げられているのは、次の四つです。

  • 脚を動かしたいという強い衝動がある(不快感は皮膚の表面ではなく奥に感じる)
  • 安静にしていると症状が出る、または強くなる
  • 脚を動かすと軽くなる、または消える
  • 夕方から夜にかけて症状が強まる
観点いわゆる貧乏ゆすりレストレスレッグス症候群
きっかけ緊張・退屈・くせ。多くは無意識脚の奥の不快な感覚
時間帯とくに決まっていない夕方から夜にかけて強まる
止められるか気づけば止められる動かさずにいるのがつらい
対応マナーの問題として扱われる受診・治療の対象になる

鉄不足が関わることがある

この病気では、鉄の不足によって神経伝達物質ドパミンの働きが乱れることが関わるとされています。鉄欠乏性貧血や妊娠中、慢性腎不全の人で頻度が高いことも知られています。日本での有病率は人口の2〜4%程度とする説明が多く、決して珍しい病気ではありません。眠れないほど脚が気持ち悪いなら、行儀の問題ではなく受診の話になります。

「貧乏ゆるぎもしない」は、正反対の意味になる

最後に、言葉の面白い転がり方を一つ。「貧乏ゆるぎ」は打ち消しの語を伴うと、意味がひっくり返ります。「貧乏ゆるぎもしない」で、びくとも動かない、という意味になるのです。

江戸の浄瑠璃と明治の小説に残る用例

1747年(延享4年)の浄瑠璃『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』には「お気遣ひなされますな。貧乏ゆるぎもさせませぬ」という台詞が残っています。明治の作家・内田魯庵(うちだろあん)の『社会百面相』にも「中々貧乏ゆるぎもしない困り物だ」という一節があります。

落ち着きのなさの代名詞だった言葉が、否定形になったとたん、微動だにしない頑固さを表す。同じ語がここまで逆へ振れる例は、そう多くありません。

寒さに震える人の姿から名前をもらい、行儀の悪さの代表として叱られ続け、いまは関節と血流の話として呼び戻されている。膝の小さな揺れは、ずいぶん忙しい経歴を持っています。少なくとも中身のほうは、名前ほど貧しくありません。

参考

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