軍艦巻きに載ったオレンジがかった黄色い房は、ウニの卵ではありません。私たちが食べているのは、卵や精子をつくる器官「生殖巣(せいしょくそう)」です。メスなら卵巣、オスなら精巣。見た目ではまず雌雄を区別できないので、一皿の中に両方が並んでいることも珍しくないようです。旬が短いことも、ときどき苦いことも、この正体から説明がつきます。
黄色い房はウニの体のどこにある?

房は殻の内側に張りついている生殖巣で、1匹に5つずつあります。殻を割ると、内壁に沿って花びらのように並んでいるのが見えるはずです。
卵や精子をつくる器官が生殖巣
岩手県水産技術センターは、私たちが食べているウニの身を「卵とか精子を作るところ」と説明しています。卵そのものでも、胃や腸のような内臓でもありません。次の世代をつくるための器官を、まるごと口に運んでいるわけです。房は季節によって膨らんだりしぼんだりします。中身がよく詰まった状態を、産地では「身入りがよい」と表現します。
房が5つあるのは体が5等分のつくりだから
ウニはヒトデやナマコと同じ棘皮動物(きょくひどうぶつ)の仲間です。体の基本設計は5つのブロックが放射状に並ぶ形で、これを五放射相称(ごほうしゃそうしょう)と呼びます。この「5」は体じゅうに現れます。生殖巣が5つなら、口の中の歯も5本。岩手県水産技術センターの解説も、生殖巣と歯の数をそろえて並べています。
100グラムのウニから取れる身は20グラムほど
同センターによると、よく身の入ったウニでも、100グラムから取れる身は最高で20グラムくらいです。残りの8割は殻・トゲ・口の器官・消化管で、食卓に届く前に外されます。
殻を割り、小さな房を崩さないように一つずつ取り出す。この手間と歩留まりの悪さが、ウニの値段を押し上げている一因と考えられます。
卵巣と精巣は見た目で区別できる?

ふだん目にするウニの身では、卵巣か精巣かはほとんど見分けられません。色の違いも、雌雄より種類の違いで生まれていることが多いようです。
雌雄は別の個体でも身はそっくり
ウニはオスとメスが別々の個体に分かれています。にもかかわらず、食べているのが卵巣なのか精巣なのかは通常見ただけではわからない、というのが同センターの説明です。
つまりウニ丼を食べる人は、自分がどちらを口にしたかを知らないまま食べ終えます。「ウニの身」という一つの呼び名が、性質の違う二つの器官をまとめて覆っている格好です。
黄色とオレンジの差はおもに種類の差
岩手県で獲れるウニは、身が黄色っぽいキタムラサキウニと、オレンジ色のエゾバフンウニの2種です。漁獲量はキタムラサキウニが9割、エゾバフンウニが1割を占めます。
黄色い身とオレンジの身が並んでいたら、オスとメスの違いより先に、種類の違いを疑ったほうが当たりやすいでしょう。値札の「ムラサキ」「バフン」は、その手がかりです。
日本でおもに食べられているウニは6種
水産研究・教育機構が味の成分を調べた研究で、日本の食用ウニとして取り上げられたのは次の6種でした。
- バフンウニ
- エゾバフンウニ
- ムラサキウニ
- キタムラサキウニ
- アカウニ
- シラヒゲウニ
名前に「バフン」と「ムラサキ」がそれぞれ2回ずつ出てきます。産地表示でこの二つの語ばかり目にするのは、この顔ぶれのためです。
本物のウニの卵はどこにある?

本物の卵は、房の中でつくられる肉眼ではほとんど見えない細かな粒です。房はその卵や精子をためておく袋であり、栄養の貯蔵庫でもあります。
卵は房の中で育つ小さな粒
ウニの卵はとても小さく、一粒ずつでは房のような塊になりません。透明で観察しやすいため、受精から細胞が分かれていく様子を見せる教材として、理科の授業でもよく使われてきました。軍艦巻きの房をいくら眺めても、卵の粒は見分けられません。食べているのは卵を「ためた器官」のほうだ、と考えるとすっきりします。
卵と精子は海へ放って受精させる
ウニは体の中で子を育てません。メスは卵を、オスは精子を海水中へ放ち、そこで受精させるしくみです。受精した卵は1〜2日でふ化し、1〜2か月ほど海の中を漂いながら育つと、岩手の解説にはあります。
漂う時期を終えると海底へ降り、ウニらしい姿に変わる。私たちが食べる房は、この大旅行に送り出す前の「荷物」をためた場所です。
房が太るのは産卵前に栄養をためる時期
岩手のキタムラサキウニでは、生殖巣が大きくなるのは6月から8月にかけて。産卵は秋です。産卵に向けて栄養を詰め込むので、この時期の房はふっくらと重くなります。「夏がウニの旬」という感覚は、産卵の少し前の、いちばん膨れた状態を狙っているということでもあります。
ウニは何を食べて身を太らせる?

ウニの身入りを決めるのは、ウニ自身が食べる海藻です。餌が足りなければ房は育たず、逆に餌さえあれば野菜でも太ることが分かってきました。
若いうちは小さな海藻、育つとコンブやワカメ
海底に降りたばかりの小さなウニが食べるのは、小型の海藻です。大きくなるにつれ、コンブやワカメのような大型の海藻へと移っていきます。岩手の解説によると、キタムラサキウニは2年ほどで産卵を始め、十分な餌があれば3〜4年で殻の直径が5センチを超えるとのこと。このあたりから漁の対象です。
餌のない海で育つと「ヤセウニ」になる
同じ解説には、餌のない場所で育ったウニは10年たっても殻が5センチを超えず、身も入らないとあります。こうしたウニは「ヤセウニ」と呼ばれ、餌の豊富な漁場へ移して育て直すこともあるそうです。同じ種類でも、育った海の豊かさで中身がまるで変わる。黄色い房は、その海で何をどれだけ食べてきたかの記録でもあります。
キャベツで太らせる神奈川の「キャベツウニ」
海藻が消える「磯焼け」が起きた海では、身の入らないムラサキウニが増えて困りものになります。神奈川県水産技術センターは、ダイコンやブロッコリー、マグロなど26種類の食材を与えて好みを調べました。ウニはほとんどを食べ、なかでも葉物野菜をよく食べたそうです。
そこで三浦特産のキャベツを与え、4月から6月の3か月ほど育てたところ、1匹がキャベツ1玉を食べて身入り率が10%程度に。甘みが強く、苦みはほとんど無くなるのだとか。
※ 磯焼けとは、沿岸の海から海藻の茂み(藻場)が消えてしまう現象のことです。海藻を食べるウニや魚が増えすぎることも、原因のひとつに挙げられています。
苦いウニと甘いウニは何が違う?

苦みのもとはウニ自身がつくる成分で、成熟した卵巣、つまりメスの房にだけ現れるものでした。一方の甘みは、雌雄に共通するアミノ酸から来ています。
苦み成分は成熟した卵巣にだけ現れる
水産研究・教育機構の前身の一つである中央水産研究所で、村田裕子らは1995〜1999年度にバフンウニの苦みを調べました。卵巣から取り出した苦み物質は、それまで知られていなかった含硫(がんりゅう)アミノ酸でした。1999年8月には特許も出願されています。
※ 含硫アミノ酸とは、分子の中に硫黄(いおう)を含むアミノ酸のことです。
この苦みは成熟した卵巣に特有のもので、オスの精巣からは出てきませんでした。同じ「ウニの身」でも、苦くなりうるのはメスの房だけということになります。
11月にはメスの98%以上が苦かった
研究では、福島県小名浜(おなはま)のバフンウニを季節ごとに調べています。1998年と1999年の11月には、メスの98%以上が苦みを持っていました。5月と8月の成熟した卵巣では、苦みがあったのは76%と58%。8月の未成熟な卵巣では20%にとどまりました。
成熟が進むほど苦くなる、という傾向がはっきり出ています。研究は、未成熟のうちに獲ることや水温を管理した養殖で苦みを減らせる、という方向へつながりました。
甘みのもとはグリシンとアラニン
2019年に水産研究・教育機構が発表した研究は、先ほどの6種の生殖巣に含まれるアミノ酸を比べました。食用にされることの多い成熟前の段階では、雌雄を問わず甘みを持つグリシンとアラニンが多いという共通点がありました(論文は2020年に学術誌Fisheries Scienceに掲載)。
ウニの甘さは砂糖の甘さではなく、アミノ酸の甘さです。成熟が進むとアミノ酸の構成は種や雌雄によって違う動きを見せるため、同じ産地でも時期で味の印象が変わります。
ウニの旬が夏の短い間だけなのはなぜ?

房がいちばん太り、まだ熟し切っていない時期だけを狙っているからです。熟し切ると苦みが出やすくなり、雌雄を選り分けることもできません。
漁期は初夏からお盆前まで
岩手県水産技術センターは、ウニ漁の時期を初夏からお盆前くらいと説明しています。生殖巣が大きくなる6〜8月と重なり、秋の産卵より手前で切り上げる形です。海の中のウニは一年じゅういても、おいしく食べられる房を持っている期間は意外なほど短いといえます。
雌雄を選べないから苦くなる前に獲る
苦みが出るのはメスの房だけです。とはいえ外から見てオスとメスを分けられない以上、出荷の段階で苦い房だけを除くことはできません。
混ざったまま出荷するなら、苦くなりやすい側に合わせて早めに獲るのが確実です。夏のうちに漁が終わる背景には、この「分けられなさ」もあると考えられます。
店のウニが苦いのはミョウバンのせい?

ミョウバンが渋みや苦みの原因になることはあります。ただし先に見たとおり、成熟した卵巣にはウニ自身の苦みもあるので、苦さのすべてが処理のせいとは限りません。
取り出した房は放っておくと崩れる
生殖巣はもろく、水分を多く含んでいます。生ウニの身崩れを防ぐ方法についての特許文献(特許第4694554号)は、殻から取り出したあと処理をしないと、身が溶けるように崩れたり色が変わったりすると説明しています。木箱にきれいに並んだ「板ウニ」の形を保つには、身を引き締める工夫が欠かせません。そこで使われてきたのがミョウバンです。
ミョウバンは形を保つ代わりに渋みを足す
同じ特許文献によると、ミョウバンには水分を抜いて形を保つ働きがあります。その代わり渋みや苦みを持つため、使いすぎると不自然な苦さが出ます。形を保てる期間も2〜3日ほどだそうです。「ウニは薬っぽくて苦手」という人が思い浮かべる味は、ウニ本来の味ではなく処理の副産物である場合もあるのでしょう。
塩水ウニは素の味に近い
近年よく見かける「塩水ウニ」は、ミョウバンを使わずに海水に近い濃さの塩水へ浸したものです。形が崩れやすく日持ちもしにくい代わりに、ウニそのものの風味が残ります。
整った板ウニと、少し崩れた塩水ウニ。見た目の整い方と味の素直さが逆になっているところに、この食材の扱いにくさが表れています。
食べずに捨てる部分にはどんな器官がある?

捨てる8割の中にも、目を引く器官が詰まっています。とくに口の器官は、哲学者の名前で呼ばれるほど複雑なつくりです。
口は殻の下、肛門は上
ウニの口は殻の下側の中央にあり、肛門は反対の上側にあります。岩に張りついているときは、口を岩肌に向けて海藻をかじっている格好です。
体の表面はトゲに覆われ、トゲのあいだから管足(かんそく)という細い足を出して動きます。先端の吸盤で岩に貼りつきながら、少しずつ歩いていく生きものです。
骨片40個でできた「アリストテレスの提灯」
口を動かしている装置は「アリストテレスの提灯(ちょうちん)」と呼ばれます。辞典の説明によると、5種40個の骨片に、6〜7種の筋肉がついた複雑なつくりです。
中には細長い歯が5本収まり、先端だけが口から外へ出ています。この歯で海藻のほか、貝やフジツボまでかじり取って砕くそうです。
使うほど尖っていくウニの歯
ウニの歯は岩を削って巣穴をつくるほど丈夫で、しかも使っても鈍りません。2011年に専門誌『Advanced Functional Materials』に載ったKillianらの研究は、北米のムラサキウニの仲間(Strongylocentrotus purpuratus)の歯でその仕組みを調べました。
歯は板と繊維が重なった構造で、あいだの有機物の層が「割れ目の線」として働きます。すり減ると決まった場所で欠け、欠けるたびに新しい鋭い先端が現れる。自分で研ぎ直す刃物のようなものです。
ウニの名前にはどんな由来がある?

日本語の漢字にも、学術用語の「アリストテレスの提灯」にも、ウニの姿をどう見たかが残っています。後者には、二千年越しの読み違えではないかという指摘まであるほどです。
海胆・海栗・雲丹の3つの書き方
ウニの漢字は「海胆」「海栗」「雲丹」の3通りがあり、辞典ではどれも同じウニの表記として並んでいます。「海栗」は、栗のいがのようなトゲに覆われた姿から来た字です。
生きたウニは海栗・取り出した身は海胆・加工品は雲丹という使い分けが語られることもあります。ただ実際の売り場では表記が混ざっていて、厳密な決まりというより目安と考えたほうがよさそうです。
写本では「口」か「体」か読み分けられない
アリストテレスは『動物誌』で、ウニを「皮で覆われていない提灯」に似ていると書きました。ところが古い写本では、似ているのが「口(ストマ)」なのか「体(ソーマ)」なのか、はっきりしません。
口の器官を「提灯」と呼んだのは1734年のクラインとされ、その名が定着しました。一方で古典の研究者の多くは、写本の多数派に従って「体」と読んできたといいます。
穴あきの青銅の提灯が示した答え
ギリシャの研究者ヴォウルツィアドゥとヒンティログルは2008年、学術誌『Cahiers de Biologie Marine』でこの謎を扱いました。北ギリシャの遺跡からは、灯りを風から守る穴あきの青銅製の提灯が見つかっています。
管足の穴が並ぶウニの殻は、この青銅の提灯にそっくりです。二人は、アリストテレスがたとえたのは殻(中の口は灯り)だったとして、「提灯」の名は殻に使うべきだと提案しました。
ウニはどれくらい生きる?

食用のウニは数年で漁の対象になりますが、種類によっては百年を超えて生きることが確かめられています。年齢の調べ方にも、木の年輪に似た工夫があります。
年齢は肛門のまわりの殻板で数える
年齢を知る手がかりは、肛門の周りにある殻の板です。顕微鏡で見ると輪が刻まれていて、その数を数えて調べるのだと岩手の解説にあります。魚のうろこや木の年輪と同じ発想でしょう。漁獲できる大きさになるのは、キタムラサキウニなら3〜4歳。店に並ぶウニの多くは、まだ若い個体ということになります。
北米のアカウニの仲間は100年以上生きる
北米の太平洋岸にすむレッドシーアーチン(Strongylocentrotus franciscanus)について、エバートとサウソンは2003年、米国の水産学術誌『Fishery Bulletin』で100年を超えて生きることを確かめたと報告しました。手がかりになったのは、20世紀半ばの大気圏核実験で大気中に増えた放射性炭素です。その痕跡が顎の骨にどこまで刻まれているかで、年齢を推定しました。あのトゲの塊が人間より長く生きうるというのは、なかなか意外な話です。
軍艦巻きの黄色い房は、ウニが次の世代へ渡すためにためこんだ蓄えでした。苦くなる前の夏の数か月に、その蓄えを少しだけ分けてもらっている。そう思うと、あの一貫の値段にも少し納得がいきます。
参考
- 岩手県水産技術センター「ミニ知識/ウニ」
- 水産研究・教育機構「バフンウニ生殖腺から新規苦味アミノ酸の発見」
- 水産研究・教育機構「ウニの生殖巣中の遊離アミノ酸組成の種、雌雄、成熟度による共通点と相違点を解明」
- 神奈川県「キャベツウニについて」
関連記事







