横書きの書類はホチキスを左上に、縦書きの書類は右上に留めます。考える前に手がそう動く、という人も多いはずです。
この位置は、誰かの好みで広まった作法ではありません。紙の側に「ここを留めてほしい」という空白があらかじめ確保されていて、ホチキスはそこへ打ち込まれています。左端の20ミリほどは、規格の上ではそのために空けてある場所です。
横書きは左上、縦書きは右上——書類別のとじ位置

答えそのものは「読む向きに合わせる」という一行で足ります。下の表は、その一行を書類の種類ごとに言い換えたものです。
| 書類 | とじる位置 | そうなる理由 |
|---|---|---|
| 横書きの文書 | 左上 | とじしろが左端にある |
| 縦書きの文書だけ | 右上 | とじしろが右端にくる |
| 縦横が混ざる文書 | 左とじ(縦書き側は背中合わせ) | 役所の訓令が場合分けを定める |
| B5を横長・B4を縦長に使う文書 | 上とじでもよい | 訓令が例外として容認 |
| 米国の裁判所に出す書面 | 左上 | 連邦最高裁の規則が明記 |
| 機械で読み取る提出書類 | 留めない | 針があると読み取れない |
「横書きは左上」だけを覚えると、縦書きの表彰状や式次第で迷います。位置を決めているのは書類の向きであって、ホチキスの側には何の事情もありません。
位置を決めているのは「とじしろ」——左端の20ミリは規格で空いている

左上に留めても文字にかからないのは、偶然ではありません。書類の左端には、とじるための余白を取ることが規格で決められています。
JIS Z 8303は「とじしろは左側」と定めている
帳票の設計を決めている規格
JIS Z 8303は「帳票の設計基準」という名前の規格です。1953年に制定され、その後も改正を重ねてきました。決めている範囲は思いのほか広く、紙の書式に関わることがひととおり並んでいます。
- 仕上がり寸法・用紙とインキの色
- 文体、用字用語
- 項目の配置と記入欄の大きさ、余白
- 文字と罫線
- 製本ととじ穴
※ JIS(Japanese Industrial Standards、日本産業規格)とは、工業製品や材料、データの様式などについて国が定めている規格のことです。
履歴書の「JIS様式」という言い方を聞いたことがある人もいるでしょう。あれもこの規格を指していて、書式が原寸大で載っています。
数字は20〜25ミリ
この規格では、とじしろは20〜25ミリで左側とする、と定められています。A4の紙でいえば、左の端から指2本ぶんほどの帯が最初から空けてあるということです。
ホチキスを左上に打つと、その針は文字の上ではなくこの帯の上に落ちます。角から2センチほど内側という定番の位置も、ちょうどこの帯に収まる範囲です。
穴あけ器も同じ側を向いている
端から12ミリ、中心の間隔は80ミリ
2穴パンチの穴の位置も規格で決まっています。JIS S 6041「事務用あなあけ器」の穴は、ISO 838と同じ寸法です。直径は5.5〜6.5ミリ。紙の端からの距離は11〜13ミリで、二つの穴の中心の間隔は79.5〜80.5ミリの範囲とされています。
どの会社で穴を開けたファイルでも、別のバインダーにそのまま移せる。あれはこの数ミリの許容範囲が守られているからです。
北米は3穴・間隔108ミリ
ただし、2穴80ミリは世界共通ではありません。北米で主流なのは3つ穴で、間隔は108ミリ。しかもこちらには、ISO 838のような確固とした正規の規格が存在しないと説明されています。
穴の数も間隔もばらばらです。それでも「紙の左側をとじる」という点だけは共通しています。左に寄せるという発想のほうが、穴の数より根が深いのでしょう。
縦書きだと余白は右にくる
余白は文字の流れの手前に寄る
横書きの文章は左から右へ進み、行は上から下へ送られます。読み始めの側、つまり左端にゆとりを取っても、文字の流れは邪魔されません。
縦書きは右から左へ行が進むので、同じ理屈で余白は右端に寄ります。本でいう「ノド」、つまりとじられる側にあたる場所です。とじしろが右にあれば、ホチキスの打ち場所も右上になる。「縦書きは右上」は作法である前に、紙の設計から出てくる結論です。
訓令の条件文が余白を見ている
この見方を裏づける文章が、役所の規程に残っています。熊本県錦町(にしきまち)の訓令の別記には、横書き文書と一緒にとじるとき「左に余白がある1枚の縦書き文書」ならそのまま左をとじてよい、という条件が書かれています。
判断の分かれ目が「余白があるかどうか」に置かれている。とじ位置の正体が余白の位置であることを、これほど率直に示した一文もそうありません。
日本の書類が左とじに揃ったのは1960年前後

左上に留める習慣は、思われているほど古くありません。日本の公文書が横書きに切り替わったのは戦後で、しかも一度は失敗しています。
横書き化は戦時中に頓挫した
1942年の議決と、世論の反対
1942年7月、国語審議会が「国語ノ横書ニ関スル件」を議決しました。日本語を左横書きにするという内容です。ところが世論の反対が強く、予定されていた閣議決定は見送られ、実施にも至りませんでした。
戦後にあらためて動き出す
再び動くのは戦後です。1952年には「公用文作成の要領」が内閣官房長官の依命通知として各省庁に出され、公用文の書き方を整える方針が示されました。この要領は2022年に廃止され、現在は「公用文作成の考え方」に引き継がれています。
各役所が「左横書き実施」の訓令を出す
厚生省は1960年8月1日から
実際の切り替えは、役所ごとの通達で進みました。厚生省の「公文書の左横書きの実施について」(昭和35年6月23日 発総第20号)は、同年8月1日から実施すると告げ、所定の起案用紙を使うよう指示しています。縦書きを続けたい場合は理由を付けて7月15日までに申し出よ、という但し書きまで付いていました。
※ 訓令(くんれい)とは、上級の役所や長が、その下にある機関や職員に対して出す内部向けの命令のことです。住民に直接の効力を持つ法令とは性格が異なります。
自治体も同じころに
自治体でも同じ時期に訓令が出ています。先ほどの錦町の「公文書の左横書きの実施に関する訓令」は昭和35年6月30日訓令第1号で、厚生省の通達とほとんど同時期です。全国の役所がわずか数年のあいだに横書きへ揃っていったことになります。
「文書は、左とじとする」
とじ方は別記に書かれた
横書きにすると、当然とじ方も変わります。錦町の訓令の別記「左横書きの実施に伴う文書のとじ方」は、まず「文書は、左とじとする。」と言い切っています。
文書は、左とじとする。ただし、特別の場合の文書のとじ方は、次の例による
例外はきちんと場合分けされている
続く「特別の場合」の書きぶりが細かいのです。縦書き文書だけをとじるときは右とじ。左に余白のない縦書き文書や2枚以上の縦書き文書が混ざるときは、縦書きのほうを裏とじ、つまり背中合わせにする。B5判を横長に、B4判を縦長に使った場合は上とじにしてもよい。
紙をどちらの角で留めるかという、いかにも些細に見える話。それを役所は条文にして、60年以上前に決着させていました。
角から2センチ・斜め45度——留め方の作法にも理屈がある

位置が左上と決まったあとにも、細かい作法があります。こちらは規格ではなくビジネスマナーとして語られる部分で、根拠も実務経験に寄っています。
斜め45度が定番とされる理由
辺と平行だと束が浮く
紙の辺と平行に留めると、その一辺だけに厚みが集まって束が浮いてしまう。だから斜めにする、という説明がよくされます。針の直線と紙の辺がずれていれば、めくったときの折れ目も一点に集中しません。
めくる動きは針を軸にした回転
一点だけで留めた書類は、めくるときに針を軸にして紙が回ります。角に対して斜めに針が入っていれば、回る向きと針の向きが噛み合いやすい。45度が推奨されるのは、この回転のしやすさが理由とされています。
角ぎりぎりは避ける
目安は2〜2.5センチ内側
打つ場所は角から2〜2.5センチほど内側が理想とされます。とじしろの20〜25ミリという数字と、見事に重なる範囲です。
端は破れる
角に寄せすぎると、めくる力が針と紙の端のあいだの細い部分に集まります。30枚を1点で留めれば、その1か所が30枚分の重さを受けることになる。そこが裂ければ、書類は一枚ずつばらけていきます。内側に寄せるのは見た目の問題であると同時に、紙を持たせるための工夫でもあります。
枚数が増えたら点を増やす
30枚で2点、50枚で3点
厚くなると一点では持ちません。上端を等間隔に分けて2点、3点と留めると力が分散し、めくりやすくなるとされます。目安として挙げられるのは、30枚前後で2点留め、50枚前後で3点留めという数字です。
| 項目 | 目安とされる数値 |
|---|---|
| 角からの距離 | 2〜2.5センチ内側 |
| 針の角度 | 辺に対して斜め45度 |
| 2点留めに切り替える厚さ | 30枚前後から |
| 3点留めに切り替える厚さ | 50枚前後から |
| JISのとじしろ | 左端から20〜25ミリ |
そこを越えたら別の道具へ
それ以上の厚みになると、ホチキスの領分ではなくなります。左端に穴を開けてファイルに綴じるか、製本テープで背を固めるか。契約書のように差し替えを防ぎたい書類では、背をテープで覆ったうえで境目に印を押す方法も取られます。どれを選んでも、手をかけるのはやはり紙の左側です。
「留めないでください」と言われる書類も増えた

丁寧に左上を留めたのに、提出先で外される。そんな書類が近年は珍しくありません。紙を機械に読ませる場面が増えたからです。
機械で読み取る書類
確定申告書は台紙にのり付け
確定申告の添付書類については、ホチキスで留めるより台紙にのりで貼るほうがよい、と会計サービスの解説などで案内されています。理由は、税務署が申告書をOCR処理しているからです。留めたままでは機械にかけられません。
申告書の第一表に直接留めた添付書類は、税務署の側で外されることになります。
※ OCR(Optical Character Recognition、光学文字認識)とは、紙に印刷された文字を機械で読み取ってデータに変換する技術のことです。
外すときに破れる
もうひとつ挙げられるのが破損の懸念です。留め具合によっては外すときに紙が裂けることがあり、その部分に記載内容がかかっていれば厄介なことになります。丁寧にしたつもりの一手間が、逆に相手の作業を増やしてしまう。そんな例です。
逆に「留めよ」と定める規則もある
米国連邦最高裁の規則33.2
正反対の指定もあります。米国連邦最高裁判所の規則33.2は、8.5×11インチ判で提出する書面について「左上の角でとじること」と定めています。原文は次の一文です。
The document shall be stapled or bound at the upper left hand corner.
英語も左から右へ読む言語です。行き着く先が日本の横書き文書と同じ左上だったのは、偶然ではないでしょう。
迷ったら提出先の指定が最優先
留めよという規則と、留めるなという案内が同時に存在する。ここまで来ると、一般論としてのマナーはあまり役に立ちません。学校や役所、企業の提出書類には指定があることも多いので、まず募集要項や記載要領を確かめるのが確実です。
豆知識——古紙に出すとき、針は外さなくていい

とじた書類をいよいよ捨てるとき、針を一つずつ抜いている人がいます。じつは古紙のリサイクルに関しては、その手間は要りません。
メーカーが公式に答えている
針の箱に書いてある一文
ホチキスの大手メーカーであるマックスは、針の箱に「古紙再生工程で支障ありません」と記していて、その根拠を自社のFAQでも公開しています。
バルパーとクリーナーが落とす
同社の回答によれば、回収された古紙はバルパーという装置で繊維へとほぐされ、続くクリーナーの異物除去工程を通ります。針はこの流れのなかで取り除かれる、という説明です。
※ バルパー(パルパー)とは、古紙を水と一緒にかき混ぜて繊維状にほぐす装置のことです。
ただし捨て方は別の話
針そのものは不燃ごみ
紙から外した針をごみとして捨てる場合は、素材が鉄なので不燃ごみにあたるとマックスは案内しています。古紙に混ぜてよいという話と、金属の捨て方の話は別ということです。
回収する側の設備次第でもある
再生工場の設備によっては除去しきれない場合もあるとされ、回収業者や自治体が「外してほしい」と求めていることもあります。困るのは針よりもテープや油で、機械を傷める原因になると指摘されています。地域の分別ルールがあるなら、そちらが優先です。
紙をとじる機会は、これから確実に減っていきます。申告も契約も画面の上で済み、紙で出す書類はむしろ「留めないでください」と言われる。左上の一点は、紙をめくるという動作が残っているあいだだけ意味を持つ、期限つきの作法なのかもしれません。
あと何十年かして、なぜ左上だったのかを説明できる人は珍しくなるでしょう。それでも理由そのものは、今日の書類の左端に20ミリの空白として残っています。
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