電子レンジの「600W」の W は、スコットランドの技術者ジェームズ・ワット(1736〜1819年)の名字です。そして、いまもエンジンの性能表に残る「馬力」を考え出したのも、このワット本人でした。自分の機械を売るために馬を物差しにした人が、死後には仕事率の単位そのものになったわけです。
ジェームズ・ワットは何をした人?

ワットは蒸気機関を発明した人ではありません。すでに鉱山などで使われていた機械の弱点を見抜き、燃料をはるかに食わないものへ作り直した技術者です。
ニューコメン機関は熱を無駄にしていた
当時の主力は、トマス・ニューコメンが作った蒸気機関でした。シリンダーに蒸気を入れ、そこへ水を吹きかけて蒸気を冷やします。蒸気が縮んでできた力でピストンを引く仕組みです。
この方式では、シリンダーそのものが毎回冷やされてしまいます。次の蒸気を入れるたびに、まず冷えた鉄を温め直さなければなりません。ワットは、蒸気の熱のおよそ4分の3がこの温め直しに消えていると見積もりました。
1769年の特許は「冷やす場所を外に出す」
解決策は、蒸気を冷やす部屋をシリンダーの外へ分けることでした。この分離凝縮器(ぶんりぎょうしゅくき)の特許が認められたのは1769年1月、特許番号913です。シリンダーは熱いまま、冷やす仕事は別の部屋が受け持つ形になりました。
※ 凝縮器(ぎょうしゅくき)とは、気体を冷やして液体に戻す装置です。蒸気機関では、使い終わった蒸気を水に戻してシリンダーの中の圧力を下げる役目を持ちます。
燃費は最大で5倍に
改良を重ねたワットの機関は、ニューコメン機関の最大5倍の燃費のよさになったとされます。1781年には往復運動を回転に変える歯車の特許も取り、ポンプだけでなく工場の機械を回す動力として広まりました。事業の相棒は、バーミンガムの実業家マシュー・ボールトンです。
「ワット」が単位になったのは死後63年

ワット本人は「ワット」という単位を知りません。名前が単位に選ばれたのは、亡くなってから半世紀以上たってからでした。
1882年、ジーメンスの会長講演
提案したのは電気技術者のC・ウィリアム・ジーメンスです。1882年8月、英国科学振興協会の会長講演で、仕事率の単位を「ワット」と呼ぼうと呼びかけました。電気の実用単位はすでに優れた物理学者の名で呼ばれていたこと、そしてワットが「力」というものをはっきり捉えていたことを理由に挙げています。
1889年に採用、世界の共通単位は1960年
ワットは1889年に英国科学振興協会で採用されます。国際単位系(SI)の一員として世界で認められたのは、1960年の第11回国際度量衡総会でした。提案から数えれば、およそ80年がかりの道のりです。
※ 国際単位系(SI)とは、世界で共通に使うために整えられた単位の体系です。メートルやキログラムなど7つの基本単位を土台にしています。国際度量衡総会(CGPM)は、その中身を決める国際会議です。
提案者の兄も単位の名前に
提案したウィリアムの兄ヴェルナー・フォン・ジーメンスは、電機メーカーのシーメンスを興した人物です。こちらはのちに、電気の通しやすさを表す単位「ジーメンス(S)」として名を残しました。単位を名づけた人の兄が、別の単位になっているのです。
馬力はなぜ生まれた?

ワットが仕事率の単位を用意したのは、学問のためではなく商売のためでした。蒸気機関の力を、客がふだん使っている馬と比べて見せる必要があったのです。
使用料は「浮いた石炭代の3分の1」
ボールトンとワットの会社は、ニューコメン機関から乗り換えて節約できた石炭代の3分の1を、毎年の使用料として受け取っていました。古い機関を使っていた客なら、浮いた燃料費はそのまま計算できます。燃費のよさがそのまま収入になる、うまい仕組みでした。
馬で動かしている客には通じない
困るのは、蒸気機関をまだ持っていない客です。当時、ポンプや粉ひきの臼を回していたのは馬でした。比べる相手が石炭ではなく馬なら、「この機械は馬何頭ぶん働くか」を示すしかありません。売り込みの必要から生まれた物差しが「馬力」です。
1馬力は粉ひきの馬から計算された

1馬力の値は、ワットが馬の働きぶりを見積もって出したものです。精密な測定というより、「だいたいこのくらい」をキリのよい数に寄せた数字でした。
半径12フィートの円を1分に2.4周
よく知られた計算はこうです。粉ひき場の馬は、半径12フィート(約3.7メートル)の円を1時間に144周、つまり1分に2.4周歩く。引く力は180重量ポンドと置く。ここから1分あたり約3万2,572フィート重量ポンドという値が出ます。
3万3,000へ丸めて「毎秒550」
ワットはこれを3万3,000に丸めました。1秒あたりにすると550フィート重量ポンドで、これがいまの英馬力の定義です。180重量ポンドという引く力をどこから持ってきたのかは、はっきりしていません。
醸造所の馬でも試していた
1782年には、醸造所で働く馬の仕事ぶりから1分あたり3万2,400フィート重量ポンドという値も得ています。翌年、ボールトンとワットはこれを3万3,000にそろえました。粉ひきの馬と醸造所の馬、どちらの計算でもほぼ同じ数に落ち着いたことになります。
英馬力と仏馬力はどう違う?

同じ「1馬力」でも、実は2種類あります。ワットが決めたヤード・ポンド法の英馬力と、メートル法の国で組み直された仏馬力です。
2つの馬力は約10ワット違う
英馬力は約745.7ワット、仏馬力は735.5ワットです。日本の車のカタログで見かける「PS」は仏馬力のほうにあたります。表にすると、差は一目で分かります。
| 呼び方 | 記号 | もとの定義 | ワット換算 |
|---|---|---|---|
| 英馬力 | hp | 毎秒550フィート重量ポンド | 約745.7 W |
| 仏馬力 | PS | 毎秒75メートル重量キログラム | 735.5 W |
仏馬力の大きさは、英馬力の98.6%ほど。海外のスペック表と日本のカタログで数字が少しずれるとき、その正体はたいていこの違いです。
日本で馬力を使えるのはエンジンの取引だけ
日本の計量単位令は、仏馬力を「ワットの735.5倍」と定めています。そのうえで、使ってよい場面を内燃機関と外燃機関に関する取引や証明に限っています。ガソリンエンジンもディーゼルエンジンも蒸気機関も入るので、自動車に限った話ではありません。船や発電機のエンジンでも馬力の表示が使えるわけです。
※ 内燃機関とはガソリンエンジンのように燃料を機関の中で燃やすもの、外燃機関とは蒸気機関のように外で燃やした熱を使うものです。計量単位令は、取引や証明に使ってよい単位を定めた政令です。
電球の「60W」は明るさではない

ワットは仕事率の単位で、家電では使う電気の量(消費電力)を表します。「60ワットの電球」が明るさの目安として長く通じてきたのは、たまたま両者がそろって動いていたからでした。
白熱電球なら電気を食うほど明るい
白熱電球は、フィラメントを電気で熱して光らせます。仕組みが同じ球どうしなら、多く電気を使う球ほど明るい。だから消費電力の「60W」が、そのまま明るさの目印として役に立っていました。
LEDで「W」と明るさが切り離された
LED電球は、光る仕組みがまったく違います。2012年に日立が出したLED電球は、消費電力11.4ワットで白熱電球80形に並ぶ明るさを出しました。比べられた白熱電球60形は54ワットです。ワット数を見ても、明るさは分からなくなりました。
明るさはルーメンで見る
そこで業界団体のガイドラインが、「○形相当」を名乗るのに必要な明るさを決めました。60形相当は810ルーメン、100形相当は1,520ルーメンが目安です。決まっているのは下限なので、同じ60形でも製品によって明るさに幅があります。売り場で比べるなら、W ではなく lm の数字です。
※ ルーメン(lm)とは、光源から出る光の量(全光束)を表す単位です。ワットが「使う電気の量」なのに対し、ルーメンは「実際に出てくる光の量」を表します。
単位に人の名前が多いのはなぜ?

ワットのほかにも、電気の単位はそろって人の名前です。下地を作ったのは、ジーメンスの提案の前年にパリで開かれた国際会議でした。
1881年、パリの国際電気会議
1881年9月15日から10月5日まで、パリの電気博覧会に合わせて国際電気会議が開かれました。集まったのは200〜250人ほど。ウィリアム・トムソン(のちのケルビン卿)やヘルムホルツ、キルヒホッフ、ヴェルナー・ジーメンスらの名が並びます。
オーム・ボルト・アンペア・クーロン・ファラド
この会議でオームとボルトが実用の単位として認められ、電流のアンペア・電気量のクーロン・静電容量のファラドも定められました。名前の主の出身は、フランス・イタリア・ドイツ・イングランドとまちまちです。どこか一国の学者で固めた顔ぶれではありません。
人名の単位はSIに19個
SIには、固有の名前をもつ組立単位が22個あります。人名でないのはラジアン・ステラジアン・ルーメン・ルクス・カタールの5つだけで、残る17個は人の名前です。7つの基本単位のうちアンペアとケルビンも人名なので、合わせて19の単位が人の名前を借りています。
人名の単位は記号で見分けられる?

見分けられます。SIには、人名由来の単位を書き分けるきまりがあるからです。
記号の頭が大文字なら人名
人の名前にちなむ単位は、記号の最初の文字を大文字にします。W(ワット)・A(アンペア)・K(ケルビン)・Hz(ヘルツ)がそうです。それ以外は m(メートル)・s(秒)・mol(モル)のように小文字です。大文字で始まる単位記号を見つけたら、その裏にはだいたい人がいます。
名前を綴るときは小文字
記号ではなく単位の名前を英語で綴るときは、人名由来でも小文字で始めます。kelvin は人名の Kelvin から来ていますが、人と単位を区別するために頭を小さくするのです。日本語ではカタカナで書くので、この違いは目に見えません。
リットルだけは大文字も使える
リットルは人名由来ではないのに、記号に大文字の L を使ってもよいことになっています。小文字の l(エル)が数字の 1 と紛らわしいためです。きれいなきまりにも、実用の都合で例外が設けられています。
単位になった人たちの横顔

ワットと並んで名を残した人たちにも、教科書の肖像画からは想像しにくい経歴があります。
ジュールは醸造所を営んでいた
エネルギーの単位になったジェームズ・プレスコット・ジュール(1818〜1889年)は、裕福な醸造業者の家に生まれ、大人になってからは家業の醸造所を切り盛りしました。若いころには原子論のジョン・ドルトンに教わっています。大学にも技術者の世界にも属さず、熱と仕事の関係を測り続けた人です。
ケルビンはグラスゴーの川の名前
絶対温度のケルビンは、ウィリアム・トムソン(1824〜1907年)にちなみます。ただし「ケルビン」は生まれ持った姓ではありません。1892年に男爵となったとき、グラスゴー大学の研究室の近くを流れるケルビン川から称号を採りました。人名の単位をたどると、川に行き着きます。
セルシウスの目盛りは上下が逆だった
アンデルス・セルシウス(1701〜1744年)の温度計は、水の沸点を0度・氷点を100度としていました。いまとは上下が逆です。ひっくり返したのは分類学で知られるカール・フォン・リンネで、セルシウスが亡くなった翌年の1745年のこととされます。
ヘルツは36歳で亡くなった
電磁波があることを実験で確かめたハインリヒ・ヘルツは、1894年に36歳で亡くなりました。「ヘルツ」の名が国際電気標準会議で決まったのは1935年で、それまでは「サイクル毎秒」と呼ばれていました。いまでは電波の周波数を表す言葉として、ラジオやスマートフォンの表示に毎日登場します。
ワットは自分の機械の力を伝えるために、馬を引き合いに出しました。二百年あまりたったいま、その機械の力を数える単位のほうがワットの名前を借りています。電子レンジの「600」の右にある小さな W は、物差しを作った人が、物差しそのものになった印です。
参考
- 国際単位系(SI)第9版(2019)要約 日本語版(産業技術総合研究所 計量標準総合センター)
- 計量単位令(平成4年政令第357号)e-Gov法令検索
- 日立アプライアンス ニュースリリース(2012年5月11日)白熱電球80W形相当のLED電球を発売
- キーワード解説「ルーメン(lumen:lm)」(スマートジャパン/ITmedia、2012年7月27日)
関連記事





