電力の「ワット」は人の名前だった——「馬力」を考えた本人が、単位の名になるまで

言葉と論理の話
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電子レンジの「600W」、ドライヤーの「1200W」。この W は、スコットランドの技術者ジェームズ・ワット(1736〜1819年)の名字です。

しかも、話には続きがあります。いま自動車のカタログに残っている「馬力」という単位を考え出したのも、ワット本人でした。自分がこしらえた単位を、のちの世が自分の名前で置き換えてしまった。単位の歴史のなかで、ワットはずいぶん珍しい席に座っています。

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  1. 家電の表示に並ぶ記号を、人の名字として読み直す
  2. 「ワット」は蒸気機関を作り直した技術者の名字
    1. ジェームズ・ワットは何をした人か
      1. 温めては冷やす、という無駄への気づき
      2. 1769年の「分離凝縮器」特許
    2. 本人は「ワット」という単位を知らない
      1. 提案されたのは、死の63年後
      2. 1889年に採用、SI入りは1960年
  3. ワット自身が作った単位は「馬力」だった
    1. 蒸気機関を売るために、馬と比べた
      1. 燃料費の3分の1をもらう、という商売
      2. 542.6を、キリよく550に
    2. 馬力はいまも生き残っている
      1. 英馬力と仏馬力、値が違う
      2. 日本では、自動車のエンジンにだけ使える
  4. 電球の「60W」は、明るさを表していない
    1. 白熱電球の時代は、それで用が足りた
      1. 同じ仕組みなら、電気を食うほど明るい
      2. LEDが来て、対応が崩れた
    2. だから表示はルーメンへ移った
      1. 「○○形相当」に必要な明るさ
      2. 同じ「60形」でも幅がある
  5. なぜ、単位に人の名前を使うのか
    1. 1881年、パリで電気の単位が決まった
      1. 28か国、250人が集まった会議
      2. オーム、ボルト、アンペア、クーロン、ファラド
    2. 並んだ名前は、国をまたいでいた
      1. 一国に偏らない顔ぶれ
      2. 「ボルト」の名は1861年から
  6. 人名の単位には、書き方のきまりがある
    1. 記号は大文字、単位の名は小文字
      1. W と m を見比べる
      2. 英語では、名前のほうは小文字にする
      3. 例外もある
    2. 数えると、どのくらいあるのか
      1. 基本単位7つのうち2つ
      2. 固有の名称をもつ組立単位22のうち17
  7. 単位になった人たちの、少し意外な話
    1. ジュールは醸造所の主人だった
    2. ケルビンは、グラスゴーを流れる川の名でもある
    3. セルシウスの目盛りは、最初さかさまだった
    4. ヘルツは「何の役にも立たない」と言った
  8. 関連記事

家電の表示に並ぶ記号を、人の名字として読み直す

台所とコンセントのまわりには、思いのほか大勢の科学者が住んでいます。まずは記号を名字として読み替えた一覧から。

単位記号名前の主出身何をした人か
ワットWジェームズ・ワット(1736〜1819)スコットランド蒸気機関を作り直し、産業革命の動力にした
ジュールJジェームズ・プレスコット・ジュール(1818〜1889)イギリス熱と仕事の関係を精密に測った
ニュートンNアイザック・ニュートン(1642〜1727)イギリス運動の法則と万有引力
ボルトVアレッサンドロ・ボルタ(1745〜1827)イタリア世界初の電池をつくった
アンペアAアンドレ=マリ・アンペール(1775〜1836)フランス電流と磁気の関係を数式にした
オームΩゲオルク・オーム(1789〜1854)ドイツ電圧と電流と抵抗の関係を示した
ヘルツHzハインリヒ・ヘルツ(1857〜1894)ドイツ電磁波の存在を実験で確かめた
パスカルPaブレーズ・パスカル(1623〜1662)フランス流体の圧力のふるまいを説いた
ケルビンKケルビン卿ウィリアム・トムソン(1824〜1907)イギリス絶対温度という考えを立てた
セルシウス度アンデルス・セルシウス(1701〜1744)スウェーデン100分目盛りの温度計を提案した

天気予報の「ヘクトパスカル」・電池の「1.5ボルト」・体重計が測る力の裏にある「ニュートン」。もとをたどれば、どれもだれかの名字です。ここから先は筆頭のワットから順に見ていきましょう。

「ワット」は蒸気機関を作り直した技術者の名字

ワットは蒸気機関の発明者ではありません。すでにあった機械の弱点を見抜き、桁違いに効率のよいものへ作り直した人です。

ジェームズ・ワットは何をした人か

温めては冷やす、という無駄への気づき

ワットの時代に使われていたのは、トマス・ニューコメンが作った蒸気機関でした。蒸気をシリンダーに入れて押し、そこへ水を吹きかけて蒸気を冷やし、縮んだぶんの力でピストンを引く。動く仕組みとしては成立していました。

ところがこの方式では、シリンダーそのものが毎回冷やされてしまいます。次の蒸気を入れれば、また温め直しになる。ワットはここに熱の浪費を見つけました。

1769年の「分離凝縮器」特許

解決策は単純でした。蒸気を冷やす場所をシリンダーの外へ出してしまえばいい。この分離凝縮器(ぶんりぎょうしゅくき)で特許を取ったのが1769年、特許番号913のことです。

凝縮器(ぎょうしゅくき)とは、気体を冷やして液体に戻すための装置です。蒸気機関では、使い終わった蒸気を水に戻してシリンダー内を減圧する役目を持ちます。

シリンダーを熱いまま保てるようになった結果、燃料の消費は大きく減りました。ニューコメン機関に比べて効率はおよそ5倍になったとされます。1784年には工場や交通機関で使える汎用の動力へと仕立て直され、産業革命の心臓部に収まりました。

本人は「ワット」という単位を知らない

提案されたのは、死の63年後

ワットが亡くなったのは1819年です。「ワット」を仕事率の単位名にしようという提案が出たのは1882年8月、英国科学振興協会の第52回大会でのことでした。提案者は会長を務めていた電気技術者、C・W・ジーメンス(1823〜1883年)。63年越しの命名です。

おもしろいのは提案者の側です。このジーメンスの一番上の兄ヴェルナー・フォン・ジーメンスもまた、のちに電気の通しやすさの単位「ジーメンス(S)」として名を残しました。単位の名を提案した人の兄が、単位になる。狭い世界です。

1889年に採用、SI入りは1960年

ワットは1889年に英国科学振興協会で正式に採用されます。ただし国際単位系の一員として認められるのは、さらに先の1960年、第11回国際度量衡総会でのことでした。名前が出てから世界の共通語になるまで、およそ80年かかっています。

国際単位系(SI)とは、世界で共通に使うことを目指して整えられた単位の体系です。メートルやキログラムなど7つの基本単位を土台に、他の単位を組み立てて作ります。国際度量衡総会(CGPM)は、その中身を決める国際会議のことです。

ワット自身が作った単位は「馬力」だった

ワットは仕事率を表す単位を、自分の手で用意していました。それが「馬力」です。動機は学問ではなく、商売でした。

蒸気機関を売るために、馬と比べた

燃料費の3分の1をもらう、という商売

ワットの蒸気機関は、置き換えによって節約できた燃料費の3分の1を使用料としてもらう条件で売られていました。すでに旧式の機関を使っている相手なら、節約額はそのまま計算できます。

困るのは、そもそも蒸気機関を持っていない客でした。当時そういう現場を回していたのは馬です。ならば馬何頭ぶんの働きになるかを示せばいい。売り込みの必要から生まれた物差しが「馬力」でした。

542.6を、キリよく550に

ワットの見積もりはこうです。馬の平均的な牽引力を180重量ポンド、1時間に進む距離を10,852フィートと置く。ここから1秒あたりの仕事率を出すと542.6重量ポンド・フィート毎秒になりました。

そして彼は、この542.6を550へと丸めます。扱いやすい数字にしたわけです。単位の出発点が「だいたいこのくらい」の実測と、キリのよさへの寄せだった。ここは知っておくと少し愉快な事実かもしれません。

馬力はいまも生き残っている

英馬力と仏馬力、値が違う

ややこしいことに、馬力には2種類あります。ワットが決めたヤード・ポンド法の英馬力と、メートル法の国で組み直された仏馬力です。日本のカタログでおなじみの「PS」は後者にあたります。

呼び方記号もとの定義ワット換算
英馬力hp550重量ポンド・フィート毎秒約745.7 W
仏馬力PS75重量キログラム・メートル毎秒735.5 W

同じ「1馬力」でも、およそ10ワットぶん食い違います。海外のスペック表と日本のカタログを見比べて数字が微妙に合わない、という場面があるとすれば、その正体はたいていこれです。

日本では、自動車のエンジンにだけ使える

日本の計量法では、735.5ワットを1PSとしたうえで、その使用を自動車などのエンジン出力に限って認めています。つまり馬力は、法律のうえでは自動車という一室だけを与えられた居候(いそうろう)のような単位です。

計量法とは、取引や証明に使ってよい単位を国が定めている法律です。ここに載っていない単位は、商品の表示などに使えません。

電球の「60W」は、明るさを表していない

ワットは仕事率の単位で、電気の世界では消費電力を指します。明るさの単位ではありません。「60ワットの電球」という言い方が長く通じてきたのは、たまたま両者が連動していたからでした。

白熱電球の時代は、それで用が足りた

同じ仕組みなら、電気を食うほど明るい

白熱電球はフィラメントを電気で熱し、その熱で光らせます。仕組みが同じもの同士を並べれば、多く電気を使う球ほど明るくなる。だから「60W」という消費電力の表示が、そのまま明るさの目印として機能していました。

LEDが来て、対応が崩れた

LED電球は8ワット程度で、60形の白熱電球に並ぶ明るさを出します。同じ「W」なのに、光る仕組みが違えば明るさはまるで対応しません。ワット数を見ても、その球がどれだけ明るいかは分からなくなりました。

だから表示はルーメンへ移った

「○○形相当」に必要な明るさ

LED電球が出回りはじめたころ、「○ワット相当」の表示はメーカーごとにばらばらでした。買ってみたら思ったより暗い、という混乱が起きます。そこで日本照明工業会がガイドライン(ガイドB-008)を作り、E26口金の一般電球について目安を決めました。

表示もとになった白熱電球名乗るのに必要な明るさ
40形相当約40ワット485ルーメン以上
60形相当約60ワット810ルーメン以上
100形相当約100ワット1520ルーメン以上

ルーメン(lm)とは、光源から出る光の量(全光束)を表す単位です。ワットが「その器具が使う電気の量」なのに対し、ルーメンは「実際に出てくる光の量」を表します。

同じ「60形」でも幅がある

ガイドラインが決めているのは下限です。同じ60形と書かれていても、810ルーメンの製品もあれば1000ルーメンを超える製品もあります。売り場で迷ったときに見るべき数字は、W ではなく lm のほうだ、ということになります。

なぜ、単位に人の名前を使うのか

単位の名づけ方には、いくつも選択肢がありました。メートルのように「測る」を意味するギリシャ語から採ることもできる。それでも電気の単位は、そろって人名になりました。

1881年、パリで電気の単位が決まった

28か国、250人が集まった会議

1881年9月、パリのトロカデロ宮で国際電気会議が開かれました。同時開催の電気博覧会に合わせたもので、28か国からおよそ250人が集まっています。出席者にはのちのケルビン卿ウィリアム・トムソンやヘルムホルツ、キルヒホッフらの名が並びました。

オーム、ボルト、アンペア、クーロン、ファラド

この会議でオームとボルトが実用単位として追認され、さらに3つが定義されました。電流のアンペア・電気量のクーロン・静電容量のファラドです。いま私たちが電池やコンセントで目にする単位の骨格は、この数日でおおむね出来上がったことになります。

並んだ名前は、国をまたいでいた

一国に偏らない顔ぶれ

名前の主を出身地で並べてみましょう。クーロンとアンペールはフランス。ボルタはイタリア。オームはドイツ。ファラデーはイングランドで、ワットはスコットランド。どこか一国の学者で固めた並びにはなっていません。

各国の代表が集まって決めた単位に、各国の科学者の名が入る。結果として、どの国の日常語でもない中立の呼び名が世界に配られました。これを狙って人名にしたのだと言い切れる史料は見当たりませんが、少なくとも顔ぶれはそう読める形に落ち着いています。

「ボルト」の名は1861年から

ボルトという呼び名を先に提案していたのは、1861年のラティマー・クラークとチャールズ・ブライトでした。ボルタ本人は1800年に世界初の電池をこしらえた人で、1827年に亡くなっています。ここでもまた、単位になったのは死後でした。

人名の単位には、書き方のきまりがある

人名由来かどうかは、実は記号を見れば判別できます。SIには、そのための書き分けのルールがあるからです。

記号は大文字、単位の名は小文字

W と m を見比べる

人名からとった単位は、記号の頭を大文字にします。W(ワット)・N(ニュートン)・J(ジュール)・A(アンペア)。いっぽう人名でない単位の記号は小文字です。m(メートル)・s(秒)・mol(モル)・cd(カンデラ)と続きます。つまり大文字で始まる単位記号を見つけたら、その裏にはだいたい人がいる。

英語では、名前のほうは小文字にする

ややこしいのは、記号ではなく単位の名称を綴るときです。人名由来でも、英語の綴りは小文字で始めます。watt、newton、ampere。人ではなく単位を指す言葉になった以上、固有名詞の扱いをやめる、という理屈です。日本語ではカタカナで書くので、この区別は目に見えません。

例外もある

セルシウス度だけは「degree Celsius」と大文字のまま残っています。またリットルは人名由来ではないのに、小文字の l が数字の 1 と紛らわしいという理由で、大文字の L も認められています。きれいなルールにも、実用の都合で穴が空くわけです。

数えると、どのくらいあるのか

基本単位7つのうち2つ

SIの土台となる基本単位は7つあります。メートル・キログラム・秒・アンペア・ケルビン・モル・カンデラ。このうち人名から来ているのは、アンペアとケルビンの2つだけです。

固有の名称をもつ組立単位22のうち17

基本単位を組み合わせて作る単位のうち、固有の名前と記号を与えられているものが22あります。そのうち人名由来でないのは5つだけ。ラジアン・ステラジアン・ルーメン・ルクス・カタールです。残る17はすべて人の名字です。合わせて19人が、世界共通の物差しに名前を貸していることになります。

単位になった人たちの、少し意外な話

名を残した面々の来歴をのぞくと、教科書の肖像画からは想像しにくい素顔が出てきます。

ジュールは醸造所の主人だった

エネルギーの単位に名を残したジュールは、生涯どこの大学にも所属していません。病弱で学校教育を受けられず、家庭教師について学びました。その家庭教師の一人が、原子論のジョン・ドルトンです。

大人になってからは家業の醸造業を営みながら、自宅の一室を改造した研究室で実験を重ねました。1カロリーの熱がどれだけの仕事に相当するかを、はじめて正確に測ってみせたのがこの「アマチュア」です。醸造所の主人が余暇に回した実験が、エネルギー保存則を裏づける柱になりました。

ケルビンは、グラスゴーを流れる川の名でもある

絶対温度のケルビンは、ウィリアム・トムソンにちなみます。ただ「ケルビン」は彼が生まれ持った姓ではありません。1892年に男爵となった際、研究生活を送ったグラスゴーを流れるケルビン川から称号を採ったのです。

人名由来の単位でありながら、もとをたどれば地名にたどり着く。ケルビンは19個のなかで少し変わった立ち位置にいます。

セルシウスの目盛りは、最初さかさまだった

セルシウスが1742年にスウェーデン王立科学アカデミーへ出した提案は、水の沸点を0度、氷点を100度とするものでした。いまと上下が逆です。

ひっくり返したのは、分類学で知られるカール・フォン・リンネらだとされています。時期ははっきりしません。セルシウスが没した直後の1744年とする説もあれば、1752年までとする説もあります。いずれにせよ、いま私たちが使う「0度で凍る」目盛りを整えたのは、セルシウス本人ではなかったことになります。

ヘルツは「何の役にも立たない」と言った

ヘルツは1888年、マクスウェルが理論で予言した電磁波を実験で捉えました。その用途を問われた彼は「何の役にも立たない」と答えたと伝えられます。マクスウェル先生が正しかったと示すだけの実験にすぎない、というわけです。

ヘルツは1894年、36歳で亡くなりました。単位「ヘルツ」の名が国際電気標準会議で決まったのは1935年で、それまでは「サイクル毎秒」と呼ばれていました。役に立たないはずの波は、いまスマートフォンのなかで毎秒何十億回も振動しています。

ワットは、自分の機械の力を説明するために馬を借りました。二百年あまりが過ぎて、その機械の力を数える単位のほうが、ワットの名を借りています。測るために引き合いに出された側と、物差しそのものになった側。単位の歴史は、だいたいこの入れ替わりでできています。電子レンジの「600」の右にくっついた小さな W は、その入れ替わりが済んだ印です。

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