雨上がりの歩道でミミズを見かけると、たいてい「土の中が水びたしになって、溺れそうになったのだろう」と説明されます。ところがこの説明は、実験の結果とうまく噛み合いません。酸素を送り込んだ水の中でなら、ミミズは何か月も生きていられるからです。
では何のために地上へ出るのか。研究者が挙げる説はひとつではありません。しかも同じ雨のもとで、出てくる種と出てこない種がいることまで確かめられています。
四つの説と、それぞれが説明しきれないこと

説を並べただけでは、どれももっともらしく見えてしまいます。そこで表の右の列に、その説だけでは説明しきれないことを一緒に置きました。有力なものほど弱点も具体的です。
| 説 | 中身 | この説だけでは説明しきれないこと |
|---|---|---|
| 溺れる説 | 巣穴が水没して息ができなくなり、逃げ出す | 酸素のある水なら何か月も生き延びた種がある |
| 酸欠説 | 水びたしの土は酸素が乏しく、種によっては耐えられない | 同じ条件に置いても地上に出ない種がいる |
| モグラ説 | 雨音の振動が天敵の掘る振動に似ていて、逃げ出す | 振動では出るのに、人工の雨や実際の雷雨では出なかった |
| 移動説 | 濡れた地面なら乾かずに遠くまで行ける | 舗装の上で干からびる個体をどう位置づけるか |
答えを一つに決めない理由
四つのうちどれかが正解で残りが間違い、という形にはなっていません。ミミズは世界で四千種以上が知られていて、暮らす深さも水への強さもばらばらです。落ち葉の中だけで一生を過ごす種・浅い層を横へ動く種・地下に深い縦穴を持つ種というように、生活の型からして分かれています。
雨という一つの出来事に対して、返ってくる答えも一つとは限りません。以下では説をひとつずつ、どこまで確かめられているかを見ていきます。
ミミズは本当に「溺れる」のか

ミミズに「溺れる」という表現は、そもそもあまり合いません。肺に水が入って息ができなくなる、という現象がそもそも起きないからです。
肺を持たず、皮膚で息をしている
粘液で湿らせた体表が呼吸器
ミミズには肺も鰓(えら)もありません。体の表面から酸素を取り込み、二酸化炭素を出しています。体表がいつも粘液で濡れているのはそのためで、あの独特のぬめりは呼吸装置の一部でもあるのです。
※ 皮膚呼吸とは、専用の呼吸器官を使わず、体の表面から直接ガスをやりとりする呼吸のことです。両生類やミミズのように、体表が薄く湿っている生きものに見られます。
乾けば、その場で呼吸が止まる
裏を返せば、体表が乾いた時点で酸素の受け渡しができなくなります。ミミズが日なたを嫌い、土の中や落ち葉の下にいるのは、この一点に縛られているからです。水に弱いというより、乾燥にめっぽう弱い生きものだと考えたほうが実態に近いでしょう。
酸素を送り込んだ水では、何か月も生きた
31〜50週という数字
水と乾燥にミミズがどこまで耐えるかを調べた古典的な研究に、ベティ・I・ルーツが1956年に『Journal of Experimental Biology』へ発表した報告があります。空気を送り込んだ水に土ごと沈めた条件で、ヨーロッパ産の五種が31〜50週にわたって生き延びました。餌を与えずに水そのものへ入れた実験でも、72〜137日の生存が記録されています。
| 条件 | 結果 |
|---|---|
| 空気を送り込んだ水に、土ごと沈める | 五種が31〜50週生存 |
| 空気を送り込んだ水道水に入れる(餌なし) | 72〜137日生存 |
| 水を含んだ土と、湿った土を選ばせる | 多くの種が水を含まないほうを選ぶ |
効いているのは「空気を送り込んだ」の部分
数字だけ見ると「水中でも平気」と読めてしまいますが、条件をよく見る必要があります。どの実験も水に空気を送り続けており、酸素が溶けた状態が保たれていました。同じ研究では、水を含んだ土と湿っただけの土を選ばせると、多くの種が水を含まないほうへ移ることも観察されています。水そのものが危険なのではなく、酸素のない水が危険なのです。
「溺れる」と「酸欠になる」は別の話
水に溶ける酸素の量には上限がある
空気には体積のおよそ21%の酸素が含まれます。いっぽう水に溶けられる酸素はごくわずかで、1気圧・20℃の淡水では1リットルあたり8.84ミリグラムが飽和の目安とされています。しかも水温が上がるほど、この上限は低くなる一方です。
※ 溶存酸素(ようぞんさんそ)とは、水に溶け込んでいる酸素のことです。水温・気圧・塩分で溶ける量が変わり、水温が高いほど少なくなります。
水びたしの土は、供給の止まった水
実験室の水槽とちがい、雨で埋まった巣穴には空気が送り込まれません。土の中の生きものや微生物が酸素を使えば、そのぶん減っていく一方です。つまり「溺れる」ではなく、息が薄くなっていく部屋に閉じ込められる状態に近い。その違いをくっきり見せたのが、次に紹介する実験でした。
出てくる種と、出てこない種がいる

雨のあとに地上へ出るかどうかは、ミミズの種類で分かれます。二種を並べて調べた実験が、その分かれ目を酸素の使い方に見つけています。
二種を並べた実験が示したこと
出てくる側は、水に弱く、夜に酸素を多く使う
台湾のシュチュン・チュアンとジュンホン・チェンは、大雨のあと夜に地上へ出る種と出ない種を比べ、2008年に『Invertebrate Biology』誌へ報告しました。地上へ出る側のハワイミミズは水に沈めた条件への耐性が低く、酸素の消費量には一日の波がありました。昼より夜に多く使うのです。
出てこない側は、水に強く、波もない
比べられたもう一種は、大雨のあとに地上へ出る姿が一度も観察されませんでした。水中では長く生き、酸素の消費量はそもそも少なく、一日の波も持っていません。同じ雨に降られても、片方は逃げ出し、片方は土の中で待てるわけです。
| 比べた点 | 地上へ出る種 | 出てこない種 |
|---|---|---|
| 水に沈めたときの耐性 | 低い | 高い(長く生きる) |
| 酸素の消費量 | 多い | 少ない |
| 消費量の一日の波 | 夜に増える | 波がない |
| 大雨のあとの行動 | 夜に地上へ出る | 土中にとどまる |
「なぜ夜なのか」の答えもここにある
いちばん酸素が要る時間と重なる
夜に酸素の消費が増える種にとって、夜の水没はもっとも苦しいタイミングになります。研究者は、この二種が水没への対処として別々の戦略を持っていると考えました。逃げ出す戦略と、代謝を落として耐える戦略です。
昼に出れば、待っているのは日差し
夜に出るのは、苦しさの都合だけではなさそうです。日中の地表は乾いていて、身を隠す場所もありません。夜のうちに動く種が生き残ってきたと考えれば、行動が夜に偏ることの説明がつきます。
日本で見かけるミミズはどちら寄りか
畑や庭の主役はフトミミズ科
実験で地上へ出た側はフトミミズ属(Amynthas)の一種です。日本の陸生ミミズはフトミミズ科が優占していて、庭や畑で見かける大型のミミズの多くがこの科に属します。日本産の種数は資料によって118種とも181種とも整理されており、身近な生きものの割に全体像はまだ描き切れていません。
それでも「日本のミミズも同じ」とまでは言えない
科が近いことと、同じ振る舞いをすることは別です。この実験で扱われたのは二種だけで、日本にいる種を一つずつ確かめたわけではありません。雨の日に道路へ出てくるミミズの正体を種まで特定した調査は、探した範囲では見つかりませんでした。
「雨音はモグラの足音に似ている」説の行方

一般向けの記事でもっともよく紹介されるのが、振動を天敵と勘違いして逃げ出すという説明です。前半は実験で裏づけられていますが、後半は同じ実験に否定されています。
振動で地上へ逃げるのは、確かめられている
杭を鳴らすと、12メートル先から這い出してきた
アメリカ南部には、地面に打ち込んだ木の杭を鉄でこすり、その振動でミミズを地上に呼び出して釣り餌にする漁法があります。ヴァンダービルト大学のケネス・カターニアは2008年、この振動が約80ヘルツであることを測り、最大で12メートル先のミミズまでが地表へ出てくることを記録しました。地表に出た個体は毎分30センチほどの速さで散っていきます。
※ ワームグランティングとは、地面に打ち込んだ杭を鉄などでこすって振動を起こし、地中のミミズを地表へ出させて集めるアメリカ南部の伝統的な餌取りの手法です。
本当の呼び主はモグラだった
カターニアは、この振動が地中を掘るモグラの立てる振動とよく似ていることを示しました。餌取りの杭が打たれた94か所のうち47%は、5メートル以内にモグラの坑道がありました。飼育容器にモグラを入れる実験では、平均23.6匹(47%)のミミズが地表へ逃げています。人が何百年も使ってきた漁法は、天敵のまねだったわけです。
ところが同じ論文が、雨では出ないことも示した
人工の大雨でも、雷雨でも、ほとんど出てこない
「杭の振動は雨の音をまねているのではないか」という対立仮説を、カターニアは実際に試しています。毎分1インチという激しい人工降雨を5回かけて地表に出たのは3匹。中程度から強い雨の雷雨を3回観察したときも、出てきたのは合計6匹でした。杭を鳴らせば数百匹が出てくるのと比べれば、桁がちがいます。
昼の炎天下に出るのは、割に合わない
論文はもう一つ、理屈の面からも指摘しています。雨で出るのが習性なら、真昼の暑い時間に乾いた地面へ這い出すことになり、生き延びるうえで損が大きすぎる。実際に観察中、気温31℃の日なたへ出て土へ戻れないまま死んだ個体がいました。アリやヘビ、トカゲに襲われた個体も記録されています。
それでも説として生き残っている
出典によって評価が食い違う
この説の扱いは、資料によってかなり割れているのが実情です。英国の科学誌『BBCサイエンス・フォーカス』のウェブ記事はモグラ説を「もっとも説得力がある」と紹介しました。いっぽう米国の自然保護団体ネイチャー・コンサーバンシーの記事では、ウィスコンシン大学の研究者が「実験室で示されたことは一度もない」と述べています。バーモント大学の土壌学者ヨーゼフ・ゲレスのように、雨の振動をモグラの振動になぞらえて説明する研究者もいます。支持と否定が同じ時期に並んでいる状態です。
「振動で出る」と「雨で出る」を分けて読む
食い違いをほどくと、確かめられている範囲がはっきりします。振動でミミズが地上へ逃げること自体は実証済みです。その仕組みが雨のときにも働いているかどうかが、まだ示されていません。前半だけを取り出して「だから雨の日に出てくる」とつなぐと、一段飛ばしになります。
いちばん支持されている説は「濡れた地面が道になる」

近年の解説記事が本命として挙げるのは、逃げているのではなく移動しているという見方です。雨の日の地表は、ミミズにとって数少ない安全な通り道になります。
地中を掘って進むのは、とにかく遅い
掘るとは、土を食べて押しのけること
地中を進む方法は、大きく分けて二通りとされます。体をふくらませて土を押し広げるか、土そのものを食べて後ろへ出すか。どちらにしても硬い土ほど時間がかかり、一日に進める距離は知れています。地表を這えば、同じ時間でずっと遠くまで行けるわけです。
ただし、乾いた地面では出た瞬間に詰む
地表が速いとわかっていても、晴れた日には使えません。体表が乾けば呼吸が止まるからです。雨で地面が濡れている時間だけ、この近道が開きます。中央ランカシャー大学のクリス・ロウは、雨がミミズに「地表をより長い距離移動する」機会を与えると説明しています。
移動して、何をしに行くのか
餌場・住み場所・相手
移動の目的として挙がるのは、新しい餌場や住み場所を見つけること、そして繁殖の相手に出会うことです。ミミズは雌雄同体ですが、単独では増えず、他個体と体を寄せ合って精子を交換します。なかには地表で交尾する種もいるのです。
出てくるのは大人ばかり、という観察
この説を後押しする観察もあります。イリノイ大学の研究者は、雨のときに地表へ出てくるのは成体で、幼体は出てこないと指摘しました。苦しさから逃げているだけなら、大人も子どももいっしょに出てくるはずです。
この説にも弱いところがある
目的地にたどり着けない個体をどう見るか
移動が目的なら、翌朝に大量の死骸が並ぶのは説明しにくく思えます。また、台湾の実験で見つかった種ごとの差も、移動説だけでは説明がつきません。どちらも水びたしの土から出るはずなのに、片方は出てこなかったからです。
死骸のほうは、説の弱点というより舞台のほうが変わってしまった問題でもあります。次の節で見ていきましょう。
翌朝、歩道で干からびているのはなぜか

雨の翌朝にミミズが死んでいる光景は、地上に出たこと自体の結果ではありません。出た先に土がなかったことの結果です。
戻る先がない
アスファルトは掘れない
土の上なら、ミミズは危険を感じた時点で潜れます。舗装の上ではそれができません。歩道や車道に上がった個体は、縁石を越えて土に戻るか、そのまま朝を迎えるかの二択になります。道路の水たまりに取り残された個体は、日が昇るまで身動きが取れません。
戻る方角がわかっているとも限らない
ミミズに目はなく、体表の光を感じる細胞で明暗を捉えています。土のにおいや湿り気を頼りに動く生きものにとって、乾いた平面はどちらへ進んでも同じに感じられるはずです。
日が昇ると、時間切れになる
紫外線が効く
ミミズは紫外線に弱く、太陽光に含まれる程度の強さでも害を受けることが実験で報告されています。UV-BのほうがUV-Aより強く効くことも示されました。地上に出たまま朝を迎えた個体が数時間で死ぬのは、乾燥と紫外線の両方が同時に進むためです。
乾けば、呼吸のほうが先に止まる
体表が乾くと酸素を取り込めなくなり、動けなくなります。夏の朝の歩道で縮こまった姿になっているのは、ここまでの過程をひととおり通った結果です。もし土のある場所へ移してやれば助かる個体もいますが、すでに硬くなっているものは手遅れになっています。
同じ行動でも、土の上なら死なない
失敗しているのは、行動ではなく地面
草地や畑で夜に地表を移動したミミズは、明るくなる前に潜って一日を終えます。同じ行動が、舗装された場所では取り返しのつかない結果になる。雨の翌朝に見る光景は、ミミズの側の失敗というより、地面の側が変わったことで生まれた光景です。
鳴かないのに季語になった「蚯蚓鳴く」

正体はケラの声だった
秋の季語に「蚯蚓鳴く(みみずなく)」があります。ミミズには発声器官がないので、実際に鳴くことはありません。地中から響く「ジー」という低い音の主は、土を掘る昆虫の螻蛄(けら)です。おもしろいことに「螻蛄鳴く」も秋の季語として存在しますが、詠まれる回数では聞き違いのほうがはるかに優勢でした。小林一茶にも「里の子や蚯蚓の唄に笛を吹く」の句があります。
暦にも「蚯蚓出」がある
季節を五日ごとに区切る七十二候(しちじゅうにこう)には、立夏の次候として「蚯蚓出(みみずいずる)」が置かれています。五月半ばの、土が温んでミミズが地上に現れるころという意味です。雨の日に足元へ出てくる生きものが、暦の見出しにまでなっているわけです。
※ 七十二候とは、二十四節気をさらに三つずつに分け、一年を約五日ごとの七十二に区切った暦のことです。動植物の様子を短い言葉で示した名前が付いています。
ダーウィンが最後に書いた本の主役
チャールズ・ダーウィンの最後の著作は、進化論の続編ではなくミミズの本でした。1881年刊行の『ミミズによる腐植土(ふしょくど)の形成』で、四十年以上にわたる観察と実験がまとめられています。ダーウィンはイングランドの各地で、ミミズが1エーカーあたり年に10トン前後の土を地表へ運び上げていると見積もりました。計算のしかたによっては16トン、18トンという値も出しています。足元の土は、ミミズが何度も通したあとの土だというわけです。
雨の日にミミズが地上へ出てくる理由は、まだ一つに絞られていません。それでも、地面が土であるかぎり、この移動はたいてい成功して終わっていたはずです。翌朝の歩道に並ぶ姿は、ミミズが道を間違えた証拠というより、私たちが地面に蓋をしたあとで初めて見えるようになった光景なのだと思います。
参考
- Chuang & Chen「Role of diurnal rhythm of oxygen consumption in emergence from soil at night after heavy rain by earthworms」(Invertebrate Biology 127巻1号, 2008)
- Catania「Worm Grunting, Fiddling, and Charming—Humans Unknowingly Mimic a Predator to Harvest Bait」(PLOS ONE, 2008)
- ダーウィン『The Formation of Vegetable Mould, through the Action of Worms』(1881年、Darwin Online)
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