ハダカデバネズミはなぜ老いないのか、35グラムで40年生きる

生きものの話
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ハダカデバネズミが老いないと言われるのは、年をとっても死ぬ確率が上がらないからです。ヒトもマウスも、大人になったあとは時間とともに死亡リスクが増えていきます。この小さなネズミでは、そのカーブがほとんど寝たままになります。

体重は平均35グラムほど。同じくらいの大きさのマウスがせいぜい4年で寿命を迎えるのに対し、これまでに40年生きた個体が知られています。がんもめったにできません。その理由は一つの万能な仕組みではなく、地下で暮らすための体の作りがいくつも積み重なった結果だと考えられています。

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40年生きるネズミは何がふつうと違うのか

出っ歯で毛のないハダカデバネズミのイラスト

同じ体重のマウスは長くて4年

哺乳類は、体が大きいほど長生きする傾向があります。ゾウは数十年、ハツカネズミは数年。この関係から外れているのがハダカデバネズミです。体長10センチほど、体重は数十グラムしかありません。それでいて、げっ歯類で最も長い寿命が報告されています。

30年を超える記録がある

2013年に『Nature』誌へ載った論文は、この種の最大寿命を「30年超」と書いています。同じ体格のイエネズミは4年です。熊本大学の発表ではさらに長く、最大寿命37年以上と記されています。飼育記録が伸び続けているぶん、数字は更新されていきます。

寿命の長さは飼育下で測られている

ただし、これらは研究施設や動物園で測られた数字です。野生のコロニーで1匹を40年追いかけた記録はありません。土の中で捕食者や飢えに遭う野生の個体が同じだけ生きているかどうかは、まだ分かっていないところです。

「老いない」とは死亡率が上がらないこと

老化を数字で表すとき、研究者は「1年のうちに死ぬ確率が年齢とともにどう変わるか」を見ます。ヒトの場合、成人以降はおおよそ8年ごとに死亡リスクが倍になるとされ、これをゴンペルツ則と呼びます。傾きの違いこそあれ、ほとんどの哺乳類は同じ形のカーブを描くのが普通です。

ゴンペルツ則とは、大人になってからの死亡率が年齢とともに指数関数的に増えていく、という経験則のことです。1825年に数学者のベンジャミン・ゴンペルツが人口統計から見いだしました。

3200匹分の記録を並べても傾きが出ない

2018年、米カリコ社の研究チームが3200匹以上の飼育記録を解析しました。約38年ぶんのデータを集めても、年齢が上がるにつれて死亡率が増える様子は見えなかったといいます。哺乳類でこの形になった例はほかに知られていません。

反論と、5年後の再確認

この結論には異論も出ました。同じデータの扱い方に疑問を呈する論文が2019年に出ており、著者らは古い時期の記録を除いて解析し直しています。結果は変わりませんでした。2023年にはおよそ倍のデータで同じ傾向が報告されており、いまのところ「老いないように見える」という観察は生き残っています。

高齢の個体と若い個体で差が出ない指標

死亡率だけの話ではありません。熊本大学の三浦恭子教授は、心機能・筋肉量・体脂肪の組成・繁殖能力といった指標を高齢個体と若い個体で比べても、ほとんど変わらないと述べています。人でいえば、80歳の心臓が20歳と同じように動いているような状態です。

衰えの期間がほぼないまま最後を迎える。理想的といえば理想的ですが、そのぶん「なぜそうなるのか」を解く手がかりも体の中に隠れていることになります。マウスと並べてみると、違いはどれも極端です。

項目マウスハダカデバネズミ
体重20〜40グラム平均35グラムほど
最大寿命4年ほど30年超(37年以上の報告も)
加齢と死亡率年齢とともに上がる上がらないとする解析がある
発がん剤への反応24〜30週で腫瘍2年以上投与しても発生せず
体温自分で一定に保つ周囲の温度に左右される
酸素のない環境ごく短時間で致命的18分耐えた記録がある

がんにならないと言い切れるのか

にやりと笑うがん細胞のイラスト

発がん剤を2年打っても腫瘍ができなかった

飼育コロニーを何年観察してもがんが見つからない、という報告は以前からありました。偶然ではないことを示したのが、熊本大学と広島大学などのチームが2022年に『Communications Biology』へ発表した実験です。

3-メチルコラントレンとDMBA/TPA

使われたのは、マウスなら確実にがんを作る2種類の強い発がん物質でした。マウスは24〜30週以内に腫瘍ができます。ハダカデバネズミは2年以上たっても1例もがんが発生しませんでした。自然に任せて観察したのではなく、人為的に追い込んでも起きなかったという点に意味があります。

炎症の反応が弱いことが効いていた

同じ研究は、発がんの過程を後押しする炎症反応が、マウスに比べて著しく弱いことを見つけています。がんを防ぐ壁が強いというより、がんを育てる土壌が薄い。この見方は、あとで出てくる別の発見ともつながっていきます。

2016年に報告された2例のがん

一方で「絶対にならない」わけではありません。2016年、動物園で飼育されていた個体からがんが2例、獣医病理学の専門誌に初めて報告されました。1例は22歳のオスで、わきの下にできた腫瘤が腺がんの特徴を示していたといいます。

この報告は、研究のモデル動物として使う前提を確かめる意味でも重要でした。正確に言うなら、がんにならない生きものではなく、がんが極端に起きにくい生きものです。

細胞レベルでも論争が起きている

2020年には、ケンブリッジ大学のグループが『Nature』誌に「デバの細胞もがん化させられた」とする指摘を寄せました。もとの研究者たちはすぐに反論を掲載しています。培養条件や細胞の種類で結果が変わりうる、という論点が残ったままです。

生きた個体でがんが見つからないことと、取り出した細胞ががん化しないことは、別の話です。この二つを混ぜないでおくと、以降の仕組みの話が読みやすくなります。

ねばねばした分子が細胞の増殖を止める

ヒアルロン酸のサプリメントの瓶と錠剤のイラスト

ヒトの5倍以上の大きさのヒアルロン酸

化粧品でおなじみのヒアルロン酸は、細胞と細胞のすきまを埋めるゼリーのような分子です。2013年、ロチェスター大学のチームが、ハダカデバネズミの線維芽細胞がヒトやマウスの5倍以上も大きなヒアルロン酸を出していることを突き止めました。

作る酵素が特殊で、壊す酵素が弱い

大きな分子が組織にたまる理由は二つありました。合成酵素HAS2の配列がこの種だけ独特であること、そして分解酵素の働きが弱いことです。作る側が強くて壊す側が弱ければ、たまるのは道理といえます。

もとは土を掘るための皮膚だったのかもしれない

論文の著者らは、狭いトンネルを通り抜けるために伸びる皮膚が要り、そのためヒアルロン酸が濃くなったのではないかと推測しています。地下生活のための素材が、たまたまがんを抑える働きも持っていた。進化にはこうした使い回しがよく出てきます。

取り除くと、あっさりがん化する

この分子が効いている証拠は、引き算の実験から出ました。HAS2の働きを抑えるか、分解酵素を強く働かせて大きなヒアルロン酸を取り去ると、それまで頑として変化しなかった細胞ががん化するようになります。マウスへ移植すると腫瘍を作りました。

周りがねばついていると、細胞は早い段階で「もう詰まっている」と判断して増えるのをやめます。混んだ電車で人が押し合いを諦めるのに似た反応が、細胞レベルで起きているわけです。

マウスに移したら寿命が延びた

2023年、同じグループはデバのHAS2遺伝子を組み込んだマウスを作りました。組織のヒアルロン酸が増えたマウスは、自然に出るがんも薬で誘発したがんも少なく、中央寿命が4.4パーセント延びたと報告されています。

効いていたのは炎症の鎮まり

もっとも目立った変化は、複数の臓器で炎症が弱まっていたことでした。免疫細胞への直接の作用、酸化ストレスからの保護、加齢にともなう腸のバリア機能の維持。効き方は一つではなかったと報告されています。

発見から実証まで10年かかった

2013年の発見から、別の動物で健康寿命が延びることを示すまでに10年。長寿の生きものを調べる研究が、そのまま医学へつながるかどうかを測る一つの目安になりました。ヒトで同じことが起きるかは、まだ誰にも分かりません。

炎症のスイッチが入りにくい体

シャーレの中で培養されている細胞のイラスト

派手に死ぬための遺伝子が壊れている

細胞の死に方には種類があります。静かに片づくアポトーシスに対し、ネクロプトーシスは中身をまき散らして周囲に強い炎症を起こす死に方です。ハダカデバネズミでは、この経路に欠かせないRIPK3とMLKLという遺伝子が変異して機能を失っていました。

ネクロプトーシスとは、細胞が膜を破って死ぬタイプの細胞死のことです。中身が外へ漏れるため、まわりの組織に炎症が広がりやすくなります。

マウスで同じ経路を止めると発がんが遅れた

研究チームは逆向きの実験もしています。マウスでRipk3の働きを抑えたところ、発がんが遅くなりました。壊れた遺伝子が偶然そこにあったのではなく、炎症の起きにくさががんの起きにくさを支えていることを示す結果です。

壊れていることが長所になる

遺伝子が機能を失うと聞けば、ふつうは欠陥に思えます。この種では、それが体を守る側に回りました。進化は足し算だけで進むわけではない、という例です。

老化細胞が自分から死んでいく

年をとると、分裂をやめたまま居座る細胞が体にたまります。老化細胞と呼ばれ、まわりへ炎症性の物質をまき続けるため、老化やがんの一因と見られてきました。ヒトでもマウスでも、加齢とともに数が増えます。

ところがハダカデバネズミの体では、老化した細胞が消えていきます。2023年に熊本大学のグループが『The EMBO Journal』へ報告した内容によれば、細胞が老化するとセロトニンの代謝が変わるのだそうです。その結果として細胞の中で過酸化水素が生じ、老化細胞だけが自ら死ぬ方向へ傾きます。

老化細胞を除く薬の手本になる

老化細胞を選んで取り除く薬は、セノリティクスと呼ばれて世界中で開発が進んでいます。難しいのは、健康な細胞を巻き添えにしないことです。デバがやっているのは、老化した細胞だけが過酸化水素に弱くなるという選び方でした。

安全な薬の設計図を、体のほうがすでに持っていたことになります。ヒトの細胞で同じ経路が使えるかどうかは、これからの検証課題です。

酸素のない穴の中で18分生きられるのはなぜか

ボンベを背負って水中を泳ぐダイバーのイラスト

ブドウ糖から果糖へ、燃料を切り替える

地下のトンネルは風が通りません。多いときは数百匹が身を寄せ合うため、酸素は薄く、二酸化炭素は濃くなります。2017年に『Science』誌へ載った研究は、この環境で生き延びるための代謝の切り替えを明らかにしました。

無酸素で18分、酸素5パーセントなら数時間

酸素を完全に断った環境で、ハダカデバネズミは18分耐えました。しかも大きな損傷を残していません。酸素濃度5パーセントの部屋に数時間置かれても、ほとんど影響が表れなかったと報告されています。ヒトなら数分で意識を失う濃さです。

植物の糖を動物が使う

仕組みは燃料の変更でした。酸素が要るブドウ糖の代謝から、酸素なしで回せる果糖の代謝へ切り替え、脳や心臓にエネルギーを送り続けます。果糖をこの形で使う哺乳類はほかに知られておらず、脳梗塞や心筋梗塞の治療へ応用できないかと期待されています。

酸をかけても痛がらない

二酸化炭素の濃い場所では、体の組織が酸性に傾きがちです。ヒトなら痛みとして感じる変化ですが、この動物は平気です。2011年の『Science』誌の論文が、痛みの信号を運ぶナトリウムチャネルNaV1.7に種特有の変異があり、酸によってかえって働きが止まることを示しました。

唐辛子の辛味成分カプサイシンにも反応が鈍く、痛みを伝える神経ペプチドのサブスタンスPを皮膚の感覚線維に欠いています。痛みを感じないのではなく、地下で日常的に浴びる刺激だけを切り落とした形です。

体温を自分で保たない哺乳類

もう一つ変わっているのが体温です。哺乳類でありながら体温調節の仕組みをほとんど持たず、体温は周囲の土の温度に従って上下します。寒くなると集団で折り重なり、その上に子どもを乗せて暖をとる暮らしです。

体温を保たなくてよいぶん、燃やすエネルギーは少なく済みます。低い代謝でゆっくり生きることが、長い寿命の下地になっているという見方もあります。

女王だけが子を産む群れはどう回るのか

大きな女王アリと働きアリのイラスト

平均80頭、多いときは290頭の群れ

ハダカデバネズミが暮らすのは、エチオピアやケニア、ソマリアなどの乾いた土地の地下です。群れの規模は10頭台から290頭ほどまであり、平均すると75〜80頭。この中で子を産むのは1組のペアだけです。

残りの個体はトンネルを掘り、食料の塊根を運び、巣を守ります。繁殖を一部の個体に集中させる暮らし方は真社会性と呼ばれ、アリやハチではおなじみですが、哺乳類ではごくまれです。

女王になると背骨が伸びる

繁殖メスは体つきまで変わります。妊娠のたびに腰の椎骨のあいだが広がり、胴が長く伸びていくことが計測で確かめられました。生まれつき女王の体をしているのではなく、女王になってから体が作り替えられるわけです。

1回に最大27頭を産む

妊娠期間は66〜74日で、1回の出産数は多いときで27頭ほどにのぼります。年に4〜5回産むこともあるそうです。群れが短い期間で膨らむ理由がここにあり、体を伸ばす改造もこの出産数を収めるためのものと考えられています。

産み続けても衰えない

多くの哺乳類では、繁殖に力を注ぐほど寿命が縮みがちです。この種の女王は最も長生きする個体でもあり、繁殖と長寿が両立しています。老化研究がこの動物を放っておけない理由の一つです。

敵の少ない地下が前提にある

長い寿命を持つ動物には、外敵にやられにくい暮らし方という共通点があります。空を飛ぶコウモリ、木の上のサル、そして地下のデバネズミ。捕食で早く死ぬ確率が低ければ、体を長持ちさせる形質が進化の中で残りやすくなります。

老いにくい体だけが単独で生まれたのではありません。硬い土の中という住所と、繁殖を1組に絞る社会が、セットになって効いていると見るのが自然です。

出っ歯の名前と、日本にある飼育研究の現場

顕微鏡をのぞく白衣の研究者のイラスト

「デバ」は口の外に出た門歯から

名前は見たままです。毛がなく、門歯が口の外へ突き出しているから裸出歯鼠。学名のHeterocephalus glaberも「変わった頭」と「毛のない」という意味の語からできています。

この歯はシャベルです。土を掘るときに使うため、唇がひだ状になっていて門歯の後ろで閉じる構造になっています。掘っても口の中に土が入りません。道具と防塵マスクが一体になったような顔つきです。

この20年で分かってきたこと

老いにくさの正体は、一つの発見で決着したわけではありません。痛覚と代謝、細胞外の分子、そして細胞死。別々の研究室が別々の角度から掘った穴が、少しずつつながってきたところです。発見の順に並べると、この20年の掘り進み方が見えてきます。

分かったこと
2011酸で痛みを感じない仕組み(NaV1.7の変異)
2013ヒトの5倍以上の大きさのヒアルロン酸ががんを抑える
2017無酸素18分を果糖の代謝で乗り切る
2018年齢が上がっても死亡率が上がらない
2022発がん剤を2年投与してもがんが出ない
2023老化細胞が自ら死ぬ/遺伝子を移したマウスが長生きした

熊本にある世界最大級の飼育室

研究の一角は日本が担っています。熊本大学の三浦恭子教授の研究室は、ハダカデバネズミの飼育研究拠点として世界最大規模とされ、発がん実験も老化細胞の発見もここから出ました。暗い飼育室で、群れごとに分けて世話をされています。

アフリカの地下からヒトの薬へ

目指す先は、老化細胞を安全に除く薬や、がんを起こしにくくする治療です。デバの体はその設計図の候補を複数持っています。どれがヒトで使えるかは、一つずつ確かめていくほかありません。

飼育の難しさが研究を絞る

研究が世界中に広がらない理由は、寿命そのものにあります。1匹の一生を追うのに30年かかる動物では、実験の設計から結果まで研究者の職業人生ほどの時間が必要です。長寿は調べる側にとっての難所でもあります。

老いない体と聞くと、時間だけが止まった生きものを思い浮かべます。実際に見つかっているのは、その逆でした。狭いトンネルを通るために伸びる皮膚。酸素の薄さに合わせた燃料。炎症を起こさないための壊れた遺伝子。どれも地下で暮らすための工夫で、老いにくさはその設計に付いてきたおまけのようなものです。私たちがおまけだけを受け取れるとしたら、先に届くのは長く生きることでしょうか。それとも、最後まで元気でいることのほうでしょうか。

参考

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