ハダカデバネズミはなぜ老いないのか、35グラムで40年生きる

折り重なって眠るハダカデバネズミたちのイラスト 生きものの話
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ハダカデバネズミが「老いない」と言われるのは、年をとっても死ぬ確率がほとんど上がらないからです。体重は35グラムほどで、同じ大きさのマウスは長くても4年しか生きません。それでも飼育下では40歳まで生きた個体が知られ、がんもめったにできません。理由は一つの万能な仕組みではなく、地下で暮らすための体の作りがいくつも重なった結果と考えられています。

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  1. 40年生きるネズミは何がふつうと違うのか
    1. 同じ体格のマウスは長くて4年
    2. 飼育下で40歳まで生きた個体がいる
    3. 野生での寿命はまだ分かっていない
  2. 年をとっても死ぬ確率が上がらない
    1. ヒトの死亡率はおよそ8年ごとに倍になる
    2. 約3300匹の記録で傾きが出なかった
    3. 反論を受けて、倍のデータで確かめ直した
  3. がんにならないと言い切れるのか
    1. 発がん剤を2年与えても腫瘍ができなかった
    2. 動物園の個体で2例のがんが見つかった
    3. 取り出した細胞では見解が割れている
  4. ねばねばした分子が細胞の増殖を止める
    1. ヒトの5倍以上も大きいヒアルロン酸
    2. 作る酵素が特殊で、壊す酵素が弱い
    3. 取り除くと細胞はあっさりがん化する
    4. もとは土を掘るための皮膚だったのかもしれない
  5. 遺伝子を移したマウスは長生きした
    1. マウスの寿命の中央値が4.4%延びた
    2. いちばん目立ったのは炎症の鎮まり
    3. 発見から実証までに10年
  6. 炎症のスイッチが入りにくい体
    1. 炎症を起こす細胞死の遺伝子が壊れている
    2. マウスで同じ経路を止めると発がんが遅れた
    3. 老化した細胞が自分から消えていく
  7. 酸素のない穴の中で18分生きられるのはなぜか
    1. 燃料をブドウ糖から果糖へ切り替える
    2. 酸をかけても痛がらない
    3. 体温を一定に保てない哺乳類
  8. 女王だけが子を産む群れはどう回るのか
    1. 平均70匹、多いと295匹の群れ
    2. 女王になると背骨が伸びる
    3. 1回の出産で最大30匹ほど
    4. 敵の少ない地下が長寿を後押しする
  9. 名前は見たままの「裸の出っ歯のネズミ」
    1. 「デバ」は口の外に出た前歯から
    2. この20年で分かってきたこと
    3. 1匹の一生を追うのに30年以上かかる
  10. 参考
  11. 関連記事

40年生きるネズミは何がふつうと違うのか

出っ歯で毛のないハダカデバネズミのイラスト

同じ体格のマウスは長くて4年

哺乳類は、体が大きいほど長生きする傾向があります。ゾウは数十年、ハツカネズミは数年。この関係から大きく外れているのがハダカデバネズミです。体重は平均35グラムほどしかないのに、げっ歯類で最も長い寿命が報告されています。2013年に『Nature』誌へ載った論文は、同じくらいの大きさのイエネズミの最大寿命を4年とし、この種は30年を超えると書いています。

飼育下で40歳まで生きた個体がいる

記録は飼育が長くなるほど伸びてきました。2022年の日本医療研究開発機構(AMED)の発表は「最大寿命37年以上」と紹介しています。2024年に『GeroScience』誌へ載った米国の研究チームの論文には、自分たちの飼育していた最高齢の個体が40歳まで生きたとあります。題名の「40年」はこの記録です。

野生での寿命はまだ分かっていない

ただし、どの数字も研究施設や動物園で測られたものです。野生の群れで1匹を何十年も追いかけた記録はありません。土の中で飢えや病気に遭う野生の個体が同じだけ生きるかどうかは、確かめようがないのが現状です。マウスと並べると、違いはどれも極端です。

項目マウスハダカデバネズミ
体重数十グラム平均35グラムほど
最大寿命4年ほど30年超(40歳の個体も)
加齢と死亡率年齢とともに上がる上がらないとする解析がある
発がん剤への反応24〜30週以内に腫瘍2年以上たっても発生せず
体温自分で一定に保つ周囲の温度に引きずられる
酸素のない環境ごく短時間で致命的18分耐えた記録がある

年をとっても死ぬ確率が上がらない

杖を持ち鶴を連れた福禄寿のイラスト

ヒトの死亡率はおよそ8年ごとに倍になる

老化を数字で表すとき、研究者は「1年のうちに死ぬ確率が年齢とともにどう変わるか」を見ます。ヒトでは大人になったあと、この確率がおよそ7〜8年半ごとに倍になっていく計算です。傾きの違いこそあれ、ほとんどの哺乳類は同じ形のカーブを描きます。

※ ゴンペルツ則とは、大人になってからの死亡率が年齢とともに指数関数的に増えていく、という経験則のことです。1825年に数学者のベンジャミン・ゴンペルツが人口統計から見いだしました。

約3300匹の記録で傾きが出なかった

2018年、米カリコ社の研究チームが、30年ぶんにわたる3299匹の飼育記録を解析しました。結果は、年齢が上がっても死亡率が増えないというものでした。論文は『eLife』誌に載り、これまで調べられたほかのどの哺乳類とも違う、と書いています。

研究チームの計算では、この大きさのげっ歯類なら6年ほどが寿命の目安です。その倍の年齢になっても、死亡率が上がり始める気配は見えませんでした。

反論を受けて、倍のデータで確かめ直した

この結論には2019年に反論が出ました。記録の多くが2008年以降に生まれた個体で、9割近くは8年以内しか観察されていない、という指摘です。著者らは古い時期の記録を除いて解析し直し、結果は変わらないと答えました。

その後、同じグループは記録を6957匹まで増やし、2024年に改めて報告しています。死亡率が年齢とともに上がらないという結論は、むしろ強まったそうです。ただし同じ研究室のデータなので、別の施設での確認が待たれます。

がんにならないと言い切れるのか

にやりと笑うがん細胞のイラスト

発がん剤を2年与えても腫瘍ができなかった

2022年、熊本大学や広島大学などのチームが『Communications Biology』誌へ実験結果を発表しました。使ったのは3-メチルコラントレンとDMBA/TPAという2種類の発がん物質です。マウスは24〜30週以内に腫瘍ができました。ハダカデバネズミは2年以上たっても、1例もがんが出ませんでした。

同じ研究は、発がんを後押しする炎症の反応がマウスよりずっと弱いことも見つけています。がんを防ぐ壁が強いというより、がんが育つ土壌が薄いという見方です。

動物園の個体で2例のがんが見つかった

一方で、絶対にならないわけではありません。2016年、米国の動物園で飼われていた2匹のがんが獣医病理学の専門誌に報告されました。1匹は22歳のオスで、わきの下のしこりは腺がんと診断されています。もう1匹は20歳ほどのオスで、胃に神経内分泌がんができていました。

何百匹も調べたうちの2例で、がんになりにくいという評価自体は揺らいでいません。正確に言うなら、がんにならない動物ではなく、がんが極端に起きにくい動物です。

取り出した細胞では見解が割れている

2020年には、ケンブリッジ大学などのグループが『Nature』誌で「デバの細胞もマウスと同じようにがん化した」と指摘しました。もとの研究者たちは同じ号で反論し、自分たちを含む複数の研究で、がん化しにくさが確かめられていると答えています。

生きた個体でがんが見つからないことと、取り出した細胞ががん化しないことは別の話です。この二つを分けておくと、このあとの仕組みの話が読みやすくなります。

ねばねばした分子が細胞の増殖を止める

ヒアルロン酸のサプリメントの瓶と錠剤のイラスト

ヒトの5倍以上も大きいヒアルロン酸

化粧品でおなじみのヒアルロン酸は、細胞と細胞のすきまを埋めるゼリーのような分子です。2013年、米ロチェスター大学のチームは、ハダカデバネズミの細胞が出すヒアルロン酸がヒトやマウスの5倍以上も大きいことを突き止めました。培養皿の中で、この細胞は混み合う前に増えるのをやめてしまいます。

作る酵素が特殊で、壊す酵素が弱い

大きな分子がたまる理由は二つありました。一つは合成酵素HAS2の形です。哺乳類のあいだで100パーセント共通しているアミノ酸が、この種では2か所入れ替わっていました。もう一つは分解のしにくさで、壊す酵素の働きがヒトやマウスの細胞よりずっと弱かったのです。作る側が強く、壊す側が弱ければ、たまるのは道理といえます。

取り除くと細胞はあっさりがん化する

この分子が効いている証拠は、引き算の実験から出ました。HAS2の働きを抑えるか、分解酵素を増やして大きなヒアルロン酸を取り去ります。すると、それまで変化しなかった細胞ががん化しやすくなり、マウスへ移すと腫瘍を作りました。

周りがねばついていると、細胞は早めに「もう詰まっている」と判断して増えるのをやめます。混んだ電車で人が押し合いをあきらめるのに似た反応が、細胞の世界で起きているわけです。

もとは土を掘るための皮膚だったのかもしれない

論文の著者らは、狭いトンネルで暮らすには伸び縮みする皮膚が要り、そのためにヒアルロン酸が濃くなったのではないかと推測しています。地下生活のための素材が、たまたまがんを抑える働きも持っていた。進化にはこうした使い回しがよく出てきます。

遺伝子を移したマウスは長生きした

白いマウスのイラスト

マウスの寿命の中央値が4.4%延びた

2023年、同じロチェスター大学のグループは、デバのHAS2遺伝子を組み込んだマウスを作り『Nature』誌に発表しました。組織のヒアルロン酸が増えたマウスは、自然に出るがんも薬で誘発したがんも少なくなりました。寿命の中央値は4.4%延びたと報告されています。

いちばん目立ったのは炎症の鎮まり

このマウスで最もはっきり変わったのは、複数の臓器で炎症が弱まっていたことでした。免疫細胞への直接の作用、酸化ストレスからの保護、年をとっても腸の守りが保たれること。効き方は一つではなかったそうです。効果はデバの遺伝子そのものより、大きなヒアルロン酸がもたらしたものと考えられています。

発見から実証までに10年

2013年の発見から、別の動物で寿命が延びると示すまでに10年かかりました。4.4%という数字は控えめです。それでも、長寿の動物の仕組みをほかの種へ持ち出せると示した点で、一つの節目になりました。ヒトで同じことが起きるかは、まだ誰にも分かりません。

炎症のスイッチが入りにくい体

シャーレの中で培養されている細胞のイラスト

炎症を起こす細胞死の遺伝子が壊れている

細胞の死に方には種類があります。静かに片づくアポトーシスに対し、ネクロプトーシスは中身をまき散らして周りに強い炎症を起こす死に方です。2022年の熊本大学などの研究では、ハダカデバネズミのRIPK3とMLKLという遺伝子に変異があり、この死に方を起こせなくなっていました。

※ ネクロプトーシスとは、細胞が膜を破って死ぬタイプの細胞死のことです。中身が外へ漏れるため、まわりの組織に炎症が広がりやすくなります。

マウスで同じ経路を止めると発がんが遅れた

研究チームは逆向きの実験もしています。マウスでRipk3の働きを抑えると、発がん物質を与えたときの炎症が弱まり、がんの発生も遅れました。壊れた遺伝子がたまたまあったのではなく、炎症の起きにくさががんの起きにくさを支えていることを示す結果です。遺伝子が機能を失うと聞けば欠陥に思えますが、この種ではそれが体を守る側に回りました。

老化した細胞が自分から消えていく

年をとると、分裂をやめたまま居座る老化細胞が体にたまり、周りへ炎症を起こす物質をまき続けます。熊本大学の三浦恭子教授らは2023年、ハダカデバネズミでは老化細胞が自ら死んでいくことを『The EMBO Journal』誌に報告しました。この種に特有のセロトニンの代謝と、過酸化水素への弱さが関わっていたそうです。

老化細胞だけを取り除く薬は「セノリティクス」と呼ばれ、世界中で開発が進んでいます。健康な細胞を巻き添えにしない選び方を、デバの体はすでに持っていたわけです。

酸素のない穴の中で18分生きられるのはなぜか

ボンベを背負って水中を泳ぐダイバーのイラスト

燃料をブドウ糖から果糖へ切り替える

地下のトンネルは風が通らず、大勢が身を寄せ合うため酸素が薄くなります。2017年に『Science』誌へ載った研究では、ハダカデバネズミは極端な低酸素に数時間耐え、酸素がまったくない環境でも18分を目立った損傷なく生き延びました。

仕組みは燃料の変更でした。酸素の要らない代謝へ切り替え、ためておいた果糖を脳で燃やします。果糖を燃料にすると、ブドウ糖の代謝にかかるブレーキの一つを素通りできます。酸素が戻るまで脳の働きをつなぐ、いわば抜け道。

酸をかけても痛がらない

二酸化炭素の濃い場所では、体の組織が酸性に傾きがちです。ヒトなら痛みとして感じる変化ですが、この動物は平気です。2011年の『Science』誌の論文は、痛みの信号を運ぶNaV1.7というナトリウムチャネルに独特の変異があり、酸によってかえって働きが止まることを示しました。

2008年の別の研究では、皮膚の感覚神経に痛みを伝える物質(サブスタンスP)が欠けていることも分かっています。痛みを感じないのではなく、地下で毎日浴びる刺激だけを切り落とした形です。

体温を一定に保てない哺乳類

もう一つ変わっているのが体温です。哺乳類でありながら体温を一定に保てず、周りの土の温度に左右されます。米国の国立動物園は、寒いときは大勢で折り重なって熱を逃がさず、日に温められた浅いトンネルで体を温めると紹介しています。体温を保つための燃料が少なくて済む暮らしです。

女王だけが子を産む群れはどう回るのか

大きな女王アリと働きアリのイラスト

平均70匹、多いと295匹の群れ

ハダカデバネズミが暮らすのは、エチオピアやケニア、ソマリアなどの乾いた草原の地下です。群れは平均70匹ほどで、295匹の群れも見つかっています。この中で子を産むのは女王1匹と、限られたオスだけです。

残りの個体はトンネルを掘り、食べ物の根を運び、巣を守ります。繁殖を一部に任せる暮らし方は真社会性と呼ばれ、アリやハチではおなじみですが、哺乳類ではごくまれです。

女王になると背骨が伸びる

繁殖を担うメスは体つきまで変わります。新しく女王になると背骨の椎骨が伸び、胴が長くなっていきます。生まれつき女王の体をしているのではなく、女王になってから体が作り替えられるわけです。女王は群れでいちばん大きく、体重は70グラムほどにもなるそうです。

1回の出産で最大30匹ほど

妊娠期間は約70日。1回に生まれる子は平均12匹ほどで、多いときは30匹ほどにのぼります。女王は年に5回まで産むこともあるといいます。群れが短い期間で膨らむのはこのためで、胴を伸ばす作り替えもこの出産数を収めるためという見方です。多くの哺乳類では繁殖に力を注ぐほど寿命が縮みがちです。ところがこの種の飼育下では、子を産む個体のほうが働き手より長生きする傾向が報告されています。

敵の少ない地下が長寿を後押しする

長い寿命を持つ動物には、外敵にやられにくい暮らし方という共通点があります。空を飛ぶコウモリ、そして地下のデバネズミ。捕食で早く死ぬ確率が低ければ、体を長持ちさせる性質が進化の中で残りやすくなります。老いにくい体は単独で生まれたのではなく、硬い土の中という住まいと、繁殖を一部に絞る社会がセットで効いていると見るのが自然です。

名前は見たままの「裸の出っ歯のネズミ」

顕微鏡をのぞく白衣の研究者のイラスト

「デバ」は口の外に出た前歯から

毛がなく、前歯が口の外へ突き出しているから裸出歯鼠。学名のHeterocephalus glaberも「変わった頭」と「毛のない」という意味の語からできています。この前歯はシャベルの役目をします。唇が前歯の後ろで閉じるため、土を掘っても口に土が入りません。道具と防じんマスクが一体になったような顔つきです。

この20年で分かってきたこと

老いにくさの正体は、一つの発見で決着したわけではありません。痛みの感じ方と代謝。細胞の外の分子と、細胞の死に方。別々の研究室が別の角度から掘った穴が、少しずつつながってきたところです。発見の順に並べると、掘り進み方が見えてくるはずです。

年分かったこと
2011酸で痛みを感じない仕組み(NaV1.7の変異)
2013ヒトの5倍以上大きいヒアルロン酸ががんを抑える
2017無酸素の18分を果糖の代謝で乗り切る
2018年齢が上がっても死亡率が上がらない
2022発がん剤を2年以上与えてもがんが出ない
2023老化細胞が自ら死ぬ/遺伝子を移したマウスが長生きした
2024倍のデータでも死亡率は上がらなかった

1匹の一生を追うのに30年以上かかる

研究がなかなか進まない理由は、寿命そのものにあります。1匹の一生を見届けるのに30年以上かかる動物では、実験を始めてから結果が出るまでに研究者の職業人生ほどの時間が要ります。死亡率の解析が一つの研究室の長年の記録に頼っているのも、そのためです。長寿は調べる側にとっての難所でもあります。

老いない体と聞くと、時間だけが止まった生きものを思い浮かべます。実際に見つかったのは、その逆でした。狭いトンネルのための伸びる皮膚。酸素の薄さに合わせた燃料。炎症を起こさないための壊れた遺伝子。どれも地下で暮らすための工夫で、老いにくさはその設計に付いてきたおまけのようなものです。おまけを分けてもらえる日が来るなら、先に届くのは長く生きることでしょうか。それとも、最後まで元気でいることのほうでしょうか。

参考

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