1893年5月10日、アメリカ連邦最高裁判所は「トマトは野菜」と判断しました。植物学の上では果物だと認めたうえで、関税の法律に書かれた「野菜」と「果物」は、ふだん人が使う意味で読むべきだとしたのです。決め手になったのは、トマトが夕食のどの皿で出てくるか。デザートではなく、スープや肉と一緒に出る食べ物だから野菜、という理屈でした。
トマトはなぜ裁判で争われた?

野菜には10%の関税、果物は無税
きっかけはお金の話です。1883年3月3日に成立したアメリカの関税法は、輸入する「野菜」に価格の10%の関税をかけていました。一方で「果物」は、未熟なものも熟したものも乾燥したものも、関税のかからない品目の一覧に入っていたのです。同じ船で運んだ荷でも、野菜と呼ばれるか果物と呼ばれるかで、払う税が1割変わる。トマトがどちらに入るかは、輸入業者にとって切実な問題でした。
西インド諸島から運ばれたトマト
訴えたのは、ニューヨークで青果の卸売りを営んでいたニックス家です。1886年の春、ニックス家は西インド諸島(カリブ海の島々)からトマトを輸入しました。ニューヨーク港の徴税官は、これを「野菜」として扱い、10%の関税を取り立てています。ニックス家は、異議を申し立てたうえでいったん税を納めました。そのうえで、トマトは果物なのだから払った税を返してほしいと主張したわけです。
港の徴税官ヘッデンを相手に提訴
訴えが起こされたのは1887年2月4日。相手はニューヨーク港の徴税官(関税を集める役人)だったエドワード・L・ヘッデンで、事件名の「ニックス対ヘッデン」はここから来ています。ヘッデンはクリーブランド大統領に任命され、1885年6月から1886年8月まで徴税官を務めた人物です。在任はわずか1年あまり。ちょうどその間に輸入されたトマトが、のちに最高裁まで争われることになりました。
法廷では何が証拠になった?

3冊の辞書を読み上げた原告側
ニューヨーク南部地区の巡回裁判所で開かれた一審で、原告側の弁護士がまず持ち出したのは辞書でした。ウェブスター・ウスター・インペリアルの3冊から、「果物」と「野菜」の定義を読み上げたのです。辞書によると、果物は「植物の種、または種を含む部分」。とくに種を包む汁けの多い実を指すとされていました。この定義ならトマトは果物に入る、というのが原告側のねらいです。
青果を30年売ってきた2人の証言
続いて呼ばれたのは、30年にわたって果物と野菜を売ってきた2人の商人です。弁護士は、辞書の定義を聞かせたうえで、商売の世界では「果物」「野菜」に辞書と違う特別な意味があるかを尋ねました。
1人は「商売では、果物という言葉は種を含む植物の部分にだけ使う」と答えています。もう1人は、1883年当時も商売で特別な意味は無かったと述べました。どちらも、業界だけの別の言葉づかいは無いという点で一致していたのです。
被告側はキュウリやナスの定義で応戦
原告側はさらに「トマト」の項目も読み上げました。これに対して被告側は、同じウェブスター辞書から「エンドウ」「ナス」「キュウリ」「カボチャ」「トウガラシ」の定義を読み上げています。どれも種を含む実を食べるのに、ふつうは野菜と呼ばれるものばかり。原告側も負けずに、ジャガイモ・カブ・ニンジン・キャベツ・豆などの定義を読み上げました。法廷で出された証拠は、この辞書の読み合いと2人の証言だけです。
一審はどう判断した?

陪審に「被告の勝ち」を指示した裁判官
一審の裁判官は、被告側の申し立てを受けて、陪審(市民から選ばれて評決を出す人たち)に被告勝訴の評決を出すよう指示しました。陪審はそのとおりの評決を返し、ニックス家の訴えは退けられています。この一審判決は1889年の判例集に載っています。ニックス家は、この指示が誤りだとして連邦最高裁の判断を求めました。
最高裁の判決まで6年かかった
最高裁に書面が出されたのは1893年4月24日、判決は同じ年の5月10日でした。提訴の1887年から数えると、トマト1種類の分類をめぐって6年以上かかったことになります。
最高裁はなぜトマトを野菜とした?

争点は関税法の言葉ひとつ
判決を書いたのはホレス・グレイ判事です。判決理由の冒頭で、争点はこう絞られました。
この事件の問いはただひとつ、食料として見たトマトが、1883年関税法の意味での「野菜」に入るのか「果物」に入るのか、である。(判決文第1段落、筆者訳)
問われたのは「トマトは本当は何か」ではありません。あくまで、この法律の条文でどちらに数えるかという話でした。
業界に特別な意味が無ければ、ふだんの意味で読む
最高裁はまず、2人の証人の言葉に注目しました。商売の世界で「果物」「野菜」に特別な意味は無い、という証言です。業界用語として別の意味が無いなら、法律の言葉は人がふだん使う意味で受け取るしかありません。
この「ふだんの意味」をどう知るか。判決は、英語の言葉の意味は裁判所が自分で知っているものとして扱う、と述べています。証人に聞かなくても、裁判官は世の中の言葉づかいを知っている立場だ、という考え方です。
辞書は証拠ではなく「記憶の助け」
では、法廷で何度も読み上げられた辞書はどうなるのか。判決は、辞書は証拠として扱うのではなく、裁判所の記憶と理解を助けるものにすぎないとしました。
辞書の「果物=種を含む部分」という定義についても、判決は退けました。ふだんの言葉で野菜と区別された「果物」にトマトが入ることを、この定義は示していないという理由です。辞書を何冊読み上げても、それだけでは結論は動かなかったのです。
植物学では果物だと認めていた
意外なことに、最高裁はトマトが植物学では果物だとはっきり書いています。
植物学の言い方をすれば、トマトはつる植物の果実である。キュウリやカボチャ、インゲン豆やエンドウ豆と同じように。(判決文第5段落、筆者訳)
植物学でいう果実は、花が咲いたあとに育つ、種を包んだ部分のことです。この意味ならキュウリも豆のさやも果実になります。判決はそれを否定せず、ただ「法律で問題になるのはその意味ではない」と線を引きました。
決め手はデザートに出るかどうか
判決が「野菜」と呼んだ理由は、食卓での出され方でした。売る人にとっても食べる人にとっても、トマトは家庭菜園で育てる野菜の仲間だ、と判決は言います。生でも加熱しても、夕食ではスープや魚・肉といった主役の料理と一緒か、そのあとに出てくるもの。
ジャガイモ・ニンジン・カブ・ビーツ・カリフラワー・キャベツ・セロリ・レタスと同じ扱いで、果物のようにデザートとして出るものではない。この「食事の中での位置」が、ふだんの言葉で野菜と呼ばれる理由だとされました。
豆は「種」か、4年前の先例とは?

白い豆を「種」として輸入しようとした事件
トマトの判決は、よく似た先例を引いています。1889年のロバートソン対サロモン事件です。こちらは、輸入された豆を関税法の「種」として扱うか「野菜」として扱うかが争われました。
このとき最高裁のブラッドリー判事は、豆を種に分類する理由は無いと判断しています。トマトの判決は、トマトを果物に入れようとするのはこの豆の件と同じ発想だ、と並べて書きました。
クルミを「種」とは呼ばない
豆の判決には、トマトの判決がそのまま引用した一節があります。
豆を種に分類すべき理由は、クルミを種に分類すべき理由と同じくらい見当たらない。どちらも植物学や博物学の言葉では種だが、商売でもふだんの会話でもそうは呼ばない。(判決文第6段落が引くロバートソン対サロモン事件、筆者訳)
焼いても煮ても、スープの具にしても、豆は食卓で野菜として使われる。その主な使われ方を見れば足りる、というのが豆の判決の考え方でした。トマトの判決は、この物差しをそっくり借りています。
判決でニックス家はどうなった?

払った関税は戻らなかった
判決の最後は「原判決を維持する」のひとことです。一審の結論がそのまま残り、ニックス家が払った10%の関税は返ってきませんでした。判決文に反対意見は付いていません。トマトは関税法の上では野菜、という結論で最高裁の判断はまとまりました。
トマトそのものの正体は決めていない
注意したいのは、判決が決めた範囲です。最高裁が答えたのは「1883年関税法の条文で、トマトをどちらに数えるか」だけでした。植物学の分類を書き換えたわけでも、野菜と果物の定義を全国で統一したわけでもありません。「アメリカの最高裁がトマトは野菜だと決めた」という話は、半分だけ正しいのです。正確には「この関税法の上では野菜」です。
国や制度でトマトの扱いはどう違う?

野菜か果物かは、何のための線引きかで答えが変わります。同じトマトでも、物差しが変わればこれだけ扱いが分かれるのです。
| 物差し | トマトの扱い | 線を引いた理由 |
|---|---|---|
| 植物学 | 果物(果実) | 花のあとに育ち、種を包んでいる |
| アメリカ1883年関税法(1893年判決) | 野菜 | 夕食で主菜と一緒に出て、デザートにならない |
| EUのジャムの規則(2001年) | 果物 | ジャムの原料として扱うため |
| アーカンソー州の州のシンボル(1987年) | 果物と野菜の両方 | 植物学では果物、使い方は野菜 |
| 日本の農林水産省 | 野菜(果菜類) | 1年以内に収穫する草の作物 |
| 輸入品の分類(日本の関税率表) | 野菜(第7類) | 食用の野菜の章に入る |
EUのジャムの規則ではニンジンも果物
2001年12月に定められたEUのジャムに関する指令(加盟国に向けたルール)は、この規則の上ではトマトを果物とみなすと書いています。同じ一文には、ルバーブの茎・ニンジン・サツマイモ・キュウリ・カボチャ・メロン・スイカも並びました。
指令は、ジャム1,000gを作るのに果物を原則450g以上使うといった決まりを定めています。こうした決まりをトマトやニンジンにも当てはめるための定義で、ここでの果物はジャムの原料という意味にすぎません。
アーカンソー州は「州の果物」と「州の野菜」を兼任
アメリカのアーカンソー州は、1987年3月16日に成立した州法で、州南部で育つピンク色のトマトを「州の果物」と「州の野菜」の両方に定めました。条文は、トマトは植物学では果物で、使い方は野菜だと理由を書いています。しかも当時、州には公式の果物も野菜も無かったとのこと。空いていた2つの席に、同じトマトを座らせたわけです。
日本の農水省は「育て方」で分ける
日本の農林水産省は、おおむね2年以上育てる草や木で、実を食べるものを「果樹」として扱っています。トマトは1年以内に収穫する草の作物なので野菜で、実を食べる「果菜類」に入ります。同じ理由で、イチゴ・メロン・スイカも農水省では野菜です。ただし甘くて果物のように食べるため、「果実的野菜」という独自の区分が用意されています。
同じ日本でも家計調査では果物
ところが、総務省統計局の家計調査では、すいか・メロン・いちごは「生鮮果物」の品目に並んでいます。家計調査は、家庭が何にいくら使ったかを調べる統計です。畑でどう育つかを見る農水省と、食卓でどう食べるかを見る家計調査。物差しの向きが違えば、同じ国の役所どうしでも答えが分かれます。1893年の最高裁が選んだのは、家計調査に近い「食卓の物差し」でした。
判決が今も読まれるのはなぜ?

法律の言葉は専門用語でなく日常の意味で読む
この判決は、トマトの雑学として以上に、法律の読み方の例として知られています。条文の言葉に業界だけの特別な意味が無いなら、学問の定義ではなく、ふだんの言葉の意味で読む。その考え方を、誰にでも分かる題材で示したからです。
判決が基準にしたのは「売る人にとっても食べる人にとっても」という言葉づかいでした。税を払う商人と、それを買う客。法律の言葉は、その両方が同じ意味で受け取れるものでなければならない、という見方です。
今の輸入でもトマトは「野菜」の章
現在、輸入品の分類は世界共通の番号(HSコード)で整理されています。日本の税関の品目表でも、生鮮や冷蔵のトマトは第7類「食用の野菜、根及び塊茎」の0702番に入っています。果物は第8類という別の章です。関税の世界では、130年以上前の最高裁と同じく、トマトは今も野菜の側に置かれています。
判決文のどこに意外な事実がある?

被告のヘッデンは判決の3か月前に亡くなっていた
事件名に名前が残るヘッデンは、1893年2月6日にニューヨークで亡くなっています。最高裁の判決は同じ年の5月10日。自分が被告になった裁判の結論を、本人は知らないままでした。徴税官の職を離れてから亡くなるまでの6年半、訴えはずっと続いていたことになります。役人として下した1回の判断が、退任後まで裁判として残ったわけです。
原告側の証人の言葉は果物説に近かった
一審の証人の1人は「商売では、果物という言葉は種を含む部分にだけ使う」と答えていました。言葉だけ見れば、種を含むトマトは果物になりそうな証言です。ところが最高裁は、証言の中身より「業界に特別な意味は無い」という一点を拾いました。原告側が呼んだ証人の言葉が、結果的にふだんの意味で読む根拠になったのです。
判決理由は2ページに満たない短さ
アメリカ議会図書館が公開している判例集で、この事件が占めるのは事件の説明を含めて3ページあまり。グレイ判事の判決理由は6つの段落しかありません。6年かけて最高裁まで来た争いの答えは、ジャガイモからレタスまで野菜の名前を並べた、短い一文に収まりました。有名な判決ほど長いとは限らない例でもあります。
植物学では果物、関税法では野菜、ジャムの規則ではまた果物。トマトの正体は、どの物差しを当てるかで何度でも入れ替わります。1893年の最高裁が見ていたのは畑でも辞書でもなく、夕食の皿の並びでした。日本の店先で甘いトマトが「フルーツトマト」と呼ばれるのは、ふだんの言葉の上ではトマトがやはり野菜の側にいる証拠なのかもしれません。
参考
- Library of Congress「Nix v. Hedden, 149 U.S. 304 (1893)」
- 農林水産省「野菜の区分について教えてください。」
- Arkansas State Legislature「Act 255 of the 1987 Regular Session」
- legislation.gov.uk「Council Directive 2001/113/EC Annex III」
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