信号機はなぜ赤・黄・青なのか?「青信号」が緑色である理由

言葉と論理の話
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信号機の「赤・黄・青」。毎日のように目にしているのに、なぜこの3色なのか、なぜ「止まれ」が赤で「進め」が青(本当は緑)なのかを説明できる人は意外と少ないのではないでしょうか。実はこの配色、道路用に新しく決められたものではなく、19世紀の鉄道信号がルーツになっているんです。

結論からいうと、3色にはこんな理由がある

まずは結論から。信号機の「赤・黄・青(緑)」には、それぞれこんな理由があります。

意味理由を一言で
止まれ赤い光は波長が長く、霧や雨の中でも最も遠くまで届きやすいから
注意・予告「進め→止まれ」が突然切り替わる危険を避けるため、間に予告の時間をつくるために追加された
青(緑)進め鉄道で「白=進め」が事故を招いたため「緑=進め」に変更された名残。日本で「青信号」と呼ぶのは、緑を青と呼ぶ日本語の歴史的な習慣による

ここから、それぞれの理由をもう少し詳しく見ていきます。

赤が「止まれ」な理由 — 光の物理学

赤が「止まれ」に選ばれたのには、物理的な理由があるとされています。ポイントは「光の波長」と「散乱」という現象です。

波長が長いほど散乱しにくい

光は色によって波長(光の波1つ分の長さ)が異なります。空気中の小さな粒子に光が当たると、波長が短い光ほど四方に散らばりやすく(散乱しやすく)、波長が長い光ほど散らばらずに直進しやすいという性質があります。可視光の中で最も波長が長いのが赤色で、最も短いのが青〜紫色です。

信号機で使われる3色を、波長の長さと散乱のしやすさで比べると、おおよそ次のようになります。

おおよその波長散乱のしやすさ
赤色約610〜750nmしにくい(直進しやすい)
黄色約570〜590nmやや、しにくい
緑色約500〜570nmしやすい

霧や雨の中での見えやすさ

濃い霧や雨の中では、空気中に細かい水滴が増えるため、光の散乱がより強く起こります。このとき、散乱しにくい赤色の光は、他の色より視認できる距離が長くなりやすいといわれています。

最も重要な「止まれ」の合図に、最も視界不良に強い色を割り当てたと考えると、理にかなった選択だったことがわかります。

黄色が「注意・予告」な理由 — 急ブレーキを防ぐ工夫

最初の信号は赤と緑の2色だけだった

世界初とされる電気式の交通信号機は、1914年にアメリカ・オハイオ州クリーブランドで設置されたものといわれています。このときの信号は赤と緑の2色のみで、黄色はまだ存在していませんでした。

赤と緑だけの信号には、「進め」から「止まれ」へ突然切り替わるため、交差点の中にいる車が急停止できず事故につながりやすいという課題がありました。この間に「これから止まります」という予告の時間を設ける必要があったのです。

ギャレット・モーガンの3色信号

1923年、アメリカの発明家ギャレット・モーガンは、赤・黄・緑の3つの状態を持つT字型の交通信号機を考案し、特許を取得しました。彼は奴隷から解放された家庭に生まれ、独学でさまざまな発明を行った人物としても知られています。この黄色という「予告」の発想が、現在の世界標準である3色信号の原型になったとされています。

実は鉄道でも、同じような問題があった

赤・黄・緑の3色が並んだ鉄道用信号機のイラスト

実はこれと似たような「色の見直し」は、道路よりずっと前の鉄道でも起きていました。19世紀前半のイギリスの鉄道では、すでに色によって列車を制御する仕組みが使われており、当初は「赤=止まれ」「白=進め」「緑=注意」という組み合わせだったとされています。

ところがこの「白=進め」には大きな弱点がありました。信号機のレンズが割れたり外れたりすると、本来は赤を示すはずのランプが、ただの白い光として見えてしまうことがあったのです。「止まれ」のはずの信号が「進め」に化けてしまうという、命に関わる誤認です。

今ではあまり想像しにくいことですが、当時の人にとっては命に関わる深刻な問題でした。

この危険を避けるため、鉄道では「白=進め」をやめて「緑=進め」に変更し、空いた緑の枠には「注意」の意味として黄色(琥珀色)が割り当てられるようになりました。道路用の信号機は、この鉄道で培われた「赤・黄・緑」の意味づけをほぼそのまま受け継いだ形です。

青(緑)が「進め」で、しかも「青信号」と呼ばれる理由

歩行者用信号機の青信号(進め)のイラスト

法律では「緑色」と決まっている

多くの人が一度は疑問に思う「青信号」問題です。実際にあのランプの色は、誰が見ても緑色に近い色をしています。日本の法令(道路交通法施行令)でも、信号の色は正式には「青色」ではなく「緑色」として定義されています。

道路交通法施行令とは、道路交通法の内容を具体的に定める政令(内閣が定める命令)のことです。信号の色についての定義も、この施行令の中に記載されています。

つまり制度上は最初から「緑信号」だったにもかかわらず、私たちは日常的に「青信号」と呼び続けているということになります。

緑を「青」と呼んできた日本語の歴史

「緑を青と呼ぶ」言語習慣

この「ねじれ」の背景には、日本語における色の表現の歴史があるとされています。古くから日本語では、緑色のものを「青」と呼ぶ習慣が広く残っていました。青葉、青リンゴ、青虫など、現代でも明らかに緑色のものを「青」と表現する例は少なくありません。

信号機が日本に導入された当初、新聞などで「緑信号」と表記する例もあったようですが、こうした言語習慣の影響もあって「青信号」という呼び方が一般に定着していきました。後から法令の表記を実態の言葉づかいに合わせるのではなく、信号機の緑色そのものを、できるだけ青みがかった緑色に近づける工夫がされている、という話もあります。

信号機の色そのものを「青」に寄せる工夫

実際、信号機の緑色のランプの色は、国の規格(JIS)によって単純な緑ではなく「青みがかった緑色」になるよう色の範囲が定められています。電球式からLED式への切り替えが進んだ際にも、この青みを意識した色合いは引き継がれており、見た人が思わず「青信号」と呼びたくなる色合いになっているのです。

JIS(Japanese Industrial Standards、日本産業規格)とは、工業製品や材料などについて定められている国の規格のことです。

日本に信号機が来たのは1930年、操作したのは警察官

日本で初めて自動式の3色信号機が設置されたのは、1930年(昭和5年)、東京・日比谷交差点だったとされています。このとき信号機はアメリカから輸入されたものでした。

道案内をしている警察官のイラスト

当時の人々にとって、色によって「進む」「止まる」を一斉に判断するという経験はまったく新しいものでした。記録によれば、信号の意味を知らずに立ち止まってしまう人や、逆に赤でも渡ってしまう人が多く、警察官が信号の横に立って「これは赤です、止まってください」と説明していたともいわれています。今では当たり前の3色のルールも、最初は多くの人にとって「学ばなければならない新しい約束ごと」だったのです。

結局、信号の3色は「100年がけのリレー」でできている

信号機の「赤・黄・青(緑)」は、19世紀の鉄道での試行錯誤、光の届きやすさという物理的な裏付け、そしてギャレット・モーガンの発明によって、今の3色の形に整えられてきました。そして日本の「青信号」という呼び方は、信号の色そのものではなく、緑色を「青」と呼んできた日本語の歴史が今も生きている証でもあります。

次に交差点で信号待ちをするときは、その3色の組み合わせの裏に、100年以上前の鉄道技師や発明家たちの工夫が積み重なっていることを、少し思い出してみてください。