「全然大丈夫」を誤用と言い切ることはできません。「全然」はもともと肯定の文にも使えた副詞で、漱石や芥川も否定を伴わない形で書いています。「否定とセットで使うのが正しい」という考えが広まったのは戦後の昭和20年代後半で、研究者からは「迷信」とも呼ばれてきました。ただし改まった書き言葉では、いまも避けたほうが無難な言い方です。
「全然」はもともと肯定にも使えた言葉

江戸後期に中国語から入った副詞
「全然」は、江戸時代の後期に中国の話し言葉(白話)から取り入れられた言葉です。意味は「すべて・すっかり」。当初は「ねっから」「すっかり」「そっくり」といった振り仮名を添えて書かれることが多かったとされます。日本語として広く定着したのは、明治40年代以降のことでした。
否定とも肯定とも組めた
この言葉自体には「否定と組み合わせなければならない」という決まりはありませんでした。明治の「全然」は「全然違う」とも「全然同じだ」とも言える副詞です。いまの感覚で誤りとされる使い方が、当時はごく普通の日本語だったわけです。
国語学では、「全然」が後ろのどの語と組むかを「呼応(こおう)」と呼んで調べてきました。「全然〜ない」は否定との呼応、「全然大丈夫」は肯定との呼応です。この区別が、のちに正しさの物差しとして持ち出されることになります。
文豪たちはどんな文で「全然」を使った?

漱石『趣味の遺伝』の「全然同格」
夏目漱石は明治39年の短編『趣味の遺伝』に、「マクベスの門番は山寺のカッポレと全然同格である」と書いています。シェイクスピア悲劇の門番と、寺の境内で踊るこっけいな踊りを並べた一文です。ここの「全然」は「まったく」の意味で、後ろに否定の語はありません。
芥川『羅生門』の「全然、自分の意志に」
芥川龍之介の『羅生門』(大正4年)にも、否定を伴わない「全然」が出てきます。下人が老婆を押さえつけた場面の「この老婆の生死が、全然、自分の意志に支配されていると云う事を意識した」という一文です。教科書で読んだ人も多い作品ですが、ここを誤用だと習った人はまずいないでしょう。
太宰『鴎』の「全然新しいもの」
時代が下った昭和15年の太宰治『鴎(かもめ)』にも、「全然新しいものが、そこに在るのだ」という一文があります。同じ作品に並ぶのは「人から全然、相手にされなかった」という否定の例。一人の作家が両方の使い方を自然に書き分けていたことになります。
昭和10年代の専門誌では約6割が否定なし

590の用例を数えた研究
国立国語研究所の新野直哉(にいの なおや)さんらの研究班は、昭和10年代(1935〜1944年)の国語学・国語教育・日本語教育の専門誌3誌から「全然」を集めました。対象は「コトバ」「工程・綴方学校」「日本語」。全590例のうち否定を伴う例は232。伴わない例は354で、約6割にのぼりました。
多かったのは「違う」のような語
中身を見ると、6割がそのまま「全然大丈夫」型だったわけではありません。354例のうち134例は「違う」のように差を表す語でした。否定の意味を持つ語や、マイナスの評価を表す語も含まれています。
否定の意味もマイナスの評価も含まない、いまの「全然いい」に近い例は85例ほど。それでも、言葉の専門家が書く雑誌にこうした例が普通に載っていたこと自体が、当時の受け止め方を物語っています。
専門家も誤用とは書かなかった
同じ3誌には、標準語や「正しい日本語」を論じる記事が数多く載っていました。それでも「全然」の使い方を問題にした記述は見つかっていません。国語学者の浅野信(あさの しん)が昭和18年の著書で示した考えも、戦後の規範よりずっと幅の広いものだったと新野さんは分析しています。
「否定とセット」はいつから常識になった?

大正の終わりから否定に偏りはじめた
使われ方そのものは、大正の終わりごろから否定と組む例が増えていきました。国立国語研究所の解説によると、明治の後半には「ちっとも・なんにも」の意味で否定と組む言い方がすでに多くなっていたそうです。昭和の前期になると、肯定と組む例は目立たなくなります。
昭和28〜29年に批判が集中した
「全然は否定を伴うべきだ」という主張がはっきり記録に現れるのは戦後です。新野さんらの調べでは、昭和28〜29年(1953〜1954年)に雑誌『言語生活』へ「最近、全然が正しく使われていない」という趣旨の投稿が集中しました。この意識は昭和20年代の後半に急速に広がったとみられています。
学校で規則のように教えられたことも、定着を後押ししたと考えられています。「肯定で使ってはいけない」と覚えている人が多いのは、この教え方の名残です。
「迷信」と名づけたのは小池清治
この規範を「迷信」と呼んだのは、国語学者の小池清治(こいけ せいじ)が平成6年の著書で使ったのが始まりとされます。言葉の歴史と食い違うのに、多くの人が信じている決まりだからです。漱石の例を示されても「漱石は当て字の名人だから」と退ける本まであった、と別の論文は紹介しています。
「全然大丈夫」はどう広まった?

戦後に肯定の形がよみがえった
否定専用と信じられるのとほぼ同じころ、話し言葉では「全然+肯定」がふたたび聞かれるようになりました。研究ではこれを昭和20年以後のこととしています。言語学者の佐野真一郎さんは、変化を「否定から肯定へ」ではなく「肯定的用法の復活」と見るほうが事実に合う、と述べています。
話し言葉ではまだ否定が7割
佐野さんは『日本語話し言葉コーパス』に収められた講演などの録音から、「全然」を1,534例拾いました。否定と組む例が72.49%、「違う」「だめ」のような語が17.14%、「大丈夫」「いい」のような肯定の語は10.37%です。
話し手の生まれ年で分けると、1930年代生まれでは否定と組む割合が約80%と最も高く、若い世代ほど少しずつ下がっていました。肯定の語と組む割合は、その逆に世代が下るほど上がる傾向でした。
相手の心配を打ち消す一言
いまの「全然大丈夫」には、明治の「すっかり」とは違う働きもあります。国立国語研究所の解説では、相手が「大丈夫かな」と心配しているのを打ち消すニュアンスがある、という説明です。「全然おいしい」も、「思ったほどではないかと思ったら、意外においしい」という気持ちで使われることがあります。
書き言葉では避けたいのはなぜ?

辞書は「俗な用法」と書く
『広辞苑』第6版(2008年)は、肯定と組む「全然」を「俗な用法で、肯定的にも使う」と説明しています。存在を認めつつも、くだけた言い方という位置づけです。新聞記者向けの用字用語集や実用的な国語辞典でも、「全然楽しい」のような使い方は避けるよう求めるものが多いとみられています。
「ちっとも」と読まれるおそれ
話し言葉なら、声の調子や表情で「全然」の向きは伝わります。書き言葉ではその手がかりがありません。「全然」の後ろを読む前に「ちっとも」の意味で受け取られ、誤解を招くおそれがあります。正確さが求められる文書に向かないのは、正しいかどうか以前の理由です。
改まった場では言いかえを
目上の人への返事やビジネスの文書では、「問題ありません」「差し支えありません」に言いかえると角が立ちません。友人との会話で「全然大丈夫」と言うのを、とがめる理由はありません。誤用かどうかより、相手と場面に合うかで選ぶのが現実的な線引きです。
「とても」も昔は否定とセットだった

芥川が「新流行」と書き留めた
同じ変化は「とても」にも起きました。芥川龍之介は大正13年の随筆『澄江堂雑記(ちょうこうどうざっき)』で、「とても安い」「とても寒い」が東京の言葉になったのは数年前のことだと書いています。それまでの「とても」は「とてもかなわない」のように必ず否定を伴っていた、という指摘です。
元禄の『猿蓑』にすでに肯定の例
芥川は続けて、肯定の「とても」は三河あたりの方言だろうと推しています。証拠に挙げたのが、元禄4年刊の俳諧集『猿蓑(さるみの)』にある三河の人の句「秋風やとても芒はうごくはず」でした。三河から江戸へ移るのに200年余りかかった、と計算して「とても手間取つた」と結んでいます。
中国語の「全然」にも同じ”迷信”
本家の中国語でも、似たことが起きました。中国の『応用漢語詞典』(2000年)は「全然」を否定にしか使えないと注意書きしていますが、新聞『人民日報』には肯定で使った例が容易に見つかります。言語学者の橋本行洋さんは、日本語と同じ”迷信”が中国語にも生じていると指摘しています。
ことばの正しさは、時代ごとに引き直される一本の線にすぎません。その線がいつ引かれたかを知れば、見方は変わります。「全然大丈夫」は、全然、まちがった日本語ではないのですから。
参考
- 国立国語研究所 ことば研究館「全然おいしい」
- 新野直哉「“全然”に関する国語学者浅野信の言語規範意識-昭和10年代を中心に-」(表現学会『表現研究』97号)
- 佐野真一郎「『日本語話し言葉コーパス』を用いた「全然」の変化の詳細化」
- 橋本行洋「「全然」の“迷信”に関する通言語的考察」(国立国語研究所 学術情報リポジトリ)
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