アリジゴクは何の幼虫か、食べかすを羽化まで体にためておく

アリジゴクのイラストと「フンを出さない?」の文字 生きものの話
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お寺の縁の下や軒下の乾いた砂に、直径数センチのすり鉢がいくつも並んでいることがあります。底に潜んでいるのがアリジゴクで、その正体はウスバカゲロウという虫の幼虫です。砂の中で平均2〜3年暮らすあいだ、食べた獲物の消化できない残りを体の外へ出さず、羽化してから一度に出すという変わった体のつくりをしています。

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アリジゴクはウスバカゲロウの幼虫

虫眼鏡で観察する男の子のイラスト

体長1センチほどの大あごの虫

アリジゴクは、アミメカゲロウ目ウスバカゲロウ科の幼虫をまとめて呼ぶ名前です。代表的なのはウスバカゲロウ(学名Hagenomyia micans)で、北海道から九州まで広く見られます。幼虫の体長は1センチほど。ずんぐりした灰褐色の体に、はさみのような大きなあごが2本突き出ています。脚は短く、前に歩くのは得意ではありません。頼りになるのは体の表面に生えた毛で、砂のわずかな振動から獲物の接近を感じ取るのです。

成虫はトンボに似た弱々しい虫

成虫になると、細長い胴体と透明な4枚の翅(はね)を持つ姿に変わります。一見トンボのようですが、はっきりした触角があり、止まるときは翅を背中に屋根のように伏せてたたみます。トンボほど上手には飛べず、ひらひらと頼りなく舞う姿が特徴です。成虫が見られるのはおもに夏から初秋で、夕方から夜に活動し、灯りにもよく飛んできます。寿命は2週間から1か月ほどとされています。

カゲロウと名乗るのにカゲロウではない?

オニヤンマのイラスト

本物のカゲロウは水辺で育つ別の虫

「はかない命」のたとえに使われるカゲロウは、カゲロウ目という別のグループの虫です。幼虫は川や池の水中で育ち、成虫になると数時間から数日で死んでしまいます。ウスバカゲロウは名前に「カゲロウ」が入っていても、分類のうえではまったくの別物です。

名前の似た3つの虫を、分類と暮らしぶりで並べると違いがはっきりします。

虫分類(目)幼虫のすみか成虫の寿命
ウスバカゲロウアミメカゲロウ目乾いた砂地(アリジゴク)2週間〜1か月ほど
カゲロウカゲロウ目川や池の水中数時間〜数日
トンボトンボ目川や池の水中(ヤゴ)種によって大きく異なる

砂で育つのはウスバカゲロウだけで、ほかの2つは水の中で幼虫時代を過ごします。成虫の見た目が似ていても、子ども時代の暮らしはまるで違うわけです。

「かげろう」はもとはトンボの古い呼び名

混乱のもとは、昔の日本語にあります。平凡社の世界大百科事典や小学館の日本大百科全書によると、「かげろう」は古くはトンボ類を指す名前でした。平安時代の『蜻蛉日記(かげろうにっき)』の「蜻蛉」もこの意味です。飛ぶ姿がきらめいて見えることからの名とされています。

ウスバカゲロウは漢字で「薄翅蜻蛉」とも書きます。トンボに似た翅の薄い虫、という命名だったと考えれば、名前の由来もすっと腑に落ちるはずです。

すり鉢は後ずさりしながら掘る

すり鉢状の巣の底で待つアリジゴクと落ちるアリのイラスト

渦を描いて後ろ向きに進む

巣を掘るときは、砂に潜ったままお尻を先にして後ろ向きに進みます。ぐるぐると渦を描くように回りながら、頭で砂をはね飛ばしていくと、少しずつすり鉢の形ができあがります。この後ずさりの習性は、昔から人目を引いていました。精選版日本国語大辞典には「あとしざり」「あとさりむし」といった別名が載っています。

大きな砂粒だけを外へ捨てる

渦巻き状に掘る理由を調べたのが、イギリスのブリストル大学などの研究チームです。2019年に発表された研究では、大小の砂粒を混ぜた砂でヨーロッパの種に巣を作らせ、外へ投げ出された粒を集めて調べました。

すると、投げ出された粒は大きなものに大きく偏っていました。渦を描いて掘ると小さななだれが起き、大きな粒が溝の底へ転がり落ちます。それを優先して放り出すので、すり鉢の内側には細かくてすべりやすい砂だけが残る仕組みです。

雨の当たらない細かい砂を選ぶ

巣が作られるのは、軒下や木の根元のように雨が当たらず、さらさらに乾いた場所です。湿った砂は固まってしまい、崩れやすいすり鉢になりません。

ヨーロッパの種で砂の粒の大きさを変えて試した2005年の研究では、0.23〜0.54ミリの細かい砂でいちばん大きな巣が作られました。粒が1.54ミリを超える砂には、巣がひとつも作られなかったという報告です。

落ちたアリはなぜ逃げられない?

アリのイラスト

斜面は崩れる寸前の角度

すり鉢の斜面は、砂が崩れずに保てるぎりぎりの角度に近い傾きになっています。砂山を作ったときに自然にできる斜面の角度は、物理で安息角と呼ばれるものです。

※ 安息角(あんそくかく)とは、砂や粉を積み上げたとき、崩れずに止まっていられる斜面のいちばん急な角度のことです。粒の大きさや形によって変わります。

2020年に学術誌に載った研究では、すり鉢の斜面はこの安息角と、崩れる直前の最も急な角度とのあいだを行き来していると分析されています。アリが足をかけると砂がさらさらと流れ、体ごと底へ運ばれてしまうのはそのためです。

這い上がる獲物に砂を浴びせる

途中で踏みとどまった獲物には、アリジゴクが底から砂を投げつけます。砂が当たるかどうかより、足元の斜面を崩すことが大事だとされています。獲物はなだれと一緒に、底まで滑り落ちてしまうのです。

底にたまった砂も、こまめに外へはね出されます。斜面をいつも急なまま保つことで、自分が砂に埋もれるのも獲物が逃げるのも防いでいる、というのが研究者の見立てです。

獲物はかまずに吸って食べる

曲がるストローのイラスト

大あごはストローを兼ねている

アリジゴクの大あごは、獲物をつかまえる道具であると同時に口の一部でもあります。大あごの内側に小あごがぴったり組み合わさり、中に細い管ができているのです。この管が、獲物の中身を吸い上げるストローの役目を果たします。

消化液で溶かしてから吸う

獲物をとらえると、あごの先から消化液を流し込んで中身を溶かし、それから吸い取るという順番です。食べ終わった獲物は外側の殻だけになり、すり鉢の外へぽいと放り出されてしまいます。

体の外で消化を始めるこの食べ方は、ミズカマキリやゲンゴロウの幼虫、サシガメの仲間にも見られます。固い殻はほとんど体に入らないので、口にするのは消化しやすい液体が中心です。

食べかすは羽化まで体の中にためる

ブタの貯金箱と硬貨のイラスト

胃にあたる腸が行き止まりになっている

アリジゴクの消化管は、途中で途切れています。食べたものを消化する中腸の先が袋のように閉じていて、その先の後腸につながっていません。アメリカの研究者が2005年に発表した論文でも、幼虫の時期の後腸は働いていないと説明されています。そのため、消化しきれなかったわずかな残りは外へ出ていけず、中腸の中で小さな粒にまとまってたまっていきます。長ければ4年に及ぶ幼虫の時期を、その粒を抱えたまま過ごすわけです。

成虫になって初めて一度に出す

腸が1本につながるのは、さなぎを経て成虫になったときです。たまっていた粒は、羽化した直後にまとめて排出されます。

こうした羽化直後の最初の排泄物は「蛹便(ようべん)」とも呼ばれ、さなぎの時期をもつ多くの昆虫に共通するものです。ただ、アリジゴクの場合は何年分もの食べかすがひとまとめになる点で、規模が違います。

出さなくても困らない食べ方

何年もためて平気なのは、獲物を溶かして液体だけを吸う食べ方のおかげと考えられています。殻のような固い部分を飲み込まないため、もともと残りかすがわずかしか出ません。

すり鉢の中でフンをしないことは、巣を清潔に保つうえでも都合がよさそうです。砂が固まらず、獲物がにおいで警戒することも減ると考えられますが、ここは推測の域を出ません。

フンをしないのに排泄はする?

研究発表の掲示が並ぶ掲示板のイラスト

おしっこにあたる液体は出している

「アリジゴクは何も出さない」と思われがちですが、液体の排泄は確かめられています。昆虫にはマルピーギ管という腎臓のような器官があり、体の老廃物や余分な水分は、ここでこし取られて後腸へ送られる仕組みです。アリジゴクの幼虫でもマルピーギ管は後腸側の袋につながっていて、体の水分の調節を担っていると報告されています。

第17回(2022年)の筑波大学「科学の芽」賞に応募した栃木県の高校生は、砂の代わりにグラニュー糖を巣材にしてアリジゴクを飼いました。糖と固まった排泄物をふるいで取り出し、その数と重さを毎週はかったのです。

えさが減ると排泄も減らす

その観察では、えさが安定してとれる時期には余った分を排泄し、えさが不安定な時期には排泄を減らして体に水分をためる様子がうかがえました。雨の多い週の翌週に繭を作る個体がいたことも記録されています。

つまり「アリジゴクはフンをしない」は、固形の食べかすについては正しく、液体まで含めると言い過ぎになります。正確には、幼虫のあいだは固いフンを出さない虫、ということになりそうです。

成虫になるまで1年から4年

卓上カレンダーのイラスト

えさの取れ具合で成長が変わる

幼虫は脱皮を2回して大きくなります。獲物がよくかかる場所の幼虫は育つのが早く、かからない場所の幼虫は遅れます。早ければ1年、遅ければ4年かかり、平均すると2〜3年ほどです。

辞典によって「1〜2年」「約2年」「2〜3年」と書き方がばらつくのも、この個体差の大きさゆえでしょう。待ち伏せ型の狩りは、場所選びの当たり外れがそのまま成長の速さに表れます。

何か月も食べずに待てる

体の働きをぎりぎりまで抑えて暮らしているため、アリジゴクは何か月も食べずに生きのびられるとされています。いつ来るかわからない獲物をじっと待つ暮らしには欠かせない力です。

アメリカの種を使った実験では、1か月えさを与えないと巣の場所を変える回数が減り、作り直す巣も小さくなっていきました。動き回って体力を使うより、じっと構えて待つ方向へ切り替えるわけです。

砂粒の繭から1か月足らずで羽化

十分に育ったアリジゴクは、6〜7月ごろ砂の中で繭を作ります。お尻から糸を出して砂粒をつづり、直径1センチほどの丸い繭に仕上げるのです。繭の中では数日でさなぎになり、20〜30日ほどで成虫が出てきます。何年も砂の中にいたのに、さなぎの時期はひと月にも満たない短さです。

すり鉢を作らないアリジゴクもいる

砂丘のイラスト

日本の17種のうち一部だけ

ウスバカゲロウの仲間は世界に600〜1,200種ほど、日本には17種がいるとされます。ところが、すり鉢を掘るのはウスバカゲロウやコウスバカゲロウなど一部の種だけです。

ほかの種の幼虫は穴を掘らず、砂の表面のすぐ下やコケのついた岩の上で獲物を待ち伏せするのです。辞典によっては、「アリジゴク」をすり鉢を作る種の幼虫だけに限った呼び名としています。

海岸の砂に潜るオオウスバカゲロウ

仲間のうち日本最大のオオウスバカゲロウは、幼虫の体長が最大2センチ、メスの成虫の前翅は5センチを超えます。幼虫がすむのは海岸の砂丘で、砂の表面のすぐ下に潜み、上を歩く昆虫やハマダンゴムシをとらえる暮らしです。

京都府のレッドデータブックには、着地したトンボを砂に引きずり込むこともあると書かれています。砂丘と、成虫がすむ背後の松林がそろう場所が減り、京都府では絶滅のおそれがある種とされています。

蟻地獄は夏の季語

筆と短冊で俳句を詠む人のイラスト

あとじさり・すりばちむしという別名

「蟻地獄」は俳句では夏の季語です。辞典には「あとじさり」「すりばちむし」「ありのじごく」など、姿や習性をそのまま言い表した別名がいくつも並びます。

「蟻地獄」の語が文献に見える早い例は、1884年の『生物学語彙』です。大正時代には歌人の斎藤茂吉が、梅の木陰の乾いた砂にこもる蟻地獄を夏の歌に詠みました。

抜け出せない苦境のたとえにも

「借金の蟻地獄」のように、もがくほど深みにはまる状況のたとえにも使われます。芥川龍之介も1917年の小説『忠義』で、「蟻地獄に落ちた蟻のやうな」いら立ちを描きました。崩れる斜面にもがくアリの姿は、それほど多くの人の目に焼きついていたのでしょう。小さな虫の巣が、人の境遇まで言い表す言葉になったのです。

すり鉢の底で何年も獲物を待ち、食べかすは体にため込み、空へ飛び立つ日にようやく手放す。アリジゴクの一生は「待つ」「ためる」「手放す」の三つの動詞でほぼ言い尽くせます。地獄の主と呼ばれる虫は、じつは誰よりも辛抱強い住人です。

参考

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