「蛙」が虫偏なのは、偏の「虫」がもともと昆虫ではなく、マムシを描いた字だったからです。古い字書は、鳥にも魚にも獣にも入らない小さな生き物をまとめてこの部品で書くと定めていました。カエルもその箱に入ったわけです。虹のほうは、空にかかる竜や蛇のような生き物と見られていたため、同じ部品が付きました。
虫偏の字はどこまで広がる?

昆虫の外側にも虫偏が並ぶ
虫偏の字を、今の分類と並べてみます。蜂や蝶のような昆虫から外へたどると、カニ・貝・カエル・コウモリと生き物の種類がどんどん広がっていきます。いちばん外にいるのは、生き物ですらない虹です。
| 漢字 | 読み | 今の分類 |
|---|---|---|
| 蜂・蝶 | はち・ちょう | 昆虫 |
| 蜘蛛 | くも | クモのなかま(昆虫ではない) |
| 蟹・蝦 | かに・えび | 甲殻類 |
| 蛤・蜆 | はまぐり・しじみ | 貝(軟体動物) |
| 蛸 | たこ | 軟体動物 |
| 蛙 | かえる | 両生類 |
| 蛇 | へび | 爬虫類 |
| 蝙蝠 | こうもり | 哺乳類 |
| 虹 | にじ | 気象現象 |
蛇と虹は常用漢字、蛙は表外字
身近な字なのに、扱いは一様ではありません。2010年に告示された常用漢字表を確かめると、「蛇」と「虹」は入っていますが「蛙」と「蟹」は入っていません。カエルは読める人が多いわりに、公的な文書では仮名で書かれることの多い字です。
なぜこれほど違うものが同じ部品を持つのか。その答えは、虫という字が最初に何を描いていたかにあります。
「虫」はマムシを描いた字

頭が親指ほどもあるヘビ
西暦100年ごろに成った中国の字書『説文解字(せつもんかいじ)』は、「虫」をこう説明しています。別名は蝮(まむし)で、太さは三寸。頭は親指ほどの大きさで、字はその横たわる姿をかたどったものだ、と。ここには昆虫の話が一言も出てきません。
※ 説文解字とは、後漢の許慎(きょしん)が編んだ中国最初の部首別の字書です。540の部首を立て、9,000字あまりの成り立ちを解説しています。
読みは「チュウ」でなく「キ」
ヘビを指すときの「虫」は、音を「キ」と読みました。のちにマムシを表す役目は「虺(き)」という字が引き継ぎ、虫は毒ヘビの字の古い形と説明されるようになります。名前としての役目を手放した虫は、部品として生き残りました。わたしたちが虫偏と呼んでいるのは、その部品のほうです。
「蟲」と「虫」はもともと別の字

三つ重ねた「蟲」が本来のむし
虫を三つ重ねた「蟲」が、昆虫をふくむ「むし」の字でした。三匹のマムシという意味ではありません。小さなものがたくさん集まってうごめく様子を、同じ形を重ねて表したものです。木を三つ並べて森とするのと同じ発想といえます。
足のあるものが蟲、足のないものが豸
『説文解字』の「蟲」の項には、足のあるものを蟲といい足のないものを豸(ち)という、と書かれています。バッタやダンゴムシは蟲、ミミズのように足のないものは豸という区分です。今の「昆虫かどうか」とはまったく別の物差しで、小さな生き物を分けていたことが分かります。
略字の「虫」が本家を飲みこんだ
画数の多い「蟲」は、古くから「虫」で代用されてきました。その習慣が定着し、日本の常用漢字でも中国の簡体字でも「むし」は「虫」で書きます。マムシの字だったものが、むしの字の座に座り直したかたちです。
小さな生き物はなぜひとまとめになった?

「みな虫を形とする」という一文
『説文解字』は、虫という部品がどこまでを受け持つかも書き残しています。
物之微細、或行、或毛、或蠃、或介、或鱗、以虫爲象
はうものも毛のあるものも、裸のものも甲羅や鱗のあるものも、小さな生き物はみな虫を形として書く。そういう意味です。姿は問わず、基準は「小さいこと」でした。カエルが虫偏に入るのは、この一文で説明がつきます。
鳥・魚・獣からこぼれた残りの箱
漢字の部首には、鳥偏・魚偏・けものへんという分業があります。大きく目立つ生き物は、それぞれの受け皿に収まりました。虫偏が引き受けたのは、そこからこぼれた残りです。積み上げて作った分類というより、引き算でできた「その他」の箱に近いものでした。
大きさが分類の物差しだった
カニとカエルとコウモリを同じ箱に入れるのは、今の目には乱暴に映ります。けれど骨格や発生のしくみを比べる手立てがない時代には、目に見える大きさが十分に役立つ物差しでした。逆に、大きくて海にいるクジラは魚偏の「鯨」で書かれます。哺乳類かどうかより、どこにどんな大きさでいるかで枠が決まっていたわけです。
人間まで「虫」に数えた五つの分類

『大戴礼記』の五つの「蟲」
漢代に編まれた『大戴礼記(だいたいらいき)』の易本命篇は、動物を五つに分けました。それぞれに三百六十種がいて、群れごとに長(おさ)がいるという整理です。ここでの「蟲」は、動物全体を指す言葉として使われています。
| 呼び名 | 中身 | 長とされた存在 |
|---|---|---|
| 羽の蟲 | 鳥 | 鳳凰 |
| 毛の蟲 | けもの | 麒麟 |
| 甲の蟲 | 亀など甲羅のあるもの | 神亀 |
| 鱗の蟲 | 魚や竜のたぐい | 蛟竜(こうりょう) |
| 倮(ら)の蟲 | 毛も羽もない裸のもの | 聖人 |
裸の蟲の長は聖人
毛も羽も鱗も甲羅も持たない生き物、つまり人間は「倮の蟲」に入ります。その長が聖人だと書かれているのです。この文脈の「むし」は見下す言葉ではなく、生き物すべてを覆う総称でした。人はその一区画の住人にすぎなかったことになります。
「甲虫」「毛虫」に残る名残
カブトムシの仲間を「甲虫(こうちゅう)」と呼ぶのは、硬い殻のものを甲の虫と呼ぶ発想と重なります。五つの分類で亀を指していた枠の名前が、今は昆虫の一群の名です。毛の虫も、本来はけもの全般を指しました。それが今ではガやチョウの幼虫だけの名前です。虫という枠が昆虫まわりに縮んだとき、内側の言葉も一緒に縮んだと見ることができます。
カエルには専用の部首があった

『説文解字』のカエルは「鼃」
ここまでの理屈なら、蛙が虫偏なのは当然に見えます。ところが『説文解字』にはカエルの字として「蛙」が載っていません。載っているのは「鼃」です。下の「黽(ぼう)」は、カエルの姿をかたどった象形文字。魚でも貝でもない水辺の生き物を受け持つ部首で、スッポンの「鼈」も同じ仲間です。
「黽」から虫偏へ引っ越した「蛙」
その黽を虫偏に取り替えた形が「蛙」です。カエルは専用の部首を持っていたのに、小さな生き物をまとめる大きな箱のほうへ移ったことになります。虫偏なのが不思議だと思われている字は、むしろ自分から虫偏へ引っ越してきた字でした。
右側の「圭」は音を受け持つ部品
「蛙」は形声文字で、虫が意味を、圭(けい)が音を受け持ちます。『説文解字』も鼃について「圭の声」と書き、圭を音の部品として扱いました。圭の字がカエルの鳴き声を写しているという解説を見かけることもあります。けれど字書が示すのは発音の手がかりで、鳴き声ではありません。
※ 形声文字とは、意味を表す部分と音を表す部分を組み合わせて作られた漢字のことです。漢字全体の8割以上がこの作り方だといわれます。
「蝦」はもともとガマガエルの字
カエルの話には、もう一つねじれがあります。今の日本では「蝦」をエビと読みますが、『説文解字』は蝦を「蝦蟆(がま)」と説明しています。鼃の説明にも「蝦蟇なり」の一言。エビの字は、もとはヒキガエルを指していたわけです。虫偏の中で、字と生き物の組み合わせは何度も入れ替わってきました。
虹が虫偏なのはどうして?

字書は「虫に似た形」と説明した
生き物でない虹にも虫偏が付くのは、虹そのものが生き物の一種と見られていたからです。『説文解字』は虹を「螮蝀(ていとう)なり。状は虫に似る」と説明しました。螮蝀は虹の古い呼び名で、これも虫偏の字です。空に弓なりに伸びる姿を、長い体の生き物に重ねていたことが分かります。
竜と見る言い伝えと右の「工」
中国には、虹を竜の姿とする言い伝えがあります。竜は想像上の生き物ですが、姿は蛇に近いものとされてきました。蛇が虫偏で書かれる以上、竜の一種の虹も虫偏になります。右の「工」は音を表す部品で、天と地をつなぐさまを表すという解釈も添えられています。
雄の「虹」と雌の「霓」
生き物と見なした以上、雌雄も考えられました。「虹(こう)」は雄の虹、「霓(げい)」は雌の虹を指したといいます。虹はときどき二本並んで出ます。内側のくっきりした主虹と、外側に薄く出る副虹です。副虹は色の並びが主虹と逆になるため、別の一匹に見えても不思議はありません。二本の見え方の違いを、雌雄に重ねたのかもしれません。
タコとコウモリも虫偏の仲間

「蛸」は足の長いクモの字
中国で「蛸」は、足の長いクモを指す「蠨蛸(しょうしょう)」などに使われる字でした。日本では平安時代の薬物辞典『本草和名(ほんぞうわみょう)』がタコを「海蛸」と書き、ここからタコの字になったとされます。八本の足をクモに見立てた「海のクモ」だという説が知られています。
コウモリは哺乳類でも虫偏
コウモリを書く「蝙蝠」は、二字とも虫偏です。『説文解字』にも蝙と蝠がそれぞれ載り、蝠は「服翼」という別名でも呼ばれていました。空を飛び、体が小さく、夜に動く。けものの枠より虫の枠に近いと見られたのでしょう。分類の境目は、その時代の見え方しだいで動きます。
「かわず」と読むと季節の音になる
芭蕉の「古池や蛙飛こむ水のおと」の蛙は「かわず」と読みます。句が詠まれたのは1686年、江戸深川の芭蕉庵でした。同じ年には門人の仙化が、蛙を題にした句合『蛙合(かわずあわせ)』をまとめています。かわずは春の季語で、鳴き声とともに詠まれる歌のことば。かえると読めば生き物、かわずと読めば季節の音になります。
鳥でも魚でも獣でもないものを、まとめて虫と呼ぶ。そのおおらかさは、今の分類から見ると粗く映ります。それでも蛙と書き、虹と書くたびに、二千年前の世界の分け方を一画ずつなぞっていることになります。今の分類も、遠い先の誰かには同じくらいおおらかに見えるのかもしれません。
参考
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