パスタはイタリアを代表する料理ですが、その起源はイタリアにあるとは限りません。中国から伝わったとする説、アラブ経由でシチリア島に入ったとする説、イタリア半島で独自に発達したとする説——研究者の間で今も議論が続いています。さらに言えば、「パスタといえばトマトソース」というイメージも、歴史的には比較的新しい組み合わせです。
パスタの歴史——年表
起源の議論から、日本での定着まで主な転換点をまとめました。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 紀元前後〜5世紀 | 地中海沿岸で小麦粉を練った食品の記録が登場。ギリシャ・ローマでも類似食品の記述あり |
| 9〜11世紀 | アラブ人がシチリア島を支配(827〜1072年)。乾燥麺「イトリヤ(itriyya)」が持ち込まれたとされる |
| 12世紀 | シチリア島での乾燥パスタ生産の記録(1154年、地理学者イドリーシーの文献)。世界最古級のパスタ記録のひとつ |
| 13〜14世紀 | イタリア各地で麺料理が普及。マルコ・ポーロ(1254〜1324年)が中国から持ち帰ったという説が語られるが、後世の創作とされる |
| 16世紀以降 | ナポリを中心に乾燥パスタの大量生産が始まる。庶民の主食として定着 |
| 18世紀 | 南米原産のトマトがイタリアに普及。徐々にパスタのソースとして使われ始める |
| 19世紀末〜20世紀 | イタリア移民が北米・南米に渡り、パスタを持ち込む。世界各地でイタリア料理が普及 |
| 1960〜70年代 | 日本でスパゲッティが普及。ナポリタンなど日本独自のアレンジが生まれる |
年表を見ると、パスタが「イタリア料理」として世界に広まったのは、実は19世紀以降のことです。
起源論争——中国・アラブ・イタリア
マルコ・ポーロ伝来説は「伝説」
「パスタはマルコ・ポーロ(マルコ・ポーロ、1254〜1324年)が中国から持ち帰った」という話は広く知られていますが、これは20世紀に広まった後世の創作とされています。マルコ・ポーロが中国を旅した13世紀末より前から、イタリアにはすでに麺状の食品の記録があるためです。
イタリアの食文化研究者のほとんどは「マルコ・ポーロ説」を否定しており、この話はパスタメーカーが宣伝目的で広めたという説もあります。食べ物の「起源伝説」は往々にして後世に作られるものですが、パスタはその典型例のひとつです。
アラブ経由シチリア島ルートが有力説
現在、研究者の間で広く支持されているのは「アラブ起源説」です。9世紀から約2世紀にわたってシチリア島を支配したアラブ人が、乾燥麺「イトリヤ(itriyya)」を持ち込んだという説があります。1154年に著述されたアラブの地理学者イドリーシーの文書に、シチリア島で大量の乾燥麺が製造され輸出されていたという記述があり、これが現存する世界最古級のパスタ関連記録とされています。
乾燥させることで長期保存できる麺は、温暖な地中海気候のシチリアで大量生産するのに適していました。アラブの乾燥麺製法がシチリア島で発展し、やがてイタリア半島に広まったというのが、現在最も説得力のある仮説とされています。
イタリアでの発展
乾燥パスタの普及と地域差
16世紀以降、ナポリを中心に乾燥パスタの大量生産が進みます。乾燥パスタは生パスタより保存性が高く、流通しやすいため庶民の食として普及しました。一方でイタリア北部(エミリア=ロマーニャ州など)では、小麦と卵で作る生パスタの文化が根強く残っています。
この南北の違いが、今日のパスタ文化の多様性を生んでいます。南部のスパゲッティ・リングイネなどの乾燥麺文化と、北部のタリアテッレ・ラザニア・ラビオリなどの生麺文化が、ひとつの「イタリアパスタ」という名のもとに共存しているのが現状です。
トマトソースとの出会い——意外と新しい組み合わせ
「パスタ=トマトソース」というイメージは強いですが、この組み合わせが一般化したのは18世紀以降のことです。トマトは南米原産で、スペインの征服者によってヨーロッパに持ち込まれたのは16世紀。最初は「毒がある」として敬遠され、イタリアで食用として定着するまでに時間がかかりました。
トマトソースとパスタの組み合わせが文献に登場するのは18世紀末頃からです。つまり、2000年近い歴史を持つパスタの歴史の中で、「トマトソースのパスタ」はここ200〜300年ほどの比較的新しい料理です。それ以前はオリーブオイル・チーズ・肉汁などで味付けされていました。
豆知識——パスタの形と日本のパスタ文化
形が料理の目的と一致する理由
現在、世界には600種類以上のパスタの形状があるとされています。この多様性は偶然でなく、それぞれのソースや調理法に合わせて形が選ばれてきた結果です。
| 形状の特徴 | 合うソース・理由 |
|---|---|
| 細長い(スパゲッティ) | オイル系・トマト系。ソースが麺に絡みやすい |
| 管状(ペンネ・リガトーニ) | ミートソース・クリーム系。内側にソースが入る |
| らせん状(フジッリ) | 粒が引っかかるソース。サラダにも使いやすい |
| 平打ち(タリアテッレ) | ボロネーゼなど濃いソース。表面積が大きく絡む |
日本のパスタ文化——ナポリタンという独自進化

日本にパスタが広まったのは戦後のことです。進駐軍の影響もあり、スパゲッティが洋食として普及しました。その中で生まれた「ナポリタン」(ケチャップ・玉ねぎ・ピーマン・ウィンナーを炒め合わせた日本独自のパスタ)は、本場イタリアには存在しない日本発祥の料理です。
中国・アラブ・シチリア・イタリア本土を経て世界に広まり、日本でもまた独自の形に変化していった——パスタの歴史は食が国境を越えるたびに姿を変え続けることを、もっとも鮮やかに示しています。


