オムライスの起源と歴史——「元祖論争」が続く日本生まれの洋食

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オムライスは「オムレツ」と「ライス」を組み合わせた造語で、日本で生まれた洋食です。誕生したのは明治時代の東京または大阪とされていますが、その起源については今も二つの老舗が「元祖」を名乗っており、どちらが先かは決着がついていません。

オムライスの歴史——年表

オムライスが誕生し、日本の定番洋食として広まるまでの流れを整理しました。

時期できごと
1900年頃(明治30年代)東京・銀座の洋食屋「煉瓦亭(れんがてい)」がチキンライスを薄焼き卵で包んだ料理を提供。「元祖説」のひとつ
1922年(大正11年)大阪・心斎橋の「北極星(ほっきょくせい)」が胃の弱い常連客のために考案したオムライスを提供したと伝わる
1930〜40年代西洋料理・洋食屋の定番メニューとして全国に普及。家庭料理としても作られるように
戦後〜1960年代給食・大衆食堂での提供が増え、子ども向けの料理として定着
1985年頃〜ケチャップで絵を描く「デコオムライス」が登場。ファミリーレストランで人気に
2000年代〜トロトロ卵をご飯にのせる「洋食屋風」オムライスが流行。老舗の技法が再評価される

100年以上の歴史を持ちながら、現在も「元祖論争」が続いているのはオムライスならではの特徴です。

発祥——二つの「元祖」と誕生の経緯

東京・煉瓦亭説

東京・銀座の老舗洋食屋「煉瓦亭」は、明治30年代(1900年前後)にオムライスを考案したと伝えています。当時の煉瓦亭は厨房の賄い飯として、余ったご飯をチキンライスにして薄焼き卵で包んで食べていたのが始まりとされています。とんかつや「ポークカツレツ」の発祥としても知られる店で、日本洋食の先駆け的な存在です。

大阪・北極星説

もう一方の起源説は、大阪・心斎橋の「北極星」です。1922年、胃の弱い常連客が「卵とご飯しか食べられない」と話したことから、店主の北橋茂男(きたはししげお)氏がケチャップライスを卵で包んだ料理を考案したと伝わっています。「オムライス」という名称を最初に使ったのも北極星だとされており、現在も大阪では北極星の説が広く語られています。

どちらの説が正しいかは文献的な決着がついていませんが、東京と大阪でほぼ同時期に独立して似た料理が生まれた可能性も指摘されてきました。洋食文化が全国に広がる過程で、各地で工夫が重なった結果といえるでしょう。

オムライスのスタイルの変化

オムライスは時代とともに形を変えてきました。

スタイル特徴広まった時期
包む型(クラシック)チキンライスを薄焼き卵でしっかり包む。煉瓦亭・北極星の原型明治〜昭和初期
デコ型ケチャップでハート・顔などを描く。子ども向け・ファミレス普及1980〜90年代
トロトロ型半熟の卵をライスにかぶせてナイフで割る。老舗の再評価とともに流行2000年代〜現在

同じ「オムライス」という名前でも、世代によってイメージが異なるほど、スタイルの変遷が大きい料理です。

ハート型ケチャップのオムライスのイラスト

豆知識——オムライスにまつわる話

「オムライス」は日本語の造語

「オムライス」は英語の「omelette(オムレツ)」と「rice(ライス)」を組み合わせた和製英語です。英語圏では通じない言葉で、海外では「Japanese omelette rice」や「omurice」と説明されます。近年はK-POPや日本食ブームとともに「omurice」として世界に広まりつつあり、海外のレストランでも見かけるようになっています。

映画『洋食や』とオムライスの文化的地位

オムライスは日本のポップカルチャーにもたびたび登場する料理です。料理漫画や映画で「愛情を込めた家庭料理」の象徴として描かれることが多く、ケチャップで文字を書くシーンは日本人に共通のノスタルジーを呼び起こします。洋食として輸入されながら、いつのまにか「お母さんの味」として記憶される存在になったのは、オムライスだけが持つ独特の立ち位置です。

二つの老舗が今も元祖を名乗り、スタイルが時代ごとに変わりながら100年以上愛され続けるオムライスは、日本の洋食文化の懐の深さをよく表しています。