同じ部屋にいたのに、自分だけ何か所も刺されて隣の人は無傷。蚊がこうして相手を選ぶとき、頼りにしているのは吐く息の二酸化炭素と体の熱、そして汗や肌のにおいです。この出し方には体質による差があり、双子の研究では刺されやすさの6割ほどが遺伝で説明できました。よく聞く「O型は刺されやすい」には実験が1本ありますが、決め手と言えるほどの裏付けはありません。
蚊はどうやって人を見つける?

最初の合図は吐く息の二酸化炭素
血を吸うのはメスの蚊だけで、産卵に必要な栄養をとるためです。そのメスが人を探すとき、最初に反応するのが吐く息にふくまれる二酸化炭素とされています。空気中に広がった二酸化炭素の濃い方へ向かって飛ぶことで、まだ姿の見えない相手との距離を縮めていく仕組みです。体の大きい人や運動したあとの人は、それだけ多くの息を吐いています。合図が強く出るぶん、見つかりやすくなると考えられます。
二酸化炭素が蚊の目を「起こす」
二酸化炭素の役割は、においの道しるべだけではありません。ワシントン大学のチームが2022年に発表した実験では、ネッタイシマカは二酸化炭素を嗅いだあとで初めて、特定の色の点に向かって飛ぶようになりました。二酸化炭素が無いときは、どんな色にも関心を示さなかったといいます。吐く息が「目で標的を探せ」というスイッチになっているわけです。蚊はにおいと視覚を順番に使い分けて、人に近づいていきます。
近くでは体の熱と湿り気が決め手になる

温かさが「生きた相手」の証拠
すぐそばまで来た蚊は、肌から立ちのぼる熱と湿気を手がかりに着地を決めるとされています。体温が高めの人や、汗で肌がしっとりしている人はこの段階で目立ちやすい存在です。遠くからは息、近くでは熱と、手がかりを持ち替えていることになります。
妊娠中の女性は約2倍の蚊を集めた
2000年に医学誌ランセットに載った研究では、アフリカのガンビアで妊娠中の女性が妊娠していない女性のおよそ2倍のマラリア蚊を引き寄せました。同じ地域で寝床の蚊帳に入ってきた蚊を数えた続く研究でも、妊婦のほうが1晩あたり1.7〜4.5倍多かったと報告されています。
研究者は、妊娠による体の変化が蚊を引きつけていると考えています。息の量や体温が変わる時期なので、蚊の手がかりがそろって強まるのかもしれません。
ビールを飲むと着地が増えた
お酒と蚊の関係を調べた、日本の研究者による2002年の実験もあります。13人のボランティアに350mlのビールを飲んでもらうと、飲む前より蚊の着地の割合がはっきり増えました。
ただ、汗にふくまれるアルコールの量や肌の温度は、着地の増え方と結びついていませんでした。「飲むと体が温まるから」とよく説明されますが、この実験では理由までは突き止められていないのです。
汗と肌のにおいが着地の目印になる

乳酸は1968年に見つかった誘引成分
人のどんなにおいに蚊が反応するのか。その答えの一つとして、1968年に科学誌サイエンスで報告されたのが乳酸です。人の手を洗った液から蚊を引き寄せる成分を取り出したところ、主役はL-乳酸でした。手から取れた乳酸の量が多い人ほど、蚊も多く集まったといいます。
においは成分の組み合わせで決まる
乳酸は汗にふくまれる身近な成分で、誰の肌にもあります。それでも刺されやすさに差が出るのは、乳酸だけで決まるわけではないからです。肌のにおいは何百もの成分が混ざったもので、蚊はその配合のちがいを嗅ぎ分けていると考えられています。
汗をかいた直後に刺されやすいと感じるのは、熱と湿気に加えて、においの材料まで一度にそろうからでしょう。
足元ばかり刺されるのはなぜ?

マラリア蚊は足を選んで刺した
1995年の実験で、裸でじっとしている人をアフリカのマラリア蚊に刺させると、足のまわりに刺し跡が集中しました。一方、ヨーロッパのマラリア蚊は頭を好みます。刺す場所の好みは種類で異なり、肌の温度や汗腺の多さと結びついていました。
この実験では、足を洗うと刺す場所の好みが変わりました。足のにおいそのものが、着地点を決める目印になっていたことがうかがえます。
肌にすむ細菌も刺されやすさに関わる
肌のにおいの多くは、汗そのものより皮膚にすむ細菌が汗を分解してできます。オランダの研究チームは2011年、48人の男性の肌の細菌を調べました。マラリア蚊によく好かれた人はブドウ球菌の割合が約2.6倍高く、好かれにくい人はシュードモナス属が約3.1倍多かったのです。
好かれにくい人は、肌の細菌の種類も多様でした。どんな菌とどれだけ暮らしているか、という肌の個性が、刺されやすさに表れているといえます。
刺されやすさの6割ほどは遺伝で説明できる

双子37組で比べた2015年の研究
イギリスの研究チームは2015年、一卵性の双子18組と二卵性の双子19組の手のにおいを、ネッタイシマカに選ばせました。遺伝子がまったく同じ一卵性のほうが、蚊の寄りつき方がよく似ていたのです。分析すると、蚊の引き寄せやすさの約62%が遺伝で説明できるという結果でした。
受け継がれるのは「におい」の体質
この実験で蚊が比べたのは、あくまで手から出るにおいです。遺伝で決まっているのは、肌がどんな成分を出すかという体質のほうと考えられます。
親子やきょうだいで「うちはみんな刺されやすい」と感じるのは、気のせいとは限りません。ただ遺伝で説明できない残りの4割には、汗や服装といった日々の条件が入ってきます。
「O型は刺されやすい」はどこまで本当?

2004年の実験ではO型が78.5%、A型が45.3%
「O型説」のもとになったのは、2004年に日本の研究者がアメリカの昆虫学の専門誌に発表した実験です。64人のボランティアの肌にヒトスジシマカを近づけ、着地した割合を血液型ごとに比べました。
平均はO型78.5%・B型56.9%・AB型48.0%・A型45.3%。数字だけ見ると、O型はA型の1.7倍ほど着地されています。ただし統計的にはっきりした差が出たのは、O型とA型の組み合わせだけでした。
よく引用される83.3%は一部の人の数字
この研究の紹介でよく見る「O型83.3%、A型46.5%」は、全員の平均ではありません。血液型の物質を唾液などに出す「分泌型」の人だけを取り出して比べた数字です。
同じ血液型のなかで分泌型と非分泌型を比べても、はっきりした差は出ませんでした。目立つ数字だけが一人歩きして、O型説が強く聞こえている面があります。
血液型が決め手にならない理由
蚊が血液型をどうやって見分けているのか、仕組みはわかっていません。研究は1本で、使ったのも1種類の蚊です。ここまで見てきた二酸化炭素・熱・肌のにおいのように、しくみまで確かめられた手がかりとは重みがちがいます。
O型の人が刺されやすいと感じるなら、血液型そのものより、息や汗やにおいの出し方が効いている可能性のほうが高いでしょう。
黒い服を着ると刺されやすい?

赤・オレンジ・黒・青緑に寄っていく
先ほどのワシントン大学の実験には続きがあります。二酸化炭素を嗅いだネッタイシマカは、赤・オレンジ・黒、そしてシアン(明るい青緑)の点に向かって飛びました。緑・青・紫・白の点には寄りつかなかったのです。
夏の屋外で黒い服を着ていると刺されやすい、という実感には裏付けがあったことになります。服の色は、その日の朝に自分で選べる数少ない条件のひとつです。
人の肌はどの色でも「赤っぽく」見えている
同じ実験では、肌の色の濃さにかかわらず、人の肌が赤〜オレンジ寄りの光を返していることも確かめられました。蚊にとって、人の肌そのものが「寄っていく色」なのです。研究者が緑の手袋をはめると、蚊は手に向かわなくなりました。服で肌を覆う色を選ぶことにも、意味がありそうです。
血液型は一生変わりません。けれど蚊が実際に追いかけているのは、吐く息・体の熱・汗のにおい・服の色といった、その日の自分が出している信号です。汗をこまめにふく、足元を清潔にする、明るい色の服を選ぶ。体質の6割は受け継いだものでも、残りの4割には手の打ちようがあります。
参考
- Mosquitoes are seeing red(ワシントン大学ニュース, 2022年)
- Shirai et al. Landing Preference of Aedes albopictus on Human Skin Among ABO Blood Groups(Journal of Medical Entomology 41(4), 2004)
- Fernández-Grandon et al. Heritability of Attractiveness to Mosquitoes(PLOS ONE, 2015)
- Verhulst et al. Composition of Human Skin Microbiota Affects Attractiveness to Malaria Mosquitoes(PLOS ONE, 2011)
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