スズメバチは、巣を守ろうと攻撃に移ったとき、黒いものに真っ先に向かってきます。森林総合研究所の手引きにもそう書かれています。ただし「なぜ黒なのか」は分かっていません。天敵のクマの毛の色だとする説と、ハチの子を食べてきた人間の黒髪だとする説があり、どちらも確かめられていない仮説です。白い服は黒より狙われにくいものの、刺されないわけではありません。
黒いものが真っ先に狙われる

黒への反応は、うわさ話ではなく公的機関の注意書きにも載っている事実です。まずは何が分かっているのかを確かめておきます。
森林総合研究所の手引きの記述
森林総合研究所が森を歩く人向けに作った冊子は、「白や黄色の服装や帽子を着用しましょう」と勧めています。攻撃態勢に入ったスズメバチは黒いものへ真っ先に向かってくるので、黒と比べれば真っ白や黄色のほうが安全だ、という説明です。東京都公園協会や千葉市の案内も、黒い服を避けて明るい色を選ぶよう呼びかけています。
色の布を振った実験
よく引かれるのが、昆虫学者の松浦誠さんが著書『スズメバチはなぜ刺すか』(1988年)で紹介した実験です。巣の前でさまざまな色の布を振ると、いちばん激しく攻撃されたのは黒でした。青はそれより少し減り、白や銀にはほとんど反応しなかったとされます。強く刺激したときでも、白や銀に向かってきたハチは黒の10分の1以下だったそうです。
狙われるのは巣を守るとき
ここで大事なのは、黒を狙うのが「攻撃態勢に入ったとき」だという点です。森林総合研究所によれば、巣から離れた場所にいるハチが、わざわざ人を襲うことはありません。働きバチの数が増える夏から秋に巣を守る力が強まり、刺される事故は8月と9月に集中しています。黒い服で歩いているだけで、どこでも追いかけられるわけではないのです。
なぜ黒なのか、理由は分かっている?

理由ははっきりしていません。解説記事でよく見かける説明は2つあり、どちらも「そう考えられている」という段階にとどまります。
天敵クマの毛の色という説
いちばん広く語られているのが、クマ説です。クマはハチの巣を壊して、中の幼虫やさなぎを食べます。幼虫には手足がなく、敵から逃げることもできません。そこで働きバチは黒い毛に覆われた大きな相手をすぐに迎え撃つようになり、その反応が黒い服や髪の人間にも向いてしまうというのが、クマ説の筋書きです。
ハチの子を食べてきた人間という説
もう一つは、相手は人間そのものだという説です。日本を含むアジアの各地では、昔からハチの巣を採って幼虫(ハチの子)を食べてきました。巣を襲う人間の黒い髪や瞳に反応するよう、ハチの側が変わってきたのではないかという見方です。スズメバチ情報をまとめたサイトの中には、こちらを「有力」と書くものもあります。
公的な資料は理由に触れていない
森林総合研究所・神奈川県立生命の星・地球博物館・東京都公園協会・千葉市の資料を読み比べると、どれも「黒を狙う」という事実と対策だけを書いています。クマにも人間にも触れていません。進化の理由を実験で確かめるのは難しく、どちらの説も今のところ「もっともらしい説明」の域を出ないと考えるのが誠実です。
ハチの目に色はどう見えている?

ハチが見ている色は、人間とかなり違います。服の色を選ぶときは、人の目でなくハチの目で考える必要があります。
紫外線は見えて、赤は見えない
東邦大学理学部のコラムによると、ミツバチには赤が見えません。その代わり、緑や青のほかに、人には見えない紫外線がよく見えています。見える光の範囲が、人とは紫外線の側へずれているのです。同じ景色を見ていても、ハチと人とでは別の色の世界を見ていることになります。なお、これはミツバチを調べた話で、スズメバチの見え方まで同じとはかぎりません。
※ 紫外線とは、紫よりも波長の短い光のことです。人の目には見えませんが、ミツバチなど多くの昆虫には色として見えています。
赤い服が安全という裏付けはない
赤が見えないなら赤い服は目立たないのでは、と考えたくなります。けれど赤をとらえる仕組みがない目には、赤はむしろ暗い色に近く映ると考えられています。人には派手な赤でも、ハチには黒寄りの濃い色かもしれません。公的機関が勧めているのは白や黄色で、赤ではありません。
白や黄色にはもう一つの利点
明るい色の服や帽子には、ハチ対策以外の利点もあります。手引きによれば、山の中でよく目立つので道に迷ったり動けなくなったりしたとき、捜す人に見つけてもらいやすいのです。白や黄色の帽子は、ハチよけと遭難への備えを一度にかなえる装備といえます。
頭と目が狙われやすい

黒への反応は、体のどこを刺されるかにも表れます。服の色に気をつけても、頭がむき出しでは守りきれません。
黒い髪と瞳が的になる
北海道新聞の記事は、スズメバチには髪の毛のような黒っぽい色や目を狙う習性があると伝えています。日本人の髪と瞳は、体の中でいちばん黒い部分です。中村雅雄さんの『おどろきのスズメバチ』の記録を紹介した解説でも、刺されやすいのは頭部と手足とされています。手が多いのは、思わず払いのけようとして動かすからだと考えられています。
明るい色の帽子で髪を隠す
野外では、白や黄色の帽子で黒い髪を覆うのがいちばん手軽な対策です。森林総合研究所の手引きも、白や黄色の帽子をすすめています。黒い帽子では意味が薄れるので、色選びも忘れずに。長袖・長ズボンで肌を出さないのも基本で、服の上からでも針は通りますが、素肌より被害は小さくなります。
襲われたら首から上を守る
巣を刺激してしまったら、できるだけ遠くへ離れます。森林総合研究所によると、オオスズメバチでも追ってくるのは80メートルほどです。すぐに逃げられない場所では、首から上を服などで隠して身をかがめ、少しずつ遠ざかります。北海道立衛生研究所の伊東拓也さんも、頭を抱えて前かがみになり、20メートルは離れるよう勧めています。
色より強い引き金は?

色は引き金の一つにすぎません。匂い・動き・ハチ自身の毒液のほうが、強く攻撃を呼ぶ場面もあります。
化粧品に警報フェロモンと似た成分
化粧品や清涼飲料の匂いの中に、スズメバチに攻撃させる警報フェロモンの成分が含まれていることが、森林総合研究所の手引きに書かれています。ハチにとっては「敵が来た」という合図を浴びた人が近づいてくるようなものです。野外で活動する日は、化粧品や香水を控えるよう勧めています。
※ 警報フェロモンとは、ハチが仲間に危険を知らせ、攻撃に呼び集めるために出す匂いの物質のことです。
果物の香りと飲みかけの缶
神奈川県立生命の星・地球博物館の学芸員は、ハチは黒いものに加えて、桃などの果物の匂いがする香水にも引き寄せられると書いています。甘いものも大好きです。飲みかけの缶ジュースに入り込んだハチに気づかず、唇を刺された例もあります。屋外では、缶の中をのぞいてから口をつけるのが安心です。
毒液が「目印」になる
同じ学芸員の解説によると、スズメバチは敵に向けて毒液を吹きかけることがあります。この毒液が攻撃の目印になり、周りのハチが興奮してその相手を目がけて集まってきます。一度目印を付けられたら、服の色はもう関係ありません。白い服を着ていても、巣のそばで騒げば集中攻撃を受けるおそれがあるのです。
手で払うと逆効果
顔のまわりをしつこく飛ばれたり、空中で止まってこちらを狙ったり、あごをカチカチ鳴らしたりするのは「これ以上近づくな」という警告です。森林総合研究所は、こういうときはじっとして、ハチが飛び去るのを待つよう勧めています。怖くて手で払えば、そのすばやい動きがかえって攻撃の合図になりかねません。
白い服なら刺されない?

白い服は、黒い服よりはるかに狙われにくくなります。けれど、それだけで安全になるわけではありません。
黒より安全、でも無敵ではない
松浦さんの実験で、白や銀に向かったハチは黒の10分の1以下でした。逆にいえば、ゼロではありません。毒液の目印が付いたり、香水の匂いをまとっていたりすれば、色の差は小さくなるはずです。白い服は「狙われにくくする工夫」の一つ。巣に近づかない・匂いを控える・払わない、と組み合わせて初めて効いてきます。
危ないのは夏の終わりから秋
スズメバチの巣作りは5月ごろ、女王バチ1匹で始まります。この時期の女王はとても臆病です。夏から秋に働きバチが増えるにつれて攻撃性が高まり、事故は8月と9月に集中します。10月以降に増える雄バチや新しい女王バチは、ほとんど攻撃しません。ただ、種類や地域によっては働きバチが遅くまで活発なので、油断は禁物です。
刺されたあとに見る全身の症状
刺されたあと、じんましん・吐き気・頭痛など、刺された場所以外に症状が出たらハチ毒アレルギーの疑いがあります。森林総合研究所によると、ハチ刺されによる死亡事故は全国で毎年数十件あり、多くは刺されて1時間以内に起きています。全身に症状が出たら、すぐに救急車を呼んで医療機関で手当てを受けてください。
「クマ」と名の付くハチは別もの

クマ説の話をすると、「クマバチ」という名前を思い浮かべる人もいるかもしれません。こちらはクマとは関係のない、まったく別のハチです。
黒くて大きいクマバチはおとなしい
神奈川県立生命の星・地球博物館の学芸員によると、クマバチはとてもおとなしく、手でつかまないかぎり人を刺しません。それでも怖がられるのは、黒い体と大きな羽音のせいではないかと書かれています。地域によってはスズメバチが「クマンバチ」と呼ばれ、名前が混ざってしまったことも取り違えの一因だそうです。
スズメバチは何度でも刺せる
ミツバチは人を刺すと針がちぎれて体から抜け、やがて死んでしまいます。スズメバチの針は人を刺しても抜けないので、何度でも刺せます。「ハチは一度刺したら死ぬ」というのはミツバチの話で、スズメバチには当てはまりません。一匹だからと油断できない理由の一つです。
黒い服が狙われるのは確かでも、その理由はまだ仮説のままです。分からないことは残っていても、白い帽子をかぶる・香りを控える・払わずに離れる、という対策ははっきりしています。理由の謎は研究者に任せて、こちらは淡い色の帽子をひとつ、夏の終わりの山へ連れていけば十分です。
参考
- 森林総合研究所「森林レクリエーションでのスズメバチ刺傷事故を防ぐために」
- 神奈川県立生命の星・地球博物館「自然科学のとびら」第19巻2号(2013年)
- 東邦大学理学部 生物学科「見える世界と見えない世界」
- YAMA HACK「黒いウエアは狙われるって本当!? スズメバチが攻撃するのはココだった!」
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