モナコとインドネシアの国旗は、どちらも上が赤・下が白の二色旗です。違うのは縦横の比率だけで、同じ大きさにそろえて掲げると見分けがつきません。国旗がそっくりになるのは、使いやすい色と形が限られているうえに、近い地域や同じ宗主国を持つ国が「仲間の色」を共有してきたからです。偶然かぶった例から抗議に発展した例、旗を描き直した例まで、代表的なペアを順に見ていきます。
モナコとインドネシアはどこが違う?

違いは縦横の比率だけ
両国の旗は、赤と白を同じ幅で上下に並べた横二色旗です。色の並びも配分も一致していて、決まりの上で違うのは比率だけ。モナコは縦4:横5で正方形に近く、インドネシアは縦2:横3でやや横長です。並べて掲げれば形の差に気づけますが、1枚だけ見せられてどちらかを当てるのは難しいでしょう。
比率をそろえる場では同じ見た目になる
国際大会や国際会議では、各国の旗を同じ大きさ・同じ比率で作って並べるのがふつうです。そうなると、唯一の手がかりだった比率の差まで消えてしまいます。見分ける材料は、旗ではなく横に添えられた国名だけ。双子の旗と呼ばれるのはこのためです。
赤の色合いにも小さな差がある
旗の解説では、比率に加えて赤の色合いもわずかに違うとされています。ただ、布の染めや日の当たり方で色は簡単に変わります。実際に掲げられた旗で色の差を見抜くのは、比率の差を見抜くよりさらに難しいはずです。
どちらが先に赤白を使っていた?

モナコの旗は1881年、グリマルディ家の色
旗として先に定めたのはモナコです。モナコ公国政府によると、いまの赤白の旗は1881年に大公シャルル3世が選んだもの。赤と白は、公国を治めてきたグリマルディ家の紋章の色です。その紋章の色は、一族の出身地であるジェノヴァ共和国の紋章にさかのぼるとされています。
インドネシアは1945年、マジャパヒト以来の赤白
インドネシアの赤白旗は、1945年8月17日の独立宣言とともに掲げられました。憲法では「サン・サカ・メラ・プティ(由緒ある赤白)」と呼ばれています。赤と白の組み合わせは、13世紀に栄えたジャワのマジャパヒト王国の旗にさかのぼるとされます。独立の指導者スカルノは、赤は勇気、白は純粋さの象徴だと語りました。
モナコの抗議は聞き入れられなかった
独立が国際的に認められたころ、モナコは旗が同じだとして異議を申し立てたと伝えられています。ところが、この抗議はほとんど相手にされませんでした。制定はモナコが先でも、色の歴史ならインドネシアのほうが古い。どちらにも言い分があり、結局どちらも旗を変えないまま今日に至ります。
チャドとルーマニアは青の濃さだけが違う

青・黄・赤の縦三色旗どうし
比率すら同じで、色合いだけが違うという際どいペアもあります。アフリカのチャドと、ヨーロッパのルーマニアです。どちらの旗も左から青・黄・赤の縦三色。違いはチャドの青がわずかに濃いことくらいとされ、風にはためく旗でこの差に気づける人はまずいません。
チャドは緑を青に替えて1959年に採用
チャドの旗が決まったのは1959年11月、フランスからの独立を翌年に控えた時期です。最初の案は緑・黄・赤の縦三色でした。ところが、すでに同じ配色を使っていたマリと紛らわしいため、緑を青に替えたといいます。隣国とのかぶりを避けたら、今度は遠いヨーロッパの国とかぶってしまったわけです。
ルーマニアは1989年に国章を外して瓜二つに
ルーマニアの青・黄・赤は、1848年の革命で国旗の色と定められた古い三色です。社会主義の時代には、中央の黄色い帯に国章が描かれていました。1989年の革命では、市民が旗から国章を切り抜いて掲げます。穴の開いた旗はその後、国章のない三色旗として正式なものになりました。この変化で、チャドの旗と見分けがつかなくなったのです。
旗の問題は国連まで持ち込まれた

チャドが2004年に国連へ問題提起
2004年、チャド政府はルーマニアの旗と同じだとして、国連にこの問題を取り上げるよう求めました。チャドから見れば、1959年からこの旗を使ってきたのは自分たちです。国章を外して後から寄ってきたのはルーマニアのほう、という言い分になります。
「三色旗は私たちのもの」とルーマニア大統領
これに対し、当時のルーマニア大統領イオン・イリエスクは「三色旗は私たちのものだ。手放すことはない」と答えました。三色の組み合わせは、チャドという国ができるより前から使ってきたという立場です。モナコとインドネシアと同じく、「どちらが本家か」を決める物差しが両国で食い違っていました。
ニュージーランドとオーストラリアは星で見分ける

青地にユニオンジャックと南十字星
南半球の隣国どうしは、偶然ではなく同じ事情から似た旗になりました。どちらも青地の左上にイギリス国旗(ユニオンジャック)、右側に南十字星を並べた構図です。ともにイギリスの植民地から出発し、同じ南十字星を見上げる土地にある。似るのは自然な成り行きでした。
赤い星4つか、白い星6つか
見分けどころは星です。ニュージーランドは白く縁取られた赤い星が4つ。オーストラリアは白い星が6つで、南十字星の5つに加え、ユニオンジャックの下に7本の角を持つ大きな「連邦の星」があります。とはいえ、どちらも濃い青地に小さな星が散る構図なので、遠目には同じ旗に見えてしまいます。
2018年の「真似したのはそっち」発言
2018年7月、ニュージーランドの首相代行ウィンストン・ピーターズは、オーストラリアが自国の旗を真似たと発言しました。先にこのデザインにしたのはこちらだから、旗を変えるべきだという主張です。ニュージーランドが法律で国旗を定めたのは1902年、オーストラリアの正式な制定は1954年でした。
ただし、オーストラリアの旗は1901年のデザイン公募で選ばれ、同じ年の9月にはもう掲げられています。法律の年で比べるか、使い始めた年で比べるか。物差しによって「先」が入れ替わる構図は、ほかのペアとそっくりです。
ニュージーランドは旗を変えようとした?

シルバーファーン案が最終候補に
ニュージーランドは2015年から2016年にかけて、国旗を変えるかどうかの国民投票を2回行いました。1回目で新しい旗の候補から選ばれたのは、デザイナーのカイル・ロックウッドによる案です。国の象徴であるシダの葉「シルバーファーン」と赤い南十字星を、黒と青の地に描いたものでした。
結果は約57%で現状維持
2016年3月の2回目の投票は、いまの旗とシルバーファーン案の一騎打ちでした。結果は現行の旗が約57%、新案が約43%。オーストラリアとの紛らわしさや、ユニオンジャックを残すかどうかも論点でしたが、慣れ親しんだ旗への愛着が上回りました。
同じすぎて旗を描き直した国もある

1936年ベルリン五輪で発覚した完全一致
ヨーロッパの小国リヒテンシュタインは、1921年から上が青・下が赤の二色旗を使っていました。1936年のベルリン五輪の開会式で、この旗がカリブ海の国ハイチの旗とまったく同じだと分かります。遠く離れた2つの国が、知らずに同じ旗を掲げていたのです。
翌1937年、左上に金の王冠を描き足した
リヒテンシュタインは翌1937年6月、旗の左上に金色の王冠を加えました。当時の首相は、王冠は国民と大公家がひとつであることを表すと説明しています。紛らわしい旗をめぐる話の多くは「どちらも変えない」で終わります。そのなかで、これは珍しく片方があっさり描き直した例です。
ハイチの青と赤はフランス国旗から生まれた
ハイチの青赤には、まったく別の由来があります。1803年、独立戦争の指導者デサリーヌがフランスの三色旗から白い部分を引き裂き、残った青と赤を縫い合わせたのが始まりと伝えられています。いまのハイチの国旗は、中央に国章を入れた白い四角があるため、リヒテンシュタインの旗と取り違えることはありません。
国旗はなぜ似てしまうのか

アフリカに多い緑・黄・赤はエチオピア由来
アフリカには緑・黄・赤を使った国旗がたくさんあります。この組み合わせは、植民地時代にも独立を保ったエチオピアの旗から借りたものです。1896年にイタリア軍を退けたエチオピアは、独立の手本と見なされました。独立とともにこの配色を採った最初の国は、1957年のガーナです。
※ 汎アフリカ色(はんアフリカしょく)とは、アフリカの連帯を表す配色のことです。エチオピア由来の緑・黄・赤のほか、1920年にアメリカで黒人の地位向上を掲げた団体が定めた赤・黒・緑の組み合わせもあります。
仲間であることを色や形で示すグループ
同じような色や形のグループは、ほかの地域にもあります。中東には赤・白・黒・緑の「汎アラブ色」を使う国が多く、北欧の国々はデンマーク国旗に始まるとされる横長の十字「北欧十字」を共有しています。仲間であることを示すための色選びが、結果として似た旗を増やしてきました。
使いやすい色と形は限られている
フランス革命の三色旗のように、色の帯を縦か横に並べる旗は世界中に広まりました。遠くからでも見分けやすく、作りやすいからです。ただ、遠目に区別しやすく染めやすい色となると、赤・白・青・緑・黄・黒あたりに絞られてきます。帯の数と並べ方も限られているので、200近い国が旗を作れば組み合わせが重なるのは避けられないのです。
紛らわしくても旗を変えない国が多いのはなぜ?

旗には独立や革命の記憶が刻まれている
独立宣言の日の記憶はインドネシアの赤白に、独裁を倒した革命の記憶はルーマニアの三色に重なっています。「他国と紛らわしいから」という実務の理由は、その重みの前ではなかなか勝てません。ニュージーランドの国民投票が、それをはっきり示しました。
似ていることは歴史を共有してきた証拠
裏を返せば、旗が似ているのは植民地の歴史や独立運動を分かち合ってきた跡でもあります。オーストラリアとニュージーランドのユニオンジャック、アフリカ各国の緑・黄・赤がその例です。そっくりな2枚を見比べると、その国々が歩いてきた道の重なりが見えてきます。
ちなみに、世界には一つだけ「四角くない国旗」の国があります。こちらの記事もどうぞ。

国旗がかぶるのは手抜きではなく、限られた色と形に国の歴史を詰め込もうとした結果の渋滞でした。もしどこかでモナコとインドネシアの旗が並んで揺れていたら、どちらがどちらか言い当てられるでしょうか。


