紙を流せるかどうかは、「紙が水ですぐほぐれるか」と「排水管や下水がその紙を受け止められるか」の組み合わせで決まります。日本の紙は100秒以内にほぐれるよう規格で決められ、建物の配管もそれを前提にしています。一方で排水管の細い古い建物が多い国や、水に溶けにくい紙が出回ってきた国では、紙をゴミ箱に捨てるやり方が根づきました。
日本の紙は「100秒以内にほぐれる」

JISが決める「ほぐれやすさ」の試験
日本のトイレットペーパーには、JIS P 4501という規格があります。品質の項目のひとつが「ほぐれやすさ」で、水の中でどれだけ早くばらばらになるかを測るものです。試験では300mLの水を入れたビーカーに回転子を入れ、1分間に600回転させておきます。そこへ落とすのは、114mm角に切った紙1枚。
※ JIS(Japanese Industrial Standards、日本産業規格)とは、工業製品の品質や試験の方法などを定めた国の規格のことです。
回転が戻るまでの時間で合否が決まる
紙が入ると水の抵抗で回転が落ち、紙がほぐれるにつれて元に戻っていきます。毎分540回転まで回復するのにかかった時間が、その紙の「ほぐれやすさ」。トイレットペーパーの規格では、この時間を100秒以内と定めています。5回測って平均をとるので、たまたま早くほぐれた1回だけで合格にはなりません。
実際の紙は20秒前後でほどける
神奈川県が2019年に行った商品テストでは、参考として市販のトイレットペーパーも測っています。3枚重ねの製品は1枚だけなら18秒、製品と同じ3枚重ねでも57秒でした。再生紙の製品も1枚で22秒、3枚重ねで65秒と、どちらも100秒の基準を楽に下回っています。日本の紙は、配管に入る前にほとんど形をなくすつくりなのです。
ティッシュはなぜ流してはいけない?

原料は同じパルプでも仕上げがちがう
日本でも流してはいけない紙があります。代表がティッシュペーパーです。エリエールを販売する大王製紙によると、トイレットペーパーとティッシュの原料のパルプは同じもの。ちがいは仕上げにあり、ティッシュには濡れても破れにくくするための湿潤紙力増強剤(しつじゅんしりょくぞうきょうざい)が加えられています。鼻をかんでもふやけない強さが、トイレでは逆に詰まりの原因になるわけです。
繊維の長さも水への強さを左右する
台湾の英字紙「台北時報」は2017年、衛生陶器メーカーの説明を紹介しています。トイレットペーパーは水に溶けやすい短い繊維でできている一方、ティッシュやナプキンの繊維は長く、水の中でなかなかほどけません。見た目はよく似た白い紙でも、水に入れたときのふるまいはまるで別物です。
「流せる」と書かれた製品にも差がある
神奈川県のテストのきっかけは、「流せるティッシュを使い始めたらマンションの下水があふれた」という相談でした。調べた7製品はどれも「トイレに流せる」とうたっています。それでも製品と同じ枚数で試すと、5製品は100秒以内にほぐれませんでした。赤ちゃん用のおしりふきとトイレクリーナーの一部は、1枚だけにしても100秒を超えています。流せる表示があっても、トイレットペーパーと同じとは限らないということです。
紙を流せない国では何が起きている?

ギリシャは古い建物の排水管が細い
紙を流さない国としてよく名前が挙がるのがギリシャです。アテネ在住のジャーナリストは、古い建物は排水管が細く、紙を流すと詰まりやすいと説明しています。トイレには「紙を流さないで」という注意書きがあるのがふつうで、流せるのは新しい建物の一部だけ。配管を太くするには建物ごと工事が要るため、古い街並みが残るほど「流さない」が続きやすいのです。
紙が溶けにくかった時代の名残もある
理由は配管だけではありません。台湾では2017年の消費者団体の調べで、市販の紙の中に「水に溶けない」と書かれた商品がまだ残っていました。日本の紙のように100秒でほぐれるとは限りません。紙と配管のどちらか一方でも弱ければ、「流さない」が安全な選択になるのです。
流さない国では紙は個室のゴミ箱へ

便器の横にふた付きの箱がある
紙を流さない国では、使った紙を便器の横のゴミ箱に入れるのがふつうです。ギリシャのトイレでも、流すのは排せつ物だけ。紙や生理用品は横の箱に捨てます。慣れないうちは抵抗がありますが、流して詰まらせると建物全体に迷惑がかかります。その土地のやり方に合わせるのが、いちばんのマナーでしょう。
使った紙は包んでから捨てる
ゴミ箱に入れるときは、使った紙を新しい紙で軽くくるんでおくと見た目もにおいも気になりにくくなります。公衆トイレでは紙が切れていることもあるので、ポケットティッシュを持ち歩くと安心。ただしティッシュは流せない紙なので、使ったら同じようにゴミ箱へ入れます。
台湾は2017年に「流す」へ切り替えた

環境保護署が公衆トイレに掲示を求めた
流さない習慣を、国が変えようとした例もあります。台湾の環境保護署(日本の環境省にあたる役所)は2017年、使った紙を便器に流すよう呼びかけ始めました。ゴミ箱に捨てると、においがこもるうえにハエや蚊・細菌のすみかにもなるからです。台湾の規格に合った便器なら紙を流しても問題ない、というのが衛生陶器メーカーの見方でした。
紙の表示がわかりにくいという声
呼びかけから半年あまりたった2017年8月、消費者団体が調査結果を発表します。回答した人のほぼ半数が、包装の表示では流せる紙かどうかわかりにくいと答えました。団体は政府に、トイレットペーパーとティッシュの両方に「流せるかどうか」をはっきり書かせるよう求めています。流す習慣を広めるには、配管より先に紙の見分け方が問題になったのです。
韓国は公衆トイレのゴミ箱をなくした

2018年1月に法律を改正
韓国も、かつては使った紙をゴミ箱に捨てる国でした。行政安全部(行政や安全を担当する省)は公衆トイレの法律を改め、2018年1月1日から全国の公衆トイレで紙用のゴミ箱をなくしています。水に溶ける紙は便器に流してよい、と法律で認めた形です。女性用の個室には、生理用品を捨てる箱だけが置かれるようになりました。
においと虫、そして外国人のとまどい
改正の理由として挙げられたのは、ゴミ箱が生むにおいや虫などの衛生の問題でした。紙の入ったゴミ箱に、外国からの旅行者がとまどうことも理由のひとつ。台湾と韓国はどちらも、紙と便器が流すことに耐えられるようになってから、習慣のほうを変えにいったことになります。
旅先のトイレで迷ったらどうする?

張り紙とゴミ箱が流さない合図
流してよいかどうかは、個室の様子でたいてい見分けられます。「Do not flush(流さないで)」のような張り紙や、便器のそばに置かれたゴミ箱は、紙を流さないでほしいという合図。反対に台湾のように、国の方針で「紙は便器へ」と呼びかけるトイレもあります。同じ国の中でも建物によってちがうので、毎回その場の表示を見るのが確実です。
迷ったときは流さないほうが安全
表示がなく判断がつかないときは、ゴミ箱を使うほうが無難です。ゴミ箱に入れた紙はあとで片づけられますが、詰まった配管はすぐには直せません。持ち歩いたポケットティッシュや流せるタイプのウェットシートも、日本のトイレットペーパーほどはほぐれないものがあります。旅先では「流せるもの」を少なめに考えておくと安心でしょう。
紙を流すか捨てるかは、マナーのちがいに見えて、紙づくりと配管の歴史が積み重なった結果です。100秒でほぐれる紙と、それを受け止める配管がそろって初めて「流す」が当たり前になります。台湾や韓国のように、その条件が整ってから習慣を変えにいった国もある。旅先の小さなゴミ箱は、その国がいまどの段階にいるのかを教えてくれる目印なのかもしれません。
参考
- 神奈川県「流せるティッシュ類の商品テスト」
- エリエール(大王製紙)「よくあるご質問」
- All About(有馬めぐむ・アテネ在住ジャーナリスト、2023年)
- Taipei Times(2017年8月23日)
- The Korea Times「Public restrooms to run without trash cans from January」(2017年12月13日)
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