身長はフィート、体重はポンド。気温は華氏で、牛乳はガロン。アメリカの映画やニュースに出てくる数字は、日本の感覚とどうもかみ合いません。「5フィート10インチ」と言われても、とっさに背の高さが浮かばない人は多いはずです。
世界の大半の国は、メートルやキログラムを使うメートル法でそろっています。ところが超大国アメリカは、いまも独自のヤード・ポンド法を手放していません。なぜアメリカだけが、世界の「ものさし」からはずれているのでしょうか。その裏には、革命と海賊、そして産業の歴史がありました。
メートル法とヤード・ポンド法、何が違う

同じ「長さ」や「重さ」をはかるのに、二つの単位系はまるで別のことばを使います。どれくらい違うのか、下の表に並べてみました。
| はかるもの | メートル法 | ヤード・ポンド法(米) |
|---|---|---|
| 長さ | メートル・キロメートル | フィート・マイル |
| 重さ | グラム・キログラム | オンス・ポンド |
| 体積 | リットル | ガロン |
| 温度 | 摂氏(℃) | 華氏(℉) |
じつは、メートル法を公式に採用していない国は、世界でアメリカ・ミャンマー・リベリアの3か国だけといわれます。しかもミャンマーとリベリアは移行を進めており、大国でありながら本気で切り替えていない国は、事実上アメリカだけなのです。
そもそもメートル法はどこから来たのか

アメリカの事情に入る前に、メートル法そのものの出自を押さえておきましょう。この単位系は、意外にも一つの革命から生まれました。
フランス革命が生んだ「みんなの単位」
地球の大きさから1メートルを決めた
1メートルの長さは、もともと地球を基準に決められました。1791年、フランス科学アカデミーは、北極点から赤道までの子午線(しごせん)の長さの1千万分の1を1メートルとする案を採択します。王様の腕の長さでも、どこかの国の都合でもない。だれの持ち物でもない地球そのものを、ものさしの根っこに選んだわけです。
単位の混乱を終わらせるため
革命前のフランスでは、単位が地域や職業ごとにバラバラでした。同じ「1ポンド」でも土地によって重さが違い、その種類は数百にのぼったといわれます。これでは商売も課税も混乱するばかり。そこで1795年、長さをメートル・重さをグラムなどとする法律が定められ、統一への一歩が踏み出されました。
十進法という強み
10倍でつながる分かりやすさ
メートル法の大きな武器は、すべてが10倍・100倍でつながっていることです。1キロメートルは1000メートル、1メートルは100センチメートル。位取りをずらすだけで単位を行き来できます。1フィート=12インチ、1マイル=1760ヤードのように、ばらばらの数をいちいち覚える必要がありません。
世界へ広がった
この分かりやすさもあって、メートル法は各国へ広まっていきました。1875年には、各国が計量の基準を共有するための「メートル条約」が結ばれます。日本もこの流れの中でメートル法を取り入れました。今では、地球上のほとんどの国が同じものさしを使っています。
アメリカも一度は採用しかけた

では、アメリカは最初からメートル法を拒んでいたのでしょうか。じつは、そうではありません。建国まもないころ、あと一歩で採用に近づいた瞬間がありました。
独自の単位を狙ったジェファーソン
世界標準を自分で握りたかった
のちに大統領となるトーマス・ジェファーソンは、単位に強い関心を持っていました。ただし彼が思い描いたのは、アメリカ独自の十進法の単位系です。フランスのメートル法に乗れば、基準をフランスに握られてしまう。それよりも、自国の単位を世界標準に育てたいと考えていたとされます。
「海賊」に阻まれた原器
大西洋を越えられなかったメートル原器
それでも1793年、アメリカはメートル法を検討するため、フランスに基準器を送るよう求めます。科学者ジョセフ・ドンビーが、メートルとキログラムの原器を携えて船出しました。ところが船は嵐で流され、カリブ海でイギリスの私掠船(しりゃくせん)、いわば国が認めた海賊に捕らえられてしまいます。
※ 私掠船(しりゃくせん)とは、国から許可を得て、敵国の船を襲ってよいとされた民間の武装船のことです。実態は合法化された海賊船でした。
基準器はついに届かなかった
ドンビーは捕虜となり、そのまま異国で亡くなったと伝えられています。彼が運んでいたメートルとキログラムの原器も、アメリカへは届きませんでした。もし無事に渡っていたら、アメリカは早々にメートル法へ傾いていたかもしれません。海賊による一つのアクシデントが、大国の単位の運命を大きく変えてしまったわけです。
産業革命が単位を「固定」した

基準器が届かないまま、アメリカは従来のヤード・ポンド法で歩み続けます。そして19世紀、切り替えをいっそう難しくする出来事が起きました。産業革命です。
工場がインチとポンドで動き出した
機械も規格も労働者もヤード・ポンド
産業革命の時代、アメリカでは工場の機械や部品の規格が、インチとポンドを基準に整えられていきました。ネジ一本の寸法から図面、労働者の訓練まで、すべてが従来の単位で組み上がっていったのです。国じゅうの製造業が、ヤード・ポンド法の上にしっかり根を張りました。
変えるほど損をする構造
ここまで根づくと、単位を変えることは工場をまるごと作り直すのに近くなります。機械も部品も図面も、そして作業者の頭の中まで入れ替えが必要です。切り替えれば莫大な費用と混乱が生まれる。産業が育つほど、メートル法への変更は割に合わなくなっていきました。
暮らしに染み込んだ単位
生活のことばになっていた
単位が根を張ったのは、工場だけではありません。人々の暮らしにも深く染み込みました。身長はフィート、体重はポンド、気温は華氏。これらは数字であると同時に、体で覚えた感覚でもあります。慣れきったものさしを捨てる動機は、なかなか生まれませんでした。
何度も切り替えを試みた——そして続かなかった

とはいえ、アメリカがメートル法をまったく無視してきたわけではありません。国として切り替えを目指した時期も、たしかにありました。
1975年のメートル法変換法
「推奨」にとどまった法律
1975年、フォード大統領は「メートル法変換法」に署名しました。メートル法の使用を広げることを、国の方針として掲げた法律です。ただし、この法律は移行を義務づけるものではなく、あくまで自主的な後押しにとどまりました。強制力がないぶん、切り替えは思うように進みません。
結局、日常は元のまま
制度としてメートル法が推奨されても、人々の生活は簡単には変わりませんでした。標識にも天気予報にも、スーパーの値札にも、慣れ親しんだヤード・ポンドが残ります。「使ってもよい」だけでは、社会全体は動かない。国民の日常に定着させる難しさが、ここではっきり表れました。
実はアメリカも「半分メートル法」

ここまで読むと、アメリカはメートル法とまったく無縁の国に思えてきます。ところが、実態はもう少し複雑です。じつは彼らも、場面によってはメートル法を当たり前に使っているのです。
科学と医療はメートルの世界
研究・薬・軍ではメートル
科学の論文や実験は、アメリカでも世界共通のメートル法(SI単位)で行われます。薬の量はミリグラムで処方され、軍でも距離をメートルで測る場面が少なくありません。国際的にやりとりする分野では、ヤード・ポンドのままでは通用しないからです。専門の世界では、彼らもとっくにメートルの住人でした。
飲み物は2リットル
身近なところにも、メートル法はしのび込んでいます。炭酸飲料の大きなボトルは、アメリカでも「2リットル」で売られています。食品の栄養表示に並ぶのは、おなじみのグラムです。日常はヤード・ポンドでも、すき間にメートルがしっかり入り込んでいるのでした。
二つの単位が同居する国
場面によって使い分ける
つまりアメリカは、単位を捨てたのではなく、二つを場面で使い分けている国だといえます。日常会話はフィートとポンド、専門の現場はメートル。一つの国の中に、二つのものさしが同居しているのです。この二重生活こそ、切り替えが中途半端なまま止まっている証しでもありました。
豆知識——単位の取り違えが火星探査機を落とした

最後に、二つの単位が同居することの怖さを示した事件を紹介します。舞台は、地上ではなく火星でした。
マーズ・クライメイト・オービターの喪失
ポンドとニュートンの食い違い
1998年、NASAは火星の気象を調べる探査機を打ち上げました。費用はおよそ1億2500万ドル。ところが、探査機を作ったロッキード社はヤード・ポンド系の単位(ポンド)で力を計算し、NASAの航法ソフトはメートル系(ニュートン)で受け取っていました。1ポンドの力は約4.45ニュートン。この換算が抜け落ちたまま、探査機は火星へ向かったのです。
予定の4分の1の高度に突っ込んだ
1999年、探査機は火星に到着します。しかし単位のずれのぶんだけ軌道が狂い、本来の予定より、はるかに低い高度へ入り込んでしまいました。予定では高度226キロメートルのはずが、実際は約57キロメートル。探査機は火星の大気に突っ込み、そのまま失われました。たった一つの単位の取り違えが、巨額の探査機を消してしまったのです。
単位はただの数字の約束ごとに見えて、その裏には革命や海賊、産業や宇宙開発までが折り重なっています。アメリカのフィートやポンドは、変えられなかったというより、長い歴史の中で「変えずにきた」ものさしでした。世界の大半が同じものさしにそろえた今も、アメリカは自前の目盛りを手放していません。その少しの頑固さこそ、超大国のもう一つの横顔なのでしょう。


