アメリカはなぜメートル法を使わないのか、一度は採用しかけていた

メジャー(巻尺)のイラスト 世界の文化雑学
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アメリカは建国まもない1790年代に、十進法の単位へ切り替える一歩手前まで来ていました。けれども議会は決めきれず、フランスから基準器を運ぶ学者も海で捕らえられます。その後は工場も暮らしもインチとポンドで固まり、1975年の法律も「自主的に」で止まりました。ただし、いまのフィートやポンドは、法律上はメートルで決められた単位です。

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アメリカの単位、どこがどう違う?

青い定規

身長はフィート、気温は華氏

アメリカの映画で「5フィート10インチ」と聞いても、とっさに背の高さは浮かびません。道路の標識はマイル、スーパーの肉はポンド、天気予報は華氏です。日本の感覚に置きかえるには、いちいち換算が要ります。おもな単位を並べると、ずれ方の大きさが見えてきます。

はかるものアメリカの日常の単位メートル法での大きさ
長さ1インチ/1フィート(12インチ)/1マイル2.54センチ/30.48センチ/約1.6キロ
重さ1オンス/1ポンド(16オンス)約28グラム/約454グラム
温度華氏32度/華氏212度0℃/100℃

12で一つ上がり、16で一つ上がる。10ずつそろうメートル法とは、数え方そのものが違います。

「使わない国は3か国だけ」は言い過ぎ

「メートル法を採用していないのはアメリカ・ミャンマー・リベリアの3か国だけ」という話はよく出回っています。もとはCIAの国別資料に載った一文で、ネットで繰り返し引用されてきました。ところが、アメリカの計量を担う国立標準技術研究所(NIST)は、これを「神話」としてはっきり退けています。

NISTの説明では、アメリカは1866年の法律でメートル法の使用を認めて以来、ずっと「メートル法を使ってよい国」でした。強制する法律が無いことが「非メートル国」と数えられた理由だ、というのです。使うかどうかを企業や消費者に任せている点こそが、アメリカの特徴でした。

メートル法はフランス革命から生まれた

地球儀

地球の大きさから1メートルを決めた

1791年、フランス科学アカデミーの委員会は、北極から赤道までの距離の1千万分の1を1メートルとする案を出しました。距離はパリを通る子午線(しごせん)に沿って測ります。王の体の寸法でも、どこかの都市の慣習でもない。地球そのものを、ものさしの根っこに選んだわけです。

実際の長さを決めるため、天文学者のドランブルとメシャンが1792年からダンケルクとバルセロナのあいだを測量しました。作業は7年ほどかかり、その結果をもとに白金の棒が1メートルの見本として作られます。

10倍ずつつながる単位

メートル法の強みは、単位どうしが10倍・100倍・1000倍でつながることです。1キロメートルは1000メートル、1メートルは100センチメートル。位取りをずらすだけで行き来でき、1マイル=1760ヤードのような半端な数を覚える必要がありません。商売や課税の計算が楽になるので、ヨーロッパから世界へ広がっていきました。

1875年のメートル条約にアメリカも署名した

1875年5月20日、各国が共通の長さと重さの原器を作るため、パリでメートル条約が結ばれました。署名したのは17か国で、その中にアメリカも入っています。条約にもとづいて国際度量衡局(BIPM)が置かれ、のちにアメリカも自国用の原器を受け取りました。アメリカは、メートル法の国際的な仕組みを最初から支えてきた国の一つなのです。

建国のころ、なぜ採用できなかった?

海賊船

ジェファーソンの十進法案は1790年

独立したばかりのアメリカでも、単位をそろえる話は早くから出ていました。1790年、国務長官だったトーマス・ジェファーソンは、度量衡と通貨を十進法でそろえる計画を議会に出します。長さの基準は、1往復がちょうど2秒になる振り子の長さから取る案でした。フランスの学者も当初は同じ振り子の案を推しており、両国の足並みはそろいかけていました。

フランスが子午線を選び、足並みが崩れた

ところがフランスは、振り子ではなく子午線の長さを基準に選びます。パリを通る子午線を測る方法は、ほかの国が自分で確かめにくいものでした。ジェファーソンはこれを、よその国を「計量の仲間」から締め出すやり方だと批判しています。上院の委員会は1792年にジェファーソン案を支持したものの、法律にはならないままです。

基準器を運ぶ学者が私掠船に捕まった

1793年、フランスは植物学者のジョゼフ・ドンベーをアメリカへ送り出しました。荷物の中身は、1キログラムの重さの見本となる銅の円筒です。ところが船は嵐でカリブ海へ流され、イギリスの私掠船(しりゃくせん)に捕まります。ドンベーはモントセラト島に囚われ、1794年5月にそこで亡くなりました。

※ 私掠船(しりゃくせん)とは、国から許可を得て敵国の船を襲った民間の武装船のことです。実態は国が認めた海賊でした。

銅の円筒は船の積み荷と一緒に競売にかけられ、アメリカの測量士アンドリュー・エリコットの手に渡りました。エリコット家が長く持っていたこの円筒は、1952年にNISTの前身の機関へ寄贈されています。

「海賊のせい」だけでは説明できない

この話は「海賊がアメリカのメートル法を奪った」とよく紹介されます。とはいえ、当時の議会はもともと十進法の採用を決めきれずにいました。1795年には標準を定めるための法案が下院を通りましたが、上院は取り上げないまま終わります。翌1796年の土地法は、土地の測量にガンター鎖という英国式の長さを使うと定めました。単位をめぐる議論は、これで事実上の幕引きになったとされています。

工場と暮らしがインチで固まった

工場で機械を操作する作業員

ネジ1本から図面までインチで作られた

19世紀に工業が育つと、工作機械や部品の寸法はインチを基準にそろえられていきました。ネジの規格・図面・職人の勘まで、すべてが同じ目盛りの上に積み上がります。いったんこうなると、単位を変えるのは機械と図面を丸ごと入れ替えるのに近い作業です。産業が大きくなるほど、切り替えの費用はふくらんでいきました。

州の中だけで商売する店には変える理由が薄い

NISTは、いまも小さな事業者の多くが昔ながらの単位を使っていると説明しています。州の中だけで売り買いしていれば、外国の規格に合わせる必要がほとんど無いからです。客も店もフィートとポンドで考えている以上、わざわざ変える得がありません。単位は道具であると同時に、体で覚えた感覚でもあります。

法律で後押ししたのに、なぜ進まない?

書類に署名する男性

1866年にメートル法の使用を認めた

アメリカの法律がメートル法に触れたのは、南北戦争が終わった翌年の1866年です。この年の法律で、取引にメートル法を使うことが正式に認められ、換算表も添えられました。ただし「使ってよい」と認めただけで、使えとは言っていません。この「任せる」姿勢が、その後もずっと続いていきます。

1975年の法律は「自主的な移行」だった

1975年、議会はメートル法変換法(Metric Conversion Act)を成立させました。1960年代の調査では10年ほどで移行する案も出ていましたが、法律には期限も義務も入りませんでした。移行を進めるために置かれた合衆国メートル法委員会は、国全体を動かす権限が無いと議会に訴えています。そして1982年に廃止されました。

1988年に「優先する単位」と定めた

1988年の包括通商・競争力法で、メートル法は「アメリカの取引と商業で優先する単位系」と定められました。連邦政府の機関には、調達や補助金でも、できる範囲でメートル法を使うよう求めています。この同じ法律で、国立標準局(NBS)は国立標準技術研究所(NIST)へ名前を変えました。それでも民間で使うかどうかは、いまも自由です。

フィートもポンドも、正体はメートル

フラスコを持つ科学者

1893年に基準をメートル原器へ移した

1890年、メートル条約で作られたメートルとキログラムの原器がアメリカに届きました。それまで頼っていたイギリス由来のヤードの原器は、長さが少しずつ縮むなど当てにならないものでした。そこで1893年、沿岸測地局長のメンデンホールが、国の長さと重さの基準をメートル原器とキログラム原器に置くと定めます。「メンデンホール令」と呼ばれる決定です。

1フィートはちょうど0.3048メートル

この日から、ヤードやポンドはメートルとキログラムから割り出される単位になりました。1959年には英語圏の国どうしで値をそろえ、1ヤードはちょうど0.9144メートルと決まります。1フィートは0.3048メートル、1ポンドは453.59237グラムです。NISTも、アメリカの昔ながらの単位を含めて、すべての単位はSI(国際単位系)で定義されていると説明しています。

輸出する大企業はとっくにメートル

日常はフィートとポンドでも、仕事の現場では事情が違います。NISTによると、キャタピラーやゼネラル・モーターズやIBMといった企業は何年も前からメートル法で製品を作ってきました。外国へ輸出し、世界中から部品を集めるには、そのほうが都合がよいからです。NISTはこの状態を「メートル法の連続体」と呼び、業界ごとに違う速さで移っていると見ています。

単位の取り違えで火星探査機が消えた

火星の探査車

ポンドとニュートンが混ざっていた

二つの単位が同居する怖さを見せたのが、NASAの火星探査機マーズ・クライメイト・オービターです。1998年12月11日に打ち上げられました。調査委員会の報告によると、地上で使うソフトの一つが、噴射の力をポンド系の単位(ポンド秒)で出力していました。受け取る側はメートル系(ニュートン秒)だと思って計算します。1ポンドの力は約4.45ニュートンなので、数字は4.45倍もずれていたことになります。

予定226キロのはずが57キロまで下がった

1999年9月23日、探査機は火星を回る軌道に入るためエンジンを噴かしました。予定では、火星にいちばん近づく高さは226キロ。生き残れる下限は80キロとされていました。ところが事後の計算では、実際の高さは57キロ。探査機は火星の大気に深く入りすぎ、そのまま連絡が途絶えました。

アメリカのフィートとポンドは、メートル法を知らずに残った単位ではありません。条約に名を連ね、基準もメートルに置きながら、暮らしの目盛りだけを人々に任せてきた結果です。建国期に一度は手が届きかけたものさしは、いまも表に出ないまま、フィートの裏側で働いています。

参考

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