冬の夜、オリオン座の肩で赤くともるベテルギウスと、その左下で青白く光るシリウス。並んで見える二つの星ですが、名前の出どころはまるで違います。スバルは日本語、シリウスはギリシャ語、ベテルギウスはアラビア語です。しかもベテルギウスの名は、中世の写本で文字を読み違えたことから今の形になったと考えられています。
スバルは日本生まれの名前

スバルは、おうし座にあるプレアデス星団の和名です。世界で使われている明るい星の名前の多くが外国語の借り物なのに対し、スバルは日本の言葉がそのまま星の名として残った、めずらしい例です。
「統ばる」と玉飾りの二つの説
『日本大百科全書』は、星々が糸を通してまとめたように集まって見えることから「統(す)ばる」星と呼んだ、と説明しています。同じ項目には古代の装身具「すまるの玉」から来たという説も並んでいて、国立天文台の暦計算室は首に付けた玉飾りを連想した名とみています。
二つの説は、じつは近いところにある話です。玉に糸を通して一つに束ねることが「統べる」で、その束ねた玉飾りが「すまる」。小さな光の粒が寄り集まった星団の姿は、どちらの見方にもよく合います。
肉眼で見えるのは六つほど
プレアデス星団には1000個を超える星が含まれますが、肉眼で数えられるのはふつう六つか七つです。そこから「六連星(むつらぼし)」という別名も生まれました。辞典には「すまる」「九曜の星」といった呼び名も載っていて、地方ごとにさまざまな名前で親しまれてきたことがわかります。
枕草子が真っ先に挙げた星
平安時代の清少納言は、『枕草子』に「星はすばる。ひこぼし。」と書き残しました。七夕の牽牛星や明けの明星(金星)よりも先に名を挙げているあたり、当時から特別な星だったことがうかがえます。千年前の呼び名が、いまも同じ「スバル」で通じるのは考えてみると不思議なことです。
漢字の「昴」は中国から来た
音は日本の言葉ですが、当てられた漢字「昴」は中国から入ってきました。古代中国で星空を区切った二十八宿(にじゅうはっしゅく)の一つ「昴宿」が、ちょうどプレアデス星団のあたりを指していたためです。国立天文台によると、「昴」の字には「薄明るい」「集団」という意味があります。読みは和語、文字は大陸の知識という組み合わせです。
※ 二十八宿とは、古代中国で天の通り道を28の区画に分け、星の位置を示した体系のことです。日本の暦や星の呼び名にも影響を与えました。
シリウスの語源は「焼き焦がすもの」

おおいぬ座のシリウスは、太陽をのぞけば全天でいちばん明るく見える恒星です。名前はギリシャ語の「セイリオス」から来ていて、「焼き焦がすもの」「光り輝くもの」を意味するとされています。
夏の暑さと結びついた星
古代ギリシャでは、シリウスが夜明け前の東の空に初めて姿を見せる時期が、ちょうど夏の盛りに重なっていました。人々はこの星が太陽とともに昇るせいで暑さが増すと考え、「焼き焦がすもの」と結びつけたのです。
英語で真夏のうだるような時期を指す「ドッグ・デイズ(dog days)」も、この「犬の星」に由来します。英語の語源辞典によると、かつては7月3日から8月11日ごろがそう呼ばれ、一年でもっとも暑く体に悪い季節とされていました。
ギリシャ語より古い可能性もある
「焼き焦がす」という説明は定番ですが、確定しているわけではありません。英語の語源辞典は、別の言語から入った名前にあとからギリシャ語の意味を当てはめた可能性にも触れています。「きらめく」「またたく」を表す古い語根につなげる研究者もいて、もとの意味は「暑さ」より「光のまたたき」だったのかもしれません。
名前に負けない明るさ
シリウスの明るさはマイナス1.46等。2番目に明るい恒星カノープスの、ほぼ2倍の明るさがあります。地球から約8.6光年と近いうえ、星そのものも太陽より明るい。この二つが重なって、夜空でずば抜けた輝きになっています。
日本と中国はシリウスをどう呼んだ?

ギリシャ語の名が明るさを「熱」でとらえたのに対し、東アジアでは色や大きさ、そして動物の姿で呼ばれてきました。
青星(あおぼし)と大星(おおぼし)
日本では古く、シリウスを青白い色から「青星(あおぼし)」、ずば抜けた明るさから「大星(おおぼし)」と呼んでいました。見たままの色や大きさを名前にする素朴な付け方です。同じ星を見ても、ギリシャでは暑さを、日本では色を感じ取っていたことになります。
西では犬、東では狼
シリウスはおおいぬ座の星なので、英語では古くから「ドッグ・スター(犬の星)」と呼ばれてきました。一方の中国では「天狼(てんろう)」、つまり天の狼です。中国ではこの星が、侵略や欲深さをつかさどる不吉な星とされていました。
犬と狼という近い動物を、遠く離れた二つの文化が同じ一等星に重ねていたわけです。親しみを込めた「犬」と恐れを込めた「狼」。動物は似ていても、星に向けた気持ちはだいぶ違っていました。
ベテルギウスのもとの意味は「ジャウザーの手」

オリオン座で赤くともるベテルギウスは、アラビア語の「ヤド・アル・ジャウザー」から来た名前だと考えられています。「ヤド」は手、「アル・ジャウザー」はこの星座のあたりに見立てられた姿の名で、あわせて「ジャウザーの手」という意味です。
ジャウザーは女性の姿とされる
ジャウザーは、ギリシャのオリオン座が伝わる前からアラブにあった独自の星の見立てです。オリオン座のあたりに見られた女性の姿だったと考えられています。ギリシャでは棍棒を振り上げる狩人、アラブでは女性。同じ星々に、まったく別の人物が描かれていたことになります。
星の位置が名前になった
この星が光るのは、オリオンの右肩にあたる場所です。肩から腕にかけての位置にあるので、「手」と呼ばれたのは自然な流れでした。星座絵のどこに星があるかが、そのまま星の名前になっている例です。
なぜ「ベ」で始まる名前になった?

「ヤド」で始まるはずの名前が、なぜ「ベテル」になったのか。原因として有力なのは、アラビア語の文献をヨーロッパで読み写したときの取り違えです。
点の位置だけ違う二つの文字
アラビア文字では、語頭の「ヤー(y)」と「バー(b)」は形がほぼ同じで、文字の下に付く点の数で見分けます。13世紀にこの点を読み違え、「ヤド」が「バ」で始まる語として写されたと考えられています。そこから「ベダルゲウゼ」のような綴りが生まれ、やがて「ベテルギウス」に落ち着きました。頭の「べ」の音は、いわば写し間違いの名残です。
「腋の下」説は後付けか
「ジャウザーの腋(わき)の下」と訳す説明も、昔から広く知られてきました。英語の語源辞典が伝統的な解釈として挙げるのも、この説です。ただし同じ辞典は、より正確なのはおそらく「ジャウザーの手」だとも書いています。
崩れた綴りの「バ」の音に合う語を探すと、アラビア語の「腋の下」に行き着きます。星が肩の近くにあることもあって、もっともらしく聞こえたのでしょう。名前が先に崩れ、その形に合う意味が後から当てはめられた。そんな逆転が起きた可能性のある名前です。
星の名前にアラビア語が多いのはなぜ?

ベテルギウスに限らず、私たちが知っている明るい星の名前には、アラビア語に由来するものがとても多くあります。そこには、天文学の知識がたどってきた道筋がそのまま残っています。
ギリシャの天文学を受け継いだイスラム世界
古代ギリシャで築かれた天文学は、中世のイスラム世界へ受け継がれました。2世紀の天文学者プトレマイオスの大著も、9世紀にアラビア語へ訳されています。いま広く知られている『アルマゲスト』という書名自体が、アラビア語の呼び名から来たものです。
イスラム圏では星の観測が盛んで、多くの天文書がアラビア語で書かれました。ヨーロッパで天文学が下火だった時期に、その知識を守り育てていたのはアラビア語の文献だったのです。
ラテン語訳で「音」だけが残った
やがてアラビア語の天文書がヨーロッパへ渡り、ラテン語に訳し直されます。このとき星の名前は意味を訳さず、音を写す形で持ち込まれました。だからヨーロッパの言葉の中でも、響きはアラビア語のままです。ベテルギウスの綴りが崩れたのも、この音を写す段階での出来事でした。
体の部位と動物の名が多い
アラビア語由来の星の名をもとの意味に戻すと、多くが体の部位や動物を指しています。星座絵のどこにあるか、何に見立てられたかが名前に刻まれているのです。
| 星の名前 | もとの意味 | 星座 |
|---|---|---|
| ベテルギウス | ジャウザーの手 | オリオン座 |
| リゲル | (ジャウザーの)足 | オリオン座 |
| アルタイル | 飛ぶ(ワシ) | わし座 |
| デネブ | めんどりの尾 | はくちょう座 |
| アルデバラン | 後に続くもの | おうし座 |
はくちょう座のデネブが「白鳥」でなく「めんどり」の尾なのは、アラブではこの星座を鳥の姿として見ていたためです。ギリシャの星座名と、アラブの呼び名が混ざり合っている様子がよくわかります。
アルデバランはスバルを追いかける星

上の表で一つだけ体の部位でも動物でもないのが、おうし座のアルデバランです。「後に続くもの」という名前は、ほかの星との位置関係から付けられました。
プレアデスの後を追う動き
アルデバランは、夜空でスバル(プレアデス星団)の少し後ろを追いかけるように東から昇り、西へ動いていきます。アラビアではこの姿から、伝統的に「プレアデスの後に続くもの」と解釈されてきました。ただ、言葉の本来の意味ははっきりしないとする見方もあります。
日本でも「すばるのあとぼし」
おもしろいのは、日本にも同じ発想の呼び名があったことです。アルデバランは「後星(あとぼし)」や「すばるのあとぼし」と呼ばれていました。アラビアと日本で、それぞれ同じ星の動きを見て、同じような名前を付けていたことになります。
平家星と源氏星はどこで生まれた?

オリオン座には、赤いベテルギウスと青白いリゲルが三つ星をはさんで向かい合っています。アラビア語の名を持つこの二つの星に、日本では源平合戦の旗の色を重ねた呼び名がありました。
赤旗の平家、白旗の源氏
赤いベテルギウスを平家の赤旗に見立てて「平家星(へいけぼし)」。白いリゲルを源氏の白旗に見立てて「源氏星(げんじぼし)」。いまの辞典にもこの形で載っている和名です。遠いアラビアの名を持つ星が、日本では武士の物語を背負っていたことになります。
野尻抱影に届いた1950年の報告
この呼び名が広く知られるきっかけは、星の和名を集めた随筆家・野尻抱影(のじり ほうえい)です。1950年、岐阜県揖斐郡(いびぐん)の横蔵村(現在の揖斐川町)に伝わる呼び名として報告を受け、自身の著作で紹介しました。
地元では色の対応が逆だった
ところが後に星の民俗を調べる研究者が現地を再調査すると、揖斐地方ではもともと赤い星を源氏、白い星を平家と呼んでいたことがわかりました。一般に知られる旗の色とは逆です。広まった「平家星=赤」は、旗の色に合わせて整えられた形だったようです。
スバルは日本の言葉、シリウスはギリシャ語、ベテルギウスはアラビア語の読み違い。そしてその赤い星には、岐阜の山村で生まれた和名まで重なっています。冬のオリオンを見上げたときに光っているのは、星の光だけでなく、何百年もかけて言葉が旅してきた跡でもあるのです。
参考
- 国立天文台 暦計算室「貴重資料展示室007 すばる」
- Online Etymology Dictionary「Sirius」
- Online Etymology Dictionary「Betelgeuse」
- Wikipedia「リゲル」
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