トランプの「スペード」は、イタリア語やスペイン語で剣を指す言葉から来た名前です。「クラブ」も棍棒(こんぼう)のこと。ところが札に描かれているのは、槍の穂先とクローバーでした。名前はイタリア・スペイン系の札から、形はフランスの札から受け継いだため、一枚の上で食い違っています。エジプトから英国まで、六百年の道のりをたどってみましょう。
四つのマーク、名前と形はどこから来た?

英語の名前はイタリア・スペインの言葉
英語のspadeのもとは、イタリア語のspadaやスペイン語のespadaと同じく剣を意味する語。clubは文字どおり棍棒です。どちらも南ヨーロッパの札にいまも描かれている「剣」と「棍棒」の呼び名を、英語が持ち越したものでした。辞典類も、spadeはイタリア語の剣からの借用だと説明しています。
形の名前はフランス語で「槍先」と「クローバー」
同じ札をフランス語で呼ぶと、話が変わります。スペードはpique(槍)、クラブはtrèfle(クローバー)。こちらは描かれた形をそのまま呼んだ名前です。四つを並べると、名前と形がずれているのはスペードとクラブの二つだけだと分かります。
| マーク | 英語名のもとの意味 | フランス語名(形の意味) | もとになったドイツのマーク |
|---|---|---|---|
| ♠ スペード | 剣 | pique=槍 | 木の葉 |
| ♣ クラブ | 棍棒 | trèfle=クローバー | ドングリ |
| ♥ ハート | 心臓 | cœur=心臓 | 心臓 |
| ♦ ダイヤ | 菱形 | carreau=床のタイル | 鈴 |
ハートは名前も形も心臓のまま。ダイヤも「菱形」と「タイル」の言い方の差にとどまります。剣と棍棒だけが、絵柄から消えたのに名前として生き残りました。
※ スートとは、トランプの四種類のマーク(絵柄の組)のことです。日本語では「マーク」と呼ぶのがふつうです。
出発点は14世紀のエジプトのカード

トプカプ宮殿に残る47枚
ヨーロッパのカードは、イスラム圏から渡ってきたと考えられています。物証になったのが、イスタンブールのトプカプ宮殿博物館に残るマムルーク朝(エジプトを治めた王朝)のカードです。現存は47枚で、4つのスートにそれぞれ13枚。完全なら52枚という計算になり、いまのトランプと同じ骨組みがすでにできていました。
この一組を研究して世に知らせたのは、学者のレオ・マイヤーです。1939年に論文を発表し、15世紀のものとみてよいだろうと書きました。
絵札に人の姿は描かれていない
各スートの絵札は3枚で、王と、その下の二人の副官という位で分かれていました。ジャック・クイーン・キングの顔ぶれとは違い、女性の札もありません。人物の絵も無く、位は文字で書かれていました。偶像を描くことを避けたためと説明されています。カードに人の顔が載るのは、ヨーロッパへ渡ってからのことです。
ポロの杖が棍棒に読み替えられた
マムルーク朝のスートは、貨幣・杯・剣・ポロの杖の四つでした。ポロは馬に乗って杖で球を打つ競技で、当時の支配層に好まれていたものです。ところが当時のヨーロッパではほとんど知られていませんでした。細長い杖を見た人々はそれを棍棒と受け取り、イタリアやスペインの札の「棍棒」が生まれたとされています。
ヨーロッパではいつ広まった?

1371年、カタルーニャ語の辞書に「naip」
ヨーロッパでカードが記録に現れる最初は、1371年のカタルーニャ語の韻を引く辞書だとされます。そこに載っているのがnaip(カード)という語です。いまもスペイン語ではカードをnaipeと呼ぶことがあり、地中海の交易路を通ってイベリア半島から入ってきた道筋がうかがえます。
1377年、禁止令と修道士の論文が同じ年に
1377年、フィレンツェでカード遊びの禁止令が出ました。同じ年には、修道士ラインフェルデンのヨハネスがカードの遊び方と道徳的な意味を論じた文章を残しています。禁じる側と論じる側が同時に現れるほど、伝わって数年で一気に広まっていたわけです。1375年ごろには西ヨーロッパの多くの国に定着し、すぐに各地の当局が禁止に乗り出しました。
剣・杯・貨幣・棍棒は「ラテン式」
エジプトから受け継いだ剣・杯・貨幣・棍棒の四つは、いま「ラテン式」と呼ばれる型です。イタリアやスペインでは現在もこの札が使われています。スペードとクラブの名前の出どころは、このラテン式の剣と棍棒でした。
ドイツ語圏はなぜ独自のマークを作った?

ドングリ・木の葉・心臓・鈴
15世紀のドイツ語圏では、輸入された剣や貨幣の記号を使わず、新しいスートがいくつも試されました。15世紀半ばに落ち着いたのが、ドングリ・木の葉・心臓・鈴の四つです。どれも身のまわりで見かけるもので、輸入品の記号を自分たちの暮らしの物に置き換えた形になっています。
カードの量産が先に進んだ土地
ドイツ南部のウルム・ニュルンベルク・アウクスブルクでは、1418年ごろから1450年ごろにかけて職人が版木で刷ったカードを作っていました。手描きの一点物から、刷って売る商品へ。新しいマークが次々に試されたのも、作り手が多く競い合っていたからだと考えると筋が通ります。
スイスは盾とバラを選んだ
同じドイツ語圏でも、スイスでは盾・バラ・ドングリ・鈴という別の組み合わせが定着しました。ドイツ式と近い親戚ですが、別の系統として分けて扱われます。どちらもいまなお現役で、ドイツで人気のゲーム「スカート」はドイツ式の32枚組を使い、7より下の数札を入れません。
1480年ごろ、フランスが形を単純にした

型紙で色を塗っていた時代
当時のカードは版木で輪郭を刷り、色はあとから手で塗るか、1450年ごろからは型紙を当てて塗っていました。マークの形が込み入っていて色が多いほど、手間がかかります。1480年ごろ、フランスの製造業者はドイツのスートを大きく単純にした形へ切り替えました。量産しやすくするためだったとみられています。
※ ステンシル(型紙)とは、色を塗る部分だけをくり抜いた紙を当て、上から絵の具を刷り込む技法のことです。同じ図柄を何枚も塗るのに向いています。
木の葉は槍先に、ドングリはクローバーに
このとき木の葉はpique(槍)に、ドングリはtrèfle(クローバー)に、鈴はcarreau(タイル)に置き換わりました。心臓だけはほぼそのままです。色は赤と黒の二つ。ドングリを輪郭だけにしても何の絵か分かりにくいので、単純な図形でも見分けがつく形が選ばれたのでしょう。
ダイヤは宝石でなく床のタイル
フランス語のcarreauは、床に敷く四角いタイルのことです。英語のdiamondも、この場面では宝石ではなく「菱形」を指しています。日本で「ダイヤ」と呼ぶうちに宝石の連想が入り込みましたが、もとの意味は足元の床にありました。単純な形は量産に向き、それがフランス式が世界に広まった理由の一つとされています。
名前だけがなぜ英語に残った?

ルーアンのカードがイギリスへ渡った
フランス北部の町ルーアンの職人は、1480年ごろからイギリスへカードを輸出し始めました。イギリスが受け入れたのは、単純化されたフランス式の絵柄です。のちに英国で作られるようになった札も、このルーアンの型を下敷きにしています。19世紀に英国の業者がこれを描き直したものが、いまの英米式の絵札のもとになりました。
呼び名は先に知っていた言葉を使った
ところがイギリス人は、フランス語の名前を取り入れませんでした。槍先の形には知っていたラテン式の「剣」の名を、クローバーには「棍棒」の名を当てたのです。絵柄は新しく輸入し、呼び名は前から知っていたほうを使い続けた。スペードとクラブの食い違いは、この組み合わせから生まれました。
フランスの絵札には名前がある
フランスに残った「パリ式」の札では、絵札一枚ごとに歴史や伝説の人物の名前が付いています。キングの顔ぶれは次のとおりです。
| キング | 名前 | どんな人物か |
|---|---|---|
| ♠ スペード | ダビデ | 旧約聖書に登場する古代イスラエルの王 |
| ♥ ハート | シャルルマーニュ(カール大帝) | 中世フランク王国の王 |
| ♦ ダイヤ | カエサル | 古代ローマの政治家・軍人 |
| ♣ クラブ | アレクサンドロス大王 | 古代マケドニアの王 |
クイーンにも名前があり、クラブのクイーンは「アルジーヌ(Argine)」です。ラテン語で女王を意味するregina(レーギーナ)の文字を並べ替えたものではないか、という説があります。ジャックの側には、円卓の騎士ランスロットなどが並びます。
イギリスでモデルの名は消えた
英米式の絵札には、こうした名前がありません。誰でもない王と女王が並ぶ、おなじみの姿です。マークの呼び名はラテン式を残したのに、人物の名前は引き継がなかった。イギリスは受け取ったものを、選びながら自分の札にしていきました。
日本が最初に出会ったのは「剣」と「棍棒」

天正かるたのマークは「イス」と「ハウ」
16世紀後半、ポルトガル船が日本に持ち込んだのはラテン式の48枚組でした。これをもとに作られたのが天正(てんしょう)かるたです。四つのマークは、ハウ(pau=棍棒)・イス(espada=剣)・オウル(ouro=貨幣)・コップ(copa=杯)と呼ばれていました。日本人は英国人より先に、剣と棍棒の札で遊んでいたことになります。
「かるた」という言葉自体も、ポルトガル語でカードを指すcartaから来ています。
明治に入ってきたのは英米式
いまの52枚組が日本に入ったのは明治の初めです。それまでは「西洋かるた」とも呼ばれていました。届いたのはイギリス経由の英米式で、名前も「スペード」「クラブ」のまま定着します。もし16世紀のかるたの呼び名が続いていたら、同じマークを「イス」「ハウ」と呼んでいたかもしれません。
「トランプ」は本来「切り札」のこと
英語でこのカードはplaying cardsと呼ばれ、trumpはゲームの中の「切り札」を指す語です。カードそのものをトランプと呼ぶのは日本だけ。国語辞典の説明では、明治の初めに来日した西洋人が遊びながら「トランプ」と口にしたのを、札の名前だと思い違えたのが始まりだそうです。古い用例として挙がるのは、1886年の『団団珍聞(まるまるちんぶん)』です。
「四季」「52週」「身分」の説はどこまで確か?

身分説はラテン式の絵柄でしか成り立たない
四つのスートは中世の身分を表す、という説があります。対応は次のとおり。剣が騎士で杯が聖職者、貨幣が商人で棍棒が農民です。よく見ると、これはラテン式の絵柄の話でした。槍先とクローバーとタイルでは、身分に結びつけようがありません。特別な根拠はなく、俗説の一つと見たほうがよいとされています。
暦の説はジョーカーまで数えている
4スートは四季、52枚は一年の週数という説明もよく聞きます。1から13までを4組ぶん足すと364で、ジョーカーを1枚足せば365。うるう年のぶんがもう1枚のジョーカー、という念の入れようです。
ただしジョーカーが加わるのは19世紀のアメリカで、四つのスートが決まってから400年近くあとのこと。あとから来た札を足して数を合わせている形です。明確な証拠が無く、誤りとされています。
ジョーカーはどこで生まれた?

ユーカーのために足された1枚
ジョーカーは、19世紀のアメリカでユーカー(euchre)というゲームのために足された札だとされています。ユーカーではジャックが最強の切り札で、アメリカではそれより強い「ベスト・バウアー」という札が加えられました。これがジョーカーの始まりです。1863年にはサミュエル・ハートが絵入りの札を刷り、1868年にはルールの本にも登場します。
名前の由来は「ユーカーの札」?
Jokerという名前は、「ユーカーの札(Euchre card)」がなまったものではないか、とする説があります。もっとも、そのなまりの途中の綴りが書かれた札は見つかっていません。いつ出てきても役割を変える札なので「おどけ者」の名が付いた、という見方もあります。
タロットの愚者が変わった姿ではない
ジョーカーはタロットの「愚者」が姿を変えたもの、という説明も広く出回っています。見た目も役割も似ているのは確かです。しかし両者をつなぐ証拠はなく、ジョーカーはヨーロッパの発明ではなくアメリカ生まれの札と考えられています。
剣は絵柄から消え、名前として残りました。棍棒もクローバーに姿を変えながら、呼び名だけは棍棒のままです。六百年のあいだに札は何度も国境を越え、そのたびに形か名前のどちらかが置いていかれました。手元の一組は、その乗り継ぎの記録でもあります。
参考
- The World of Playing Cards「Mamluk Playing Cards」
- International Playing-Card Society「Joker」
- コトバンク「トランプ」(日本大百科全書・世界大百科事典ほか)
- パオラ・マスキオ「京伝の擬人物黄表紙の到達点」(国際日本文化研究センター『日本研究』第58集、2018年)
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