「スペード」は剣、「クラブ」は棍棒——トランプは名前と絵柄が別の国から来ている

言葉と論理の話
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トランプの「スペード」という名前は、イタリア語やスペイン語で「剣」を意味する言葉から来ています。「クラブ」のほうは「棍棒」です。ところが手元のカードに描かれているのは、剣でも棍棒でもありません。黒く尖った葉のような形と、三つ葉のクローバーです。

名前はイタリア・スペイン系、形はフランス系。この二つが別々の国から来て、一枚のカードの上で同居しています。四つのマークをたどると、エジプト・ドイツ・フランス・イギリスを経由した六百年ぶんの経路が見えてきます。

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名前の出どころと、形の出どころ

次の表は、縦にではなく横に読んでください。一行が一つのマークです。左が英語名の意味、右がその形の出どころ。同じ行の左右が別の国を指している——それがこの記事の本題です。

マーク英語名の意味と出どころフランス語名と、形の意味もとになったドイツのマーク
♠ スペードspade=剣(イタリア語 spada/スペイン語 espada)pique=槍(やり)の穂先木の葉
♣ クラブclub=棍棒(こんぼう)trèfle=クローバードングリ
♥ ハートheart=心臓cœur=心臓心臓
♦ ダイヤdiamond=菱形(ひしがた)carreau=床のタイル

四つのうち、名前と形が食い違っているのはスペードとクラブの二つです。ハートは名前も形も心臓のままで、ダイヤは「菱形」と「タイル」という言い方の差にとどまります。剣と棍棒だけが、絵柄から消えたのに名前として生き残りました。

スートとは、トランプの四種類のマーク(絵柄の組)のことです。日本語では「絵柄」「マーク」と呼ばれます。

マークはエジプトから来た

ヨーロッパのカードは、ヨーロッパで生まれたものではありません。1370年代にマムルーク朝エジプトから伝わったカードが出発点だと考えられています。

トプカプ宮殿に残っていた一組

52枚・4スート・各13枚という骨組み

イスタンブールのトプカプ宮殿博物館に、15世紀のものとされる一組が残っています。もとは52枚で、現存するのは48枚。四つのスートに分かれ、それぞれ数札10枚と絵札3枚という構成でした。いま私たちが使っている枚数の骨組みは、この段階でほぼできあがっています。

絵札は「王・副王・第二副王」

絵札にあたる3枚は、王・副王・第二副王という位で区別されていました。ジャック・クイーン・キングという顔ぶれとは違います。とくに大きな違いは、人物が絵で描かれていなかったことです。位は文字で記され、カードの面を占めていたのは幾何学的な文様でした。カードに人の顔が載るのは、ヨーロッパへ渡ってからの話になります。

来歴が分かったのは20世紀に入ってから

この一組が学術的に知られるようになったのは1930年代です。研究者レオ・マイヤーが博物館で確認したことで、ヨーロッパのカードがイスラム圏から来たという道筋に物的な裏づけがつきました。それ以前の来歴は分かっておらず、宮殿にどう入ったのかもいまだ不明とされています。

四つのスートは杯・貨幣・剣・ポロの杖

ポロの杖が棍棒に読み替えられた

マムルーク朝のスートは、杯・貨幣・剣・ポロの杖の四つでした。ポロは当時の支配層に人気のあった競技です。ところがヨーロッパにポロは知られていません。細長い柄の道具を見た人々は、それを棍棒として受け取りました。イタリアやスペインのカードにいまも残る「棍棒(bastoni)」は、こうして生まれた読み替えだとされています。

16世紀の日本に来たのも、この形式

剣・杯・貨幣・棍棒という四つのスートは「ラテンタイプ」と呼ばれ、イタリアやスペインでは現在も使われています。16世紀にポルトガル船が日本へ持ち込んだのも、このラテンタイプでした。日本語の「かるた」はポルトガル語のcarta(カード)の音を写した言葉です。つまり日本が先に出会ったのは、フランス式のマークではなく剣と棍棒のほうです。

1377年、ヨーロッパの記録が一斉に現れる

禁止令と、修道士の論文

1377年、フィレンツェ市がカード遊戯の禁止令を出しました。同じ年、バーゼルの修道士ヨハネス・フォン・ラインフェルデンが、カードとその道徳的な意味について論じた文章を書き残しました。禁止する側と論じる側が同じ年に現れる——ヨーロッパでのカードの普及は、この1377年からかなり確かにたどれるとされます。

もっとも早い痕跡はスペイン

それより数年早い1371年ごろ、カタルーニャ語の辞書に「naip(カード)」という語が載っています。地中海の交易路を考えれば、最初の窓口はスペインだったのでしょう。むしろ目を引くのは、伝来から数年で禁止令が出るほど広まった速さのほうです。

形を変えたのはドイツ、単純にしたのはフランス

いま日本で見る四つのマークは、エジプト由来のスートをそのまま受け継いだものではありません。ドイツで一度すべて作り替えられ、そのあとフランスで極端に単純化されました。

ドイツ語圏は独自のマークを作った

ドングリ・木の葉・心臓・鈴

15世紀のドイツ語圏では、新しいスートがいくつも試作されました。1460年ごろに落ち着いたのが、ドングリ・木の葉・心臓・鈴の四つです。剣も貨幣も残っていません。輸入品の記号をそのまま使わず、自分たちの身のまわりのものに置き換えたわけです。

スイスは盾と野バラを選んだ

スイスでは1450年ごろ、盾・野バラ・ドングリ・鈴という別の組み合わせが定着しました。木の葉とドングリは、数札では中央に立つ枝から生えるように描かれます。そのため9や10ではマークを縦3列に並べられず、鈴や心臓のカードと配置そのものが変わってしまう。マークの選び方が、札面のレイアウトまで左右していたことになります。

1480年ごろ、フランスが色を2つに減らした

ステンシルで手塗りしていた時代の工夫

当時は多色刷りの技術がなく、色は型紙を当てて手で塗っていました。工程を減らすには、色数とマークの複雑さを削るのが早い。フランスの製造業者はドイツのスートを引き継ぎながら、形を輪郭だけの単純な図形にし、色を赤と黒の二色にまとめました。1480年ごろのことです。木の葉はスペードへ・ドングリはクラブへ・鈴はダイヤへ置き換わったとされます。心臓だけがほぼそのまま残りました。

ステンシルとは、色を塗る部分だけをくり抜いた型紙を当て、上から絵の具を刷り込む技法のことです。同じ図柄を大量に刷るのに向いています。

世界標準になったのは、安かったから

ドングリは輪郭だけにすると何だか分かりません。木の葉も同じです。単純化に耐える形だけが生き残り、その結果として残ったのが現在の四つでした。世界中で同じマークが使われているのは、意味が優れていたからではなく、安く速く刷れたからだという説明のほうが実情に近いようです。

負けたほうが消えたわけでもありません。ドイツ式の札はいまもドイツやオーストリアの地方札として現役で、スカートというゲームでは2から6までを使いません。ラテンタイプもイタリア・スペインとラテンアメリカ諸国で使われ続けています。世界を取ったのはフランス式でしたが、それは一枚残らず置き換えたという意味ではありませんでした。

フランス語の名前は「心臓・タイル・槍先・クローバー」

carreau は宝石ではなく床のタイル

フランス語でダイヤはcarreau、床に敷く四角いタイルのことです。英語のdiamondも、この文脈では宝石ではなく「菱形」を指します。日本語で「ダイヤ」と呼ぶうちに宝石の連想が入り込みましたが、もとの意味は足元の床にありました。ドイツの「鈴」が、菱形に置き換えられた結果でもあります。

pique は槍、trèfle は三つ葉

スペードのフランス語名piqueは槍のことで、あの黒い形は槍の穂先です。クラブのtrèfleはクローバーで、こちらは見たままの三つ葉。フランス語の四つの名前は、いずれも描かれている形をそのまま呼んでいます。名前と形がずれるのは、このあと英語に渡ってからでした。

名前だけがラテン式のまま英語に残った

形はドイツ経由のフランス式、名前はイタリア・スペイン式。この組み合わせが完成したのは、フランスのカードがイギリスへ渡ったときです。

ルーアンのカードが16世紀のイギリスへ

絵柄はフランス、呼び名はラテン

16世紀、フランス北部ルーアンで作られたカードがイギリスへ入ります。イギリス人はそのデザインを受け入れましたが、呼び名のほうにはラテンタイプの語が残りました。spadeは剣を意味するスパーダに、clubは棍棒に由来します。輸入したのは絵柄で、名前は先に知っていたほうを使い続けた、という順序が想像できます。

明治の日本に入ったのは、この英米式

この英国式のカードは植民地やアメリカへ広がり、明治以降の日本にも入りました。日本で「スペード」「クラブ」と呼んでいるのは、イギリス経由で受け取った名前です。もし16世紀のポルトガル伝来がそのまま続いていたら、私たちは同じマークを「剣」「棍棒」と呼んでいたかもしれません。

絵札の人物は、フランスで名付けられイギリスで消えた

四人のキングには、それぞれモデルがいた

16世紀のパリで作られたカードでは、絵札の一枚一枚に実在または伝説の人物が割り当てられていました。四人のキングは次のとおりです。現在のフランスのカードにも、この配役が受け継がれています。

キングモデルどんな人物か
♥ ハートカール大帝(シャルルマーニュ)中世フランク王国の国王
♠ スペードダビデ王旧約聖書に登場する古代イスラエルの王
♣ クラブアレキサンダー大王古代マケドニアの国王
♦ ダイヤカエサル古代ローマの政治家・軍人

クラブのクイーンは「女王」の綴り替え

クラブのクイーンだけは、少し変わった名前です。「アルジーヌ(Argine)」といい、ラテン語で女王を意味するレーギーナ(Regina)の文字を並べ替えたものだとされています。モデルについてはシャルル7世の妃という説も、その愛人という説もあり、はっきりしません。ジャックの側にはランスロットやラ・イルといった騎士が並びます。

イギリスでモデルは消えた

ところがイギリスのカードでは、特定のモデルがいなくなりました。誰でもない王と女王が並ぶ、いまおなじみの絵札です。名前はラテン式を残したのに、人物の名前のほうは捨てた。イギリスは受け取ったものを、そのまま全部は引き継ぎませんでした。

「四季」「52週」「身分」の説は、どこまで確かか

四つのマークは四季を表し、52枚は一年の週数——この種の説明を聞いたことがある人は多いはずです。ただし、これらを裏づける当時の資料は示されていません。

身分説は、形と噛み合わない

剣=騎士、聖杯=聖職者、貨幣=商人、棍棒=農民

四つのスートが中世の身分を表すという説では、次のような対応が語られます。

  • 剣 ── 騎士
  • 聖杯 ── 聖職者
  • 貨幣 ── 商人
  • 棍棒 ── 農民

よく見ると、これはラテンタイプのスートの話です。剣も聖杯も、フランス式のカードには描かれていません。

タイルとクローバーで身分は説明しにくい

フランス式で「商人=ダイヤ」と言い換えると、話は苦しくなります。carreauは床のタイルであって貨幣ではありません。宝石のほうに寄せて読むなら、当時のフランスで宝石に近かったのは商人よりも上流の人々です。身分説は、ラテンタイプの絵柄の上でだけ成立する読み方だと考えたほうが無理がありません。特別な根拠はなく俗説の一つと見たほうがよい、と書く資料もあります。

52枚と一年をつなげる暦の説

数は合う。合いすぎている

4スート=四季、52枚=52週、13枚=季節の週数。数札の1から10に加えてジャックを11・クイーンを12・キングを13と数え、52枚ぶんを合計すると364になります。そこへジョーカーを1枚足せば365。うるう年のぶんがもう1枚のジョーカー、という念の入れようです。

成立の順序が合っていない

この計算にはジョーカーが要ります。しかしジョーカーがカードに加わるのは19世紀のアメリカで、四つのスートが決まった時期より400年ほどあとです。順序をたどると、あとから来たカードを含めて数を合わせていることになります。明確な証拠が無いため間違いとされている、と明記する資料もあります。

「トランプ」と呼んでいるのは、日本だけ

ここまで一度も触れませんでしたが、英語でこのカードをtrumpとは呼びません。playing cardsです。trumpはゲームの中の「切り札」を指す語で、カードそのものの名前ではありません。

1885年12月3日、團々社の売り出し

解説書とカードを同時に、20銭で

1885年(明治18年)12月3日、東京の團々社(だんだんしゃ)が『西洋遊戯 骨牌使用法』という遊び方の本を20銭で出しました。同じ値段で西洋のカードそのものも売り出しています。輸入品の遊び方を解説しながら現物も置く、という売り方でした。

骨牌(こつぱい・かるた)とは、かるた類を指す当時の表記です。のちに骨牌税という税の名前にも使われました。

「切り札は良い札」を取り違えた

英文の解説を訳すとき、「切り札はカードの中で良いものである」という趣旨を「トランプはカードの中でも品質の良きもの」と受け取ってしまった、と説明されています。後続の版元も同じ名前を使い、呼び名として定着しました。訳し違いが百四十年たっても直っていない例は、そう多くありません。

ジョーカーはアメリカ生まれ

ユーカーという遊びのために足された

ジョーカーは1850年代から60年代のアメリカで、ユーカー(euchre)というゲームのために32枚組へ足された札だとされています。1863年にはサミュエル・ハートが絵入りの札を印刷し、1860年代の終わりごろから「Joker」の名が印刷されるようになりました。ルール書に登場するのは1868年です。

タロットの愚者から来た説は否定されている

ジョーカーはタロットの「愚者」が姿を変えたものだ、という説明も広く出回っています。見た目も役割も似ているのは確かです。ただし証拠がなく、間違いとされています。むしろ近年は、ゲームを複雑にするためにカードへ絵札を足していった結果がタロットだ、と逆向きに考えられています。

剣は絵柄から消え、名前として残りました。棍棒はクローバーに姿を変えながら、呼び名だけ棍棒のままです。六百年のあいだに何度も持ち主が替わり、そのたび形か名前のどちらかが置き去りにされてきました。

では、次に手札を開いたとき。あなたが「クラブ」と呼ぶそれは、棍棒でしょうか、クローバーでしょうか。

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