カッコウは、自分では巣を作りません。卵は他の鳥の巣に産み込み、あとの世話はすべてその鳥に任せてしまいます。この習性が「托卵(たくらん)」で、しばしば「他の鳥に卵を預ける行為」と紹介されてきました。
ただ、預けるという言葉から思い浮かぶ光景とは、実際の中身がかなり違います。産み込まれた卵から孵ったヒナは、まだ目も開かないうちに、その巣にあった卵を一つ残らず外へ落としてしまうのです。では、なぜそこまでして他の鳥の巣に産むのか。答えの中心にあるのは、数でした。
子育てをやめて、カッコウが手に入れたもの

托卵という繁殖のしかたは、損得の収支で眺めると輪郭がはっきりします。カッコウのメスが手放したものと、その代わりに握ったものを並べてみます。
| 手放したこと | 代わりに得たこと |
|---|---|
| 巣づくり | 材料集めと造巣にかかる日数がまるごと不要になる |
| 抱卵(ほうらん) | 温めるのは宿主。その間に次の巣を探しに行ける |
| ヒナへの給餌 | 育ての親が、巣立ったあとまで餌を運び続けてくれる |
| 一つの巣に縛られること | 1シーズンに十数個の卵を、すべて別々の巣へ置ける |
| 夏いっぱいの子育て | 成鳥は初夏のうちに越冬地へ発つことができる |
数字で見ると差は歴然です。オオヨシキリのような小鳥が一度の繁殖で産む卵は、おおむね四〜六個。いっぽうイギリスでの調査では、カッコウのメス一羽が一つの繁殖期に十二〜二十二個ほどを産み、多い記録では二十五個に達するとされます。訪ね歩く巣は、五十に及ぶこともあるそうです。
なお、托卵を始めた理由については別の説明もよく紹介されます。カッコウは体温が変動しやすく、自分では安定して卵を温められないから、というものです。ただ、それは抱卵をやめた結果として身についた特徴とも考えられます。どちらが先だったのかは、まだ決着していません。
卵は一つの巣に一個ずつ。つまり、育てる手間を丸ごと外に出した結果、産める卵の数が跳ね上がったわけです。以下では、その「置いてくる」までの手際と、置かれた側の反撃を順に見ていきます。
産卵はおよそ十秒——見つからないための段取り

托卵の成否は、産み込む瞬間にほとんど決まります。宿主に見つからないための工夫が、産卵の時間そのものを極端に切り詰めました。
※ 宿主(しゅくしゅ)とは、托卵をされる側の鳥のことです。仮親(かりおや)とも呼ばれます。
親鳥が目を離した一瞬をつく
卵を一個抜き、一個産み、飛び去る
宿主が巣を離れた隙にカッコウが飛び込み、もとからあった卵を一個くわえ取ってから、自分の卵を一個産み落とします。ここまでにかかる時間はおよそ十秒とされます。抜き取った卵はそのまま食べてしまうといわれ、巣の中の卵の総数は増えも減りもしません。数が合っているうちは、親鳥も異変に気づきにくいわけです。
小さな巣に座り込めない体のための工夫
カッコウの体は宿主よりずっと大きく、オオヨシキリの小さな巣に腰を下ろすことはできません。そこで総排せつ口(そうはいせつこう)が伸びる体のつくりになっていて、巣の縁にとまったまま中へ卵を産み落とせるようになっています。急ぐための工夫が、体の側にも組み込まれているということです。
いつ産むかまで計算されている
宿主が産み始めた直後を狙う
カッコウが選ぶのは、宿主が卵を産み始めたばかりの巣です。海外の研究では、巣の中の卵がまだ〇〜三個という早い段階が狙われやすいと報告されています。遅れて産み込むと自分のヒナが後から孵ることになり、次に述べる「巣の独占」ができなくなってしまうためです。
体の中で、先に温めておく
さらにカッコウは、産む前の卵を自分の体内で一日ほど温めておきます。発生を先に進めておく仕組みで、産み込まれた時点ですでに一歩リードしている状態です。おかげでカッコウの卵は十一〜十二日ほどで孵り、宿主のヒナより一〜二日早く生まれます。あとの展開をすべて決めるのは、この数日の差です。
卵は宿主の卵に似せて作られる
色も斑紋も寄せ、大きさは控えめに
カッコウの卵は、色も斑(まだら)の模様も宿主の卵によく似ています。しかも体の大きさに比べて卵が小さく、宿主の卵に混ざっても浮きません。ハトほどの体をした鳥が、スズメの仲間の卵に紛れる大きさのものを産むわけです。
殻はやや厚いとされる
加えてカッコウの卵は殻が厚めで、宿主につつかれても割れにくいという指摘があります。似せる、混ぜる、壊されにくくする。産卵の十秒に至るまでに、幾重もの仕掛けが積み重なっているのがわかります。
孵ったヒナが、まずすること

先に孵ったカッコウのヒナが最初にとりかかるのは、餌をねだることではありません。巣の掃除、というより占領です。
背中のくぼみで、巣の中身を外へ出す
目も開かないうちに、後ろ向きで巣を一周
孵化したばかりのヒナは、まだ目も開かず羽も生えていません。それでも後ろ向きにヨチヨチと巣の中を回り、背中に触れたものを片端から巣の外へ押し出します。孵化寸前だった宿主の卵も、すでに孵っていたヒナも例外ではありません。こうして巣は一羽だけのものになります。
そのくぼみは、十日ほどで消える
この作業を可能にしているのが、背中にある浅いくぼみです。卵をちょうど載せられる形をしていて、生後十日あまりで平らになり消えてしまいます。押し出す仕事が終わる時期に合わせて、体からも消えるということです。
これを確かめたのは、種痘のジェンナーだった
一七八七年六月十八日の観察
ヒナが巣の中身を放り出すと突き止めたのは、天然痘のワクチンで知られるイギリスの医師エドワード・ジェンナーでした。生垣のいちばん端にあった巣を見つけ、孵ったばかりのカッコウのヒナがヨーロッパカヤクグリの子を押し出す場面を、はっきり目撃したと記録しています。この観察は一七八八年に王立協会の紀要で発表され、ジェンナーはこの研究で王立協会の会員に選ばれました。種痘の発表は、その十年ほど後のことです。
王立協会は、すぐには信じなかった
もっとも、当初の受け止めは冷ややかだったようです。それまでは「親のカッコウが戻ってきて他のヒナを捨てているのだろう」と考えられており、生まれたばかりのヒナが単独でやってのけるという報告は突飛に響きました。当時の会長ジョゼフ・バンクスは、証拠がもっと要るのではないかと控えめに促したと伝えられています。あとから見れば正しかった発見が、その場では受け入れられなかった例のひとつです。
育ての親は、自分より大きな子に運び続ける
体格が逆転しても給餌は止まらない
カッコウのヒナはぐんぐん育ち、やがて育ての親を追い越します。オオヨシキリが自分の何倍もある子の口へ、せっせと虫を運ぶ光景は托卵の象徴としてよく紹介されます。巣からはみ出すほど大きくなっても、給餌はやみません。
声が親のスイッチを押している
なぜ気づかないのか。有力な手がかりとされるのが、ヒナの鳴き声です。カッコウのヒナは一羽であるにもかかわらず、宿主のヒナが何羽も並んでねだっているかのような速さで鳴き続けると報告されています。親鳥は姿ではなく、この「大所帯の声」に反応して餌を運んでいるという見方です。目で数える代わりに耳で数えている、というわけです。
宿主も黙ってはいない——日本で進む攻防

ここまでを読むと、カッコウの一方的な勝ちに見えます。ところが実際には、置かれる側も対抗手段を身につけていきます。日本はその過程が観察できた、世界的にも貴重な現場でした。
ホオジロは、三十分で見破って捨てる
かつては主要な相手だった
日本のカッコウがよく使っていた宿主は、かつてホオジロでした。長く関係が続いたぶんカッコウ側の擬態も磨かれ、ホオジロの卵に非常によく似た卵を産むまでになっています。ところが現在、ホオジロへの托卵はほとんど見られません。
似せた卵を入れる実験では
信州大学の中村浩志氏らが、カッコウの卵に似せた模造卵を巣に入れる実験を各種の宿主で行ったところ、ホオジロの見分ける力が飛び抜けて高いことがわかりました。よく似た卵でも、三十分ほどで巣の外へ放り出してしまうといいます。似せる技術が追いつかなくなり、カッコウのほうが相手を替えた形です。
オナガは、十数年で対抗手段を身につけた
一九七〇年代に始まった新しい関係
次にカッコウの相手となったのが、オナガです。長野県などの本州中部で一九七〇年代から托卵が確認され、一九八〇年代の終わりまでにオナガの分布域へ急速に広がりました。オナガにはこれといった防御手段がなく、地域によっては巣の大半が托卵されるほどの高い率になったと報告されています。付き合いの歴史が浅い相手ほど、無防備だということです。
一九九〇年代初めには反撃が始まった
ところが一九九〇年代の初めには、安曇野・長野・野辺山の三地域で変化が起きます。オナガがカッコウの剥製に集団で攻撃を仕掛けるようになり、卵を巣から排除する例も確認されました。托卵が広がってから、わずか十数年ほどの出来事です。進化というと気の遠くなる時間を思い浮かべますが、追い詰められた側の変化は、人の一生のうちに観察できる速さで起きることがあります。
| 時期 | 主な宿主 | 起きたこと |
|---|---|---|
| おおむね二十世紀前半 | ホオジロ | 長い付き合いのなかで、カッコウの卵がそっくりに似せられていく |
| その後 | オオヨシキリ・モズなど | ホオジロが卵を見破るようになり、托卵の相手が移る |
| 一九七〇年代〜 | オナガ | 本州中部で托卵が始まり、八〇年代末までに分布域へ拡大 |
| 一九九〇年代初め〜 | オナガ | 剥製への攻撃と卵の排除が三地域で確認される |
だからカッコウは相手を替えていく
「軍拡競争」と呼ばれる関係
宿主が見破る力を上げれば、カッコウは擬態を磨くか宿主を替えるしかありません。その繰り返しで両者がどんどん先鋭化していく関係は、進化生物学で軍拡競争と呼ばれます。片方の進歩が相手の進歩を呼ぶため、どちらも走り続けることになります。
※ 軍拡競争とは、追う側と追われる側が互いに対抗しあい、結果として双方の適応が加速していく進化のことです。
メスごとに、相手が決まっている
興味深いのは、この「相手」がカッコウという種の単位ではなく、メス一羽ごとに決まっている点です。オオヨシキリを狙うメスの系統、オナガを狙うメスの系統といった具合に分かれており、それぞれ宿主の卵に似た卵を産みます。母から娘へ受け継がれる遺伝子に違いが見つかっていることから、この系統はメス側を通じてのみ保たれていると考えられています。オスは相手を選ばず交わるため、種としては一つのままです。
日本で托卵する鳥は、四種いる

托卵はカッコウだけの習性ではありません。日本で繁殖する托卵鳥は四種で、いずれもカッコウ科の夏鳥です。しかも狙う相手が、種ごとにきれいに分かれているのです。
カッコウ・ホトトギス・ツツドリ・ジュウイチ
宿主が重ならないように分かれている
四種はそれぞれ違う鳥を宿主にしています。同じ托卵鳥どうしで相手を奪い合わない棲み分けができている、と見ることもできます。
| 鳥 | 主な宿主 | 名前の由来 |
|---|---|---|
| カッコウ | オオヨシキリ・モズ・オナガ・ホオジロ | 「カッコウ」という鳴き声 |
| ホトトギス | ウグイス・ミソサザイ・クロツグミ | 鳴き声の聞きなし |
| ツツドリ | センダイムシクイなどのムシクイ類 | 筒を叩くように響く声 |
| ジュウイチ | オオルリ・コルリ・ルリビタキ | 「ジュウイチー」と聞こえる声 |
四種とも、名前が鳴き声から来ている
表のとおり、四種とも名前の出どころは鳴き声です。姿を見せず声だけがよく届く鳥だから、耳から名前がついたのでしょう。英語のcuckoo・ドイツ語のKuckuck・フランス語のcoucouも同じ発想で、聞こえ方の似た音が各国語に並んでいます。
ジュウイチのヒナは、翼に「もう一つの口」を持つ
翼の曲がり角にある、黄色い皮膚
四種のなかでも、ジュウイチのヒナは変わった仕掛けを持っています。翼の曲がり角に、口の中とそっくりな黄色い皮膚がむき出しになっているのです。ヒナは餌を持ってきた育ての親に向かって、口を開けると同時にこの翼を掲げて見せます。親からは、ヒナがもう一羽いて口を開けているように見えるという理屈です。
隠したら、餌が減った
立教大学の田中啓太氏と上田恵介氏は、この黄色い部分を塗料で隠す実験を行い、育ての親が餌を運ぶ回数が減ることを確かめました。実際に親鳥が翼のほうへ餌を差し出そうとする様子も観察されています。この成果は二〇〇五年に科学誌『サイエンス』に掲載されました。カッコウのヒナが声で親を騙すのに対し、ジュウイチのヒナは見た目で騙しているわけです。
もう一歩——閑古鳥の時計と、ひとりで発つ渡り

最後に、托卵から少しだけ離れた話を二つ。どちらもカッコウという鳥の立ち位置がよく出ています。
鳩時計は、もともとカッコウ時計
ドイツの「黒い森」で生まれた
時刻になると小鳥が飛び出す鳩時計は、ドイツ南西部のシュヴァルツヴァルト(黒い森)で生まれたとされます。長い冬のあいだ、農家が木を刻んで作っていたのが始まりです。ただし飛び出して鳴くのは鳩ではなく、カッコウ。英語でもcuckoo clock、ドイツ語でもKuckucksuhrと、はっきりカッコウの名で呼ばれています。
日本でだけ鳩になったわけ
鳩と呼ぶのは日本だけです。理由としてよく挙げられるのが、カッコウの別名「閑古鳥(かんこどり)」。客の来ない店を「閑古鳥が鳴く」と言うとおり、商売にはいかにも縁起がよくありません。加えて子育てを他人任せにする鳥というイメージもあり、平和の象徴である鳩に差し替えて売られるようになった、と言われています。名前の付け替えが、そのまま日本語の中に定着した例です。
若鳥は、親を一度も見ないまま南へ発つ
成鳥が先、若鳥は後から一羽で
イギリスの鳥類学者たちが小型発信機でカッコウを追跡したところ、成鳥は六月の終わりごろには早々と渡りに出ていました。その年に生まれた若鳥がイギリスを離れるのは八月ごろで、二か月近く遅れます。生みの親はとうに南にいて、育ての親とも巣立ちで別れる。若鳥は、血のつながった親を一度も見ないまま旅立つことになります。
教わらずに、越冬地へたどり着く
案内役のいない若鳥が、それでも中央アフリカの越冬地へ到達することが衛星追跡で確かめられています。しかも渡りの経路も時期も成鳥とは違っていました。渡りの手順が誰かから教わるものではなく、生まれつき備わっていることの証拠とされています。夜空と地磁気を頼りに、初めての道を一羽で行くわけです。
「托卵」の托は、託すの託と同じ音を持ちます。けれども、託すという言葉はふつう、預ける側と引き受ける側の合意を前提にしています。宿主は頼まれてもいないし、引き受けたつもりもありません。そして肝心のカッコウの若鳥もまた、誰から何を託されるわけでもなく、会ったこともない親と同じ空路をひとりで南へたどっていきます。合意のない預け先と、教わらない道すじ。この鳥の一生には、託すという字が指すはずのものが、どこにも見当たらないのです。
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