ボクシングの階級名はなぜ鶏や羽根なのか——「バンタム」はジャワ島の港の名前

言葉と論理の話
スポンサーリンク

ボクシングの「バンタム級」のバンタム(bantam)は、小型の鶏を指す英語です。しかもその鶏の名前は、インドネシア・ジャワ島の港町から来ています。日本では井上尚弥選手の活躍でいちばん耳になじんだ階級名かもしれませんが、もとをたどると鶏小屋にたどり着きます。

不思議なのはバンタムだけではありません。フライはハエ、フェザーは羽根。ウェルターは競馬用語で、クルーザーは軍艦です。リングの上には、動物と乗り物の名前が並んでいます。

スポンサーリンク
  1. 階級の名前は、鶏小屋と競馬場と軍港から来ている
  2. 「バンタム」はジャワ島の港の名前だった
    1. 港の名が、鶏の名になった
      1. 船に積まれた「生きた食料」
      2. 英語に入ったのは1749年ごろ
      3. その鶏はバンテン生まれとは限らない
    2. 鶏から「小柄な人」へ、そしてリングへ
      1. 1837年、人を指す言葉になる
      2. 1884年ごろ、階級の名前に
    3. バンタム級はどのくらいの重さなのか
      1. 118ポンド=53.52キロ
      2. 名前の主のほうは1キロもない
  3. 日本にも、同じ作り方の名前を持つ鶏がいる
    1. チャボは「チャンパ」から来た名前
      1. 江戸時代に渡り、日本で改良された
      2. 「矮鶏」は後から当てた漢字
    2. バンタムとチャボは、双子のような名前
      1. 東と西で、同じ発想が働いた
      2. 訳すとすれば「チャボ級」
  4. 軽さは、身の回りの軽いもので測られてきた
    1. フェザー級——競馬の最軽量から来た言葉
      1. 1792年、規則で許される最も軽い斤量
      2. ボクシングに移ったのは1853年
    2. フライ級——最後にできた階級
      1. 1909年以前、軽い選手は全員バンタム級だった
      2. 1910年、英国が上限を決めた
    3. ストロー級——麦わら一本の軽さ
      1. いちばん軽い階級には、呼び名が三つある
      2. 1986年生まれの、いちばん新しい階級
  5. 重いほうの名前は、競馬場と軍港から
    1. ウェルター級——馬が背負った重い斤量
      1. 1831年の競馬雑誌に残る用例
      2. ボクシングでの用法は1896年から
    2. クルーザー級——巡洋艦から借りた名前
      1. 二番目に大きい軍艦、二番目に重い階級
      2. 1980年に付け直された名前
    3. ライト・ミドル・ヘビーは、見たままの名前
      1. 1773年・1842年・1857年
      2. 競馬と拳闘は、同じ語彙を共有していた
  6. もう一歩——同じ「バンタム級」でも重さが違う
    1. 競技をまたぐと10キロ近くずれる
    2. ブラジリアン柔術は、もっと鳥だらけ
    3. ジープの原型を作った「バンタム」
  7. 関連記事

階級の名前は、鶏小屋と競馬場と軍港から来ている

軽いほうから重いほうへ名前を並べると、出どころが三つの世界に分かれます。鶏小屋、競馬場、そして軍港です。

階級名もとの英語の意味名前の出どころ
ミニマム級(ストロー級)straw=麦わら軽いものの代名詞
フライ級fly=ハエ小さな生きもの
バンタム級bantam=小型の鶏ジャワ島の港の名前
フェザー級feather=羽根競馬の斤量
ライト級light=軽い競馬と拳闘の共用語
ウェルター級welter=重い斤量を背負う馬・騎手競馬
ミドル級middle=中間拳闘と競馬
クルーザー級cruiser=巡洋艦軍艦とされる
ヘビー級heavy=重い競馬

軽い側に生きものが集まり、重い側に馬と船が来ているのが見て取れます。順に、どこから来た言葉なのかをたどっていきます。

「バンタム」はジャワ島の港の名前だった

バンタムはもともと地名です。インドネシア西ジャワにある港町バンタム(現在のバンテン)の名が、そこで積み込まれた小さな鶏の呼び名になりました。

港の名が、鶏の名になった

船に積まれた「生きた食料」

冷蔵設備のない帆船の時代、長い航海に出る船は生きた鶏を積んでいきました。ヨーロッパの船乗りが東南アジアで補給したとき、その土地の鶏が自分たちの知る鶏よりずいぶん小さかったのです。置き場所も餌も少なくて済む小型の鶏は、船にとって使い勝手がよかったとされます。こうして小さな鶏は、寄港地の名で呼ばれるようになりました。

英語に入ったのは1749年ごろ

英語の辞書類では、bantam が記録に現れるのは1749年ごろとされます。当時のバンタムはオランダが拠点を置いた港で、香辛料の集散地として知られていました。鶏そのものよりも先に、港の名前がヨーロッパに届いていたわけです。

その鶏はバンテン生まれとは限らない

ややこしいことに、バンタムと呼ばれる鶏がバンテン原産だという確証はありません。積み込んだ港の名が付いただけで、東南アジア各地の小型種をまとめて指す言葉になっていったと説明されます。産地表示というより、船乗りの記憶に残った地名がそのままラベルになった形です。

鶏から「小柄な人」へ、そしてリングへ

1837年、人を指す言葉になる

19世紀に入ると、bantam は「小柄な人」を指す比喩として使われはじめます。記録に残るのは1837年ごろ。単に背が低いという意味ではなく、体は小さいのに気が強い人、というニュアンスを含んでいました。

1884年ごろ、階級の名前に

ボクシングの階級名として使われだしたのは1884年ごろ。語源辞典は、小さいながら攻撃的で闘鶏用にも飼われた鳥のイメージから広がったのだろう、と説明しています。小さい選手を「小さい」と呼ぶかわりに、小さくても向かっていく鳥の名を借りたわけです。

バンタム級はどのくらいの重さなのか

118ポンド=53.52キロ

現在のプロボクシングのバンタム級は、上限118ポンド(53.52キロ)です。当初の上限は110ポンド前後で、1910年に英国側が118ポンドに定めたとされます。キロに直すと半端な数字になるのは、発祥地である英国のポンドを換算しているためです。

名前の主のほうは1キロもない

一方、名前を貸した鶏の体重はというと、日本の小型種で雄が730グラムほど。53キロの選手と730グラムの鶏が同じ名前で呼ばれているわけで、比喩としてはずいぶん思い切っています。ちなみに日本人でこの階級を最も有名にしたのは井上尚弥選手で、2022年12月に主要4団体の王座を統一しました。

日本にも、同じ作り方の名前を持つ鶏がいる

小さな鶏を、渡ってきた土地の名で呼ぶ。この命名は西洋だけのものではありません。日本の「チャボ」がまさに同じ作りの名前です。

チャボは「チャンパ」から来た名前

江戸時代に渡り、日本で改良された

チャボの名は、ベトナム中部にあったチャム族の国チャンパに由来するとされています。江戸時代までに原種が渡来し、日本で小さく短足に改良されました。現在は国の天然記念物です。標準的な体重は雄で730グラム、雌で610グラムほど。足が短く、尾羽がぴんと立つ姿が特徴とされます。

「矮鶏」は後から当てた漢字

チャボを「矮鶏(わいけい)」と書くのは当て字です。矮は背丈が低いことを表す字で、音ではなく意味を当てています。国名そのものではなく、チャンパの別の呼び方が転じたものという見方も紹介されています。

バンタムとチャボは、双子のような名前

東と西で、同じ発想が働いた

ヨーロッパの船乗りはジャワの港の名を、日本人はベトナムの王国の名を、それぞれ小さな鶏に付けました。どちらも「よそから来た小さい鶏」を、来歴の土地でひとまとめに呼んでいます。日本へ運んだのは朱印船や南蛮貿易の船だったと考えられており、チャンパ王国そのものは17世紀まで存続していました。海の道で来た鳥が、その道の名前を背負ったという点で、二つの言葉はよく似ています。

訳すとすれば「チャボ級」

そう考えると、バンタム級を日本語に置き換えた場合の訳語は「チャボ級」あたりが妥当でしょう。実際にはそう訳されず、音だけがカタカナで入りました。日本語話者にとってバンタムは意味の見えない記号のままですが、指しているものは日本の鶏小屋にもいる鳥なのです。

軽さは、身の回りの軽いもので測られてきた

バンタムより軽い側と、少し重い側にも、生きものや日用品の名前が並びます。共通しているのは「軽さの代名詞」を探してきた発想です。

フェザー級——競馬の最軽量から来た言葉

1792年、規則で許される最も軽い斤量

feather-weight は1792年ごろ、「規則で許される最軽量」を意味する競馬の言葉として記録されています。馬の背に載せる重りが軽ければ軽いほど有利になるため、その下限を「羽根の重さ」と呼んだわけです。単に feather だけで同じ意味に使う例は1760年までさかのぼるとされます。

斤量(きんりょう)とは、競馬で馬が背負う重量のことです。騎手の体重と装備を合わせた重さで、レースごとに条件が決められています。

ボクシングに移ったのは1853年

この語がボクシングの階級を指すようになったのは1853年ごろ。競馬場で60年ほど使われた言葉が、リングへ移った計算になります。名前を借りたというより、同じ英語圏のスポーツ文化のなかで自然に流用されたと見るのが自然でしょう。

フライ級——最後にできた階級

1909年以前、軽い選手は全員バンタム級だった

意外なことに、フライ級は伝統的な8階級のなかで最後に生まれました。1909年より前は、フェザー級より軽ければどんなに小柄でもバンタム級としてひとくくりだったのです。バンタムという言葉が「小さい選手全部」の受け皿になっていた時期があったことになります。

1910年、英国が上限を決めた

1910年、英国のボクシング当局が上限を設定して新しい階級が独立します。当初の上限は108ポンドだったとする資料もあれば、8ストーン(112ポンド)とする資料もあり、数字には揺れが残ったまま。現在のフライ級は112ポンド(50.80キロ)です。1911年には英国で最初の世界王者が認定され、1916年から23年に君臨したジミー・ワイルドが英米双方で認められた最初の王者とされています。

ストロー級——麦わら一本の軽さ

いちばん軽い階級には、呼び名が三つある

最軽量の階級はWBAではミニマム級、WBCではストロー級と呼ばれます。IBFとWBOの呼び方はミニフライ級。団体ごとにばらばらで、日本ではミニマム級の表記が一般的です。ストローは飲み物の管ではなく麦わらのことで、これも「軽いものの代名詞」を借りた名前になります。

WBA・WBC・IBF・WBOとは、プロボクシングの主要な世界王座認定団体です。それぞれが独自に王者を認定するため、階級の呼び名まで食い違うことがあります。

1986年生まれの、いちばん新しい階級

この階級ができたのは1986年で、17階級のなかで最も新しい区分です。上限は105ポンド(47.62キロ)。WBCの初代王者は日本の井岡弘樹選手で、当時18歳9か月という若さでの戴冠でした。麦わらという古風な比喩が持ち出されたのは、20世紀も終わりに近いころだったわけです。

重いほうの名前は、競馬場と軍港から

軽い側が生きものだったのに対し、重い側の名前は人が作った大きなものから取られています。馬に載せる重りと、海に浮かぶ軍艦です。

ウェルター級——馬が背負った重い斤量

1831年の競馬雑誌に残る用例

welter-weight は1831年に、障害競走などで特定の馬が背負う「異常に重い斤量」を指す語として現れます。当時の競馬雑誌には、13ストーンを超える重量を背負って苦しむ牝馬の記述が残っているそうです。重い斤量を課される騎手を welter と呼ぶ用法は、さらに古く1804年にさかのぼります。

ストーン(stone)とは、英国で使われる重量の単位です。1ストーンは14ポンドで、約6.35キロにあたります。13ストーンはおよそ83キロです。

ボクシングでの用法は1896年から

ボクサーやレスラーの階級を指すようになったのは1896年ごろ。welter の語源そのものははっきりせず、「激しく打つ」を意味する俗語 welt との関係が指摘される程度です。つまりウェルター級は、由来のわからない言葉が競馬を経由してリングに残ったという、二重に来歴の込み入った名前になっています。

クルーザー級——巡洋艦から借りた名前

二番目に大きい軍艦、二番目に重い階級

cruiserweight の初出は1920年ごろとされます。巡洋艦は戦艦に次ぐ大きさの軍艦であり、この階級もヘビー級に次ぐ重さ。そこから名前を借りたという説明が一般的ですが、断定できるほど確かな出典は見当たりません。海軍用語がスポーツに流れ込んだ時代の空気が残った名前、というあたりが正確でしょう。

1980年に付け直された名前

現在の階級としてのクルーザー級は、1979年にWBCが「ジュニアヘビー級」として作ったのが始まりです。翌1980年に、アマチュアの同名階級と紛らわしいとの理由でクルーザー級へ改称されました。英国では昔からライトヘビー級のことをクルーザー級と呼ぶ習慣があり、同じ単語が国によって違う重さを指してきたことになります。

ライト・ミドル・ヘビーは、見たままの名前

1773年・1842年・1857年

light-weight は1773年に、競馬と拳闘の両方で「規則が定める重さの人や動物」を指す語として登場します。middle-weight は1842年、heavy-weight は1857年に馬について、1877年に格闘家について記録されました。軽い・中くらい・重いという素っ気ない名前ほど古く、比喩に凝った名前は後から足されています。

ついでに言えば、lightweight が「取るに足りない人」の意味で使われはじめるのは1885年ごろ。階級の名前は、いつのまにか人物評の語彙にもなっていったのでした。

競馬と拳闘は、同じ語彙を共有していた

初出の年代を並べると、階級名の多くが競馬と拳闘のあいだを行き来しているのがわかります。どちらも19世紀の英国で賭けの対象として栄えた興行で、重さで条件をそろえる必要がある点も同じ。言葉が共有されたのは、それだけ観客の層が重なっていたからだと考えられます。

言葉記録に現れた時期最初の使われ方
bantam1749年ごろ小型の鶏(1837年に「小柄な人」、1884年ごろ階級名へ)
light-weight1773年競馬・拳闘で規定の重さの人や動物
feather-weight1792年競馬の最軽量の斤量(1853年ごろ階級名へ)
welter-weight1831年競馬の重い斤量(1896年ごろ階級名へ)
middle-weight1842年ボクサーや騎手の中間の重さ
heavy-weight1857年馬について(1877年に格闘家へ)
cruiserweight1920年ごろヘビー級に次ぐ階級

もう一歩——同じ「バンタム級」でも重さが違う

競技をまたぐと10キロ近くずれる

バンタム級という名前は総合格闘技(MMA)にもあります。ただし重さはボクシングが115ポンド超〜118ポンド(52.2〜53.5キロ)なのに対し、MMAは126〜135ポンド(57.2〜61.2キロ)。同じ「鶏の名前」を掲げながら、10キロ近い開きがあります。格闘技のニュースで階級名だけを見て体格を思い浮かべると、けっこうな幅で外れるということです。

ブラジリアン柔術は、もっと鳥だらけ

ブラジリアン柔術の階級名はポルトガル語です。最軽量から順にガロ(galo=雄鶏)・プルーマ(pluma=羽毛)・ペナ(pena=羽根)・レーヴィ(leve=軽い)と並びます。鶏と羽根で軽さを表す発想は、英語圏だけの癖ではなかったわけです。ボクシングのバンタム級にあたる位置に、翻訳を経ずに「雄鶏」がそのまま座っているのは、なかなか痛快な符合ではないでしょうか。

ジープの原型を作った「バンタム」

bantam は「小さいもの」を指す一般語としても定着しました。米国の小型車メーカー、アメリカン・バンタム社はその一例です。同社は1940年9月、軍の求めに応じて小型偵察車バンタム・レコナイサンス・カー(BRC)を納入しました。これが後のジープの原型にあたります。小さな鶏の名は、リングを飛び出して戦場の車にまで届いていたことになります。

階級はいまも増え続けていますが、新しく足される区分に鶏や羽根の名前が付くことはありません。スーパーフライ級・スーパーバンタム級・ジュニアウェルター級と、既存の名前に接頭語を重ねる方式に変わりました。ハエや麦わらが選ばれたのは、階級が数えるほどしかなく、重さを言葉で言い表す必要があった時代の話。カタカナの向こうに鶏がいるのは、その短い季節の刻印なのです。

関連記事

テニスの点数はなぜ「15・30・40」と数えるのか
0点を「ラブ」と呼び、1点取れば15。次の2点目で30、そして3点目だけが40です。テニスのスコアは数の増え方も呼び名も、ほかの球技とまるで違っています。1点ずつ数えれば済むところを、なぜこんな飛び飛びの数列にしたのでしょうか。しかも15・...