道路に白く描かれた大きなひし形は、「この先に横断歩道か自転車横断帯があります」という予告です。運転免許を持つ人なら一度は習っているはずの標示ですが、意味を答えられない人のほうが多いという調査結果が、いくつもの県で報告されました。
広く語られている「1つ目は50メートル手前、2つ目は30メートル手前」という説明も、警察庁が定めた基準の書き方とは少しずれています。ずれの正体をたどると、あのひし形が何を予告しているのかがはっきり見えてきます。
ひし形を見てから横断歩道に着くまでに、知っておきたいこと

時速40キロで走る車が遠いほうのひし形を踏んでから横断歩道に届くまでは、4秒ほどしかありません。その数秒のあいだにドライバーが順に決めていく内容を、そのまま表の並び順にしました。
| 数秒間の問い | 答え |
|---|---|
| あれは何か | 道路標示「横断歩道又は自転車横断帯あり(210)」。ダイヤマークは通称で、法令にこの呼び名は出てこない |
| どこに描かれるか | 横断歩道から約30メートル手前に1個、そこから10〜20メートルの間隔をおいてもう1〜2個 |
| なぜそこにあるか | 原則として、その先の横断歩道に信号機が無いから。または手前から横断歩道が見えないから |
| 踏んだら違反か | ひし形そのものに罰則は無い。罰則は30メートル先の横断歩道の側にある |
| 何をすればよいか | 横断歩道の直前で止まれる速度まで落とす。追い越しと追い抜きは、そこから先が禁止区間 |
「ダイヤマーク」という名前は、法令のどこにも書かれていない

あのひし形の正式な名前は「横断歩道又は自転車横断帯あり」です。番号は210。道路標識、区画線及び道路標示に関する命令の別表に載っている、れっきとした指示標示のひとつです。
法令が定めているのは、意味と設置場所だけ
命令の書きぶりは、驚くほど短い
命令の別表で210に割り当てられた説明は二行しかありません。意味は「前方に横断歩道又は自転車横断帯があること」。設置場所は「前方に横断歩道又は自転車横断帯があることをあらかじめ示す必要がある地点」。予告する、とだけ決めて、細かい運用は別の基準に譲っています。
※ 指示標示とは、道路標示のうち、通行の禁止や制限ではなく「ここは何の場所か」を示すものを指します。横断歩道そのもの(201)や停止線(203)も同じ仲間です。
警察は通称のほうで呼びかけている
正式名称が長いせいか、広報の場面で使われるのはもっぱら通称のほうです。警視庁は解説ページで「ダイヤの先には横断歩道」という合い言葉を掲げ、ダイヤマークを見たら歩行者がいる場合にすぐ停まれるよう注意してほしい、と呼びかけています。法令上の名前と、路上で通じる名前。ひとつの標示に二つの呼び方が並んで育ちました。
縦5メートル、横1.5メートルの細長いひし形
実物は「ダイヤ」というより縦に伸びた菱
寸法は縦5.0メートル・横1.5メートル、線の幅は20〜30センチとされています。縦横の比はおよそ3対1。真上から見れば、トランプのダイヤとは似ても似つかない、細長い立菱形(たてひしがた)です。
隣の標示も、同じように引き伸ばされている
すぐ隣の番号211「前方優先道路」は、底辺1〜2メートルで高さが底辺の3倍という白い三角形です。こちらも進行方向へ引き伸ばされた形。路面の記号は、低い運転席から浅い角度で眺めるものです。奥行き方向が縮んで見えるぶんを見越して縦長に描いてあるのだ、と説明されます。
「50メートルと30メートル」は、基準の書き方と違う

ひし形の位置について、警察庁の交通規制基準はこう定めています。「原則として横断歩道等から約30メートル手前の地点に1個、さらに10〜20メートルの間隔をおいて1個ないし2個を設置するものとする」。よく見聞きする「50メートルと30メートル」という説明とは、噛み合っていません。
※ 交通規制基準とは、都道府県公安委員会が行う交通規制の内容や標識・標示の設置方法をそろえるために警察庁が示している基準です。法令そのものではありませんが、全国の運用の土台になっています。
| 論点 | よく言われる説明 | 交通規制基準の書き方 |
|---|---|---|
| 個数 | 2個 | 手前の1個+10〜20メートル間隔で1〜2個。合計2〜3個 |
| 近いほう | 30メートル手前 | 約30メートル手前(一致する) |
| 遠いほう | 50メートル手前 | 40〜50メートル手前。位置は10メートル幅で動く |
| 車線ごとの扱い | 言及されないことが多い | 片側2車線以上では、原則として各車線に設置 |
決まっているのは近いほうだけ
2つ目の位置には10メートルの幅がある
基準が名指しで決めているのは、横断歩道に近い1個の位置です。2個目は「10〜20メートルの間隔をおいて」としか書かれていません。つまり40メートル地点でも50メートル地点でも基準どおり。「50メートル」という説明は、その幅の上限を代表値として言い切ったものと考えられます。
3個目が描かれることもある
「1個ないし2個」ですから、手前の1個と合わせて最大3個。交通工学の実務書でも、道路状況によってもう1か所追加するとされています。交差点ではなく単路部に設けられた横断歩道では、30メートルより少し上流に置いてもよいという記述もあります。数えてみると3個並んでいた、という道路は基準外ではありません。
横に並ぶことも、そもそも描かれないこともある
片側2車線なら、同じ距離に2つ横並び
片側2車線以上の道路では、原則として車線ごとに設置します。片側2車線の道で手前と奥に1組ずつ描けば、路上には合計4つのひし形が浮かぶ計算。前方に4つ見えたからといって、横断歩道が4か所あるわけではありません。
省略してよい場合が基準に書いてある
横断歩道の手前に一時停止規制があるなど、歩行者や自転車の通行を妨げるおそれが小さい場所では、この標示を省略できます。信号機があって横断歩道の存在が明らかな場所も同じ扱い。ひし形が無い横断歩道は、手抜きではなく基準どおりというわけです。
ひし形が出てくるのは、信号のない横断歩道

交通規制基準は、この標示を設ける対象道路を2つに絞っています。ひとつは横断歩道等の設置場所に信号機が無い道路。もうひとつは、道路や交通の状況から横断歩道等の存在が手前から十分に認識できない道路です。
信号が肩代わりしてくれない場所の予告
止まるかどうかを自分で決める場所
信号のある横断歩道なら、止まる・進むの判断は灯火が引き受けてくれます。信号が無い横断歩道では、歩行者がいるかどうかをドライバー自身が見て決めなければなりません。ひし形は「これから判断があなたに戻ってきます」という予告でもあるのです。
カーブや坂の先に隠れた横断歩道
もうひとつの対象は、見通しの都合で横断歩道が直前まで見えない道路です。上り坂の頂上の向こう側、曲がった先、生い茂った街路樹の陰。そうした場所では、路面のひし形のほうが横断歩道より先に目に入ります。標示が視界の順番を入れ替えている、と言い換えてもよさそうです。
基準は「標示で済ませるな」とも書いている
見えないなら、道路のほうを直せ
留意事項には、横断歩道等が手前から認識できない場合には横断歩道等の移設や道路構造の改良といった安全対策を講じること、と明記されています。ひし形を描いて終わりにするのは、基準の想定する対応ではありません。標示は応急の目印であって、見えない横断歩道の免罪符ではないわけです。
横断歩道と「一体のもの」として設置する
同じ留意事項の冒頭には、横断歩道等と一体のものとして設置すること、という一文が置かれています。ひし形は独立した標示ではなく、横断歩道という装置の部品という位置づけ。だからこそ、横断歩道が移設や廃止をされれば、ひし形も一緒に消されます。
ひし形そのものに、罰則は付いていない

「無視すると違反」と紹介されることの多い標示ですが、ひし形を踏んだこと自体を罰する規定はありません。指示標示210の役割はあくまで予告です。罰則が待っているのは、その先の横断歩道の側になります。
| 条文 | 禁じていること | 効き始める場所 |
|---|---|---|
| 道路交通法30条3号 | 他の車を追い越すための進路変更・側方通過 | 横断歩道等の手前の側端から前へ30メートル以内 |
| 同38条1項 | 直前で停止できない速度での進行。歩行者等がいるときの不停止 | 横断歩道等に接近する場面 |
| 同38条3項 | 進路変更を伴わない「追い抜き」も含めた前方への進出 | 横断歩道等の手前30メートル以内 |
効いているのは38条と30条
止まれる速度で進む義務
38条1項は、横断しようとする歩行者等がいないことが明らかな場合を除いて、横断歩道の直前で停止できる速度で進行しなければならないと定めています。渡ろうとしている人がいれば直前で一時停止し、通行を妨げてはいけません。「歩行者がいたら止まる」ではなく、「いないと言い切れないなら止まれる速度で近づく」という書き方になっているところが肝心です。条文は「横断歩道等の直前」に加えて「停止線があるときはその直前」と書き分けており、その停止線は舗装道路なら横断歩道の1〜5メートル手前に置くのが原則とされています。
追い越しと追い抜きは別々に禁じられている
30条3号が禁じるのは、進路を変えて前車の側方を通過する「追い越し」。38条3項はそこに重ねて、進路を変えずに前方へ出る「追い抜き」まで禁じています。二重に手当てされているのは、停止した前車の陰から歩行者が現れる場面が繰り返し事故になってきたからでしょう。横断歩行者等妨害等の違反は、反則金が普通車で9,000円、違反点数は2点とされています。
手前のひし形と、法律が引く線はほぼ重なる
30メートルという数字の一致
追い越し・追い抜きの禁止区間は、横断歩道の手前の側端(そくたん)から30メートル以内。そして基準どおりに描かれていれば、横断歩道に近いほうのひし形はおよそ30メートル手前に位置します。両者が同じ数字を使っているため、近いほうのひし形は禁止区間の入口とほぼ重なる目印として使えます。
遠いほうは、まだ区間の外
一方、40〜50メートル地点にある遠いほうのひし形は、まだ禁止区間の外側です。ここは「そろそろ速度を落とす場所」であって、追い越しが法律で止まる場所ではありません。ふたつのひし形が担う役割は、実は同じではないということになります。
止まらない車は4割、意味を知らない人は6割

予告する側の仕組みがここまで整っていても、受け取る側の数字はなかなか動きません。信号機のない横断歩道で歩行者が渡ろうとしている場面をJAFが毎年調べていて、2025年の全国平均は56.7%でした。過去最高の数値です。
JAFが毎年数えている一時停止率
6,226台のうち、止まったのは3,528台
2025年の調査は8月6日から28日までの平日、10時から16時に行われました。対象は各都道府県2か所、全国94か所の信号機のない横断歩道。通過した6,226台のうち一時停止したのは3,528台で、前年より3.7ポイント伸びています。それでも4割を超える車は止まりませんでした。
長野88.2%、福井35.8%という開き
都道府県別の最高は長野県の88.2%、最低は福井県の35.8%。同じ法律、同じ標示の下で、2倍以上の差が付いています。標示の描き方より、その土地で何が当たり前になっているかのほうが効いている、と読めそうな数字です。
そもそも意味が届いていない
山梨県警が2,600人に聞いた結果
山梨県警は2020年の4月から5月にかけて、免許更新などで県内の警察署を訪れた10代から80代の男女約2,600人にアンケートを実施しました。ダイヤマークの意味を尋ねたところ、「知らない」または誤った答えを選んだ人が6割を超えたと報じられています。免許を持っている人が中心の集団での数字です。
各地の警察がSNSで繰り返し出題する理由
警視庁の広報課は2013年にSNSで、アンケートでは7割強が「知らない」と答えたと紹介しました。以来、各地の警察がクイズ形式でこの標示を取り上げ続けています。10年以上たっても出題され続けているという事実そのものが、認知の伸び悩みを物語っているのでしょう。
同じひし形でも、県が違えば形が変わる

寸法が全国共通で決まっているのに、実物の見た目には地域差があります。2024年、都道府県ごとのひし形を並べて比べた投稿がX上で4万を超える反応を集めました。投稿主はGeoGuessrという位置当てゲームをきっかけに差に気づき、各県数十か所をストリートビューで確認して回ったといいます。
切れ込みの入り方が県ごとに違う
島根のひし形は上下が切れている
山陰中央新報の取材によれば、島根県内のひし形は「∧」と「∨」を重ねたような形で、上半分と下半分のあいだに数センチの切れ込みが入っています。線の幅は規定の上限にあたる30センチ。基準が「20〜30センチ」と幅を持たせている以上、どちらを選ぶかは各地の判断に委ねられます。
細くなったのは、新しく引き直された線
同じ県内でも、新しく引き直された標示のほうが線は細く見える、という指摘もあります。引く長さが同じなら塗料の量は幅に比例しますから、20センチと30センチでは1.5倍の差。規格に持たされた10センチの幅は、財布の事情がしみ出す隙間でもあります。
海外の白いひし形は、まったく別の意味
アメリカでは相乗り専用レーンの印
アメリカの標準であるMUTCDでは、車線の中央に描かれた白いひし形は優先レーンを表します。代表がHOVレーン、つまり複数人が乗った車だけが走れる車線。寸法は幅2.5フィート以上・長さ12フィート以上、線幅6インチ以上と決められていて、こちらも進行方向へ細長く伸ばされた形です。
※ MUTCD(Manual on Uniform Traffic Control Devices)とは、アメリカ連邦道路庁が定める交通標識・標示の統一基準です。HOVレーンは高乗車人数車両専用レーンのことで、渋滞緩和のために相乗りを促す仕組みです。
イギリスは点ではなく帯で囲む
イギリスの横断歩道では、手前と先にジグザグの白線が連続して引かれます。ハイウェイコードは、この区域に駐車してはならないこと、横断歩道にいちばん近い車を追い越してはならないことを定めています。日本が2つか3つの点で予告するところを、イギリスは帯で囲って区域そのものを見せる。同じ目的でも、路面の見せ方は国によって違います。
名前の後半は、静かに消えつつある
自転車横断帯の撤去が進んでいる
警察庁は2011年10月、自転車は車道を通行するという原則を徹底する方針を通達で示しました。歩道をつなぐ形で設けられていた自転車横断帯は、左折車と自転車が交錯する危険などを理由に見直され、この通達以降は撤去が進んでいます。
※ 自転車横断帯とは、横断歩道に並べて設けられた自転車用の横断場所で、路面には自転車の記号と2本の破線が描かれます。道路標識としては1978年(昭和53年)に加えられた区分です。
「又は自転車横断帯あり」の行き先
標示210の名前は「横断歩道又は自転車横断帯あり」のままです。けれども予告する対象の片方は、全国で少しずつ路上から消されています。名前の後半だけが、実物より長く生き残っている標示ということになります。
予告は、受け取る人がいて初めて予告になるものです。意味を知らない人が6割という数字は、路面に置かれた予告が読み手の過半数に届いていない、ということでもあります。読まれなかったぶんは消えてなくなるわけではなく、30メートル先で誰かが渡ろうとしている数秒間に、そっくり持ち越されます。
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