「たわし」という言葉の語源は、いまも決まっていません。辞書は「束ねたもの」という説と「手藁(てわら)」という説を並べたうえで、どちらとも決めかねる、という書き方をしています。
ところが、あとから付いた「亀の子」のほうは事情が違います。誰が、いつ、どんな場面で思いついたのか。そこだけは、はっきり記録に残っているのです。
「たわし」「束子」「亀の子」——新しい名前ほど、由来がはっきりしている

名前の話は古いほうからさかのぼるのが筋ですが、この道具にかぎっては逆から見たほうが早く片づきます。新しい名前ほど記録が濃く、古い名前ほど輪郭がぼやけていくからです。三つの名前を、新しい順に並べてみます。
| 名前 | いちばん古い手がかり | 由来のわかりかた |
|---|---|---|
| 亀の子(商品名) | 1907年(明治40年) | 名づけた人物・場面・理由まで残っている |
| 束子(漢字表記) | 江戸期の書物では「たはし」の仮名表記 | 当て字とされ、字の意味からはたどれない |
| たわし(音) | 1783〜86年ごろの雑俳(ざっぱい)に用例 | 説が複数あり、決着していない |
いちばん古い「たわし」がいちばんわからず、いちばん新しい「亀の子」がいちばんよくわかる。名前をめぐる話は、この逆さまの並びから始まります。
「亀の子」は、名づけた場面ごと記録が残っている

亀の子束子は1907年(明治40年)、東京の本郷区真砂町(まさごちょう/いまの文京区)で西尾正左衛門が生み出しました。ただし、最初からたわしを作ろうとしていたわけではありません。
出発点は、たわしではなく靴ふきマットだった
イギリスに先例があり、特許は取れなかった
正左衛門が最初に考えたのは、棕櫚(しゅろ)を針金で編んだ新型の靴ふきマットでした。特許を申請したところ、すでに同じような商品がイギリスで特許を得ていると指摘されます。発明そのものが宙に浮いた形です。
※ 棕櫚(しゅろ)とは、日本に育つヤシの仲間の樹木です。幹を包む毛のような繊維が丈夫で水に強く、縄・ほうき・たわしなどの材料に古くから使われてきました。
毛先がつぶれて、返品の山になった
売り出した当初こそ売れたものの、踏まれた棕櫚の毛先はすぐにすり減ります。短期間で使い物にならなくなる商品は、やがて返品の山に変わりました。発明で身を立てるという少年時代からの目標は、ここで一度つまずいています。
妻が、売れ残りを切って掃除に使っていた
曲げて持てば、毛先はつぶれない
転機は家の中にありました。妻のやすが、売れ残ったマットを切り取り、棕櫚の巻かれた棒を曲げて掃除に使っていたのです。踏みつけるから毛先がつぶれるのであって、手に持って動かすぶんにはつぶれない。欠点は使い方のほうにありました。
掃除していた場所は、資料によって少し違う
この場面、会社の公式サイトや百科事典では「障子の桟(さん)を掃除していた」と書かれています。一方、記念日を紹介する記事などでは「床を磨いていた」となっているものも見かけます。細部は伝わり方で揺れているようです。確かなのは、売れ残りの再利用から形が決まったという筋書きのほうです。
なぜ「亀」だったのか
形・長寿・水——三つがそろっていた
楕円形に成型したたわしは、甲羅から手足を出した子亀に似ています。亀は長寿の縁起物でもあり、水にも縁が深い。台所で水を使う道具としては、これ以上ないほど条件がそろっていました。
名づけのきっかけは、息子が眺めていた亀
公式サイトが伝えるところでは、息子が亀の泳ぐのを見ている場面から「亀の子」の名が浮かんだとされています。百科事典の記述はもっと素っ気なく、形が似ているという理由だけを挙げるものもあります。命名の逸話がどこまで当時のままかは確かめようがありませんが、名づけの意図が言葉として残っている点は変わりません。
「束子」という字は、意味のわからない当て字だった

漢字のほうから語源をたどろうとすると、たいてい行き止まりになります。「束子」は音に当てた字であって、意味を説明する字ではないと考えられているからです。
漢字から追うと、途中で道が消える
素直に読めば「束ねたもの」
藁やシュロの毛を束ねて作る道具ですから、「束ねたもの」を語源とする説はあります。たわしを「タバシ」と呼ぶ方言があることも、この説を支える材料とされてきました。字面と実物がぴたりと合う、いちばん収まりのいい説明です。
民俗学者は「当て字で意味は不明」と切り捨てた
ところが百科事典は、柳田国男(やなぎだくにお)の『方言覚書』を引いて、束子は当て字であり意味は不明だとする見方を紹介しています。字が先にあって言葉が生まれたのではなく、言葉が先にあって字があとから当てられた。順序が逆なら、字をいくら眺めても答えは出てきません。
音から追うと「手藁」に行き当たる
「俵」とぶつかるのを避けた、という説
もう一方の有力な説が「手藁(てわら)」です。手に持つ藁、という意味の「テワラ・タワラ」が元にあり、そのままでは俵(たわら)と紛らわしい。区別するうちに「タワシ」へ変わったのではないか、と説明されます。米俵の国ならではの、言葉のすれ違いです。
方言は、どちらの説も支えてしまう
やっかいなのは、各地の呼び名が両方の説に味方する点です。「タバシ」は束ねる説に、「トウラ」「ナワドラ」は手藁説につながります。地方名はほかにも数多く記録されてきました。東北の「もだら」「もったら」。岩手の「とぎたら」に、奈良の「けどら」。証拠が多すぎて、かえって絞り込めないのです。
仮名づかいの段階で、すでに揺れている
「たはし」か「たわし」か
歴史的仮名づかいは通常「たはし」とされますが、確かな根拠があるわけではなく、「たわし」とする説もあります。どちらを取るかで、たどり着く語源が変わってしまう。出発点が定まらないまま、説だけが並んでいる状態です。
江戸の句に、すでに登場している
言葉自体はかなり古くから使われていました。国語辞典が挙げる古い用例は、1783〜86年ごろの雑俳集『柳筥』の「鯨鍋たはしをひとつすてる也」という一句です。鯨鍋を洗ったたわしを、使い切って捨てる。江戸の台所には鯨の鍋があり、その脂を落とすたわしもありました。しかも使い切って捨てるほど、ありふれた道具だったわけです。亀の子束子が生まれる120年以上前の話になります。
呼び名を全国に広げたのは、あとから来た商品名だった

ここからが、名前をめぐる話のいちばん面白いところです。古い言葉である「たわし」のほうが、新しい商品名の「亀の子」に後押しされて広まった、という指摘があります。
東京の呼び名は、ひとつではなかった
「ささら」「したら」「そうら」も並んでいた
この道具の呼び名は地域ごとにばらばらで、東京でも複数の言い方が使われていたとされます。全国に目を向ければ「ささら」「したら」「そうら」といった呼び名も。いまでこそ全国どこでも通じる「たわし」ですが、それは最初から決まっていた呼び名ではありませんでした。
商品が売れたので、呼び名が寄っていった
柳田国男の記述を引く百科事典は、亀の子束子という商品が盛んに売れたために呼び名が「たわし」へ寄っていった、という見方を紹介しています。ひとつの商品名が、古い言葉のほうを標準語の位置へ押し上げた形です。語源が藪の中の言葉が、商売の力で全国区になった——そう考えると、少し不思議な順序に見えてきます。
12年後には、小説の背景に置かれていた
芥川龍之介『妖婆』の荒物屋
普及の速さを示す跡は、文学のほうにも残っていました。芥川龍之介が1919年(大正8年)に『中央公論』へ発表した『妖婆(ようば)』には、荒物屋(あらものや)の店先を描いた一節が出てきます。並んでいるのは浅草紙、亀の子束子、髪洗粉。蚊やり線香の赤提灯が下がる、ありふれた店先の風景です。
説明抜きで通じる、という証拠
大事なのは、作中に何の説明も添えられていない点。発売から12年で、読者が知っている前提の日用品になっていたわけです。ちなみに全集では「亀の子束藁」の字を当てた版もあり、表記のほうはまだ揺れていました。
広まりすぎた名前は、権利としては弱くなる
辞書に載る、という副作用
「亀の子束子」は広辞苑・大辞林・大辞泉・世界大百科事典といった辞書や事典に見出しとして載っています。商品名が言葉として認められた証しではありますが、商標の側から見れば手放しでは喜べません。特定の会社の商品を指す名前ではなく、その種類の道具を指す一般名詞として受け取られていくからです。
※ 普通名称化とは、ある会社の商標が広く使われるうちに、商品そのものを指すふつうの言葉として扱われるようになることです。そうなると、商標としての力が弱まると言われています。
年表で見る、名前が独り立ちするまで
言葉と商品と権利が、どの順で動いたのか。まとめると次のようになります。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1783〜86年ごろ | 雑俳『柳筥』に「たはし」の用例。すでに台所の道具 |
| 1907年(明治40年) | 西尾正左衛門が亀の子束子を考案し、創業 |
| 1908年(明治41年) | 実用新案の登録と、「亀の子束子」「亀のマーク」の商標登録 |
| 1912年(明治45年) | 6月13日登録の商標第53145号。同社の登録では最も古く、いまも有効 |
| 1915年(大正4年) | 7月2日に特許第27983号「束子」を取得。のちの「たわしの日」 |
| 1919年(大正8年) | 芥川龍之介『妖婆』の荒物屋の店先に登場。同年、紙包装の商品を発売 |
| 1940年(昭和15年)ごろ | 戦争でパームの輸入が止まり、材料を棕櫚に切り替え |
| 2013年(平成25年) | 亀の子束子1号がグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞 |
権利の取り方は、途中で乗り換えていた

発明が1907年、特許の取得が1915年。8年の開きがあります。手続きを怠っていたわけではなく、守り方を途中で切り替えた結果でした。
まず実用新案、あとから特許
存続期間が切れる前に、申請し直した
西尾はまず1908年に実用新案を登録しました。当時の実用新案権の存続期間は6年。その期限が切れる直前に特許を申請し、1915年(大正4年)7月2日に特許第27983号「束子」を取得しています。切り替えについては、当時の特許局審査官だった米田英夫(こめだひでお)の助言があったとされ、米田自身がのちに著書で経緯を説明しています。
※ 実用新案とは、物の形や構造についての小さな工夫を守る制度です。特許より簡単に登録できる代わりに、権利の続く期間は短く設定されています。
7月2日が「たわしの日」になった
この特許の日付が、そのまま記念日になりました。「たわしの日」は同社が制定し、日本記念日協会に登録されています。誕生日でも発売日でもなく、権利を取った日を祝う。守るのに苦労した歴史を思えば、腑に落ちる選び方です。
それでも類似品は出まわった
広告と紙包装で見分けさせた
特許を取ったあとも、よく似たたわしが数多く出まわりました。西尾がとった手は、新聞や婦人雑誌への広告と、商品を紙で包むことです。1919年(大正8年)には紙包装の亀の子束子を売り出しています。裸で売られていた日用品も、包み紙を巻けば名前と印を載せる場所ができました。
「日本最古の商標」ではない点に注意
同社の登録のうち、いまも有効なもので最も古いのは1912年6月13日登録の第53145号だとされます。ここを読み違えると「日本でいちばん古い商標」になってしまいますが、それは別の話。特許事務の専門家が2021年にまとめた資料では、存続中の国内最古の登録商標は1902年(明治35年)登録の第1655号(清酒)と紹介されています。100年以上登録が維持されている商標は、その時点で985件ありました。
材料と作り方は、どこまで変わったのか

名前が変わらなかった一方で、中身は入れ替わっています。生みの親である棕櫚は、早い段階で主役の座を降りました。
棕櫚から、スリランカ産のパームへ
選んだ理由は、繁殖力と安定供給
現在の主材料は、スリランカ産のパーム(ココヤシの実の繊維)です。繁殖力が強く、量を安定して確保できることが選定の理由に挙げられています。ココナッツは採集後に殻を割り、4〜6週間ほど水に浸してから繊維と外皮を分けます。水洗いして硬さを出し、櫛でけずって向きをそろえ、等級ごとに選別してから切りそろえる。日本に届く前に、これだけの工程を経ています。
戦争で輸入が止まり、一時は棕櫚に戻った
1940年(昭和15年)ごろ、戦争の影響でパームの輸入ができなくなり、製造は棕櫚に切り替えられました。もっとも棕櫚は代役だっただけではありません。パームより柔らかく傷を付けにくいという持ち味があり、いまも「極〆(きわめ)」という商品名で棕櫚のたわしが売られています。材料の違いが、そのまま用途の違いになっているわけです。
作り方は、100年以上手作業のまま
8つの工程、機械化はゼロ
切りそろえたパームを針金に挟んでねじり、棒状にしてから曲げて楕円に成型する。この流れは1907年からほとんど変わっていません。工程は8つあり、同社は創業以来一度も機械化していないとしています。植物である以上、季節や時期で繊維の質は変わる。手先の感覚で調整する必要がある、というのが理由です。
年に約100万個、累計は5億個を超えた
2026年時点で、年間およそ100万個。創業からの累計は5億個を超えたとされています。元祖にあたる商品の価格は484円(税込み)。東京都北区の滝野川(たきのがわ)にある本社工場で、いまも一つずつ検品されています。
ついでに知っておきたい、たわしの周辺

「日本三大発明」という呼ばれ方
二股ソケット、ゴム足袋と並べる言い方
亀の子束子は、松下幸之助の二股ソケット、石橋正二郎のゴム足袋と並べて「日本三大発明」と呼ばれることがあります。ただし公的な選定があるわけではありません。百科事典がこの言い方の根拠として挙げているのは2014年のウェブ記事で、三つに絞った理由まで示されているわけでもない。話のタネとして受け取っておくのがよさそうです。
資料によって、生まれ年まで食い違う
紹介のされ方が広がるほど、細部はずれていきます。知的財産を扱う会社の解説記事には、亀の子束子を「1913年に発明された」と書いているものもありました。会社の年表も百科事典も1907年で一致していますから、この数字は特許の年(1915年)あたりと混ざったものかもしれません。有名な商品ほど、孫引きのずれが積もりやすいところがあります。
いまの「たわし」の顔ぶれ
金属からアクリル毛糸まで
ひとくちにたわしといっても、いまは素材がさまざまです。それぞれ得意な相手が違います。
- 棕櫚・パームのたわし … 鍋や野菜の泥落としなど、昔ながらの用途
- 金属たわし … 鉄・ステンレス・真鍮などを細く削ったもの。焦げつき向け
- ナイロンたわし … 研磨剤を混ぜた合成繊維。傷の付きにくさで選ばれる
- スポンジたわし … ポリウレタン製。泡立ちがよく食器向き
- ヘチマたわし … ヘチマの果実の繊維。体を洗う用途でもおなじみ
- アクリルたわし … アクリル毛糸を編んだもの。洗剤なしで使う人もいる
元祖もスポンジを出している
亀の子束子西尾商店自身も、2015年(平成27年)に「亀の子スポンジ」を発売しました。パームのたわしを作ってきた会社が、まったく別の素材に手を伸ばした形です。名前のほうは、ここでも「亀の子」が受け継がれています。
名づけた人がいる名前には、いつ・どこで・なぜという記録が一緒に残ります。誰が言い出したでもなく台所で使われてきた言葉には、書き留める人がいませんでした。「たわし」の語源が定まらないまま「亀の子」の由来だけがはっきりしているのは、道具の古さの差ではありません。記録を残す人がそばにいたかどうかの差なのでしょう。
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