「駄目」の目は、碁盤の上で白と黒の境に残った空き交点のことです。どちらが石を打っても自分の地がひとつも増えないので、そこから「やっても効果がない」という意味が生まれたとされています。いっぽう「一目置く」の一目は、実力の劣る側がハンデとして先に盤へ置く石ひとつぶん。二つの言葉は、同じ十九路の盤から出てきました。
碁盤の「目」は石が囲んだ空き地

交点は三百六十一、空いた点を三つに分ける
日本棋院と関西棋院が1989年(平成元年)に定めた日本囲碁規約は、盤を「縦横十九路、その交点三百六十一」と決めています。黒と白はこの交点に石を置き合い、空いた点を囲い合います。規約は囲まれた空点を三つに分けました。片方の活き石だけで囲んだ空点が「目」、目以外の空点が「駄目」、そして目のうちセキ石でない石が囲むものが「地」です。
※ 活き石(いきいし)とは、相手に取られない石、または取られても新たに取られない石を生み出せる石のことです。
「地の一点を一目という」と規約は書く
規約は地の定義に続けて「地の一点を『一目』という」と書いています。目は石そのものではなく、石が包んで残した穴のほうを指す言葉でした。盤に並んだ石の数ではなく、石に囲まれた空き地の広さを比べる競技だという設計が、この一文に表れています。「三目勝ち」のように勝ち負けの差を言うときも、この単位です。
コミの「6目半」も同じ単位
実力が同じ二人が打つ互先(たがいせん)では、先に打つ黒が有利になります。その差を埋めるために、計算の上で黒から白へ渡す目数が「コミ」です。日本棋院の入門解説では、通常6目半とされています。交点に半分はありませんから、0.5目は数字の上にしか存在しません。この端数が引き分けをなくし、必ずどちらかに軍配を上げる役目を負っています。
「一目置く」の一目は点か、石か?

語源の辞典は「一個の碁石」と説明する
規約が一目を「地の一点」と決めているのに対し、語源を説く側は別の言い方をしています。語源由来辞典の説明は「一目は一個の碁石を意味する」。点ではなく、石のほうを指した書き方です。ルールの言葉と語源の説明で、同じ「一目」の指す先が少しずれていることになります。
国語辞典は点と石を切り分けていない
精選版日本国語大辞典の書き方は「弱い方が先に一目を置いて勝負する」というものです。点に置くのか、石を置くのかを区別していません。実際の場面を思い浮かべると、この差はほとんど消えます。盤の一点に石をひとつ置く動作は、点を指しても石を指しても同じ風景になるからです。慣用句としては、一点に石が乗る瞬間までをひとかたまりと見たほうが自然でしょう。
今の置き石は「子」で数える
現在の囲碁では、ハンデとして先に置く石を「子(し)」で数えます。日本棋院の解説にも「六子」「八子」の置き方が並んでいます。地の広さは「目」、置いた石の数は「子」と、単位が役割で分かれているわけです。「一目置く」という言い回しは、この使い分けを気にしない昔ながらの語感を、そのまま抱えこんで残っていると見ることもできます。
置くのは弱い側

置碁では下手が黒を持つ
二人の力に差があるとき、日本棋院は「下手(したて)が黒を持ちハンディキャップをつけて対局します」と案内しています。この対局が置碁(おきご)です。目安は「一段級差一子」で、段や級がひとつ違えば石ひとつ。三段の人と初段の人なら、初段の人が二つ置いて始めることになります。
先に打つのは上手のほう
置碁では、石を置いた下手ではなく上手(うわて)の白が最初に打ちます。ふだんの対局で有利な先手が、ハンデと引き換えに相手へ渡る形です。置き石は盤の「星」と呼ばれる点に並べ、置く順番も決まっています。場所が固定されているので、ハンデの大きさは盤を見た瞬間に分かります。
強くなるほど自分の置く石が減っていくのも、置碁のおもしろいところです。九つ置いていた相手に六つで勝てるようになれば、その三つぶんが腕の伸びになります。「一目置く」の一目は、目に見えるこの差のいちばん小さな単位でした。
「一目置く」は誰が誰に使う言葉?

辞典の転義は「敬意を表して一歩譲る」
「一目を置く」について、精選版日本国語大辞典は二つの語義を立てています。一つ目は囲碁そのままの意味。二つ目が転じた意味で、「自分よりすぐれている者に対して、敬意を表して一歩譲る」と説明されています。盤の上で石を先に置く動作が、そのまま相手の腕を認める態度の言葉になった形です。
主語は譲る側、受け身で入れ替わる
語義をよく読むと、文の主語は譲る側だと分かります。石を置くのは下手で、言葉の上でも「置く」のは相手を認める人のほうです。「一目置かれる」と受け身にしたときだけ、主語がすぐれている側に移ります。能動と受け身で立場が入れ替わるのは、もとが勝負のハンデだったからこその性質でしょう。
本人に向けると品定めの響きが残る
辞典は使う相手までは定めていません。ただ語義の形を見ると、使い方に少し気を配る理由は見えてきます。相手の力を測り、自分より上だと判定したうえで譲るのが「一目置く」です。「部長には一目置いています」と本人に言えば、褒めたつもりでも採点する側に立った響きが残るかもしれません。第三者のことを話すときのほうが収まりのよい言葉だと言えそうです。
古い用例は江戸後期の人情本

1839〜41年の『閑情末摘花』
辞典が挙げる古いほうの用例は、人情本『閑情末摘花(かんじょうすえつむはな)』の一文です。「最初(しょて)から一目置いてかかれば、太助どのはその弱みに附け込んで」とあります。「置いてかかれば」という言い方に、まだ勝負の手触りが残っています。最初から相手を上に見て臨めば、そこを突かれるという構えの話です。
※ 人情本(にんじょうぼん)とは、江戸時代後期に町人の恋愛や人情を描いて広く読まれた小説のことです。
1919年の有島武郎『或る女』
新しいほうは有島武郎『或る女』の「一座は事務長には一目置いてゐるらしく」という一文です。置いているのは一座の人々で、置かれているのは事務長。大正期には碁の気配がすっかり薄れ、集団が誰かを一段上に見る言い方として使われていました。二つの用例のあいだはおよそ八十年。盤上の言葉が人づきあいの言葉に移っていった時間が、そこに透けて見えるようです。
「駄目」はどちらの地にもならない交点

入門解説は「どちらが打っても1目にもならない」
日本棋院の入門解説は、駄目を「白黒どちらの陣地にもならない交点」と説明しています。続けて、どちらが打っても1目にもならないところだとも書いています。打つこと自体はルール違反ではありません。得るものだけがない一点、というのが盤の上での駄目の姿です。
規約は「目以外の空点」という引き算で決める
規約の書き方はもっと素っ気ないものです。片方の活き石だけで囲んだ空点を「目」と決めたうえで、それ以外の空点をまとめて「駄目」と呼んでいます。駄目は積極的に定義された場所ではなく、目でないものは全部こちらという残りものの集まりでした。名前の軽さと、この決め方の軽さはよく釣り合っています。
辞典は「双方の地に属さない空点」と書く
国語辞典の側では、精選版日本国語大辞典が駄目を石の周りや相手の地との境にあって、双方の地に属さない空点と説明しています。境目にある点という、場所のイメージが残った書き方です。規約には、駄目を抱えた活き石を「セキ石」と呼ぶ決まりもあります。取られないのに囲んだ空点が地として数えられない石で、駄目の性質が石の分類にまで及んでいるわけです。
得にならない駄目をなぜ最後に埋める?

終局は五つの手順で進む
得にならない場所なのに、対局の終わりには駄目を埋めていきます。日本棋院の解説が挙げる終局の順番は次の五つです。
- 終局の合意
- 手入れ、ダメ詰め
- 死石の除去(相手の陣地に埋める)
- 整地
- 地の計算
駄目を埋める「ダメ詰め」は、地を数え始める前の二番目に入っています。黒と白が一手ずつ交互に石を入れていき、空いた駄目をなくしてから数える段取りです。
境目をはっきりさせるための一手
ダメ詰めをしても、どちらの得点も増えません。それでも省けないのは、境目に空いた点が残ると地の範囲があいまいになるからです。得がないのに必要な手という、少し不思議な作業になっています。日本囲碁規約そのものには「駄目を詰めよ」という条文がありません。双方が着手を放棄すれば対局が止まり、石の生き死にと地を確かめて合意すれば終局と定めているだけです。ダメ詰めは、その合意にたどり着くための実務として続いてきました。
「やっても無駄」の意味は碁より先に記録がある?

碁の駄目の用例は1829〜42年の合巻
囲碁の駄目の用例として辞典が挙げるのは、柳亭種彦の『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』です。「碁を打ち果てて、ここは駄目、そこにも二目と言ふさへも」。打ち終えた盤を数えている、まさにその場面にあたります。江戸の読者にとって、碁の数え方は説明なしで通じる言葉だったのでしょう。
※ 合巻(ごうかん)とは、江戸時代後期に流行した絵入りの読み物で、数冊を綴じ合わせて一冊にしたもののことです。
「効果がない」の用例は1686年までさかのぼる
同じ辞典を読み進めると、意外な順番に気づきます。「行なっても効果のないこと」という語義の用例は、1686年の『野郎児桜』まで古くさかのぼるのです。囲碁の駄目の用例より、百四十年以上も前の記録になります。辞典が挙げる用例は残った文献の年代にすぎず、言葉が生まれた順番そのものではありません。碁の用語が先にあり、記録に残ったのが比喩のほうが早かったと考えれば、矛盾はしないでしょう。
語義は七つまで枝分かれした
語源由来辞典の説明は「駄目は囲碁用語で、双方の境にあってどちらの地にも属さない所を意味する」。そこから広がった語義を、精選版日本国語大辞典は七つ並べています。
- ①囲碁で、どちらの地にも属さない空点
- ②「駄目押」の略
- ③演劇で、脚本・演出・演技の悪い点についての注意
- ④行なっても効果のないこと
- ⑤不可能なこと
- ⑥よくない状態であること
- ⑦してはいけないこと
「ここでタバコを吸っては駄目だ」と言うときの駄目も、系図をたどれば盤の空点に行き着きます。どこにも属さない一点という性質が、禁止の語感とよく噛み合ったのかもしれません。
「ダメ押し」と「ダメ出し」は別の道を通ってきた

ダメ押しは文字どおり「駄目を押す」こと
デジタル大辞泉は「駄目押し」を「駄目を押すこと。念のためもう一度確かめておくこと」と説明しています。終局前に駄目を埋めていく、あの作業がそのまま言葉になった形です。精選版日本国語大辞典も「駄目」の二つ目の語義に「駄目押の略」を立て、1730年の浄瑠璃を用例に挙げています。縮めた「ダメ」の言い方まで、辞典の中に居場所があるわけです。
野球の「駄目押しのホームラン」
大辞泉はスポーツでの使い方も載せています。勝負がほとんど決まっているのにさらに得点を加え、勝利を決定的にすること。例は「駄目押しのホームラン」です。大差がついた試合の追加点は、勝敗の上ではほとんど意味を持ちません。それでも打った側は安心し、打たれた側は力が抜けます。地にならない一手が勝負を確かにするところまで、碁とよく似ています。
ダメ出しは芝居の稽古場から来た
「ダメ出し」のダメは演劇の言葉です。精選版日本国語大辞典の語義③は脚本や演出、演技の悪い点についての注意で、用例は1936年の『古川ロッパ日記』。喜劇役者の日記に残る楽屋の言葉でした。大辞泉も演劇の語義として「駄目が出る」という言い方を載せています。碁の駄目と芝居のダメがどうつながったのか、その橋渡しの経緯までは辞典に書かれていません。同じ見出しの下に並んでいる、というところまでが確かな事実です。
布石・定石・結局も碁から生まれた?

会議でも新聞でも使う顔をした言葉のなかに、辞典が囲碁の意味を先に置くものがいくつもあります。盤上での意味と、今の意味を並べてみます。
| 言葉 | 囲碁での意味 | 日常語での意味 |
|---|---|---|
| 布石 | 序盤戦での要所への石の配置 | 将来のために配置しておく備え |
| 定石 | 序盤に隅でできる決まった型 | 物事に対する決まったやり方 |
| 岡目八目 | 傍で見る者が八目ぶん得な判断をする | 当事者より局外者のほうがよく分かる |
| 結局 | 碁を一番打ち終えること。終局 | いろいろあって落ち着いた最後 |
「新党結成への布石」「定石どおりの対応」といった言い回しも、もとをたどれば盤の上の話でした。
定石の比喩は1739年にもう使われている
「決まったやり方」の意味で辞典が挙げる用例は、1739年の浄瑠璃『平仮名盛衰記(ひらかなせいすいき)』です。「傾城買には紙子がじゃうせき」、遊里へ通うなら紙子の着物が定番という意味でした。ビジネス用語のような顔をした言い回しが、江戸中期にはもう碁を離れていたことになります。同じ「じょうせき」でも、将棋では駒組みの手順を「定跡」と書き分けます。
岡目八目の「八目」は八手先ではない
傍から見ていると八手先まで読める、と覚えている人もいるかもしれません。ことわざを知る辞典は、目が囲碁の地の単位であることから、八目ほども得をする冷静な判断ができる意と解するべきだとしています。江戸初期の俳諧の参考書『世話尽(せわづくし)』に囲碁の用語として収められているそうです。夏目漱石の『明暗』(1916年)にも、登場人物の台詞として出てきます。
「結局」はもともと碁を打ち終えること
いちばん意外なのはこれかもしれません。精選版日本国語大辞典は「結局」の第一の語義を「囲碁を一番打ち終えること。終局」としています。用例は室町末期ごろの注釈書『詩学大成抄(しがくたいせいしょう)』で、「結局と云は、碁を打はててごばんをとりをさめた心ぞ」。局を結ぶという字面どおりの意味でした。「物事の終わり」の用例は、1807〜11年の『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』が挙がっています。
八百長は碁盤から相撲へ渡った言葉

一勝一敗に手加減した八百屋の長兵衛
相撲の言葉のようでいて、語源の舞台は碁盤の上です。精選版日本国語大辞典によれば、八百屋の長兵衛(通称八百長)という人がある相撲の年寄とよく碁を打っていました。勝てる腕前を持ちながら巧みにあしらい、いつも一勝一敗になるよう手加減したのが語源とされています。デジタル大辞泉も、長兵衛は相撲会所に出入りしていた八百屋だと同じ筋で説明しています。どちらも説として紹介する書き方です。
1906年の新聞にはもう載っている
辞典の用例は、明治39年(1906年)4月5日の万朝報(よろずちょうほう)と、1909年の田岡嶺雲(たおかれいうん)『明治叛臣伝』です。明治の終わりには、新聞が説明なしで使える言葉になっていました。一勝一敗にそろえる手加減は、ただ負けてやるより難しいものです。勝てる腕があってはじめて成り立つ接待で、長兵衛の腕前がそれだけ確かだったことになります。
十九路の盤にある三百六十一の点は、地になる「目」と、どちらの地にもならない「駄目」に分かれます。石を先に置く動作は敬意の言葉になり、打っても何も生まない点は禁止の言葉にまで育ちました。盤の上の駄目は、どれだけ打っても一目にもなりません。それなのに言葉としての「駄目」は、日本語のなかにずいぶん広い地を取ったものです。
参考
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