「図星」の星はどこの星なのか、鍼の急所も図星と呼ばれた

弓と矢のイラスト 言葉と論理の話
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図星の「星」は、空の星ではありません。弓道の「星的(ほしまと)」という白い的の真ん中に描かれた、黒い丸のことです。「図」のほうも絵や図面ではなく、中世の言葉で「ねらい」を意味しました。ねらった一点を言い当てるから図星です。ただ辞書に残る一番古い図星は弓の場面ではなく、鍼(はり)を立てる場面に出てきます。

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  1. 図星の「星」は弓道の的のどこにある?
    1. 星的の黒丸は的の直径の3分の1
    2. 28メートル先の直径12センチを狙う
    3. 直径24センチの星的は決着をつける場面で使う
    4. 霞的には真ん中の黒丸が無い
    5. 60メートルの遠的には星的が無い
  2. 「星」はなぜ小さな丸い点を指す?
    1. 辞書は「標的の黒点」を星の語義に挙げる
    2. 15世紀の鹿の的には星が24個あった
    3. 碁盤の星と兜の星
  3. 図星の「図」は絵や図面のこと?
    1. 中世の「図」ははかりごとやねらいを指した
    2. 『太平記』の「思ふ図に合戦一度」
    3. 「図に当たる」も同じねらいの図
    4. 図にも星にも「ずぼし」の語義がある
  4. 一番古い「図星」はどんな場面で使われた?
    1. 1638年の句は針を立てる場面
    2. 辞書はこの句を「急所」の語義に置く
    3. 図星は「射る」でなく「指す」「突く」
  5. 図星と同じ意味で使われた「図法師」とは?
    1. 灸のツボを描いた人体図
    2. 1703年の句に出てくる「生き図法師」
    3. 語源の通説は的の黒点のまま
  6. 「図星だ」と言い切るようになったのはいつ?
    1. 1905年、幸田露伴の「図星大中りだ」
    2. 1920年、里見弴の「図星だらう!」
    3. 1922年の文章には的の意味も残る
  7. 図星のほかに「星」から生まれた言葉は?
    1. 目星は目の症状の名前でもある
    2. 犯人を「ホシ」と呼ぶ警察の隠語
    3. 白星と黒星は勝敗をしるす点
  8. 「的を得る」は本当に間違いなのか
    1. 誤用説の出どころは辞書だった
    2. 第7版が撤回しておわびした
    3. 「得る」はうまく捉えるという意味
  9. 正鵠やブルズアイも的の中心のこと?
    1. 正鵠の「鵠」は白鳥のこと
    2. 鳥を描いた革の的だったという説
    3. 英語のbull’s-eyeは1833年から的の中心
  10. 参考
  11. 関連記事

図星の「星」は弓道の的のどこにある?

弓道で弓を引く女性

星的の黒丸は的の直径の3分の1

星的の図柄は、全日本弓道連盟の弓道競技規則に数字で書かれています。第26条の文言は「星的は、中心に白地直径の3分1の黒色円形とする」。黒丸の大きさは、的そのものの直径に連動する仕組みです。近的競技で標準の的は直径36センチなので、真ん中の黒丸は直径12センチになります。

28メートル先の直径12センチを狙う

近的競技の射距離は、同じ規則で28メートルと決まっています。直径12センチは、大人の手のひらを少し超えるくらいの大きさ。それが28メートル先にあると、目にはかなり小さな点として映ります。「図星を突かれた」と言うときの逃げ場のなさは、この一点の狭さとつながっているのかもしれません。

直径24センチの星的は決着をつける場面で使う

規則は、大会要項に書いておけば直径24センチの小さな星的も使ってよいとしています。黒丸の比率は同じなので、真ん中の星は直径8センチまで縮みます。補足説明によれば、同じ数だけ当てた選手が並んで勝負がなかなかつかないとき、的を小さくして決着を早めることがあるそうです。

霞的には真ん中の黒丸が無い

弓道の的には、もうひとつ「霞的(かすみまと)」という定番があります。中心の白(中白)は半径3.6センチ。そこから外へ黒・白・黒・白・黒と輪が重なり、幅は内側から3.6・3.0・1.5・3.0・3.3センチです。足すと半径18センチ、つまり直径36センチの的になります。

当てた数で競う方式なら、霞的と星的のどちらを使ってもかまいません。ただし「大会要項には、必ず使用する的の種類を明記する」と規則は念を押しています。試合の当日に、その場で選べるものではないということです。

60メートルの遠的には星的が無い

弓道には射距離60メートルの遠的競技もあります。こちらで使う的として規則が挙げるのは、直径100・79・50センチの霞的と、直径100センチの得点的だけ。遠くの的には、図星そのものが描かれていないことになります。

二つの的を並べると、図星という言葉が星的のほうからしか生まれようがないことが分かります。

項目星的霞的
中心の色黒(=星・図星)白(中白)
図柄白地に黒丸ひとつ白と黒の輪が交互に六つ
中心部の寸法直径は的の3分の1(36センチ的で12センチ)中白は半径3.6センチ
遠的(60メートル)規定に無い直径100・79・50センチを使用

「星」はなぜ小さな丸い点を指す?

碁石と碁笥が置かれた碁盤

星という字は、もともと空に光るものだけの名前ではありませんでした。小さく丸い点であれば、的の上でも盤の上でも星と呼ばれてきたのです。

辞書は「標的の黒点」を星の語義に挙げる

小学館の『精選版 日本国語大辞典』は、星の語義のひとつに小さく丸い形の点を挙げ、標的の中心を示す黒点もこれに含めています。図星の星は、この意味の星です。夜空とは関係なく、形が小さくて丸いという一点で名前が付いています。

15世紀の鹿の的には星が24個あった

その語義の用例は、15世紀ごろの『丸物草鹿之記』にある「矢あての星の外の星、大小合て廿三也」です。草鹿(くさじし)は鹿の形をした的を射る弓の稽古で、鎌倉幕府の1192年(建久3)の記録にも勝負の話が見えます。

『日本大百科全書』によると、的は檜(ひのき)の板を革で包み、間に綿を詰めた作りでした。表面は栗色に塗り、矢当ての星をひとつと小さな円23個だけを白く残します。中心の一点だけでなく、周りの目印までまとめて星と呼んでいたわけです。

碁盤の星と兜の星

同じ辞書は、碁盤に記された九つの小さな点も星として立てています。兜の鉢に打った鋲(びょう)の頭も星で、こちらは『平家物語』の「甲の星をかかやかす」という一節が用例です。囲碁を打つ人が「隅の星」と言うとき、その星は辞書のうえで図星と同じ見出しの下に並んでいます。

図星の「図」は絵や図面のこと?

采配を振る戦国武将

中世の「図」ははかりごとやねらいを指した

図面の図だと思って読むと、図星という二字はうまく像を結びません。『精選版 日本国語大辞典』で「図(ず)」を引くと、あれこれ考えて立てた手だて・はかりごと、という語義が出てきます。さらに「予期したところ。ねらいどころ」「思うつぼ」という語義も並びます。

『太平記』の「思ふ図に合戦一度」

用例として引かれているのは、14世紀後半の『太平記』にある一節です。「などか思ふ図に合戦一度せでは候ふべき」と、思い描いた計画どおりにという意味で使われています。図星という語が記録に現れるより、200年以上も前の用法でした。

「図に当たる」も同じねらいの図

今も使う言い回しでは、「図に当たる」がいちばん近い親戚でしょう。計略や予想が思いどおりに運ぶという意味です。辞書は1710年の浮世草子『けいせい伝受紙子』から「おもふやうに図(ヅ)にあたらず」という用例を引いていて、ここでも図はねらいを指しています。

図にも星にも「ずぼし」の語義がある

おもしろいことに、辞書は「図」の語義の説明に「ずぼし」と書き添えています。いっぽう「星」の語義にも、目当て・目標という意味があるのです。どちらか一字だけで、図星に近い意味になってしまいます。

図星は意味の近い二字を重ねた語だと見ることもできます。「見込んだ」と「小さな一点」をくっつけた形です。的の黒丸だけでなく、急所や狙いどころという意味にも無理なく伸びていったのは、そのためでしょう。

一番古い「図星」はどんな場面で使われた?

鍼治療を受ける人

1638年の句は針を立てる場面

『精選版 日本国語大辞典』が挙げる図星の最も古い用例は、寛永15年(1638年)の俳諧集『鷹筑波』の句です。「図星(ヅホシ)をやただして針を立ぬらん」とあり、狙いを定めて針を立てる鍼治療の情景が浮かびます。弓場ではなく、治療の場に出てくるのが意外なところです。

辞書はこの句を「急所」の語義に置く

この句が添えられているのは、①の「的の中心の黒点」ではありません。②の「見込んだところ。目当て。急所」の語義です。的そのものを指す用例として辞書が引くのは、ずっと時代が下った1922年の文章になります。

図星は「射る」でなく「指す」「突く」

弓から来た言葉のはずなのに、慣用句は「図星を射る」ではなく「図星を指す」「図星を突く」です。射るという動詞と結びつくのは、むしろ「正鵠を射る」や「的を射る」のほうでした。

1638年の句で図星に付いている動詞は「立つ」です。針なら狙った一点に立てる・刺すという動きになります。今の「指す」「突く」がこの系統と地続きに見えるのは確かでしょう。ただし辞書がそう説明しているわけではなく、あくまで一つの眺め方です。

図星と同じ意味で使われた「図法師」とは?

背中にお灸をすえてもらう女性

図星の項目には、最後に「図法師に同じ」という語義も立っています。図法師(ずぼうし)は弓とは関係のない、鍼灸を学ぶための道具でした。

灸のツボを描いた人体図

辞書によると図法師は、治療法を学ぶために体の各部を示した図のことです。灸点を描いた裸の人の図や、それを人形にしたものも指しました。用例は永禄6年(1563年)の『玉塵抄』の「針をたて灸をする在所を図法師にした」で、図星の最古の用例よりさらに古い記録です。

※ 灸点(きゅうてん)とは、お灸をすえる体の位置のこと。いわゆる「ツボ」を紙や人形の上に印で示したものが、学ぶための教材として使われました。

1703年の句に出てくる「生き図法師」

図星の④の語義に付く用例は、元禄16年(1703年)の俳諧集『広原海』の「灸の伝・真っ更我は生き図法師」という句です。灸の伝授を受ける自分の体そのものが、生きた人体図だという洒落でしょう。江戸の人は「図星」と書いて、ツボの図を思い浮かべることもあったわけです。

語源の通説は的の黒点のまま

では図星の出どころは鍼灸なのかというと、そこまで言える材料はありません。『デジタル大辞泉』も『精選版 日本国語大辞典』も、まず的の中心の黒点から語を説明しています。用例の年代だけを並べれば鍼灸の側が先に立ちますが、的の意味は当たり前すぎて書き残されなかっただけとも考えられます。

「図星だ」と言い切るようになったのはいつ?

原稿用紙に向かう作家

江戸の用例が指しているのは、針を立てる位置やツボの図、つまり体の一点でした。人の心の内を言い当てる使い方が見えてくるのは、明治の終わりからです。辞書が引く近代の用例は三つとも作家の文章で、20年ほどのあいだに重心が移っていく様子が残っています。

1905年、幸田露伴の「図星大中りだ」

明治38年(1905年)の幸田露伴『付焼刃』には、「愈々思ふ通りに事が運んで行くぞ。図星大中りだ」という台詞があります。辞書はこれを「目当て」の語義に置いています。思惑がそのまま当たった、という手応えが前に出た言い方です。

1920年、里見弴の「図星だらう!」

大正9年(1920年)の里見弴『桐畑』では「ふん、ざまア見ろ。図星(ズボシ)だらう!」と出てきます。辞書はこれを「指摘された通りであること」の最初の用例にしています。今わたしたちが言う「図星でしょ」とほとんど同じ形で、15年ほどで図星は独り立ちした一語になりました。

1922年の文章には的の意味も残る

ところが大正11年(1922年)の矢田挿雲『江戸から東京へ』には、「専ら的を狙っては矢を放ち、夫れが図星(ヅボシ)に中る途端に」という文が見えます。比喩が広まった後も、的の黒点という元の意味は消えずに並んでいました。

図星のほかに「星」から生まれた言葉は?

軍配を掲げる相撲の行司

小さな丸い点という意味の星は、図星のほかにもいくつも言葉を生んでいます。並べてみると、思いがけない言葉が同じところから出てきました。

言葉星が指しているものいまの意味
図星的の中心の黒点言い当てられたこと
目星目当て・見当目星をつける/角膜の白い濁り
ホシ目星がついた相手容疑者・犯人(警察の隠語)
白星・黒星勝敗を書き込む丸い点勝ち・負け
碁盤の星盤上に記された九つの点布石の目印

目星は目の症状の名前でもある

「目星をつける」の目星には、辞書が三つの意味を立てています。目当てや見込みのほか、眼球にできる白い小さな点(ほしめ)も目星です。疲れたときや頭を打ったときに目にちらつく星のようなもの、という語義もあります。小さくて丸くて目立つものは、空でも的でも眼の上でも星になるのです。

犯人を「ホシ」と呼ぶ警察の隠語

刑事ドラマでおなじみの「ホシ」も、辞書に載る言葉です。『精選版 日本国語大辞典』は、犯人や容疑者を指す警察の隠語として星を立てています。同じ辞書には、前科を指す隠語としての星も並んでいます。捜査する側と、される側。両方が同じ一字を使っていたことになります。

白星と黒星は勝敗をしるす点

相撲の星取表に並ぶ白と黒の丸も、辞書のうえでは同じ星です。1908年の文章から「全勝の星(ホシ)を重ねた」という用例が引かれています。図星を指されて黒星がつく、と書いても星が二度出てくることに誰も気づきません。それだけ日本語に溶け込んだ一字なのでしょう。

「的を得る」は本当に間違いなのか

辞典を引く子ども

誤用説の出どころは辞書だった

的の中心をめぐる話でよく持ち出されるのが、「的を得る」は誤りで「的を射る」が正しいという指摘です。『三省堂国語辞典』の編集委員である飯間浩明さんは、この説の出どころが自分たちの辞書だったと書いています。編集委員の見解が1960年代に活字になり、1982年の第3版で「的を得る」は誤りと記されました。

第7版が撤回しておわびした

その後の第7版では「的を得る」が独立した項目になり、誤りとしていた記述は改められました。飯間さんはこの経緯を「まさしくマッチポンプ」と呼び、利用者に深くおわびすると書いています。誤用が広まったから認めたのではなく、もともと誤りではなかったという整理です。1980年代までは作家も言語学者も普通に使っていたといいます。

「得る」はうまく捉えるという意味

撤回の理由は、「得る」という動詞の読み方にあります。「要領を得た説明」の得るは、手に入れるではなく、うまく捉えるという意味です。的を得るも「急所をうまく捉える」と読めます。当を得る・時宜を得るも同じ形で、的だけを例外にする理由は見つかりにくいのです。

正鵠やブルズアイも的の中心のこと?

水に浮かぶ白鳥

正鵠の「鵠」は白鳥のこと

「正鵠(せいこく)を射る」の正鵠も、弓の的の中心にある黒点を指します。辞書は出典に古代中国の『礼記(らいき)』射義篇を挙げています。鵠は本来、くぐい、つまり白鳥のこと。図星が江戸の記録から現れる言葉なのに対し、正鵠ははるかに古い輸入品です。

鳥を描いた革の的だったという説

『精選版 日本国語大辞典』には、正は鴟(し)という鳥で鵠はくぐいだという説が載っています。どちらも、その鳥を描いた革の的の名だったというのです。「正」は正しい、「鵠」はまっすぐの意味とする別の説も並んでいて、どちらが本筋かは決まっていません。いずれにしても、狙う一点に鳥の名が残っている可能性があるわけです。

英語のbull’s-eyeは1833年から的の中心

英語で的の中心はbull’s-eye、雄牛の目です。語源辞典のOnline Etymology Dictionaryによると、この語は1680年代から丸い穴や丸いものを広く指していました。「的の中心」の意味は1833年からで、「命中した一射」の意味が加わるのは1857年。場所の名前から比喩へという順番は、図星とよく似ています。

言い当てられて「図星」と返すとき、私たちは知らないうちに28メートル先の直径12センチを口にしています。その一点は、鍼を立てるツボの名でもありました。碁盤の目印でもあり、星取表の白い丸でもあります。小さくて丸いものを呼ぶのに、日本語は長いあいだ夜空の一字を貸し続けてきたようです。

参考

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