A4のコピー用紙を半分に折ると、A5になります。ふしぎなことに、折る前と折ったあとで「紙の形」――縦と横の比率は、まったく変わりません。これは偶然ではなく、そう決めて作られています。ふだん何気なく使うA4やB5の寸法には、200年以上前の数学者の発想と、江戸時代の和紙の伝統が隠れているのです。
半分にしても同じ形——それが用紙サイズの設計思想

A判とB判、どちらも「半分に折っても縦横の比率が変わらない」という一点を軸に設計されています。まずは骨格を、下の表で見比べてみます。
| 項目 | A判 | B判(日本) |
|---|---|---|
| 基準の面積 | A0 = 約1平方メートル | B0 = 約1.5平方メートル |
| 縦横の比 | 1:√2(約1:1.414) | 1:√2(約1:1.414) |
| 生まれ | ドイツの規格(1922年) | 江戸の和紙「美濃紙」 |
| 代表サイズ | A4 = 210×297mm | B5 = 182×257mm |
A判もB判も比率は同じ1:√2。違うのは基準の面積と、生まれた土地です。それぞれの意味を、順に見ていきます。
なぜ半分にしても同じ形なのか——1:√2という比

用紙サイズの心臓部は、縦横の比が「1:√2」であることです。この比だけが持つ、特別な性質があります。
折っても相似になる、たった一つの比
長い辺を半分にしても、形が保たれる
短い辺を1、長い辺を√2(約1.414)としてみましょう。この紙を長い辺の真ん中で折ると、新しい紙の短い辺は「もとの長い辺の半分」つまり√2÷2、長い辺は「もとの短い辺」つまり1になります。両者の比を計算すると、ふたたび1:√2にぴったり戻るのです。半分にしても、そのまた半分にしても、形が変わらない。この性質を満たす比は、数学的に1:√2ただ一つに限られます。
他の比では、折るたびに形が崩れる
もし正方形(1:1)の紙を半分に折れば、細長い1:2の長方形になってしまいます。1:1.5のような中途半端な比でも、折るごとに縦長になったり横長になったりして安定しません。1:√2だけが、何度折っても最初の姿を保ちます。コピー用紙の比率が世界中でこの値にそろっているのは、この一点があるからです。
「白銀比」というもう一つの名前
黄金比と並ぶ、美しい長方形の比
1:√2は「白銀比(はくぎんひ)」とも呼ばれ、日本では「大和比(やまとひ)」の別名でも知られています。よく比較されるのが黄金比で、こちらは約1:1.618。白銀比の1:1.414と比べると、黄金比のほうがやや横長の長方形になります。同じ「整った比」でも、少し印象が違うわけです。
発見者の名から「リヒテンベルク比」とも
この比は、後で登場するドイツの物理学者リヒテンベルクにちなんで「リヒテンベルク比」と呼ばれることもあります。一枚の紙の縦横比という地味な話に、わざわざ人の名前がつくところに、この比の特別さがにじんでいます。
A判の基準は「A0=1平方メートル」

比率が1:√2と決まっても、それだけでは大きさが定まりません。そこでA判では、いちばん大きいA0の面積を「ちょうど1平方メートル」と決めて、すべての寸法を導いています。
面積を先に決めて、寸法を割り出す
A0=841×1189mm、A4=210×297mm
面積が1平方メートルで、縦横比が1:√2。この二つの条件から逆算すると、A0の寸法は841×1189mmと決まります。掛け合わせると約1平方メートルになる数字です。A0を半分に折るとA1、また半分でA2……と番号が増えていきます。身近なA4(210×297mm)は、A0を4回折ったサイズにあたります。
番号が1増えるごとに、面積は半分
A1はA0の半分、A2はA1の半分。番号が一つ増えるたびに、紙の面積はちょうど半分になります。A4はA0の16分の1というわけです。だからA判は、数字が大きいほど紙が小さい。この「数字と大きさが逆」の関係も、面積を半分ずつにする決め方から素直に出てきます。
拡大・縮小コピーがきれいに収まる理由
「141%」「71%」はコピー機の合言葉
コピー機の倍率ボタンに「141%」「71%」という半端な数字があるのを見たことがあるでしょうか。これはA4をA3に拡大するときの141%(√2倍)、A3をA4に縮小するときの71%(√2分の1)を指しています。用紙の比が1:√2でそろっているから、拡大・縮小しても余白や見切れが出ず、紙面がぴたりと収まります。あの謎めいたボタンの数字は、白銀比から生まれた実用のしるしなのです。
A判はドイツ生まれ——1786年の手紙から1922年の規格へ

これほど合理的なA判は、どこで生まれたのでしょうか。ルーツは18世紀のドイツ、一通の手紙にさかのぼります。
物理学者リヒテンベルクの気づき(1786年)
「√2にすれば折っても形が同じ」と手紙に記す
1786年10月、ドイツの物理学者ゲオルク・リヒテンベルクは友人ベックマンへ手紙を送りました。その中で、紙の縦横比を√2にすると「半分に折っても形が変わらない」利点があると書き記しています。これが記録に残る最古のアイデアとされています。ただし当時はあくまで個人の思いつきで、規格として広まることはありませんでした。
ポルストマンが規格に仕立てる(1922年)
ドイツ規格「DIN 476」でA・B・Cが誕生
※ DIN(ドイツ規格協会が定める規格)とは、ドイツの工業製品などの標準を決めた規格のことです。国際規格ISOのもとになったものが多くあります。
リヒテンベルクの発想を実用的な体系へまとめ上げたのが、技術者ヴァルター・ポルストマンです。1922年8月、ドイツ規格「DIN 476」としてA・B・Cの用紙系列が正式に定められました。個人の気づきから130年あまりを経て、ようやく世の中の規格になったわけです。
のちに国際規格ISO 216として世界へ
※ ISO(国際標準化機構)とは、世界共通の規格づくりを進める国際機関のことです。
DIN 476はやがて国際規格「ISO 216」として各国に採用され、A4はいまや世界の事務用紙の共通語になっています。もっとも、例外もあります。アメリカやカナダで一般的な「レターサイズ」(約216×279mm)はこの体系に属さず、1:√2でもありません。世界地図を思い浮かべると、A判を使わない国が北米にぽつんと残っているのは、こうした事情によります。
B判は日本オリジナル——江戸の「美濃紙」がルーツ

ではB判はどうでしょう。実はここに、日本ならではの物語があります。私たちが使うB5・B4は、国際規格のB判とは寸法が違う、日本独自のサイズなのです。
国際規格のB判と、日本のB判は別物
基準面積が「1.5平方メートル」で少し大きい
※ JIS(日本産業規格)とは、日本の製品や材料などについて国が定めた規格のことです。
日本で流通するB判はJISの規格で、基準となるB0の面積を「1.5平方メートル」と定めています。A判の1平方メートルとは違う値です。そのため同じ「B5」でも、日本のJIS B5は182×257mm。国際規格のISO B5は176×250mmで、少しだけ大きさがずれています。海外で買ったノートが手持ちのものとわずかに合わない、といったことが起きるのはこのためです。
| B5の規格 | 寸法 | 基準の面積(B0) |
|---|---|---|
| JIS(日本) | 182×257mm | 1.5平方メートル |
| ISO(国際) | 176×250mm | 約1.41平方メートル |
ルーツは和紙の「美濃紙」
江戸時代の公用紙が寸法の下敷きに
日本のB判が独自の大きさになったのは、江戸時代に公用紙として使われた和紙「美濃紙(みのがみ)」がもとになっているためとされています。美濃紙のサイズはおよそ27〜29×40〜41cmで、この伝統的な紙の寸法がJIS B判の基準に取り込まれました。合理主義で生まれたA判と、和紙文化から育ったB判。同じ棚に並ぶ二つの紙は、まったく違う出自を持っています。
教科書やノートにB5・B4が多い背景
学校の教科書やノート、週刊誌などにB5・B4が多いのは、日本で長くB判が親しまれてきた名残です。A4より少し小さいB5は、手に持ちやすく、かばんにも収まりやすい。日本の生活のなかで育った寸法だからこそ、身の回りの紙製品にしっくりなじんでいるのでしょう。
日本の役所は、なぜA4になったのか

いまでこそ役所の書類はA4が当たり前ですが、これは比較的最近のことです。かつての官公庁は、むしろB判を主に使っていました。
かつて行政文書はB判が中心だった
平成のはじめまでは「B4・B5」の役所
昭和から平成のはじめにかけて、官公庁の書類はB4やB5が標準でした。大きな帳簿はB4、通知や申請書はB5、というのが役所の日常だったのです。日本独自のB判が、公の文書の世界でも長く主役をつとめていました。
1990年代のA判化
1993年前後に行政文書をA4へ統一
転機は1990年代前半でした。1992年ごろから行政文書の用紙をA判へそろえる方針が進み、1993年前後には各省庁の書類をA4に統一する実施方針が示されたとされています。裁判所などの司法関連の文書も、1995年からA判・横書きへと切り替わりました。長年のB判文化が、この時期に大きく塗り替えられたわけです。
国際規格に合わせ、事務を効率化
A判化のねらいは、国際規格に足並みをそろえ、事務のむだを減らすことにありました。世界の標準がA4である以上、日本だけB判を続ければ、海外とのやり取りや民間企業の書類管理で二度手間が生じます。役所の紙が変わったことで、コピー機もファイルも封筒もA4を軸にそろい、いまの「A4が基本」という景色ができあがりました。
もう一歩深く——白銀比は日本建築にも潜む

用紙の比である1:√2、すなわち白銀比は、実は日本の伝統建築のなかにも見つかります。大和比という別名が示すとおり、古くから日本人になじんできた比なのです。
法隆寺にひそむ「神の比率」
世界最古の木造建築とされる法隆寺(ほうりゅうじ)の五重塔や金堂には、この白銀比が取り入れられているといわれます。塔の屋根の幅の変化や、正面から見たときの上下の比率などに1:√2が見てとれるそうです。大工の世界では「神の比率」と呼ばれてきたとも伝えられます。西洋が黄金比を好んだのに対し、日本人はこの落ち着いた白銀比に美を感じてきた、という見方もあります。
封筒を支える裏方「C判」
もう一つ、封筒の話も添えておきましょう。A判・B判の陰に隠れた「C判」という系列があり、これはおもに封筒の規格に使われます。C判はA判とB判のちょうど中間の大きさに設計されていて、たとえばC4の封筒には折らないA4の書類がすっぽり収まります。手元の封筒がA4をきれいに包めるのは、この隠れたC判のおかげなのです。
机の上のコピー用紙が一枚。そのそっけない長方形には、ドイツの物理学者が200年以上前に手紙へ記した発想と、江戸の職人が漉いた和紙の記憶が折り重なっています。次に紙を半分に折るとき、変わらない形の内側にそんな長い時間が畳み込まれていることを思い出せたら、いつもの一枚が少しだけ違って見えてくるはずです。
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