鼻血の9割以上は、鼻の入り口から1センチほど奥にある一点から出ているとされます。左右の鼻を分ける壁(鼻中隔)の、いちばん手前の下の部分。ここには細い動脈が5本も集まり、そのうえ粘膜が薄いため、指でこすった程度の刺激でも血管が切れます。
そして上を向いても、その血管は閉じません。血は重力にしたがってのどへ回り、飲み込んだぶんだけ気持ちが悪くなるだけです。止めたいなら、座って少し下を向き、やわらかい小鼻を親指と人差し指で10分つまむ。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が案内しているのは、この一つだけです。
鼻血はどこから出ているのか

出血している場所は、ほとんどの場合たった一か所に決まっています。しかも、鏡で見える範囲のすぐ奥です。
鼻の入り口から1センチ、鼻中隔の前下部
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は、鼻血は「左右の鼻をわけているしきり(鼻中隔)の粘膜から出る」と説明しています。とくに鼻の入り口から約1センチ奥では、血管が網の目状になって表面に浮き出ているとされます。
※ 鼻中隔(びちゅうかく)とは、鼻の穴を左右に分けている壁のことです。前のほうは軟骨、奥は骨でできています。
左右を分ける壁の、いちばん手前の下
この場所の呼び名が、医学の教科書にあるキーゼルバッハ部位です。鼻中隔の前下部、つまり小鼻をつまんだときに指が当たるあたりの内側です。鼻をかむ、こする、指を入れる。そのどれもが、まっすぐここに届きます。
9割以上がこの一点から出ている
米国家庭医学会の総説(2018年)は「90%を超える鼻出血が鼻の前方の血管から起きる」と書いています。残りの1割弱は鼻の奥からの出血で、こちらは自分では押さえられません。数のうえでは、鼻血のほとんどは指先が届く場所の事故だということになります。
5本の動脈が出会う交差点
なぜその一点なのか。答えは血管の配置にあります。キーゼルバッハ部位は、鼻に入ってくる動脈の枝が集まって網をつくる合流地点です。
内頸動脈と外頸動脈、二つの系統が合流する
ここで出会う枝は5本あるとされます。目のほうから下りてくる前篩骨動脈・後篩骨動脈(内頸動脈の系統)と、あごや唇のほうから上がってくる蝶口蓋動脈・大口蓋動脈・上唇動脈(外頸動脈の系統)です。首から脳へ向かう流れと、顔を養う流れが、鼻の壁のいちばん手前で握手している格好になります。
軟骨の上で、血管に逃げ場がない
合流地点の真下にあるのは、やわらかい脂肪でも筋肉でもなく軟骨です。血管はその硬い板と薄い粘膜の間に挟まれており、外から力が加わってもクッションに沈んで逃げることができません。血管が多い、粘膜が薄い、下が硬い。三つの条件がそろった場所が、たまたま指の届く位置にありました。
この場所に名前が二つある理由
日本の医学書はこの部位をドイツ人医師の名で呼びますが、英語圏では別の名前が使われています。同じ場所に、ほぼ同じ時期、二人の医師がたどり着いたためです。
1879年、アメリカの外科医リトル
先に詳しく記載したのは、アメリカの外科医ジェームズ・リトル(1836〜1885)だとされます。1879年の記載では、出血点の位置を「鼻中隔の中央の下縁から約2分の1インチ」と書いていました。約1.3センチ。いまの「入り口から1センチほど」とほぼ重なります。
1884年、ドイツの耳鼻科医キーゼルバッハ
その5年後、ドイツの耳鼻咽喉科医ヴィルヘルム・キーゼルバッハ(1839〜1902)が同じ部位についての論文を発表します。以後、英語圏では「リトル領域」、ドイツ語圏と日本では「キーゼルバッハ部位」。呼び名が分かれたまま、どちらも消えずに残りました。
鼻の中はなぜこんなに血が多いのか

切れやすいほど血管が多いのなら、そもそも不便に思えます。ただ、鼻は空気を通すだけの筒ではありません。肺に送る前に、空気の温度と湿り気を整える装置でもあります。
吸った空気を温めて湿らせる装置
肺の奥でガス交換をするには、空気が体温に近く、ほぼ飽和した湿り気を帯びていなければなりません。その仕上げの大半を、鼻からのどまでの短い区間が引き受けています。
20℃の空気がのどで30℃になる
20℃・湿度50%の室内の空気は、のどに届くころには30℃・湿度95%程度まで整えられるとされます。気管の分かれ目で34℃、肺胞で37℃。真冬の冷たい外気でも、この行程はほぼ同じところへ収束します。
温めるには、血を表面近くに置くしかない
空気を温める熱源は血液です。効率よく熱と水分を渡すには、血管を粘膜のできるだけ表面近くに寄せる必要があります。つまり鼻の粘膜が切れやすいのは、設計のミスではなく、加温と加湿を優先した結果の副作用ということになります。
鼻血が片方からしか出ないことが多いわけ
言われてみると不思議なのが、左右どちらか一方だけから出るという点です。これも構造で説明がつきます。
鼻中隔が左右を隔てている
鼻の穴は、鼻中隔という壁で完全に仕切られた二つの部屋です。出血点は壁のどちらか一方の面にできるので、血もその側の部屋にしか出てきません。反対側が無事なのは、単に別室だからです。
両方の穴から同時に出るのは奥からのサイン
両方の穴から同時に流れ出す場合は、出血点が奥にあって、のどの上で左右に分かれている可能性があります。奥からの出血は前方からのものより頻度が低い代わりに重くなりやすく、鼻をつまんでも届きません。左右から出た、というのは受診を考えてよい手がかりの一つです。
上を向くと鼻血はどこへ行くのか

多くの人が反射的にやってしまうのが、顔を上げる動作です。ただ、それは出血点に対して何もしていません。変えているのは、出た血の行き先だけです。
血はのどへ回るだけで、止まりはしない
学会の案内は「顔はやや下向き」とはっきり書いています。仰向けに寝るのも避けるように、と添えられている点も見落とせません。
飲み込むと気持ちが悪くなる
顔を上に向ければ、血は鼻の奥からのどへ落ちていきます。飲み込んだ血は胃を刺激し、胸やけや吐き気を招きます。子どもが鼻血のあとに吐いてしまうのは、出血そのものより、飲み込んだ血が原因であることが少なくありません。
どれだけ出ているかが分からなくなる
もう一つの厄介さは、出血量が見えなくなることです。表に出ないぶんだけ「止まった」と錯覚しやすく、実際には飲み込み続けている場合があります。受診の判断に必要な情報が、のどの奥へ消えていくわけです。
首を叩く、冷やす、ティッシュを詰める
よく見かける手当ては、ほかにもいくつか。新潟市医師会の解説は、それらをはっきり否定しています。
| よくやること | 実際に起きていること |
|---|---|
| 上を向く | 血がのどへ流れ、飲み込んで気持ちが悪くなる。出血量も分からなくなる |
| 首の後ろを叩く | 出血点には何も届かない。止血効果は示されていない |
| 鼻や額を冷やす | 家庭での氷冷は有効な処置として挙げられていない |
| ティッシュを詰める | 丸めた紙を詰めるのも有効とはされない。抜くときに再出血しやすい |
| 仰向けに寝る | 血を飲み込む姿勢。学会は横になる場合も仰向けを避けるよう案内 |
どれも「何かしている感じ」だけはありますが、血管を塞ぐという肝心の仕事は果たしていません。
たたいても冷やしても止まらない
新潟市医師会の記事は「上を向いて首を叩いたり、鼻を冷やして止めようとしている方がいらっしゃいますがこれでは止まりません」と述べています。MSDマニュアル家庭版も、氷のうで冷やす、頭の向きを変えるといった方法を「効果的ではありません」と切り捨てました。
詰めたものを抜くときに、また切れる
ティッシュを詰める方法にも難点があります。かたまりかけた血ごと紙を引き抜くことになり、せっかく塞がった傷口がもう一度はがれるからです。紙の繊維が残って刺激になることもあります。学会の案内も「鼻には何も入れず」小鼻を押さえる形をすすめています。
小鼻を10分、手を離さずにつまむ

正しい手当ては拍子抜けするほど単純です。押さえる場所と、押さえ続ける時間。守るのはその二つだけです。
押さえる場所は、硬いところではない
失敗のほとんどは場所の取り違えです。鼻の付け根をつまんでも、出血点には圧力が伝わりません。
鼻の骨の下、やわらかい小鼻をつまむ
圧迫の位置を「鼻骨より下」と指定しているのは、米国家庭医学会の総説です。指で触って硬さが消えるあたり、つまり左右の小鼻です。ここを親指と人差し指ではさみ、鼻中隔に押しつけるように強くつまみます。狙っているのは、あの一点を内側から塞ぐことです。
10分間、途中で確認しない
時間は10分。学会もMSDマニュアルも同じ数字を挙げ、後者は「10分間、一度も手を離さないことが重要」と念を押しています。途中で指をゆるめて確かめる行為が、いちばんよくある失敗です。固まりかけたかさぶたが毎回はがれ、振り出しに戻ってしまいます。
座って、やや下を向いて、口で息をする
姿勢も処置の一部です。押さえている間の体の向きで、のどへ回る血の量が変わります。
のどに回った血は飲まずに出す
学会が示す姿勢は、椅子に座って顔をやや下向き。のどに流れた血は飲み込まず、外へ出します。鼻をつまんでいる間は鼻で息ができないので、口で呼吸します。小さな子どもには、ここを先に伝えておくとあわてずに済むでしょう。
横になるなら仰向けにしない
気分が悪くて座っていられないこともあります。その場合も仰向けは避け、横向きで顔をやや下げた姿勢にします。血を飲み込ませない。それがすべての姿勢の理由なのです。
10分で止まらなかったときの手順
一度で止まらないこともあります。そこで慌てて別の方法に乗り換えないことが肝心です。
もう10分、それでも止まらなければ受診
家庭版のMSDマニュアルは、出血が続く場合はもう一度10分同じ圧迫を行い、2回目のあとも止まらなければ医師の診察を受けるようすすめています。学会の目安は「30分くらい鼻を押さえても止まらない」とき。どちらも、押さえ方を変えるのではなく時間で区切る考え方です。
正しく押さえれば8割は止まる
新潟市医師会の解説では、正しい圧迫で「8割の鼻血は止まります」としています。逆に言えば、止まらない2割には別の事情がある可能性があるということ。時間で区切るのは、その切り分けを早めるためでもあります。
鼻血が出やすい年齢に二つの山がある

鼻血は誰にでも起きますが、統計を取ると年齢の偏りがはっきり出ます。米国家庭医学会の総説によれば、一生のうちに一度は鼻血を経験する人は最大60%、そのうち医療機関を受診するのは6%だそうです。
| 山 | 主な背景 | 出血の場所 |
|---|---|---|
| 10歳未満 | 指でいじる、鼻炎やかぜで粘膜が荒れる | 前方(キーゼルバッハ部位)が中心 |
| 70〜79歳 | 動脈硬化、抗血栓薬、以前の鼻の手術 | 奥からの出血が混じり、止めにくい |
同じ「鼻血」という言葉でも、二つの山は出どころも背景も違います。
10歳未満に多い理由
子どもの鼻血は、ほとんどが前方からの出血です。粘膜が薄く、しかも刺激を受ける機会が多いという事情が重なります。
指でいじる、こする、強くかむ
一般的な原因としてMSDマニュアルが挙げるのは、鼻をかむ・ほじるといった外からの力と、粘膜の乾燥です。いったん切れると、かさぶたがかゆくなってまた触る。同じ場所が繰り返し出血するのは、この往復が原因であることが多いとされます。
アレルギー性鼻炎やかぜのあと
学会が鼻血の原因に挙げるのは、上気道炎による鼻炎・アレルギー性鼻炎・副鼻腔炎・鼻中隔弯曲症(びちゅうかくわんきょくしょう)など。花粉の季節に子どもの鼻血が増えるのは偶然ではありません。炎症で充血した粘膜に、かむ・こするという力が加わるからです。
70代に多い理由

もう一つの山は高齢者側にあります。同じ「鼻血」でも、中身はやや別物です。
血液をさらさらにする薬
アスピリンやワルファリンなどの薬を飲んでいる場合は、出血が激しく治療も難しくなるとMSDマニュアルが記しています。薬をやめる判断は自分でしてはいけません。止まりにくいと感じたら、飲んでいる薬を持って受診するのが早道です。
※ 抗血栓薬(こうけっせんやく)とは、血の塊ができるのを防ぐ薬の総称です。脳梗塞や心筋梗塞の予防に使われます。
奥からの出血は自分では押さえられない
後方からの出血は太い血管が相手で、外来でも出血点を見つけにくいとされます。米国家庭医学会の総説では、前方の出血に比べて鼻の詰め物が必要になる割合が約2倍、入院に至る例も多いと報告されています。指でつまんで届く位置ではないため、時間で見切るしかありません。
乾燥と季節の関係は、はっきりしない
「冬になると鼻血が増える」という実感は広く共有されています。ただ、出典によって書きぶりに差があるのです。
乾燥は原因、季節との関係は未確定
MSDマニュアルは粘膜の乾燥を一般的な原因に挙げています。一方で米国家庭医学会の総説は「季節の変化や高血圧が直接の役割を果たすかどうかは不明である」と書いています。乾燥が粘膜を荒らすことと、季節そのものが鼻出血を増やすことは、同じではないという整理です。
加湿と、粘膜を守る手当て
予防として確実に言えるのは、乾かさないことと触らないことです。難病情報センターも、鼻の粘膜が弱い人への対策として加湿と保護を挙げています。繰り返す子どもの鼻血には、爪を短く切るという地味な手も効くようです。
チョコレートや高血圧は鼻血の原因になるのか

鼻血には言い伝えが多く貼りついています。代表格の二つを、出典に当たって見てみます。
チョコレートを食べると鼻血が出るのか
この話を否定しているのは、意外にもチョコレートを売る側の団体です。
協会自身が「報告はない」と書いている
日本チョコレート・ココア協会は、公式サイトで「医学的には、チョコレートと鼻血について関係があるという報告はありません」と回答しています。そのうえで、テオブロミンやポリフェノールという血行をよくする成分にも触れています。体質によっては毛細血管が刺激される可能性を完全には否定できないとしつつ、その仮説にも医学的な報告はないと明記。
余ったエネルギーが出る、という時代の理屈
俗説の出どころには諸説あります。栄養価の高いものを食べすぎると余った分が鼻血として出る、という考え方が背景にあったという説明がよく見られます。栄養学が今ほど整理されていない時代には、もっともらしく響いたのでしょう。
高血圧の人は鼻血が出やすいのか
もう一つ根強いのが、高血圧と鼻血を直結させる見方です。こちらは「原因」と「止まりにくさ」を分けて考える必要があります。
単独の原因になる可能性は低い
MSDマニュアルのプロフェッショナル版は、高血圧が鼻出血の「単独の病因となる可能性は低い」としています。血圧が高いから血管が破れる、という単純な図式は支持されていません。
すでに出ている血は止まりにくくなる
同じ記述は、既に起きている出血を持続させうるとも述べています。つまり高血圧は引き金ではなく、止まるまでの時間を延ばす側の要因という位置づけです。鼻血をきっかけに血圧を測ってみる価値はありますが、鼻血そのものを高血圧のサインと決めつける根拠にはなりません。
病院へ行ったほうがいい鼻血の見分け方

大半の鼻血は家庭で止まります。それでも、時間と症状のいくつかは自己判断で粘らないほうがよい合図です。
時間と、体に出るサイン
学会とMSDマニュアルは、受診の目安をほぼ同じ形で示しています。
30分押さえても止まらない
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が挙げる受診の目安は、30分ほど押さえても止まらない・ふらふらする・顔色が悪い・出血の勢いが強い、の4つです。早めに耳鼻咽喉科か救急病院へ、と案内されています。押さえる時間を延ばして耐える場面ではありません。
ふらつき、失神、立ちくらみ
警戒すべき徴候としてMSDマニュアルが挙げるのは、筋力の低下・失神・立ち上がったときのめまいなど。出血が多いことを体が先に知らせている状態です。血を飲み込んでいると量が見えないという先ほどの話は、ここで効いてきます。
繰り返す鼻血の裏にある病気
頻度としては多くないものの、鼻血が症状の側にある病気もあります。
オスラー病では8〜9割に鼻出血
指定難病227のオスラー病(遺伝性出血性末梢血管拡張症)は、全身の血管に異常が起きる遺伝性の病気です。難病情報センターによれば、鼻出血は患者の80〜90%にみられるもっとも一般的な症状で、国内の患者数はおよそ1万人と推測されています。理由の見当たらない鼻血が続き、家族にも同じ傾向があるときは、この種の病気が背景にあることがあります。
あざや歯ぐきの出血が一緒に出るとき
大きなあざ・歯ぐきからの出血・血便・血尿・小さな傷でも血が多い。MSDマニュアルは、こうした徴候が重なる場合も挙げています。鼻だけの問題ではない可能性を示す並びです。明らかな理由がないのに最近何度も鼻血が出た、というのも受診の理由になります。
顔や頭を打ったあとに出た鼻血
ぶつけたあとの鼻血は、扱いが別になります。出血そのものより、下にある構造の損傷が問題になるためです。
鼻の骨が折れていることがある
学会は受診をすすめる条件に「顔面の外傷を伴った鼻出血」を明記しています。鼻の骨は顔の中でも折れやすく、変形は早い時期のほうが直しやすいとされます。血が止まったから大丈夫、と締めくくらないほうが安全です。
その場で止まっても、翌日の腫れを見る
ぶつけた直後は本人も興奮していて、痛みを訴えないことも珍しくありません。翌日になって腫れや鼻づまりが残っていないか、周りが見ておくと見落としが減ります。血が止まったかどうかだけでは、骨の状態までは分かりません。
顔を上げたくなるのは、血をこぼしたくないからでしょう。ただ、その動作が変えているのは床の汚れだけで、鼻の中では何も起きていません。手が届くべき先は、入り口から1センチの一点。上を向いて過ごした数十秒は、10分の持ち時間にただの一度も数えられていないのです。上を向くのは、血が止まってからで間に合います。
参考
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「鼻出血」
- MSDマニュアル家庭版「鼻出血」
- American Family Physician「Epistaxis: Outpatient Management」(2018)
- 難病情報センター「オスラー病(指定難病227)」
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