お花見のお供として親しまれている三色団子は、ピンク・白・緑の彩りが春らしさを感じさせてくれる和菓子です。この三色団子の起源には、豊臣秀吉が晩年に開いた豪華な花見の宴が関わっているという説があります。本記事では、誕生のいきさつから江戸時代の広がり、現在に伝わる色や呼び名の違いまでをたどっていきます。
三色団子のおもな歴史年表
| 年代 | できごと |
|---|---|
| 1598年 | 豊臣秀吉が京都・醍醐寺で「醍醐の花見」を開催。振る舞われた菓子が三色団子の起源という説がある |
| 江戸時代 | 花見文化が庶民にも広がり、串に刺した三色の団子が親しまれていく |
| 江戸時代以降 | 桜色・白・緑の組み合わせに、春の情景を表す意味が込められるようになる |
| 江戸時代以降 | 関東と関西で呼び名や生地の違いが生まれる |
| 現代 | 季節によって色を変えた三色団子も登場している |
「醍醐の花見」が生んだ三色団子
1598年、豊臣秀吉が開いた大宴会
慶長3年(1598年)3月、豊臣秀吉は京都の醍醐寺で盛大な花見の宴を開きました。徳川家康や前田利家といった大名、さらに女房衆を含めて約1300人が参加した豪華な催しだったといわれています。この宴で振る舞われた菓子が、三色団子のルーツという説もあります。

三色に込められた意味の諸説
三色団子の色には、それぞれに意味があるとされてきました。桜色は春に咲く花、白は残雪、緑は若草や新緑を表すといわれています。なぜ「春夏秋」止まりで冬がないのかという俗説もあり、ユーモラスな逸話として語り継がれてきました。
江戸から現代へ、広がりと地域差
江戸時代に庶民の風習として定着
醍醐の花見をきっかけに広まったとされる三色団子は、江戸時代に入ると庶民の花見文化とともに親しまれるようになりました。屋台で手軽に買える串団子に色を添えることで、季節感を演出する工夫が生まれたと考えられています。

関東と関西で違う呼び名と食感
関東では「三色団子」、関西では「花見団子」と呼ばれることが多く、名称にも地域差があります。生地も関東では上新粉を使ったコシのあるものが多く、関西では白玉粉を使ったやわらかめのものが好まれるのが特徴です。
知っておくと面白い豆知識
春以外にも登場する三色団子
三色団子は春の和菓子という印象が強いものの、季節によって色を変えた商品も販売されています。たとえば秋には栗を使った黄・白・紫の団子、夏には涼しげな青・白・ピンクの団子が登場することもあります。
五色団子・二色団子との違い
地域によっては、赤・白・黄・緑・黒の「五色団子」や、二色の団子を組み合わせた「二色団子」と呼ばれるものも見られるようです。その中でも三色団子は、見た目のまとまりの良さから定番として親しまれています。
アニメやキャラクター商品としての人気
三色団子は可愛らしい見た目から、アニメやゲームのキャラクターグッズにもたびたび登場するモチーフです。「団子好き」のキャラクターが話題になると、実際の商品とコラボレーションが企画されることもあります。
三色団子は、見た目の華やかさだけでなく、誕生の背景に豊臣秀吉の「醍醐の花見」という大きな歴史が関わっているといわれています。色に込められた意味や地域ごとの違いを知ると、いつもの一串がより味わい深く感じられるでしょう。
江戸時代から現代まで、お花見の風景とともに受け継がれてきた三色団子は、これからも春を彩る和菓子として親しまれていくはずです。季節ごとに姿を変えるバリエーションも含めて、その魅力はますます広がっていきそうです。



