安全ピンの「安全」は、留めた服が外れないという意味ではありません。1849年に取られた特許の本文には、布に差し込むときに「指を傷つける危険がない」と書かれています。守られているのは、まず使う人の指のほうでした。
しかも、発明した本人はこれを「安全ピン」とは呼んでいません。特許に記された題名は「ドレスピン」。名前のほうは、あとから世間がつけたものです。
針金一本を三つに分けると、「安全」の置き場所が見える

安全ピンは、部品を組み合わせた道具のように見えて、もとは一本の針金です。曲げ方の違うところで区切ってやると、三つの区画に分かれます。どこが「安全」を担当しているのかも、その区分けで見えてきます。
| 区画 | はたらき | 「安全」との関係 |
|---|---|---|
| 針の部分 | 布を貫いて留める | 危ないのはここだけ |
| 中央のコイル | ばねとして開く力を蓄える | 閉じたあとも押しつけ続ける |
| 受け金(キャッチ) | 針先をくわえて隠す | 先端が外に出ない=「安全」 |
三つのうち、名前の由来になっているのは最後の受け金です。針先が金具のなかへ入り、ばねの力で押さえられたままになる。この一点だけが、それまでの留め針との違いでした。
「安全」が指しているのは、指のこと

何が安全なのかは、特許の本文にはっきり書かれています。想像で補う必要がないくらい、発明者本人が言葉にしていました。
特許の本文が、答えを先に書いている
「指を傷つけることなく」という一節
アメリカ特許第6281号の明細書には、他の方式にない大きな利点として「ピンを曲げたり指を傷つけたりする危険なく、衣服に差し込める完全な便利さ」があると記されています。留めたものが落ちないことではなく、留める作業そのものの安全が売りだったわけです。
それまで衣服に使われていた留め針は、まち針のように先端が出たままのものが主でした。刺したあとも針先が布の外に残り、着ている人の肌にも、留める人の指にも当たります。針先を隠すという発想が、そのまま商品名になりました。
もう一つの自慢は、継ぎ目がないこと
同じ明細書は、この構造には「壊れる関節も、すり減ったりゆるんだりする軸もない」とも述べています。蝶番(ちょうつがい)で開閉する留め具は、その蝶番から先に傷みます。一本の針金を曲げただけの安全ピンには、傷む接合部が最初から存在しません。
特許が名指しした、もう一つの用途
「nursery uses」=育児の場面
明細書は用途として、装飾用・日常の衣服用と並べて「nursery uses」を挙げています。育児室での用途、つまり赤ん坊まわりの使い道です。指が刺さらない留め針が真っ先に必要とされる場所を、発明者は正確に見ていたことになります。
布おむつと、キャップ付きのピン
実際に、紙おむつが普及するまでの布おむつは安全ピンで留めるのが一般的でした。乳児用には、受け金にプラスチックのキャップをかぶせて開きにくくしたものが今も売られています。ばねの力だけでは足りないと考えられた場面が、ここにあります。
発明者がつけた名前は「ドレスピン」だった

安全ピンという呼び名は、特許書類のどこにも出てきません。発明者ウォルター・ハントが書いたのは、別の名前でした。
1849年4月10日、特許第6281号
8インチの真鍮線から
ハントが使ったのは、長さ8インチ(約20センチ)ほどの真鍮(しんちゅう)の針金だったと伝えられます。中央をぐるりと巻いてばねにし、一方の端に受け金をつくる。工具も材料も、当時の金物屋にあるものだけで足りました。
権利として主張したのは「一本であること」
特許の請求範囲は、意外なほど狭いところに絞られています。ハントが権利を主張したのは、一本の針金からピンとばねと受け金を同時につくる構造です。装飾以外の金属を足さないこと、関節も蝶番も使わないことが、そこに条件として書き込まれています。針先を隠すという着想そのものではなく、それを継ぎ目なしで実現する方法のほうを押さえた形です。
※ 請求範囲(クレーム)とは、特許で守ってほしい発明の中身を言葉で区切った部分のことです。ここに書かれていない工夫は、明細書で説明していても権利の対象になりません。
「安全ピン」という呼び名が定着するまで
英語では safety pin に置き換わった
ドレスピンという名は残りませんでした。売る側と使う側が、この道具のいちばんの取り柄で呼びはじめたからです。英語の safety pin は「安全な留め針」であり、特許の売り文句をそのまま二語に縮めた形になっています。
日本語での用例は1928年に見つかる
日本語の「安全ピン」は、safety pin をそのまま訳し分けた語です。国語辞典が挙げる古い用例は、龍胆寺雄(りゅうたんじ ゆう)の小説『放浪時代』(1928年)にある「安全ピンを持って来てくれたので、幕の方はそれでとめた」という一節でした。昭和のはじめには、説明抜きで通じる言葉になっていたことがうかがえます。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 紀元前14世紀ごろ | ミケーネ文明で「フィブラ」が現れる。針先を受けに納める原理は同じ |
| 1849年4月10日 | ウォルター・ハントがアメリカ特許第6281号を取得。題名は「ドレスピン」 |
| 1849年10月 | イギリスのバーミンガムでも、別人が同種の特許を取ったとされる |
| 1928年 | 日本語の小説に「安全ピン」の用例が見える |
15ドルの借金と、400ドルの手放し

この発明が生まれた事情は、あまり格好のよいものではありません。ハントは金に困っていて、その日の返済のために針金をいじっていたと伝えられています。
借金の相手は製図工だったと伝わる
15ドルという金額
返せずにいたのは15ドル。相手は特許図面を描いてもらった製図工だったとも、友人だったとも言われ、資料によって食い違います。いずれにせよ、発明の動機は世の中の不便ではなく、目の前の一件でした。
三時間説と、ひと晩説
考えついてから形にするまでの時間も、伝えられ方が一定しません。三時間ほどだったとする説もあれば、その晩のうちに試作と数枚の図を仕上げたとする説もあります。どちらにしても、数日をかけた仕事ではなかったようです。
400ドルで権利ごと譲った
ハントは特許の権利を400ドルで売り渡しました。15ドルの返済には十分すぎる額です。ただ、そのあと安全ピンが世界中で売られても、彼のもとに入るものはありませんでした。
買い手の名前は、年代が合わない
「W・R・グレース社」という定番の説明
この400ドルの買い手を「W・R・グレース社」とする説明が、英語版の百科事典的な記述を含めて広く出回っています。ところが同社の歴史をたどると、創業は1854年、南米ペルーでの海運業からでした。ニューヨークで正式に設立されたのは1872年です。
1849年に存在しない会社は買えない
特許が売られたのは1849年ですから、5年後にできる会社が買い手だったという話は、そのままでは成り立ちません。買い手が誰だったのかは、はっきりしないと考えたほうが無難でしょう。有名な発明の逸話ほど、細部が一人歩きしやすい例と言えます。
ミシンを特許にしなかった人でもある
1830年代の試作
ハントの手がけたものは、安全ピンだけではありません。1827年の馬車用の警鐘・1847年の万年筆・連発銃の原型と、生涯にわたって次々に新しい機械を考えています。なかでも惜しまれるのが、安全ピンの15年ほど前に組み立てていた、針の先に糸を通す方式のミシンでした。しかし特許は取っていません。娘に「お針子の仕事が失われる」と反対されたためだと伝えられますが、この逸話の裏づけは強くないようです。
1854年、先に作ったと認められても
ミシンの特許争いが起きた1854年、ハントが先に同じ仕組みを作っていたことは認められました。それでも権利は戻りません。書類を出さないまま試作を放り出していた、という判断でした。1858年にはミシン業界のアイザック・シンガーから5万ドルの和解金を持ちかけられたとも伝わりますが、その受け取りを見る前の1859年に、ハントは亡くなっています。安全ピンの400ドルとは桁が二つ違う額でした。
同じ原理は、三千年前からあった

針先を折り返して受けに納める、という考えかた自体は19世紀のものではありません。ずっと古い時代の遺物に、そっくりな形が残っています。
フィブラという留め具
※ フィブラとは、古代の地中海世界で衣服を留めるのに使われた金属製の留め具のことです。日本語では「ブローチ」と訳されることもあります。
とげや骨を、金属に置き換えたもの
最も古いフィブラは、紀元前14世紀ごろのミケーネ文明にさかのぼるとされます。もとは木のとげや骨で衣をまとめていたものを金属に置き換え、さらにその一本を折り返して先端を押さえた。仕組みとしては、いま針箱に入っているものと変わりません。
見える場所にあるから、飾りになった
フィブラは肩や胸元で使う道具です。人目につく位置にあるため、やがて身分や富を示す装飾品として凝った形になっていきました。留め具が宝飾品へ育っていく流れは、実用一点張りの現代の安全ピンとは正反対に見えます。
では、1849年に新しかったのは何か
ばねを、同じ針金でつくること
古代の留め具にも弾力はありましたが、多くは曲げた金属のしなりに頼るものでした。ハントの工夫は、中央を何重かに巻いてコイルにし、そこにはっきりとした「ばね」を持たせた点にあります。開こうとする力が一定に働くため、針先は受け金のなかで押さえられ続けるわけです。
半年後、バーミンガムでも
同じ1849年の10月には、イギリスのバーミンガムでも同種の安全ピンが特許になったとされます。アメリカでの登録を知らないままの、別々の発明だったという説明です。誰か一人の閃きというより、機が熟していた工夫だったのでしょう。
「安全」の意味は、そのあと二度足された

指を守るための名前だった「安全」は、20世紀後半にまったく別の意味を背負わされます。どちらも、留め針としての機能とは関係のない使われ方でした。
パンクの安全ピン
1970年代後半、破れた服に安全ピンを並べて留めるスタイルがパンクの記号になりました。もっとも、セックス・ピストルズのジョニー・ロットンは、はじめはズボンの尻が抜けたのをどうにかするための実用だったと語っています。安く手に入り、道具を使わずに留められることが効いていたわけです。
2016年、上着につけられたピン
2016年のイギリスでは、EU離脱の国民投票のあとに移民への差別的な言動が増えたと報じられました。これに対し、上着の見える位置に安全ピンをつけて「あなたの側にいる」と示す動きが広がります。同じ年、アメリカの大統領選のあとにも同じしるしが使われました。
大きさは番号で選ぶ
売り場で並ぶ安全ピンには、0号・1号といった番号が振られています。日本の手芸用品店で扱われている一例では、次のような対応です。ゼッケンを留めるなら大きめ、名札やブローチなら小さめ、と番号で選べるようになっています。
| 号数 | おおよその寸法 |
|---|---|
| 0号 | 幅5mm × 長さ23mm |
| 1号 | 幅6mm × 長さ28mm |
| 3号 | 幅8mm × 長さ38mm |
| 5号 | 幅10mm × 長さ57mm |
道具の名前は、たいてい「できること」でつきます。ライターは火をつけるもの、ホチキスは紙を留めるもの。その並びのなかで安全ピンだけが、起きなかったことを名前にしています。指が刺さらない、肌が傷つかない——起こらずに済んだ出来事のほうを名乗っている道具は、そう多くありません。
15ドルの穴を埋めるために巻かれた一本の針金は、名前の付け方まで少し変えてしまったことになります。
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