乾杯の作法は、国ごとに「やってはいけないこと」が違います。ドイツ語圏では水で乾杯すると縁起が悪いとされ、ハンガリーではビールのジョッキを打ち合わせない人がいまも多くいます。中国の「干杯」は本来は飲み干せという合図で、日本の献杯(けんぱい)はグラスを鳴らしません。一方、グラスを合わせる理由そのものには定説がありません。
ドイツで水の乾杯が嫌われるのはなぜ?

冥界の川の水を勧めることになる
ギリシャ神話では、死者の魂は冥界を流れるレーテーの川の水を飲むとされます。そこから、水で乾杯するのは相手にあの世行きを願う仕草だという言い伝えが生まれました。ドイツ語圏ではいまも根強く残る俗信です。
結婚式や誕生日・大晦日のような大事な席では、水のグラスを掲げるのを丁重に断る人もいるといいます。お酒を飲まない人はジュースや炭酸水を選ぶのが無難でしょう。
乾杯の瞬間は相手の目を見る
ドイツ語圏には、乾杯のときに相手の目を見ないと七年の不運が続くという俗信もあります。伝わる理屈では、毒を盛った側は酒がこぼれないかと杯ばかり気にしてしまう。だから目を合わせていれば安心だ、というわけです。
毒殺の話は、グラスを合わせる動作の起源としては否定されています(後の章で触れます)。それでも作法の理由づけとしては、しぶとく生き延びてきました。
掛け声の Prost はラテン語の一語
ドイツ語の掛け声 Prost は、ラテン語の prosit がもとになっています。動詞 prodesse(役に立つ)の活用形で、「ためになりますように」ほどの意味です。16世紀からドイツの学生が酒席で使った決まり文句とされ、英語の記録にも1846年に現れます。学生の決まり文句が、そのまま国じゅうの掛け声になりました。
ハンガリーではビールのジョッキを合わせない

1849年、アラドの13人
1848年から翌年にかけてのハンガリー独立戦争が鎮圧されたあと、1849年10月6日に13人の将軍がアラド(現在のルーマニア領)で処刑されました。このときオーストリア側の将校たちがビールジョッキを打ち合わせて祝ったと語り継がれています。
そこでハンガリー人は、150年のあいだビールで乾杯しないと誓った。これが広く知られた筋書きです。期限が満ちる日は1999年10月6日でした。
当時の記録には出てこない
ハンガリーのニュースサイト「Index」の記事によると、処刑のあとの宴やその献立を記した文書は残っていません。軍事史博物館の研究者は、オーストリア側がそもそも処刑を祝わなかった可能性が高いと見ています。
この習慣が広く知られるようになったのは1980年代のことです。「150年」という期限も、1999年が近づいた1990年代になって語られ始めたといいます。
ワイン商が広めたという見方もある
同じ記事で歴史家のヘルマン・ローベルトは、愛国的なロマンに加えてワイン商人の思惑も働いたのではないかと述べています。ビールに対してワインこそハンガリーらしい酒だと印象づける好機になった、という読みです。期限が過ぎたいまも、ハンガリーではビールで合わせない人が少なくありません。
中国の「干杯」は飲み干せという号令

「干」は、かわかすという字
干物や干拓の「干」と同じ字です。杯を干す、で杯を空にする。中国語の「干杯(ガンベイ)」はいまも文字どおりの意味を保っていて、勧められたら一息に空けるのが本来の作法とされてきました。
同じ漢字を使う韓国語の「건배(コンベ)」も、宴席の合図として広く使われています。健康や器を口にする欧米の掛け声に比べると、東アジアの乾杯だけが飲み手への指示の形をとっているのが目を引くところです。
日本では飲み干さなくてよくなった
日本語に入った「乾杯」は、宴席の始まりを告げる合図に変わりました。一口つけるだけでもとがめられません。言葉が指していた「飲み干せ」の中身が抜け落ちて、号令の働きだけが残った形です。
日本の「乾杯」はいつ始まった?

エルギン伯と、立ち上がった幕府の役人
幕末、条約交渉のために来日した英国のエルギン伯が、晩餐の席で「わが国では国王の健康を祝して杯を交わす習慣がある」と持ちかけました。そんな習慣のない日本側は戸惑います。
座が静まったところで、応対にあたっていた井上信濃守清直(いのうえしなののかみきよなお)が突然立ち上がり、「乾杯!」と大声で叫んで座り直した。日本の乾杯の始まりとして、よく紹介される逸話です。当初の掛け声は「万歳」で、のちに「乾杯」へ移ったという説明もあります。
1854年説と1858年説がある
この逸話は、1854年の日英和親条約のときとして紹介されることが多くあります。ただしエルギン伯が日英修好通商条約に調印したのは1858年です。人物の組み合わせで考えると、時期が合うのは後者のほうでしょう。愉快な話ほど、細部が入れ替わりながら伝わっていきます。
音を立てない乾杯はどんな席?

日本の献杯は、胸の高さで静かに掲げる
法要や通夜のあとの席で交わす献杯では、グラス同士を打ち合わせません。胸のあたりまで静かに掲げ、声も抑えて唱和します。明るい発声も拍手もなく、一口だけ口をつけるのが一般的な作法とされます。乾杯と同じ動作から、音と勢いだけを引き算した形です。
脚の細いワイングラスはぶつけない
格式のある席のワインやシャンパンでも、グラスは合わせないのが作法として案内されることがあります。理由は縁起ではなく器の強さです。脚の細いグラスは薄く作られていて、勢いよくぶつけると欠けたり割れたりします。
そうした席では、脚を持って目の高さまで上げ、相手と目を合わせて会釈するのが一般的です。音を鳴らさない乾杯にも、それなりの形が用意されています。
英語の toast は本物のパンだった

15世紀初めから、酒に入れるものだった
英語で乾杯を意味する toast は、焼いたパンのトーストと同じ語です。比喩でも偶然の一致でもありません。火であぶったパンを指す toast の用例は15世紀初めにさかのぼり、当初からワインやエールに風味づけとして加えるものでした。
酒の味を整えるための一切れ
当時のワインは品質が安定せず、酸味の立ったものも珍しくなかったとされます。そこに香辛料をきかせた焼きパンを浮かべ、味を整える。焦げが酸味をやわらげるとも言われます。飲みにくい酒を飲みやすくする、実用の道具だったわけです。
1690年代、健康を祈ることも toast に
「誰かの健康を祈って飲む」という意味の toast が現れるのは1690年代です。祝われる女性が、ワインに添える一切れのように座に風味を添えるから、という説明が古くからされてきました。1746年には「健康を祈られる当人」を指す使い方も記録されています。町いちばんの人気者を the toast of the town と呼ぶ言い回しは、この流れの上にあります。
温泉地バースで交わされた一言
1709年、作家リチャード・スティールは自分の雑誌『タトラー』に由来話を書き残しました。チャールズ2世の時代、温泉地バースの浴場で、ある女性の浸かる湯をくんで乾杯した男たちがいた。居合わせた紳士が「飲み物は要らないが、その“トースト”はいただきたい」と言った、という筋です。
この話は習慣が生まれたあとに書かれたもので、起源を示す証拠にはなりません。それでも、語の意味がパンから人へ移っていく感触はよく伝わってくる話です。
世界の掛け声は何を言っている?

健康を祈る言葉がいちばん多い
各国の掛け声を並べると、言っている中身は意外に似通っています。多いのは健康を祈る言葉で、器そのものを指す言葉と、飲み干せと命じる言葉が続きます。
| 言葉 | 地域 | もとの意味 |
|---|---|---|
| Santé / Salud / Salute | フランス・スペイン・イタリア | 健康 |
| Prost(Prosit) | ドイツ語圏 | ためになりますように |
| Na zdrowie | ポーランド | 健康のために |
| L’chaim | ヘブライ語 | 人生に |
| Skål | 北欧 | 鉢・飲む器 |
| 干杯 / 건배 | 中国・韓国 | 杯を空にする |
| Cheers | 英語圏 | もとは「顔つき」 |
健康を祈る系統は、ヨーロッパの広い範囲に分布する最大派閥です。旅先で迷ったら、その土地の言葉で「健康に」と言えばまず外れません。
cheers が乾杯の言葉になったのは1919年
cheer は1200年ごろの英語では「顔、顔つき」を指す語でした。後期ラテン語の cara(顔)にさかのぼります。そこから「気分」へ、さらに「喜び」へと意味が移りました。乾杯の言葉としての cheers が記録に現れるのは1919年のイギリス英語で、表のなかでは飛び抜けて新しい部類です。
skål は頭蓋骨ではなく、ただの鉢
北欧の skål には、ヴァイキングが敵の頭蓋骨を杯にした名残だという話が出回っています。語源をたどると、古ノルド語の skál は単に「鉢、飲む器」でした。頭蓋骨とのつながりは語源の上では見当たりません。
英語に skoal の形で入ったのは1600年ごろです。1589年にスコットランド王ジェームズ6世がデンマークを訪れたことが、広まるきっかけになったのではないかとされます。
イタリアの「チンチン」は中国生まれ

もとは「どうぞどうぞ」の請請
イタリアで乾杯のときに言う cin cin は、イタリアの辞書『トレッカーニ』によれば中国語の「請請(チンチン)」に由来します。「どうぞどうぞ」と客をもてなす挨拶の言葉でした。この形が港のピジン英語に chin chin として取り込まれ、船乗りを通じてイタリアへ伝わります。
※ ピジン英語とは、言葉の通じない者どうしが交易などのために作りあげた、簡略化された混成語のことです。
オペレッタ『ゲイシャ』が広めた
言葉をさらに広めたのが、1896年のオペレッタ『ゲイシャ』です。面白いのはその後で、イタリアではこれがグラスのぶつかる音を写した擬音語として受け取られていきました。中国生まれの挨拶が、ヨーロッパで音の描写に化けたことになります。
グラスを合わせる理由は分かっている?

毒味説では、こぼれた酒が相手の杯に入らない
よく聞くのは、杯を強くぶつけて中身を混ぜ合わせ、毒が入っていないと示したという説です。けれども飛んだ酒の大半は、向かいの杯ではなく卓や床に落ちます。相手の杯へ注ぎ込みたいなら、ぶつけるより傾けたほうが早いはずです。
一人一杯より前から、乾杯はあった
健康を祈って杯を交わす習慣は、ギリシャやローマの酒席にさかのぼるとされます。当時は大きな器を回し飲みする場面が多く、一人ずつがグラスを持つ形が定着するのは後の時代でした。合わせる相手のグラスがなければ、混ぜようがありません。毒味説は、時代の前後がかみ合っていないのです。
魔除け説を支える記録は出てこない
金属やガラスの音が宴に寄ってくる悪霊を追い払う、という説もあります。鐘の音が魔を退けるという発想は各地にあるので、いかにもありそうに響きます。ただ、中世ヨーロッパで実際にそう考えられていたと示す史料は挙がっていません。もっともらしさと証拠は別物です。
五感を揃えるためという見方
食事の作法を論じた『The Rituals of Dinner』の著者マーガレット・ヴィッサーは、乾杯で音を鳴らすのは五感を出揃わせるためだという見方を示しました。酒は目で見て香りをかぎ、手に持って味わう。耳だけが残っている、という理屈です。説明としては魅力的ですが、いつ始まったかを示す証拠にはなりません。
日本には乾杯の条例がある

京都市の「乾杯条例」は2013年施行
由来のはっきりしない習慣が、自治体の条例になった例が日本にあります。2013年1月15日に施行された「京都市清酒の普及の促進に関する条例」、いわゆる乾杯条例です。一杯目を地元の清酒で、と市民や事業者に呼びかける内容で、守らなくても罰を受けるわけではありません。同じ趣旨の条例は、その後ほかの自治体にも広がりました。
牛乳で乾杯する町もある
対象は日本酒だけではありません。北海道中標津町(なかしべつちょう)は2014年4月1日、「中標津町牛乳消費拡大応援条例」を施行しました。通称は「牛乳で乾杯条例」で、合言葉は「1杯目の乾杯は地場産牛乳で」。酪農の町ならではの選択です。ワインや焼酎を掲げる自治体もあり、掲げるものは土地の産業をそのまま映しています。
「やらない」ほうの決まりには、どの国にも年号や神話つきの理由が用意されていました。ところが肝心のグラスを合わせる理由だけは、誰にも説明できません。理由のある動作は、その理由が消えれば一緒に消えます。あの音が何百年も残ったのは、鳴らせば場が始まる、その働きだけで十分だったからなのかもしれません。
参考
- Online Etymology Dictionary「toast」
- Treccani「cincìn」(Vocabolario Treccani)
- Index「160 éve nem koccint sörrel a magyar」(2009年)
- 京都市「京都市清酒の普及の促進に関する条例」
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