サイダーの起源と歴史 — 明治の横浜で生まれた日本独自の炭酸飲料

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「サイダー」という言葉は英語の「cider(シードル)」に由来しますが、日本のサイダーと海外のサイダーはまったく別物です。日本では甘みと炭酸のある清涼飲料水を指しますが、欧米では基本的にリンゴを発酵させたアルコール飲料を意味します。同じ名前を持ちながら中身が全然違う——この興味深いすれ違いを含め、日本のサイダーがどのように生まれたかを辿ります。

サイダーの歴史——年表

日本のサイダーが誕生し、国民的飲料として定着するまでの流れです。

時期できごと
1853年ペリー来航に伴い、アメリカから炭酸飲料(レモネードなど)が日本に持ち込まれる
1868年(明治元年)横浜の外国人居留地を中心に炭酸飲料の製造・販売が始まる
1884年大阪の「三ツ矢サイダー」の前身となる炭酸飲料が宮内省御用達として製造開始
1907年「三ツ矢サイダー」として正式に命名・発売。日本のサイダーの代名詞となる
1950年代戦後の復興期にコーラとともに炭酸飲料が普及。サイダーは国産の選択肢として人気
1970〜80年代自動販売機の普及により缶サイダーが全国で飲まれるようになる
現代地域限定サイダーや果汁入りバリエーションが増加。炭酸飲料の定番カテゴリとして定着

明治初期に外国から持ち込まれた炭酸飲料が、日本独自の「サイダー」として根付くまでに30〜40年かかりました。

発祥——明治の横浜から始まった炭酸飲料

外国人居留地と炭酸飲料の出会い

日本に炭酸飲料が伝わったのは、1853年のペリー来航が契機とされています。開国後、横浜・神戸などの外国人居留地に暮らす外国人向けに、炭酸水や炭酸入りレモネードが製造・販売されるようになりました。当初は外国人専用の飲み物でしたが、明治期に入ると日本人の商人も製造に参入し始めます。

三ツ矢サイダーの誕生(1884〜1907年)

日本のサイダーの歴史を語るうえで欠かせないのが「三ツ矢サイダー」です。1884年、兵庫県川西市の平野鉱泉(現在の三ツ矢の源泉地)で湧き出る天然炭酸水を使った飲料が、宮内省御用達として製造が始まりました。その後、1907年に「三ツ矢サイダー」として正式に商標登録・発売され、現在に至るロングセラー商品となっています。

「サイダー」という名称は、英語の「cider」をカタカナ化したものです。当初は炭酸入りのリンゴ風味飲料を指す言葉として使われていましたが、やがて甘みのある炭酸清涼飲料水全般を「サイダー」と呼ぶようになりました。この用法は日本独自のもので、欧米のciderとは異なります。

日本のサイダーと世界の「cider」の違い

同じ言葉でも、日本と欧米では中身がまったく別物です。

地域「サイダー/cider」の意味アルコール
日本甘みのある炭酸清涼飲料水(リンゴ風味のものも、レモン風味のものも含む)なし
イギリス・アイルランドリンゴを発酵させたアルコール飲料(ビールと並ぶ定番)あり(約4〜8%)
アメリカ非発酵のリンゴジュースを「sweet cider」、発酵させたものを「hard cider」と区別hard ciderはあり
フランス「シードル(cidre)」としてリンゴ発酵酒が定着あり(約3〜5%)

日本に炭酸飲料が伝わった明治期、英語の「cider」が「甘い炭酸飲料」の総称として定着したことで、現在の「サイダー」という語義が生まれたと考えられています。

ラムネ飲料のイラスト

豆知識——サイダーにまつわる話

ラムネとサイダーの違いは?

よく混同される「ラムネ」と「サイダー」ですが、厳密には別物です。ラムネはビー玉で栓をするガラス瓶の容器が特徴で、名前はレモネード(lemonade)が訛ったものとされています。明治期に外国から入ってきた点は同じですが、瓶の形状と栓の違いで区別されてきました。現在の飲料としての味や成分はほとんど同じで、容器の違いが名称を分けていると言っても過言ではありません。

地域限定サイダーの増加

2000年代以降、日本各地でご当地サイダーが次々と登場しています。りんご・みかん・ぶどうといった地域の特産果実を使ったものから、温泉地や名所にちなんだ変わり種まで、全国で数百種類に上るとされてきました。シンプルな甘炭酸飲料だったサイダーが、地域の土産品・観光消費品として新たな価値を持つようになったのは、明治期の発明者が予想しなかった展開でしょう。

外国から伝わった炭酸飲料が「サイダー」という日本固有の名前と意味を獲得し、ラムネと棲み分けながら定着してきた歴史——その始まりは、明治の横浜で外国人向けに作られた一本の炭酸水でした。