焼き鳥の起源と歴史 — 江戸の雀焼きから鶏の串焼きへ

身近な食文化
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焼き鳥は鶏肉を串に刺して焼く料理ですが、その歴史をたどると「鳥」は必ずしも鶏だけではありませんでした。かつては雀やひばりなども焼いて食べていた時代があり、明治時代の屋台文化の中で現在の「鶏肉の串焼き」としての焼き鳥が定着していきます。

焼き鳥の歴史——年表

焼き鳥がどのような形で生まれ、現代の居酒屋メニューになったかを追います。

時期できごと
奈良〜平安時代野鳥(雀・ひばり・キジなど)を串に刺して焼く食べ方が存在。宮廷料理にも鳥料理の記録がある
江戸時代「焼き鳥」の名称が文献に登場。江戸では雀の串焼きが屋台で売られていた記録が残る
明治時代廃鳥令(闘鶏禁止)と文明開化により鶏肉が普及。鶏を使った串焼きが「焼き鳥」の主流になる
大正〜昭和初期鶏肉の大量生産が始まり価格が下落。屋台・大衆食堂で焼き鳥が広まる
戦後〜高度成長期闇市・赤ちょうちんの居酒屋文化とともに焼き鳥が定番メニューになる
現代専門店チェーン・コンビニ・冷凍食品として全国で日常的に食べられる

「焼き鳥」という言葉自体は江戸時代からあったものの、現在の「鶏の串焼き」スタイルは明治以降に確立したものです。

発祥——江戸の雀から明治の鶏へ

江戸時代の「焼き鳥」は雀だった

江戸時代の焼き鳥は、現在とはまったく異なる食べ物でした。当時の記録や浮世絵には、雀・ひばり・鴨などの野鳥を串に刺して焼いて売る屋台の様子が描かれています。雀の串焼きは「すずめ焼き」とも呼ばれ、江戸の庶民に親しまれていました。鶏を食べる習慣は存在しましたが、宗教的な理由(仏教の肉食忌避)もあって広くは普及しておらず、野鳥が中心でした。

明治の文明開化で鶏肉が主役に

明治維新後、政府が西洋式の食文化を奨励したことで肉食のタブーが薄れ、鶏肉の流通が広がっていったのです。また明治5年(1872年)に闘鶏が禁止されたことで、闘鶏用に飼育されていた鶏が食用に回り、鶏肉の供給量が増えたとも言われています。こうした背景から「鶏の串焼き」が「焼き鳥」の主流となり、大正・昭和と引き継がれていきました。

焼き鳥の部位と種類

現代の焼き鳥は鶏の様々な部位を使います。代表的なものを整理しました。

部位・種類特徴
もも脂のりが良く、ジューシー。最も一般的な定番
ねぎまもも肉と長ねぎを交互に刺す。江戸時代から続く古典的な組み合わせ
つくね鶏のひき肉を練って成形したもの。たれとの相性が良い
レバー鶏の肝臓。鉄分が豊富で独特の風味がある
かわ皮の部分。パリッとした食感が特徴
砂肝(砂ずり)鶏の砂嚢(さのう)。コリコリした食感

部位ごとに食感・風味が異なるため、いくつかの種類を組み合わせて楽しむのが焼き鳥の醍醐味のひとつです。

焼き鳥つくねのイラスト

豆知識——焼き鳥にまつわる話

「塩」か「たれ」か——味のルーツ

焼き鳥の味付けは「塩」と「たれ」の2種類が基本です。たれは醤油・みりん・砂糖・酒をベースに各店が独自の配合で作ります。一般に「素材本来の味を楽しむ派は塩、たれの甘辛さが好きな派はたれ」と言われますが、部位によって向き不向きがあるのです。レバーや砂肝などクセのある部位は塩で食べると雑味が目立つためたれが合うとされ、もも・むね肉は塩でもたれでも美味しく食べられます。

「焼き鳥」と「やきとん」の違い

居酒屋で見かける「やきとん」は豚の内臓(モツ)を串に刺して焼いたもので、厳密には焼き鳥ではありません。しかし「焼き鳥屋」の看板を掲げながらやきとんも出す店は多く、関東では特にこの2種が並んで提供される文化が根付いています。「焼き鳥」の「鳥」が必ずしも鶏を意味しない時代があったのと同様に、現代の焼き鳥屋も「鳥以外」を扱う懐の深さがあります。

雀の串焼きから始まった日本の焼き鳥文化は、鶏肉の普及とともに現代の形に落ち着きました。屋台の煙から居酒屋のカウンターへ、炭火の香りと「塩かたれか」の問いかけは、江戸時代から変わらず続いています。