カレーライスの起源と歴史——インドからイギリス経由で「日本食」になるまで

身近な食文化
スポンサーリンク
スポンサーリンク

カレーライスは日本で最も愛される料理のひとつですが、インドのカレーとは別物の「日本食」です。イギリス海軍を経由して明治時代に日本へ渡り、学校給食や軍隊食として広まった独自の歴史があります。

カレーライスの歴史——年表

インドから日本にたどり着くまでの長い旅路を整理しました。

時期できごと
17〜18世紀インドを植民地化したイギリスがカレーを本国に持ち帰る。「カリー粉(カレー粉)」が商品化される
1872年(明治5年)仮名垣魯文(かながきろぶん)の『西洋料理通』にカレーが「コルマ」として登場。日本初のカレーレシピとされる
1880年代イギリス海軍をモデルにした日本海軍がカレーを採用。栄養価と保存性から兵食に普及
1905年(明治38年)大阪・難波の「自由軒」がカレーライス(飯にカレーをかけたもの)を提供。「カレーライス」という形式が広まる
1950〜60年代即席カレー(グリコ、ハウスなど)が発売。家庭料理として一般化
1968年(昭和43年)ハウス食品の「バーモントカレー」が発売。リンゴと蜂蜜入りの甘口が大ヒット
現代スパイスカレー・スープカレー・カレーうどんなど多様化。インドカレーとは別ジャンルとして共存

インドを出発したカレーが、イギリスを経由して日本に着くまでに200年以上かかっています。

発祥——イギリス経由で日本に渡ったカレー

インドからイギリス、そして日本へ

日本のカレーの直接の起源はインドではなく、イギリスです。17〜18世紀にインドを植民地支配したイギリスが現地の香辛料料理を持ち帰り、C&Bなどがカレー粉(ミックススパイス)を商品化しました。このイギリス式カレーが明治時代の日本に「西洋料理」として伝わり、のちに日本独自の料理へ発展していきます。

日本海軍は栄養バランスと食材の長期保存という観点からカレーを採用し、艦内食として普及させました。軍隊から社会全体へ広がるルートは、カレーに限らず明治時代の食文化普及の典型的なパターンです。現在も海上自衛隊では金曜日に「カレーの日」を設ける伝統が各艦艇に残っています。

「カレーライス」として完成した日本独自の形

日本でカレーがごはんにかけて食べる「カレーライス」として定着したのは明治後期から大正にかけてです。インドでは主にナンや薄焼きパン(チャパティ)と食べるカレーを、日本人はごはんと組み合わせました。小麦粉でとろみをつけて甘みを加える日本式の調理法も、この時期に確立されています。

1950〜60年代に固形ルウが登場し、家庭で誰でも手軽に作れる料理になりました。1968年発売の「バーモントカレー」はリンゴと蜂蜜を加えた甘口で子どもにも人気を博し、「日本のカレー=甘口・とろみあり」というスタイルを定着させたのです。

インドのカレーと日本のカレーの違い

同じ「カレー」と呼ばれながら、インドと日本では料理の性格がまったく異なります。

項目日本のカレーライスインドのカレー
とろみ小麦粉・ルウでつける。粘度が高いスパイス・ヨーグルト・ピューレで仕上げる。さらっとしたものが多い
スパイス市販ルウにブレンド済み。単体スパイスはほぼ使わないクミン・コリアンダー・ターメリックなど複数を組み合わせる
甘みリンゴ・蜂蜜・チャツネなどで甘みを加える基本的に甘みはなし。辛みと香りが主体
主食白ごはん(ライス)が基本ナン・チャパティ・バスマティライスなど地域により多様

日本のカレーはインド料理の「子孫」ではなく、イギリス経由で変容した独自の料理です。

インド人のカレー屋さんのイラスト

豆知識——カレーライスにまつわる話

海上自衛隊の「金曜カレー」伝統

海上自衛隊の艦艇では、金曜日にカレーを食べる伝統があります。長期間の航海中に曜日感覚を失わないよう「金曜日=カレーの日」と定めたのが始まりとされています。各艦艇が独自のカレーレシピを持ち、「日本一のカレー」を競い合う文化も生まれました。明治時代の軍隊食として採用されたカレーが、100年以上を経て文化として根付いている例のひとつです。

カレーは「和食」か「洋食」か

文化庁の「100年フード」認定や農林水産省の統計では、カレーライスは和食に準じる日本の食文化として扱われることがあります。インド料理でも洋食でもなく、「日本食」として独自の地位を確立しているわけです。カレーうどん・カレーパン・スープカレーなど、日本でしか生まれなかった派生料理が多数存在することも、日本化の深さを物語っています。

インドのスパイス料理がイギリスを経由し、明治維新後の日本で「カレーライス」に変わった。料理が国境を越えるたびに別の何かへと変容していく——その鮮やかな実例のひとつです。