グラタンの起源と歴史——「おこげ」を意味する言葉がドリアを生むまで

身近な食文化
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グラタンはフランス発祥のオーブン料理で、表面に焼き色をつけて作ります。日本ではホワイトソースとマカロニを組み合わせた「マカロニグラタン」が定番ですが、フランス語の「グラタン」はもともと調理法を指す言葉で、料理名ではありませんでした。

グラタンの歴史——年表

グラタンがフランスで生まれ、日本に定着するまでの流れを整理しました。

時期できごと
中世〜近世フランス南東部ドフィネ地方で、鍋にこびりついた「おこげ」を活かす調理が生まれる。「gratin(グラタン)」の語源に
17〜18世紀ベシャメルソース(ホワイトソース)の確立とともに、現在のグラタンの原型ができる
明治〜大正西洋料理として日本のホテル・洋食屋に伝わる。高級料理として提供される
昭和初期マカロニを使った「マカロニグラタン」が日本で定着。洋食の定番メニューに
1960〜70年代家庭用オーブン・グラタン皿の普及で家庭料理化。ホワイトソースの缶詰・素も登場
現代ドリア・ラザニアなど派生メニューも定着。冷凍グラタンやコンビニ惣菜としても普及

「焦げ目をつける調理法」を指す言葉が、日本では一つの料理ジャンルの名前として定着していった経緯を見ていきます。

発祥——「おこげ」から生まれたフランス料理

「グラタン」は調理法を指す言葉

「グラタン(gratin)」はフランス語で「すりおろす」「削り取る」を意味する動詞「gratter(グラテ)」に由来します。もともとは料理を煮込んだ鍋の底にできる「おこげ」や、表面の香ばしい焼き色そのものを指す言葉でした。つまりグラタンとは特定のレシピではなく、「表面に焼き色をつける調理法」全般を意味していたのです。

フランス南東部のドフィネ地方には、じゃがいもと生クリームを重ねて焼く「グラタン・ドフィノワ」という郷土料理があります。ホワイトソースを使わないこの料理も立派なグラタンで、フランスでは野菜・魚・肉などさまざまな素材がグラタンになります。

日本で「マカロニグラタン」が定番化

日本にグラタンが伝わったのは明治以降の洋食ブームの中でした。当初はホテルや洋食屋で出される高級料理でしたが、昭和に入ると、ベシャメルソース(ホワイトソース)にマカロニ・鶏肉・えびなどを加えてチーズをかけて焼く「マカロニグラタン」が日本の定番として定着します。「グラタン=ホワイトソースの料理」というイメージは、この日本独自の解釈から生まれたものです。

1960〜70年代には家庭用オーブンやオーブントースター、グラタン皿が普及し、家庭でも作られるようになりました。ホワイトソースの缶詰や「グラタンの素」が発売されたことも、家庭料理としての定着を後押ししたのです。

グラタン・ドリア・ラザニアの違い

よく混同される3つの「オーブン焼き料理」の違いを整理します。

料理ベースとなる主材料特徴
グラタンマカロニ・具材+ホワイトソース表面に焼き色をつけたオーブン料理全般
ドリアごはん+ホワイトソース日本生まれ。横浜のホテルで考案された「ライスグラタン」
ラザニア板状パスタ+ミートソース・ホワイトソースイタリア発祥。層状に重ねて焼く

ドリアが日本生まれである点は意外と知られていませんが、これも「グラタンの応用」として日本で独自に発展した料理です。

甲羅入りのカニグラタンのイラスト

豆知識——グラタンにまつわる話

ドリアは横浜生まれの「日本発グラタン」

ごはんにホワイトソースをかけて焼く「ドリア」は、横浜の「ホテルニューグランド」で誕生した日本生まれの料理です。同ホテルの初代料理長スイス人のサリー・ワイル氏が、体調を崩した宿泊客のために即興で作ったのが始まりとされています。フランス・イタリアにも「ライスのグラタン」はありますが、現在の日本のドリアの形を確立したのは横浜のこのホテルでした。

グラタン皿の「耳」の役割

グラタン皿の両側についている小さな「耳(取っ手)」には、ちゃんと意味があります。オーブンで高温に熱した皿を、ミトンを使って安全に取り出すための持ち手なのです。熱伝導を考えてあえて小ぶりに作られており、見た目のかわいらしさだけでなく、安全に配膳するための実用的な工夫が込められています。

「おこげ」を意味するフランス語から始まったグラタンは、日本でホワイトソースと出会い、さらにドリアという独自の料理まで生み出しました。一枚の焼き色から広がった食文化の奥行きは、思いのほか深いものです。