ハトが首を振るのは、歩いているあいだも景色をぶれずに見るためです。首を振っているように見えて、実際は頭を空中の一点にしばらく止め、体だけを先に進めています。体が追いつくと、頭を素早く前へ送り出す。この繰り返しが「ヘコヘコ」の正体です。証拠になったのがルームランナーの実験で、景色が流れない場所ではハトは首を振らずに歩きました。
ハトの頭は歩くあいだ空中で止まっている

頭を止める時間と送り出す時間
ハトの首の動きは二つの局面に分かれます。ひとつは頭を地面に対して同じ位置に止めたまま体だけが前へ進む「ホールド(保持)」。もうひとつは止めていた頭を素早く前へ突き出す「スラスト(突き出し)」です。歩く一歩ごとにこの組が一回あり、左右の足で一周するあいだに頭は2回前へ出ます。
後ろへ引く動きは目の錯覚
私たちには、ハトが首を前に出したり後ろに引いたりしているように見えます。ところが後ろへ引く動きは見かけだけでした。1930年にアメリカの研究者ダンラップとモウラーが、この局面では頭が地面に対して動いておらず、体のほうが前へ進んでいるだけだと報告しています。体を基準に見るから「引いている」と映るわけです。
止まっているあいだも、わずかに前へ
厳密に言うと、頭は完全には止まっていません。高速度撮影で測ると、止めている局面でも頭は毎秒3ミリほど前へずれていました。突き出すときの毎秒500〜800ミリと比べれば、ほとんど止まっているに等しい速さです。このわずかなずれが「景色がずれてきた」という合図になり、次に頭を送り出すきっかけになると考えられています。
なぜ頭を止める必要があるのか?

景色を一瞬止めて、ものを見分ける
頭を止めている間は、目に映る景色も網膜の上で止まります。カメラを固定して撮ればぶれないのと同じ理屈です。像が止まっている時間が長いほど、落ちている種や動く虫を見つけやすくなるとされています。人も歩きながら看板の文字を読むとき、目だけを動かして文字に視線を留めています。ハトはそれを頭ごとやっているのです。
横向きの目には景色が速く流れる
ハトの目は顔の左右についていて、主に横を見ています。前へ進むと、真横の景色はいちばん速く後ろへ流れていきます。電車の窓から見る線路わきの柵が、遠くの山よりずっと速く過ぎていくのと同じです。反対に、フクロウやタカのように目が前を向いた鳥は首を振りません。正面の景色は進んでもあまり流れないからだと説明されています。
目より首を動かすほうが得意
ハトも目をまったく動かせないわけではありません。ただ眼球が頭の大きさに比べて大きく、人ほど自由には動かせないとされています。そのかわり首は長くよく曲がり、首の骨の数はヒトの倍近く。目で追うより頭ごと止めるほうが、ハトの体には合っていたと考えられます。
ルームランナーに乗せると首を振らない

1978年、カナダの大学での実験
首振りが目のための動きだと確かめたのが、カナダのクイーンズ大学心理学科のバリー・フロストです。1978年に発表した論文で、ハトをルームランナー(トレッドミル)の上で歩かせました。足は普段どおり動いているのに、体はその場から進みません。まわりの景色が流れないこの状態では、ハトは首を振らずに歩いたのです。
歩かずに運ばれても首を振る
逆の組み合わせも試されています。人がハトを手に持って前へ運ぶと、足は動かしていないのにハトは頭を止めては送り出す動きを見せました。同じことは1930年にニワトリでも確かめられていました。景色が流れれば首を振り、流れなければ振らない。足を動かしているかどうかは関係がなかったわけです。
引き金は足でも体の揺れでもなく目
1975年には別の研究者フリードマンが、足が動いても景色が止まっていれば首を振らないことと、体が揺れても景色が止まっていれば振らないことを示しました。目隠しをした鳥は、歩いても首を振りません。首振りは歩行のついでに起きる揺れではなく、目に入る景色の流れに反応した動きだと言えます。
頭を送り出す一瞬に何が見えている?

頭の速さは時速30キロに届くことも
頭を突き出すスラストは一瞬の出来事です。測定から計算すると、そのときの頭の速さは時速30キロほどに達することがあるとされています。ハトが飛ぶ速さは平均で時速70キロ前後です。地面を歩いているのに、頭だけは飛んでいるときに近い速さで景色の中を進んでいることになります。
素早く動くと奥行きがつかめるという説
ハトの左右の目は見える範囲の重なりが小さく、両目で距離を測るのは得意ではありません。そこで役立つとされるのが、動いたときに近くの物ほど大きくずれて見える「運動視差」です。頭を素早く動かせばずれも大きくなり、奥行きをつかみやすくなるという考え方があります。ただし歩くハトでこれを確かめた実験はまだ無く、仮説の段階です。
※ 運動視差(うんどうしさ)とは、見る人が動いたときに近くの物は大きく、遠くの物は小さくずれて見える現象のことです。脳はこのずれの差から距離を読み取ります。
頭を送るあいだも見えている
人の目は視線を素早く動かす瞬間に見え方が弱まります。ではハトは頭を送り出す間、何も見ていないのでしょうか。歩くハトの視線の跳びは約23ミリ秒で、頭を突き出す時間の100〜150ミリ秒よりずっと短いと測られています。実際に75ミリ秒だけ図形を見せる実験でも、ハトは首振りのどの瞬間でも図形を見分けられました。
体のバランスにも少し役立っている

重心を支えの足の上へ運ぶ
首振りには目のほかにも役割があると考えられています。歩くハトの体の動きを調べた2002年の研究では、頭を突き出すと体の重心が前へ移り、ちょうど地面についている足の上に乗ってきました。頭を引いた形になる局面では、重心はまた後ろへ戻ります。頭の重さで、重心を足の動きに合わせて運んでいるわけです。
首を振らなくても転ばない
とはいえ、重心への効き目は小さいとされています。ルームランナーの上のハトや目隠しをしたハトは首を振りませんが、ふらつかずに歩けました。首振りはバランスの手助けにはなるものの、なくても歩ける程度の役割です。主な目的はやはり見ることのほうだと考えられています。
ひなは生まれて1日で首を振り始める
ニワトリのひなを調べた1960年の研究では、首振りと足の動きをそろえる動きは、ふ化から24時間以内に現れました。生まれてから14日間を暗い部屋で過ごしたひなも、同じようにそろえて歩きます。練習して覚えるのではなく、生まれつき体に備わったしくみだと考えられています。
首を振る鳥と振らない鳥はどう分かれる?

ハト・ニワトリ・サギ・ツルは振る
歩くときに首を振るのはハトだけではありません。322種を調べた研究もあり、同じ科や目(もく)の鳥はたいてい同じふるまいをすることが分かっています。主なグループを並べると次のとおりです。
| 歩き方 | 主な鳥のなかま |
|---|---|
| 首を振る | ハト、ニワトリ・キジ・ウズラ、サギ・コウノトリ、ツル |
| 首を振らない | カモ・ガチョウ・ハクチョウ、フラミンゴ、ペリカン、ペンギン、タカ・ワシ、フクロウ、インコ |
| 種によって違う | カモメ・チドリのなかま(キョウジョシギは振り、アジサシは振らない) |
水かきのある鳥は振らずに歩く
カモやガチョウは、地面の上で餌を食べるときも首を振りません。脚が短く左右に離れてついていて、泳ぐには向いていますが陸ではよちよち歩きになります。水かきを持つ鳥は、分類上どのなかまでも首を振らない傾向があるとされ、フラミンゴやペリカンもその例です。
歩幅が小さいと首を振らない
同じ鳥でも、歩き方しだいで首振りは出たり消えたりします。サギは小股で歩くときには首を振りません。ユリカモメは普段は振らないのに、干潟の泥の上で餌を探すときだけ歩幅が広がり、首を振り始めます。歩幅が大きいほど頭の動きも大きくなる関係が、ひなの実験でも確かめられています。
スズメは跳ねて進む
スズメのような小鳥は、歩かずに両足で跳ねて進むことがほとんどです。跳ねるたびに頭と体が素早く動いて止まるので、首振りに近い見え方になっているという見方もあるのです。カラスやカササギのように体の大きな鳥は、跳ねることも首を振って歩くこともあります。
泳ぎながら首を振る鳥もいる

オオバンは水の上でも首を振る
池でよく見かける黒い水鳥のオオバンやバンは、歩くときだけでなく泳ぐときにも首を前後に動かします。水に浮いていれば転ぶ心配はないので、バランスのためとは考えにくい動きです。水面の小さな餌を見つけるのに役立っているのではないかと考えられ、首振りが目のための動きだという見方を支えています。
アオサギは立ち止まったまま首を動かす
首の長い鳥は、足を踏み出さなくても頭を止めては送り出す動きをすることがあります。地面で餌を探すアオサギやツル、ダチョウやクジャクでも観察されている動きです。歩くことと首振りがいつも組になっているわけではないことが、この姿からもうかがえます。
速く歩くと「止める」時間が消える
ハトも急いで走るときや着地するときは、頭を止める局面がなくなります。アメリカシロヅルを調べた2005年の研究でも、歩く速さが上がるほど止める時間は短くなり、やがて消えました。じっくり餌を探すときほど、頭を止めて見る時間を長くとっているのです。
公園のハトは、首を振っているのではなく、一歩ごとに世界をいったん止めて見ています。ルームランナーの上で首振りが消えたのは、止めて見る必要のある景色の流れがなくなったからでした。せわしなく見えるあの歩き方は、落ち着いて地面を見るための工夫なのかもしれません。
参考
- Frost B.J. “The Optokinetic Basis of Head-Bobbing in the Pigeon” Journal of Experimental Biology 74, 1978
- Necker R. “Head-bobbing of walking birds” Journal of Comparative Physiology A 193, 2007
- 現代ビジネス「地味おもしろい!『鳩の歩き方』目からウロコのメカニズム」2019年
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