「カーキ」「セピア」「えんじ」——どれも色を表す言葉としてすっかり定着していますが、そのもとの意味を知っている人は多くありません。じつはカーキは「土埃(つちぼこり)」、セピアは「イカ」を指す言葉から来ています。言われてみれば不思議な、色の名前の裏側をのぞいてみましょう。
この記事では、カタカナの色名を中心に、その意外な語源をたどります。土や生き物からもらった色、戦いの起きた町の名がついた色、そして「トルコの石」なのにトルコで採れない色まで。由来のタイプごとに整理すると、色の名前が世界地図や交易の歴史とつながっていることが見えてきます。
まず、色の名前の由来・早見表

本編に入る前に、この記事で取り上げる色と、その意外な由来をまとめておきます。気になる色があれば、その見出しから読んでみてください。
| 色 | 意外な由来 |
|---|---|
| カーキ | ヒンディー語で「土埃」 |
| セピア | ギリシャ語で「コウイカ」(イカ墨の色) |
| えんじ | 西域から中国へ伝わった赤い染料 |
| マゼンタ | 1859年「マジェンタの戦い」の地名 |
| ターコイズ | 「トルコの石」だが、トルコ産ではない |
| オレンジ | 果物の名が先で、色名は後 |
土や生き物から来た色

まずは、身のまわりの自然からそのまま名前をもらった色です。色のもとになった「モノ」がわかると、その色あいにも納得がいきます。
カーキ——ヒンディー語の「土埃」
もとは土や砂ぼこりの色
カーキ(khaki)は、もともとヒンディー語で「土埃色の」を意味する言葉でした。さらにさかのぼると、ペルシャ語の「土埃」にたどりつきます。つまり、地面の土や砂ぼこりの、あのくすんだ色そのものを指していたのです。
インド駐留の英軍の軍服から
この言葉が色名として広まったのは、19世紀のこと。インドに駐留していたイギリス軍が、目立たないように軍服を土色に染めたのがきっかけです。以来カーキは、世界じゅうで「軍服のような茶系・緑系の色」を指すようになりました。緑っぽいか茶っぽいかで人によって印象が分かれるのも、土の色という曖昧さゆえかもしれません。
セピア——ギリシャ語の「コウイカ」
イカ墨からつくった顔料
セピア(sepia)の語源は、古代ギリシャ語でコウイカを意味する言葉です。あの独特の茶色は、もともとイカの墨からつくられた顔料の色でした。生き物の名前が、そのまま色の名前になった一例です。
※ 顔料(がんりょう)とは、水などに溶けない色の粉のことです。溶ける「染料」と違い、絵の具やインクのもとになります。
古い写真の、褪せた茶色
いまセピアと聞いて多くの人が思い浮かべるのは、古びた写真のあの色でしょう。昔の写真は経年で茶色く褪せ、その色あいがイカ墨の顔料に似ていたことから、「セピア色の写真」と呼ばれるようになりました。ノスタルジーを誘う言葉の裏に、じつはイカがいたわけです。
地名からもらった色

色の名前のなかには、遠い土地の名前がそのまま使われているものがあります。その地で何が起きたのかを知ると、色に歴史が刻まれているのがわかるはずです。
マゼンタ——戦いの起きた町の名
1859年「マジェンタの戦い」
プリンターのインクでおなじみのマゼンタは、じつは戦いの名前に由来します。1859年、イタリア統一をめぐる戦争のさなか、北イタリアのマジェンタという町で大きな戦闘がありました。鮮やかな赤紫色の名は、この地名から取られたのです。
同じ年に生まれた染料に命名
ちょうど同じ1859年、化学の力で鮮やかな赤紫の合成染料が発明されました。話題の戦いにあやかって、この新しい色は「マゼンタ」と名づけられます。戦場の兵士が着ていた制服の色にちなむ、とも言われています。色の名前が、その年の大ニュースを今に伝えているわけです。
えんじ——西域の紅、燕支山
紀元前に中国へ伝わった赤い染料
日本の伝統色でもある「えんじ(臙脂)」は、濃い紅色を指します。この色は、紀元前2世紀ごろ、西のほうから中国へ伝わった赤い染料に由来するとされています。カタカナの色名だけでなく、漢字の色名にも、遠い土地の記憶が宿っているのです。
紅花の産地「燕支山」にちなむ説
「えんじ」という名は、中国で紅花の一大産地だった「燕支山(えんしざん)」にちなむ、という説があります。さらにたどれば、その起源は中央アジアにある可能性も指摘されています。一つの色の名を追いかけるだけで、シルクロードの西の果てまで連れていかれるのです。
「どこそこの」が名前になった色

「その色をもたらした土地」が、そのまま色の名前になることもあります。ただし、なかには産地を取り違えたまま定着した、ちょっと気の毒な色もあるのです。
ターコイズ——「トルコの石」なのにトルコ産でない
フランス語で「トルコの石」
あざやかな青緑色のターコイズ(turquoise)は、フランス語で「トルコの石」を意味します。宝石のトルコ石と同じ名前で、その色をそのまま指すようになりました。名前だけ見れば、トルコを代表する石のようです。
本当はペルシャ産、経由地の誤解
ところが、この石の主な産地はトルコではありません。もともとはペルシャ(今のイラン)などで採れ、それがトルコを経由してヨーロッパへ運ばれました。到着した先で「トルコから来た石」と受け取られ、そのまま名前になってしまったのです。産地ではなく、通り道の名がついた色といえます。
インディゴ——「インドの」染料
インドで藍を育て、輸出した
ジーンズの色でおなじみのインディゴ(indigo)は、「インドの(染料)」という意味です。古くからインドでは藍(あい)を育て、そこから作った青い染料を各地へ輸出していました。原産地の名が、そのまま色の名になったわけです。
言葉が西へ旅した跡
「インド」を意味する古い言葉が、ギリシャ語・ラテン語・ポルトガル語を経て、いまの「インディゴ」になりました。染料そのものが東から西へ運ばれたように、名前もまた、国から国へと旅をしてきたのです。青いジーンズの色名に、壮大な交易の歴史が畳み込まれています。
海を越えてきた青と、意外なオレンジ

最後に、名前そのものが移動を物語る青と、順番が逆だったことで知られる色を紹介します。
ウルトラマリン——「海の向こう」の青
ラピスラズリはアフガニスタン産
深く鮮やかな青、ウルトラマリン。この色のもとになったのは、ラピスラズリという青い石を砕いた顔料でした。当時、ヨーロッパの近くではこの石が採れず、はるか遠いアフガニスタンが主な産地だったのです。
地中海を越えて運ばれた高価な青
「ウルトラマリン」とは、ラテン語で「海を越えて」という意味です。この「海」とは地中海を指します。遠い産地から海を越えて運ばれた、たいへん貴重な青だったことが、名前にそのまま残っているのです。金と同じくらい高価とされ、名画の聖母マリアの衣などに使われました。
オレンジ——果物が先、色は後
サンスクリット「ナーランガ」から
だれもが知るオレンジ色ですが、その名のたどってきた道もなかなか壮大です。もとをたどると、果物のオレンジを指すサンスクリット語「ナーランガ」に行きつきます。それがペルシャ語やアラビア語、イタリア語などを経て、いまの「オレンジ」になりました。
「色の名前」としては新参者
面白いのは、その順番です。「オレンジ」はまず果物の名前として広まり、そのあとで「あの果物のような色」という色名になりました。色が先にあって果物が名づけられたのではなく、その逆だったのです。英語圏では、この果物が伝わる前、オレンジ色は「黄赤色」のように呼ばれていたそうです。
色の名前は、世界の記憶

こうして並べてみると、色の名前がいかに旅をしてきたかがわかります。その背景には、染料や顔料が貴重な「宝」だった時代があります。
名前に、土地と交易が刻まれる
染料や顔料は貴重な交易品だった
写真も絵の具も自由になかった時代、美しい色を出す染料や顔料は、金銀と並ぶ貴重品でした。だからこそ、どこから来て何から採れたのかが、そのまま名前として大切に記録されたのです。色名は、いわば交易の伝票のようなものだったといえます。
色名は、その通り道の記録
土・イカ・戦場、そして遠い海の向こう。一つひとつの色名は、それが人の手に届くまでにたどった道のりを、短い言葉に閉じ込めています。色の名前は、世界がやりとりした記憶の断片なのです。
身近な色にも、物語がある
赤・青など和語の色は別系統
いっぽうで、日本語に古くからある「赤・青・白・黒」の四つは、少し事情が異なります。これらはモノの名ではなく、「明るい」「漠然とした」といった感覚を表す言葉が起源とされ、外来のカタカナ色名とは成り立ちがまるで違うのです。同じ「色の名前」でも、たどってきた道は一つではありません。
カタカナの色名の多くは外来
ふだん何気なく使うカタカナの色名の多くは、こうして海外から言葉ごと入ってきたものです。次に「セピア」や「ターコイズ」と口にするとき、その一言の向こうに、イカやトルコやシルクロードが控えている。見なれた色の名前は、世界を旅してきた小さな言葉の標本なのです。


