単純温泉は何が単純なのか、下呂も道後もこの泉質

露天風呂に入る2匹のサルのイラストと「単純温泉」の文字 暮らしの知恵
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単純温泉の「単純」は、湯1kgに溶けている成分の合計が1000mg(1g)に届かないという意味です。濃さでいえば確かに薄い側ですが、中身が乏しいわけでも、効き目が弱いと決められているわけでもありません。下呂温泉も道後温泉もこの泉質で、環境省の調査では国内の温泉施設でいちばん多い泉質でした。名前の由来と、まぎらわしい「単純○○泉」まで順に見ていきます。

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「単純」が指すのは溶けた成分の合計量

ビーカーに入った液体

湯1kgに1000mg未満という線引き

環境省の「鉱泉分析法指針(平成26年改訂)」は、溶存物質(ガス性のものを除く)が1kgあたり1000mgに満たず、泉温が25℃以上のものを単純温泉と定めています。ナトリウムもカルシウムも炭酸水素イオンも、全部を足して1gに届かない。決め手はこの合計の数字だけです。

1gといえば、ひとつまみの塩より少ない量です。それが1リットルほどの湯に散らばっているのですから、口に含んでも味はほとんど分かりません。

1gを超えると主な成分の名前で呼ばれる

合計が1gを超えた湯は「塩類泉」と呼ばれ、いちばん多い陰イオンの名前で泉質が決まります。塩化物イオンが主役なら塩化物泉、炭酸水素イオンなら炭酸水素塩泉、硫酸イオンなら硫酸塩泉という具合です。単純温泉は、この「主役の名前」で呼べるほど濃くない湯をまとめた枠だといえます。

成分の種類が少ないという意味ではない

物差しが「合計量」の一本だけなので、単純温泉どうしでも溶けている成分の顔ぶれはまちまちです。ナトリウムが多めの湯もあれば、カルシウムが目立つ湯もあります。「単純」は成分の種類が一つという意味ではなく、どの成分も主役になるほど濃くない、という状態を指しています。

温泉・療養泉・単純温泉は三段の絞り込み

露天風呂の湯船

温泉法の「温泉」は25℃か19の物質

いちばん広い枠は、1948年(昭和23年)の温泉法が定める「温泉」です。地中から湧く水やガスのうち、湧出時に25℃以上あるか、溶存物質・リチウムイオン・ラドンなど19項目のどれか一つを決まった量以上含んでいれば温泉になります。冷たい湧き水でも、成分の条件を満たせば法律上は温泉です。

泉質名が付くのは療養泉だけ

その中で、特に治療の目的に使えるものが「療養泉」です。条件は25℃以上か、溶存物質・遊離二酸化炭素・総鉄イオンなど7項目のどれかを基準以上含むこと。温泉分析書に「単純温泉」「塩化物泉」といった泉質名が書けるのは療養泉だけで、療養泉に当たらない温泉には泉質名が付きません。

単純温泉は療養泉の一つ

単純温泉は、この療養泉の中で濃さの線より薄い側に入る湯です。三つの枠を並べると、条件がどう狭まっていくかが見えてきます。

枠条件名乗れるもの
温泉(温泉法)25℃以上、または19項目のどれかが基準以上「温泉」
療養泉25℃以上、または7項目のどれかが基準以上泉質名
単純温泉療養泉のうち、溶存物質が1kgあたり1000mg未満で25℃以上「単純温泉」

なぜ25℃が条件に入るのか?

木の板に付いた赤い温度計のイラスト

薄い湯を療養泉にしているのは温度

溶存物質が1g未満の湯は、成分の量では療養泉の基準に届きません。それでも療養泉の仲間に入れるのは、25℃以上という温度の条件を満たしているからです。単純温泉は、成分ではなく温かさで療養泉の線を越えている湯だといえます。

名前の後半が「温泉」なのも、この温度の条件と対になっています。では、同じ薄さで25℃に届かない湯は何と呼ばれるのか。

冷たい湯は「単純冷鉱泉」

薄くて25℃未満でも、二酸化炭素・鉄・硫黄・ラドンなどの特殊な成分を基準以上含んでいれば療養泉になります。こちらは「単純冷鉱泉」と呼ばれ、単純硫黄冷鉱泉・単純放射能冷鉱泉のように成分の名前が入ります。薄くて冷たく、特殊な成分も無い湯は、療養泉には入りません。

アルカリ性単純温泉はpH8.5が分かれ目

温泉に入る女性

湧き出た場所で測ったpHで決まる

同じ指針は、湧出地で測ったpHが8.5以上の単純温泉を「アルカリ性単純温泉」と呼ぶと定めています。pHは酸性かアルカリ性かを表す目盛りで、7が中性です。湯は空気に触れると性質が少しずつ変わるため、使うのは浴槽ではなく湧き出た場所で測った値です。

肌がぬるぬるする感触

アルカリ性の湯に入ると、肌がとろりとぬめる感触があります。アルカリが肌の表面の皮脂や古い角質にはたらき、石けんで洗ったときに近い状態になるためだとされています。湯上がりに肌がすべすべに感じられることから、「美肌の湯」「美人の湯」と呼ばれる温泉地も少なくありません。

薄くても肌ざわりは変わる

成分の合計は1g未満なのに、入ればはっきり違いが分かる。この体感は成分の量ではなく、pHという水の性質から来ています。「濃い湯ほど体に効く」という見方が単純温泉に当てはまらないのは、物差しが一本ではないからです。

下呂も道後もアルカリ性単純温泉

道後温泉本館の建物のイラスト

日本三名泉に数えられる下呂温泉

岐阜県の下呂温泉は、草津・有馬と並んで「日本三名泉」の一つに数えられる温泉地です。泉質はアルカリ性単純温泉で、なめらかな肌ざわりの湯として知られています。名湯の代表格が「薄い」側の泉質だというのは、少し意外に感じられるかもしれません。

道後温泉は18本の源泉をブレンド

愛媛県松山市の道後温泉も、公式サイトで泉質をアルカリ性単純泉と紹介しています。18本の源泉は20℃から55℃までと温度に幅があり、それらを混ぜ合わせて42℃ほどにしているそうです。加温も加水もしない源泉かけ流しで、刺激が少なく湯治や美容に向く湯とされています。

道後温泉は日本最古といわれる温泉の一つで、596年に聖徳太子が訪れたという記録も伝わります。千年以上も人を集めてきた湯が、分類の上では「単純」なのです。

日本でいちばん多い泉質はどれ?

緑色の日本地図のイラスト

2004年の調査では約3割が単純温泉

環境省が2004年(平成16年)にまとめた温泉利用施設の調査では、回答のあった12,122施設のうち4,095施設、約32%が主な泉質に単純温泉を挙げました。次が塩化物泉の約27%で、硫酸塩泉と炭酸水素塩泉がそれぞれ約1割。複数の泉質を答えた施設もあるため合計は100%になりませんが、単純温泉が最多という順位ははっきりしています。

ありふれているのは湧く場所が多いから

定義を思い出すと、単純温泉は成分を多く溶かし込む特別な条件が無くても、地下で25℃以上に温められた水が湧けば成り立つ泉質です。数が多いので「普通の湯」と見られがちですが、それだけ多くの土地で身近に浸かれる湯だということでもあります。

効能の表示は国の基準で決まる

温泉に入る高齢の男性

単純温泉の適応症は不眠症など3つ

温泉施設に掲げる適応症は、環境省が2014年(平成26年)に定めた掲示の基準に沿って書かれます。この基準で単純温泉に挙げられている泉質別の適応症は、自律神経不安定症・不眠症・うつ状態の3つです。どれも心身を休めることに関わる症状ばかりです。

療養泉に共通の適応症も並ぶ

泉質別の適応症とは別に、すべての療養泉に共通する「一般的適応症」もあります。筋肉や関節の慢性的な痛み・冷え性・胃腸の働きの低下・病後の回復期などが挙げられています。単純温泉だから効能の欄が短い、ということにはなりません。

効き目は成分だけでは決まらない

同じ基準によれば、温泉の効用は成分・温熱・温泉地の地勢や気候・生活リズムの変化などが重なった「総合作用」によるもの。成分だけで各温泉の効用を確定するのは難しい、とも書かれています。十分な効用を得るには2〜3週間の療養が適当で、医師の指導のもとで行うのが望ましいというのが基準の立場です。

「単純硫黄温泉」はどちらの仲間?

木の風呂桶

分析の上では単純温泉の細分

温泉分析書には、単純温泉のほかにも「単純」の付く泉質名が出てきます。指針は、溶存物質が1g未満で25℃以上の湯のうち硫黄・鉄・ラドンなどの特殊成分を基準以上含むものを「特殊成分を含む単純温泉」とし、単純硫黄温泉・単純鉄温泉・単純放射能温泉などに分けています。名前のとおり、分析の上では単純温泉の一種です。

効能の掲示では硫黄泉に入る

ところが、適応症を掲げるときの「掲示用泉質」では扱いが変わります。環境省の新旧泉質名対照表では、単純硫黄泉は硫黄泉の欄に並び、単純弱放射能泉は放射能泉の欄に入っています。掲示される適応症も、単純温泉ではなく硫黄泉や放射能泉のものになるわけです。

呼び名分析上の位置掲示用泉質
単純温泉単純温泉単純温泉
アルカリ性単純温泉単純温泉(pH8.5以上)単純温泉
単純硫黄温泉特殊成分を含む単純温泉硫黄泉
単純放射能温泉特殊成分を含む単純温泉放射能泉

掲示用の泉質は10種類

掲示用泉質は、単純温泉・二酸化炭素泉・炭酸水素塩泉・塩化物泉・含よう素泉・硫酸塩泉・含鉄泉・硫黄泉・酸性泉・放射能泉の10種類です。2014年の改訂で、それまで食塩泉(いまの塩化物泉)に含まれていたヨウ素を含む湯が「含よう素泉」として独立しました。10種類のうち、成分の名前を持たないのは単純温泉だけです。

茶色いモール泉は単純温泉とは限らない

紅茶のような茶褐色の飲み物

色の正体は植物から来た有機物

北海道の十勝川温泉には、紅茶のような褐色の「モール泉」が湧いています。川辺に生えていた葦などの植物が長い時間をかけて積もり、亜炭(あたん)の層になりました。その層を通って湧く湯が、植物由来の有機物を多く含んで色づいているのです。

十勝川のモール泉は塩化物・炭酸水素塩泉

色の濃さから単純温泉と思われがちですが、十勝川温泉の泉質はナトリウム塩化物・炭酸水素塩泉と紹介されています。溶存物質が1gを超える塩類泉で、単純温泉ではありません。十勝川温泉は2004年(平成16年)に北海道遺産に選ばれています。

モール泉は泉質名ではなく通称

「モール泉」は湯の色と成り立ちを表す呼び名で、指針の泉質名には出てきません。泉質は色ではなく溶けた成分の量と種類で決まるので、同じ褐色の湯でも単純温泉のこともあれば塩類泉のこともあります。見た目の地味さで単純温泉を見分けられないのと同じく、見た目の派手さでも泉質は決められないのです。

単純温泉の「単純」は、成分表の合計が1gに届かないという一つの数字を表しているだけです。湯ごとに成分の顔ぶれは違い、pHしだいで肌ざわりも変わり、名湯と呼ばれる温泉地にもこの泉質が並びます。いちばんありふれた泉質の名前は、湯の中身を語るには少しばかり単純すぎるのかもしれません。

参考

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