日本で最初に水道の水が出てきた口は、蛇でも龍でもなくライオンでした。1887年(明治20年)に横浜で近代水道が始まったとき、道端に立てられた水栓の吐水口はイギリス製の獅子の頭だったのです。
それが国産に切り替わると、獅子は龍に替わりました。そして今、その金具を私たちは「蛇口」と呼んでいます。ライオンでも龍でもなく、蛇。この一文字がどこから来たのかは、実のところ決着していません。
名前だけが乗り換えていった順番

この話のややこしさは、現物の形と呼び名が別々のタイミングで変わっていったところにあります。まず、その二つを時代順に並べてみましょう。
| 時期 | 水の出口の形 | その頃の呼び名 |
|---|---|---|
| 1887年(明治20年) | イギリスから輸入した獅子(ライオン)の頭 | 獅子頭共用栓 |
| 1898年(明治31年) | 国産になり龍の頭へ | 蛇体鉄柱式共用栓/龍の口・龍頭 |
| 明治後期 | 家庭や工場の小さな栓が増える | 「蛇口」という語が現れる |
| 1919年(大正8年) | 屋内の水道栓 | 小説の地の文に「蛇口」が登場 |
| 現在 | 龍も蛇も付いていない金具 | 蛇口/水栓/カラン |
形のほうは獅子から龍へ、龍から無装飾の金具へと二度替わっています。ところが呼び名は、龍から蛇へ一度替わったきり動いていません。しかも装飾の龍が消えたあとも、蛇という字だけが残りました。
最初の蛇口はイギリス製で、ライオンだった

1887年10月17日、横浜から始まった
指揮を執ったのはイギリス人技師
横浜市の水道局は、10月17日を「近代水道創設記念日」としています。1887年のこの日、イギリス人技師ヘンリー・スペンサー・パーマーの指導で、日本初の近代水道が横浜で通水しました。それまでの江戸時代の上水が自然の高低差で木樋を流す仕組みだったのに対し、鉄管で圧力をかけて配る方式はまったく別ものです。
とはいえ、各家庭まで管を引く工事費は当時の庶民に手が届きません。そこで道端に共同の水栓が立てられました。
※ 共用栓(きょうようせん)とは、複数の世帯が共同で使う屋外の水道栓のことです。各戸に引き込む「専用栓」に対する言葉で、明治期には道路脇に立てられた鉄柱の形をしていました。
143基から、最盛期には約600基へ
横浜市の記録によれば、この獅子頭共用栓(ししがしらきょうようせん)は明治20年に143基が市内各所へ据えられ、最盛期には約600基まで増えました。ほとんどがイギリスからの輸入品で、鋳鉄の柱の上にライオンの顔がついています。水はその口から出ました。
復元されたものを含め、今も横浜市内の何か所かに残っています。横浜開港資料館の中庭では、当時の側溝とあわせて据えられた一基を見ることができます。
なぜ最初がライオンだったのか
西洋の噴水がずっと使ってきたモチーフ
ライオンの口から水が出る意匠は、西洋の噴水や水盤で古くから使われてきました。スペインのアルハンブラ宮殿にある「ライオンの中庭」は、12頭の獅子が水盤を支えて口から水を吐く構成で知られています。日本側の資料では「ヨーロッパにおける水の守護神」と説明されることが多いのですが、地域や時代によって意味づけは一様ではありません。ここは「西洋で水まわりの装飾に好まれた図像」と受け取っておくのが無難でしょう。
いずれにせよ、輸入した側の日本にその文脈は伝わっていません。届いたのは「立派な獣の口から水が出る鉄の柱」という見た目だけでした。
鍵がないと水が出ない公共の設備
当時の共用栓は、誰でも自由にひねれるものではありませんでした。柱の側面に鍵穴があり、そこへ専用の鍵を差し込んではじめて水が出ます。水はただではなく、無断使用を防ぐ必要があったためとされています。
「蛇口をひねる」という今の動作は、この段階ではまだ存在していません。当時の動詞は「回す」ではなく「開ける」に近いものでした。
国産になった瞬間、口は龍にすげ替わった

東京の「蛇体鉄柱式共用栓」
1898年、淀橋浄水場からの通水
東京の近代水道は、1898年(明治31年)に淀橋浄水場が完成して動き出します。このとき据えられた共用栓が、国産の設計に切り替わりました。東京都水道歴史館の解説では、東京の初期の共用栓は水の出口に竜がかたどられていることから蛇体鉄柱式共用栓(じゃたいてっちゅうしききょうようせん)と呼ばれた、と説明されています。
名前の中に「蛇」の字が入っているのに、彫られているのは龍です。この食い違いが、のちの語源論の出発点になります。
使い方は輸入品と同じだった
同館の説明によれば、利用者は側面の穴に鍵を差し込んで水を出す仕組みでした。獣の顔が獅子から龍に替わっても、操作の作法はそのまま引き継がれています。
共用栓は大正期まで町の風景の一部でした。同館は、明治44年までに市内へ消火栓4,600個が設置されたことも記録しています。水道は飲み水であると同時に、火を消すための都市装置でもあったわけです。
なぜ国産では龍になったのか
水を司る神が、日本では龍だった
日本で雨・川・池・井戸を司るとされてきたのは龍神です。輸入品のライオンを国産で作り直すとき、同じ「水の守り手」の位置に置ける獣として龍が選ばれたと説明されます。ライオンは日本の民間信仰では水と結びつきません。置き換えとしては自然な発想でした。
その龍の下敷きには、蛇がいる
ここが「蛇」につながる筋です。日本の龍神信仰は、中国から伝わった龍のイメージと、日本にもともとあった蛇の水神信仰が重なって成立したとされています。ミズチやウワバミといった蛇の姿をした水の霊が先にいて、そこへ角と爪を持つ龍が重なった、という順序です。
つまり日本語の感覚では、龍と蛇はきっぱり別の生きものではありません。龍の胴は蛇の胴です。「蛇体」という言い方が龍の彫刻に対して使われても、当時の人には矛盾に感じられなかったのでしょう。
「龍口」から「蛇口」へ、決定打はわかっていない

辞書が書き残している二行
「それ以前は龍の口・龍頭」
語源の当てものに入る前に、確かな足場を二つ押さえておきます。ひとつは『精選版 日本国語大辞典』が「蛇口」の項に添えた補助注記です。そこには「明治後期になって現れる語であり、それ以前は『龍(たつ)の口』『龍頭』などが用いられていた」という趣旨の説明があります。
順番がはっきりします。先にあったのは龍で、蛇はあとから来た呼び名です。しかも「蛇口」の登場は明治の終わり近く、水道が始まってから十数年たった頃でした。
大正8年、芥川龍之介が書いた一文
もうひとつの足場は用例です。同辞典は「蛇口」の使用例として、芥川龍之介『路上』(1919年)の「水道栓が蛇口(ジャグチ)を三つ揃へてゐた」という一節を挙げています。わざわざ振り仮名が添えられているところに、当時のこの語の新しさがにじみます。
ちなみに同じ辞典には「へびくち」と読む「蛇口」も立っていて、こちらは紐や綱の先端を輪にした部分を指す、まったく別系統の言葉です。水道とは関係がありません。
語源として挙がっている三つの説
説の中身と、それぞれの弱点
国立国会図書館のレファレンス協同データベースには、まさに「水道の『蛇口』という言葉の語源を知りたい」という質問への回答が登録されています。回答館は名古屋市鶴舞中央図書館、登録は2016年です。そこで挙げられている三説を整理すると、次のようになります。
| 説 | 何を語源とみるか | 引っかかる点 |
|---|---|---|
| 蛇腹説 | 共用栓の円柱部を「蛇腹」と呼んでいたので、その吐水口を蛇口と呼んだ | 柱の装飾と吐水口は別の部位。なぜ口の名前になったのかが飛ぶ |
| 龍=蛇説 | 輸入品のライオンが国産で龍になり、龍は蛇と混同されたため「龍口」が「蛇口」になった | 言い換えが起きた時期や場所を示す資料が乏しい |
| 略称説 | 「蛇体鉄柱式共用栓」の口、を縮めて「蛇口」になった | 長い正式名称が一般の口語に届いていた証拠が要る |
三つは互いに排他的でもありません。蛇腹という語がすでに身の回りにあったこと、龍と蛇が地続きだったこと、正式名称に「蛇体」が入っていたこと。この三つが同時に効いて「蛇」の字が選ばれた、と読むこともできます。
「蛇腹」はもともと蛇の腹の模様
蛇腹(じゃばら)は、山折りと谷折りを繰り返した構造の呼び名です。その縞模様が蛇の腹に似ているため、この名がつきました。アコーディオンの胴、提灯の骨、蛇腹カメラのレンズと本体をつなぐ部分などが同じ言葉で呼ばれます。
先のレファレンス回答が挙げる第一説は、明治期の共用栓の円柱部がこの「蛇腹」と呼ばれていた、と伝えています。吐水口そのものではなく柱の話ではありますが、「蛇」の字が水栓のまわりにすでに漂っていた点は見逃せません。
図書館も「定説は不明」と答えている
回答は三説の併記で終わっている
このレファレンス回答は、三説を並べたうえで「以上のどれが定説であるかは、はっきりしませんでした」と結ばれています。調べた結果として分からなかった、と書いてあるわけです。参照された資料は次の三点でした。
- 栄森康治郎『水と暮らしの文化史』(TOTO出版、1994年)
- 紀谷文樹ほか『暮らしをささえる水』(彰国社、1987年)
- 高堂彰二『トコトンやさしい水道の本』(日刊工業新聞社、2011年)
水道の専門書を三冊当たっても決まらなかった、という事実そのものが、この語の素性を語っています。制度が定めた用語ではないのです。
同じ金具に、別々の名前が生き残っている

「蛇口」は唯一の呼び名ではありません。場面ごとに違う語が併走していて、それぞれ出どころが異なります。ちなみに英語圏でも語は割れていて、イギリスでは tap、アメリカでは faucet が一般的です。
| 呼び名 | 出どころ | 主に使われる場面 |
|---|---|---|
| 蛇口 | 明治の共用栓まわり(三説あり) | 日常会話・家庭 |
| カラン | オランダ語 kraan(鶴) | 銭湯・浴室・業界 |
| 水栓・給水栓 | 設備・法令上の用語 | 製品カタログ・工事 |
| 龍頭 | 明治以前からの呼び名 | 水道ではほぼ消滅 |
カランはオランダ語の「鶴」
細長い首から水が落ちる形
銭湯で使う「カラン」は、オランダ語の kraan から来た外来語です。もとの意味は鶴。細長い管が首から頭へ伸びる鶴の姿に似ているため、この名で呼ばれたとされています。
クレーン車と同じ語の親戚
面白いのは、この kraan が英語の crane と同じ系統の語だという点です。工事現場のクレーン車も、長い首で荷を吊り上げる姿が鶴に見立てられました。浴室の蛇口と建設機械は、鶴という一語で親戚どうしです。
日本語には、動物の名を借りた道具の名前がこうしていくつも残っています。蛇口もその一員と見れば、名前の据わりは悪くありません。
「龍頭」のほうは時計に移った
水道では消え、腕時計では現役
水道から追い出された「龍頭(りゅうず)」という語は、いま腕時計の側面にあるつまみの名前として生きています。時刻を合わせるとき指でつまむ、あの部品です。
ただし、こちらは水道と直接つながっているわけではありません。梵鐘(ぼんしょう)を吊るす輪の部分に龍の頭の装飾が施され、そこが龍頭と呼ばれていた流れをくむ、と説明されます。同じ字面の言葉が、別々の道をたどって別々の場所に残ったことになります。
「ひねる」という動詞だけが取り残された

ハンドルからレバーへ
1968年に国内初のシングルレバー
「蛇口をひねる」という言い方は、丸いハンドルを回して開閉していた時代のものです。国内初のシングルレバー式水栓をTOTOが発売したのは1968年とされ、以後は上下に動かす操作が主流になりました。
今の台所で実際にひねっている人はほとんどいません。それでも言い方だけは残りました。蛇がいないのに蛇口と呼ぶのと、同じ現象がもう一段重なっています。
上下の向きは2000年3月末で統一された
レバーには、上げると水が出るタイプと下げると出るタイプの両方がありました。1997年6月のJIS改正で上げ吐水式への統一が決まり、下げ吐水式は2000年3月31日で姿を消します。今あるレバーが上げて出るのは、この取り決めによるものです。
※ JIS(Japanese Industrial Standards、日本産業規格)とは、工業製品や材料の寸法・品質・試験方法などを定めた国の規格です。給水栓についてはJIS B 2061が該当します。
この統一にも「諸説」がある
震災きっかけ説の中身
統一の理由としてよく語られるのが、1995年の阪神・淡路大震災です。落ちてきた物がレバーを押し下げ、水が出たままになった例があったと神戸市水道局が伝えています。これが下げ吐水式廃止の引き金になった、という筋書きです。
業界が挙げる理由は別にある
一方で日本バルブ工業会が示す理由は、欧米で上げ吐水式が圧倒的に主流であり国際的な整合を優先した、というものです。震災の一件は議論を後押しした要素ではあっても、単独の原因とは言いにくいと整理されています。
語源といい、レバーの向きといい、蛇口という道具のまわりでは「よく語られる由来」と「関係者が挙げる理由」が一致しません。生活に近い道具ほど、説明は後から何通りも生えてくるのでしょう。
三説のどれが正しいかを決める資料は、おそらくもう出てきません。名前が変わった日というものが、そもそも無かったからです。制度が定めた名前には制定の記録が残り、現場が呼び始めた名前には残らない。台所で使われ続けているのは後者のほうで、記録が見つからないという事実こそが、その言葉が誰かの発明ではなく暮らしの中で育った証拠になっています。


