ミドルネームは、姓と名に続く三つ目の名前ではありません。英語圏の名前は「与えられた名(given name)」と「受け継いだ姓(surname)」の二種類でできていて、ミドルネームは前者の仲間です。ファーストネームの相棒であって、姓と並ぶ独立した名ではないわけです。
この取り違えは、海外の申込書で「Middle name」の欄に何を書けばいいのか固まってしまう場面につながります。名前のどこが本人に与えられたもので、どこが家から受け継いだものか。その線引きが見えると、欄の意味も日本の戸籍にこの欄が無い理由も、同時にほどけます。
書類の記入欄から引く、ミドルネーム早見表
この名前に最初にぶつかる場所は、たいてい海外のホテル予約画面や入国書類です。そこで実際に目にする欄の名前から逆算すると、正体がつかみやすくなります。
| 書類の欄 | そこに入るもの | 日本人が書く内容 |
|---|---|---|
| First name / Given name | 生まれたときに与えられた名 | 戸籍の「名」(例:花子) |
| Middle name / Middle initial | 二つ目以降の与えられた名。頭文字だけ書くことも多い | 通常は持たないので空欄か「N/A」 |
| Last name / Family name / Surname | 家から受け継ぐ姓 | 戸籍の「氏」(例:山田) |
| (参考)ロシアの父称 | 父の名から作る、姓とは別の要素 | 該当なし |
| (参考)スペイン語圏の第二の姓 | 母方から受け継ぐ二つ目の姓 | 該当なし |
表の上三段が英語圏の標準的な並びです。下の二段は同じ位置に置かれて混同されやすいものの、成り立ちがまるで違います。順に見ていきます。
ミドルネームは「三つ目」ではなく「二つ目の名」

ミドルネームは姓の一種ではなく、ファーストネームと同じ「与えられた名」です。両者を合わせたものが、その人のgiven namesにあたります。
名前は「与えられた名」と「受け継ぐ姓」でできている
姓は一つ、与えられた名は複数持てる
英語圏の名前を二区分で見ると、受け継ぐ側の姓は原則として一つです。一方の与えられる側には枠の制限がなく、親は二つでも三つでも付けられます。ミドルネームとは、その与えられた名のうち先頭以外を指す呼び方にすぎません。
「ミドル」は位置を指しているだけ
「middle」は真ん中という位置の説明であって、役割の名前ではないという点が誤解のもとです。ドイツには、複数持つ名のうち日常で呼ばれる一つを「呼び名(Rufname)」として定める考え方があり、古い公文書ではその名に下線が引かれました。数学者エミー・ネーターの登録名はアマーリエ・エミーで、日ごろ呼ばれたのは二つ目のエミーのほうです。真ん中や二つ目が自動的に控えの名になるとは限りません。
ふだんは呼ばれない名という立ち位置
イニシャル一文字に縮められる
日常の会話でこの名が呼ばれることはほとんどなく、署名や書類では頭文字だけに縮みます。アメリカの申込書で見かける「M.I.」はミドルイニシャルの略で、一文字だけ書けばよい欄です。この書き方は19世紀のアメリカで広まったとされ、21世紀に入ってからは下火になりました。ただし研究者や著述家の世界では今も残っていて、イニシャルが入るだけで知的で権威があるように見えるという指摘もあります。
四つ持っている人もいる
イギリス国王チャールズ3世の洗礼名は、チャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ。ファーストネーム以外の三つがミドルネームにあたります。イギリスでは中流以上の家庭でミドルネームを二つ持つ形が伝統的に多いとされ、王室はその厚い版というわけです。
どこから来たのか——聖人の名と、母方の姓

源流は大きく二つに分かれます。教会での名づけと、家名を残そうとする工夫です。宗教の側から始まった習慣に、後から家の事情が乗り入れてきた形になります。
教会の名づけから広がった
遠い祖先は古代ローマの三名法
名前を複数の要素に分ける発想そのものは、古代ローマの三名法(さんめいほう)にさかのぼるとされています。個人の名・氏族の名・家系の名を並べる仕組みで、ガイウス・ユリウス・カエサルがその形です。
※ 三名法(tria nomina)とは、古代ローマの男性市民が用いた「個人名・氏族名・家系名」の三要素からなる名前の形式のことです。
13世紀イタリアで再登場した
ローマ帝国の崩壊とともに一度は廃れ、13世紀のイタリアで復活したとされます。1400年代の後半にはヨーロッパの富裕層へ広がりました。イタリアの初期のミドルネームは聖人の名が大半を占めたといわれ、その聖人が子どもを守ってくれるという願いが込められていたようです。守護を願う場所として、名前の真ん中が使われたことになります。
消えるはずの家名を残す場所
母方の姓を挟む慣習
結婚で妻の姓が夫の姓に変わる社会では、母方の家名は一代で表から消えます。その名を子のミドルネームに置いて残す慣習が、英語圏では広く行われてきました。フィリピンではこれが制度として定着していて、ミドルネームの欄には母親の旧姓が入ります。
グラント将軍の「S」は母の旧姓
南北戦争の北軍を率い、のちに第18代大統領となったユリシーズ・S・グラント。生まれたときの名はハイラム・ユリシーズ・グラントで、ミドルネームはありませんでした。士官学校へ推薦した下院議員が名前を取り違えて「U・S・グラント」と届け出てしまい、その「S」が本人の意図を離れて定着します。Sにあてられたのは母ハンナの旧姓シンプソン。誤記が結果として母方の家名を名前へ呼び込んだ形です。
いつ広まったのか——大統領の名前で見る年表

庶民の名前にまで下りてくるのは19世紀です。時期のずれは、歴代アメリカ大統領の名前を並べると一目でわかります。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1400年代後半 | ヨーロッパの裕福な家庭へ広がる(イタリア発) |
| 1605年 | 歴史家カムデンが「イングランドで洗礼名を二つ持つ例は稀」と記す |
| 1825年 | 第6代ジョン・クィンシー・アダムズが就任。ミドルネームを持つ最初の大統領 |
| 19世紀末 | フランスでは男児の46%が一つ、23%が二つ持つまでに増加 |
| 20世紀初頭 | アメリカ・ノースカロライナの出生記録では大半の子が保有 |
| 第一次世界大戦 | 兵役登録の書類が、ミドルネームを尋ねた最初の政府文書とされる |
19世紀に「珍しいもの」ではなくなった
1605年の記録では「稀」
イギリスの歴史家ウィリアム・カムデンは1605年、イングランドで洗礼名を二つ持つ例は珍しいと書き残しました。当時は王侯貴族に限られた習慣で、庶民には縁がなかったことがうかがえます。
フランスの統計に見える増え方
数字で追えるのはフランスの例です。1800年代の初めには男児の大半がミドルネームを持ちませんでした。それが世紀の終わりには46%が一つ、23%が二つを持つまでになります。100年で少数派と多数派が入れ替わった計算です。
アメリカでは六人目の大統領から
初代から五代目までは一つも無い
初代ジョージ・ワシントンから第5代ジェームズ・モンローまで、5人の名前にミドルネームは一つも見当たりません。あいだにはトマス・ジェファソンもジェームズ・マディソンも並びます。最初に持ったのは6代目のジョン・クィンシー・アダムズで、母方の曽祖父ジョン・クィンシーにちなんだ名でした。家名を継ぐ場所という使われ方が、ここにも表れています。
19世紀は持つ人と持たない人が混在した
ただし6代目以降が全員持っていたわけではありません。アンドリュー・ジャクソンにもエイブラハム・リンカーンにもミドルネームはなく、19世紀は両方が並走した時代でした。定着ぶりがはっきりするのは20世紀に入ってからで、ノースカロライナ州の出生記録では大半の子が持つ状態になっています。政府がミドルネームを書かせた最初の書類は、第一次世界大戦の兵役登録用紙だったとされます。
ミドルネームに見えて、実は別のもの

名前が三つ並んでいれば真ん中がミドルネーム、とは限りません。同じ位置に、性質のまるで違う要素を置く国があります。
ロシアの父称は「父の名から作る名」
名・父称・姓の三点セット
ロシアの正式な名前は、名と父称(ふしょう)と姓の三つで構成されます。父称は親が自由に選ぶものではなく、父親のファーストネームに決まった語尾を付けて機械的に作られる要素です。
※ 父称(オーチェストヴォ)とは、父親の名に接尾辞を付けて作るロシア語圏の名前の要素で、公的な身分証明に用いられます。
語尾で性別がわかり、敬意の呼びかけにも使う
語尾が「〜オヴィチ」なら男性、「〜オヴナ」なら女性というように、父称は性別まで示します。目上の相手には姓ではなく「名+父称」で呼びかけるのが敬意の形です。日本語の「◯◯さん」にあたる場面で、父の名を含んだ二語を口にすることになります。ふだん呼ばれないミドルネームとは、使われ方が正反対です。
スペイン語圏の「二つ目」は姓
父方と母方の姓を二つ並べる
スペイン語圏の人は姓を二つ持ちます。伝統的な順は父方の姓が先で、母方の姓が後です。1999年からは親が順序を選べるようになりましたが、伝統的な並びが99%以上を占めているといわれます。女性は結婚しても姓を変えないため、母方の家名は次の世代へそのまま受け継がれる仕組みです。
「ホセ・マリア」は二つの名ではない
ホセ・マリアやフアン・パブロのような複合名は、ファーストネームとミドルネームの組み合わせではなく、全体で一つの名として扱われます。見た目の切れ目と、制度上の区切りが一致しない例です。
| 名前の要素 | 性質 | 誰が決めるか |
|---|---|---|
| ミドルネーム | 二つ目以降の与えられた名 | 親が自由に選ぶ |
| 父称(ロシア) | 姓とも名とも別の第三の要素 | 父の名から自動的に決まる |
| 第二の姓(スペイン語圏) | 受け継ぐ姓の二つ目 | 母方の家から受け継ぐ |
| 複合名(ホセ・マリアなど) | 全体で一つの与えられた名 | 親が選ぶ |
日本にミドルネームが無いのはなぜか

日本人がミドルネームを持たない直接の理由は、文化というより制度にあります。戸籍という記録の様式が、名前を二区画しか用意していないためです。
戸籍は「氏名」をひとまとまりで記録する
記載事項に第三の欄が無い
戸籍法13条は、戸籍に記載すべき事項として氏名・出生の年月日・実父母の氏名などを挙げています。ここにあるのは「氏名」であって、氏と名の間に入る要素は想定されていません。2025年5月にはこの記載事項に氏名の振り仮名が加わりましたが、増えたのは読み方の欄で、名前の区画そのものは二つのままです。
国際結婚では「名」の欄へ続けて書く
では外国籍の親を持つ子はどうするのか。実務では、名の欄にファーストネームとミドルネームを続けて記入する扱いが一般的とされています。あいだに「・」や読点は入れません。ミドルネームが消えるのではなく、名の一部として丸ごと飲み込まれる形です。
パスポートは括弧で併記する
「HANAKO(HANAKO MARIA)」という書き方
国際結婚や重国籍などの事情がある場合、戸籍に無い外国式の名前をパスポートへ併記できます。戸籍の名が「華子」でミドルネームが「MARIA」なら、表記は「HANAKO(HANAKO MARIA)」。令和3年4月1日からは、括弧の中身が何なのかを示す「別名/Alternative given name」といった説明書きも付くようになりました。
ICチップには入らない
この別名併記はあくまで例外的な措置で、パスポートのICチップには記録されません。そのため出入国審査や渡航先の手続きで説明を求められることがあります。券面に書いてあっても機械には読まれない、という宙ぶらりんな扱いです。制度の外側にはみ出した名前が、どこに置かれているのかがよく見える例といえます。
何の略でもないイニシャルと、フルネームで呼ばれる瞬間

最後に、ミドルネームならではの小話をふたつ。ひとつは中身の無いイニシャル、もうひとつは日常でこの名が表に出てくる数少ない場面です。
トルーマンの「S」は何の頭文字でもない
祖父二人の名の折衷
第33代アメリカ大統領ハリー・S・トルーマンの「S」は、何かの単語を縮めたものではありません。二人の祖父アンダーソン・シップ・トルーマンとソロモン・ヤング、どちらの名も立てるための折衷案でした。当時のアメリカ南部では、家名を組み合わせたイニシャルを付けること自体はさほど珍しくなかったとされています。名前の場所だけ確保して中身を決めない、という選択があったわけです。
ふだん眠っている名が起きるとき
親が子を叱るときのフルネーム
英語圏には、子どもを本気で叱るときにファーストネーム・ミドルネーム・姓をすべて続けて呼ぶ習慣があります。事の重大さを伝え、注意を引きつけるための呼び方です。ふだん省略されている名がわざわざ持ち出されること自体が、合図として働きます。
「危険が俺のミドルネームさ」
英語には「Danger is my middle name(危険が俺のミドルネームさ)」という決まり文句もあります。ミドルネームの位置に性質を置いて、それが自分の本質だと言ってみせる型です。オックスフォード英語辞典には1926年や1932年の似た用例が載っているとされ、かなり古くからある言い回しであることがわかります。今では使い古された表現として、冗談の前振りに使われることのほうが多いようです。
受け継いだ家名を、姓とは別の場所にもう一つ畳んでおく。ミドルネームの働きをそう言い直すと、日本にも似た仕掛けがあったことに気づきます。武家が代々受け継いだ通字(とおりじ)です。徳川家の「家」、北条氏の「時」のように、家の一字を名の中へ組み込んで血筋を示しました。置き場所が名前の真ん中ではなく漢字一字ぶんだった、という違いがあるだけなのかもしれません。ミドルネームが無い国の名前にも、家をつなぐ細い糸は通っています。
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