耳垢(みみあか)は、放っておいても外へ出ていきます。外耳道の皮膚そのものが、鼓膜のほうから出口に向かってゆっくり動いているためです。運ばれてくる耳垢を入口で受け止めるのが、綿棒の本来の持ち場ということになります。
ところがその綿棒は、耳のために設計された道具ではありませんでした。1923年にアメリカで生まれたときの商品名は「ベビーゲイズ」。赤ちゃんの世話をする母親の手つきから思いつかれたものです。道具の来歴と、耳の中で起きていること。二つを並べると、どこまで入れてよいのかの線がはっきりしてきます。
耳の中は、手を出す区間と出さない区間に分かれている

耳掃除の話がややこしくなるのは、外耳道のどこを指しているかが人によって違うからです。先に境界線を引いておきます。
| 区間 | そこで起きていること | 道具の扱い |
|---|---|---|
| 入口から約1cm(耳毛の生えている範囲) | 耳垢腺・皮脂腺があり、耳垢が作られる。運ばれてきた耳垢が最後にたまる場所 | ここだけは拭き取ってよい範囲とされる |
| その奥から鼓膜まで | 皮膚が出口へ向かって移動し、耳垢を運び出している | 器具を入れない。入れると運搬を逆走させる |
| 鼓膜の表面 | 中心から周辺へ、皮膚が放射状に広がるように動く | 触れると穿孔(せんこう)の危険がある |
耳鼻咽喉科医が「掃除してよいのは耳の入り口から1センチ程度」と説明するのは、この構造が理由です。奥に見える耳垢は、多くの場合そこで作られたものではありません。誰かが押し込んだ結果です。
※ 外耳道(がいじどう)とは、耳の穴の入口から鼓膜までの、長さ3センチ前後の通り道のことです。外側3分の1が軟骨、奥側3分の2が骨で囲まれています。
綿棒は、爪楊枝に綿を巻いた手から生まれた

綿棒の起点は、家庭の中にあります。工場でも研究所でもありません。
1923年、赤ちゃんのための道具として売り出された
妻の手つきから思いついた
ポーランド出身でアメリカに渡ったレオ・ガーステンザンは、妻が脱脂綿を爪楊枝に巻きつけて乳児の手入れをしているのを見て、それを製品にすることを思いつきました。1923年のことです。手作業でやっていたものを工業化しただけの、素朴な発明でした。
つまり最初の綿棒は、赤ちゃんの世話をする人のための道具でした。大人が自分の耳を掃除するための商品ではありません。
「ベビーゲイズ」から「Q-tips」へ
当初の商品名は「Baby Gays(ベビーゲイズ)」。1926年ごろに「Q-tips Baby Gays」へ改められ、やがて前半だけが残りました。この「Q」は quality(品質)の頭文字とされています。
北米ではこの商標が普通名称のように使われるまでになりました。ホチキスやセロテープと同じ道をたどった名前です。三度の改名を経て、赤ちゃんを指す言葉は商品名から消えています。
日本で最初に作ったのは、爪楊枝の町だった
進駐軍の放出品として入ってきた
日本に今の形の綿棒が広まったのは、第二次世界大戦の後です。GHQの放出品が市場に出回り、それを見た国内のメーカーが作り方を追いかけました。
目をつけたのは軸の材料でした。当時の綿棒の軸はシラカバ製で、太さも作り方も、日本で長く作られてきたある小さな道具とほとんど同じだったのです。
1965年、飛騨高山で国産第一号
その道具が爪楊枝です。岐阜県高山市はシラカバが手に入りやすく、木工品として爪楊枝の製造が盛んな土地でした。軸の材料も削り方も重なるため、綿棒づくりへ移りやすかったわけです。
1946年に合名会社高山木材工業所を興した黒川耀雄が、1965年に平和エーザイ(現・平和メディク)を設立し、日本で初めて綿棒の製造販売を始めました。同社は「ほぐした綿の繊維を綿アメのようにソフトに巻く製法は日本独自のもの」と説明しています。日本初の工業所有権の出願は1960年8月31日の実用新案とされ、現在の国内シェアはおよそ4割、日本全体の年間製造量は約60億本とも伝えられます。
軸の素材は、木から紙へ、プラスチックからまた紙へ
1958年に紙の軸が登場した
木の軸をやめて紙を巻いた軸に切り替えたのは、Q-tipsを手がけた会社でした。1958年のことです。折れても断面が鋭くなりにくい紙軸は、その後の主流になりました。
やがて安価なプラスチック軸が広まります。軽くて丈夫で、色も自由。この頃には形も枝分かれしていました。軸の直径は約2ミリ、家庭用の長さは3インチ(約7.6センチ)で、医療用は倍の6インチ。綿球も水滴型・先のとがったもの・段々に加工したものと揃い、汚れが見えやすい黒い綿棒まで並んでいます。
プラスチック軸が各国で禁止された
使い捨てプラスチックの規制が始まると、綿棒はその対象になりました。イタリアが2019年、モナコが2020年、EU全体では2021年に使い捨てプラスチック製品の規制が発効しています。イギリスでもイングランド・スコットランド・ウェールズ・マン島がそれぞれ2019年から2021年にかけて禁止に踏み切りました。
理由の一つは、トイレに流されることでした。細くて軽い軸は下水の流れに乗りやすく、海の汚染につながるごみとして問題視されるようになったのです。紙軸への回帰は、60年ぶりに同じ素材へ戻ったことになります。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1923年 | レオ・ガーステンザンが「Baby Gays」を発売 |
| 1926年ごろ | 「Q-tips Baby Gays」へ改名。のちに「Q-tips」に |
| 戦後 | GHQの放出品として日本市場に出回る |
| 1958年 | 紙軸の綿棒が登場 |
| 1960年 | 日本初の工業所有権出願(実用新案・8月31日) |
| 1965年 | 平和エーザイが高山で国産第一号を製造販売 |
| 2006年 | 耳垢の乾型・湿型を決める遺伝子が特定される |
| 2016年 | DNA採取用綿棒の国際規格 ISO 18385 が発行 |
| 2017年 | 米国の学会が耳垢の診療ガイドラインを改訂 |
| 2019〜2021年 | 欧州各国でプラスチック軸の綿棒が規制対象に |
耳垢は、掃除をしなくても外へ運ばれていく

耳の中には、ほかの体表面にはあまり見られない仕組みがあります。皮膚そのものが移動して、たまったものを外へ押し出しているのです。
外耳道の皮膚は、出口へ向かって動いている
鼓膜の中心から、外へ向かって広がる
鼓膜の中央の表皮は、放射状に鼓膜の周辺へ移動していきます。周辺までたどり着いた表皮は、そのまま外耳道を入口の方向へ進んでいく。この現象は migration(マイグレーション=上皮移動)と呼ばれています。
はがれた表皮と分泌物が混ざったものが耳垢ですから、耳垢は生まれた場所からベルトコンベアに乗せられているようなものです。何もしなくても、出口へ向かって進みます。
速さの数字は、資料によって10倍ちがう
ただしその速度については、資料が揃いません。国立長寿医療研究センターの記事は「移動速度は1日あたり約1mm」と書いています。一方で、耳鼻咽喉科のクリニックが患者向けに出している説明には「1日に0.1mm」とするものがあります。
10倍の開きです。測る部位や方法で結果が変わるためと考えられますが、どちらが標準値かを決められる材料はありません。確かなのは向きだけ、と受け取っておくのが安全でしょう。
耳垢は汚れではなく、守りの層
中身は分泌物と、はがれた皮膚
耳垢は、古くなって剥がれ落ちた表皮に、耳垢腺や皮脂腺の分泌物とほこりが混ざったものです。汗腺の一種である耳垢腺は、外耳道の外側にだけ分布しています。
この層には免疫グロブリンAなどが含まれ、細菌の増殖を抑えていると説明されます。水や小さな虫の侵入を防ぐ役目もある。取り去ることが手入れになるとはかぎらないわけです。
作られるのは外側3分の1だけ
耳垢が作られるのは、外耳道の外側3分の1に限られます。入浴のあとに耳をタオルで拭うだけで、耳垢のできる外側3分の1はほとんど掃除できる、という説明もあるほどです。
裏を返すと、奥のほうに硬い耳垢があるとき、それは自然にそこへ移動したものではありません。器具で押し込まれた可能性のほうが高いでしょう。
乾いた耳垢と湿った耳垢は、遺伝子の1文字で分かれる

耳垢には、粉のように乾いた乾型と、粘り気のある湿型があります。この違いは体調でも食事でもなく、生まれつき決まっています。
ABCC11遺伝子の538番目
2006年、長崎大学が突き止めた
長崎大学大学院の新川詔夫(にいかわ のりお)教授と吉浦孝一郎助教授らのグループは、耳垢の型がABCC11という遺伝子の1か所の塩基で決まることを明らかにしました。2006年1月、米科学誌『Nature Genetics』のオンライン版で発表されています。
この遺伝子の538番目がアデニン同士の組み合わせなら乾型、グアニンを含む組み合わせなら湿型になります。たった1文字の違いが、耳掃除の道具の選び方まで左右しているわけです。
※ 塩基(えんき)とは、遺伝情報を綴る4種類の文字にあたる物質です。アデニン・グアニン・シトシン・チミンの並び順が、体をつくる設計図になっています。
日本人は7〜8割が乾型、欧州はほとんどが湿型
発表資料によれば、日本では70〜80%が乾型です。乾型の頻度がもっとも高いのは東北アジアで、南北アメリカの先住民にも見られます。反対にヨーロッパの人々やアフリカの人々は、ほとんどが湿型とされています。
耳垢の型は、集団の来歴をたどる手がかりにもなってきました。同じ遺伝子は腋臭(わきが)との関連も指摘されており、湿型と結びつけて語られることがあります。
道具の違いは、体質の違いに対応しているのか
竹の耳かき棒と、綿を巻いた棒
日本には竹製のヘラ型の耳かきがあり、欧米にはありません。この差を耳垢の型で説明する解説はよく見かけます。乾いた粉状の耳垢はヘラで剥がし取るのに向き、粘る耳垢は拭き取る綿棒のほうが合う、という理屈です。
実際、欧米ではオイルや水を数週間に一度たらして流す方法が案内されることがあります。粘る耳垢を柔らかくして押し出す発想です。
もっともらしいが、確かめられてはいない
ただし、この対応関係を裏づける研究を見つけることはできませんでした。耳かきの歴史は古く、道具の形には工芸や生活習慣の影響も混じっています。体質から道具が決まったのか、道具の伝統が先にあったのか。順番までは、いまのところ言えません。
説明として腑に落ちることと、証明されていることは別だという例です。
それでも綿棒を奥へ入れると、何が起きるのか

危ないと言われても、耳の穴に届くものがあれば人は入れてしまいます。その結果が、救急外来の統計に残っていました。
押し込む、そして傷つける
21年間で26万3000人の子ども
米国のナショナルワイド小児病院の研究チームは、1990年から2010年までに綿棒に関連した耳の外傷で救急外来を受診した18歳未満の子どもを推計263,338人と報告しました。『The Journal of Pediatrics』に2017年に掲載された論文です。年平均およそ12,500人、1日あたり約34人という計算になります。
受傷時の状況は耳掃除中が73%で最多。綿棒を持っていたのは子ども自身が77%でした。損傷の内訳は異物感が30%、鼓膜穿孔が25%、軟部組織の損傷が23%。8歳未満が全体の約3分の2を占め、0〜3歳だけで40%にのぼります。
「肘より小さいものを耳に入れるな」
米国耳鼻咽喉科・頭頸部外科学会(AAO-HNS)は2017年、耳垢栓塞についての診療ガイドラインを改訂しました。患者向けの説明として掲げられたのが「肘より小さいものを耳に入れないこと」という一文です。
綿棒・ヘアピン・鍵・爪楊枝といったものが名指しされています。外耳道の裂傷、鼓膜の穿孔、耳小骨のずれ。難聴やめまいにつながりうる、というのが学会の警告でした。
※ 耳垢栓塞(じこうせんそく)とは、耳垢が栓のように外耳道をふさいでしまった状態です。聞こえの低下や耳の詰まった感じを起こし、医療機関で除去の対象になります。
やめられないのは、気持ちがいいから
迷走神経が通っている
耳掃除の快感については、外耳道に分布する迷走神経の刺激で説明されることが多いようです。副交感神経を主体とする神経で、刺激が心地よさとして感じられるという解説になっています。
ただ、この説明の出どころは臨床医の解説記事が中心で、快感の強さを測った研究にはたどり着けませんでした。仕組みの見当がついている、という段階です。
耳かきで咳が出る人がいる
同じ神経が関わる現象に、アーノルド反射があります。耳かきをすると咳が出るというもので、外耳道に届いている迷走神経の枝(アーノルド神経)が刺激されて起こる反射です。
健康な人での頻度は成人・小児とも2%前後。ところが慢性の咳を訴える成人では25%前後にのぼるという報告があり、長引く咳の手がかりとして注目されています。耳の中の刺激が、耳とは関係のない症状につながる例です。
「触るな」と「放っておくな」は両立する
たまった耳垢は、聞こえと認知機能に関わる
自分で奥をいじるのは危ない。しかし、たまるにまかせてよいという話でもありません。国立長寿医療研究センターの解説によれば、米国の高齢者施設の調査では入所者の6割以上に耳垢栓塞があり、それを除去すると聴力だけでなく認知機能も改善したと報告されています。
日本の追跡調査でも、耳垢のある人は平均7dBほど聴力が悪く、認知機能も低い傾向が示されました(杉浦彩子ほか・日本老年医学会雑誌2011年49巻3号)。ただしこれは同時に測った関連であって、耳垢が原因と決まったわけではありません。
頻度と範囲の目安
頻度の目安として、耳鼻咽喉科医の石井正則医師は「1、2カ月に1回程度で十分。多くてもせいぜい2週間に1回まで」と述べています。範囲は前述のとおり、入口から1センチほど、耳毛の生えているところまで。
奥が気になるときは耳鼻咽喉科で取ってもらう方法があり、耳垢の除去は健康保険の対象です。高齢で聞こえにくさを感じている場合は、年に一度ほど耳垢の状態を診てもらうとよい、という助言もあります。自分でやらない、という選択肢がきちんと用意されているわけです。
綿棒が、15年ぶん捜査を狂わせたことがある

綿棒のもう一つの持ち場が、検体の採取です。そこで起きた事故は、道具の清潔さの意味を問い直すものでした。
存在しない犯人が、15年追われた
40件の現場から、同じDNAが出た
1993年から2008年にかけて、ドイツ・オーストリア・フランスの40件もの犯罪現場から、同一人物のDNAが検出されました。殺人事件も含まれています。捜査当局は正体不明の女性を「ハイルブロンの怪人」と呼び、2009年1月には懸賞金を30万ユーロまで引き上げました。
ミトコンドリアDNAの分析からは、東欧またはロシアにつながる特徴が示されたとされます。国境をまたいで犯行を重ねる人物像が、報道でも語られていました。
男性の書類から出て、話が崩れた
ほころびは2009年3月に出ます。フランスで遺体の身元を確認していた捜査で、男性の申請書類に残された指紋から「怪人」と同じDNAが検出されたのです。女性のものとされていたDNAが、男性の書類から出てきてしまった。
同年3月27日、真相が公表されます。DNAの主は、捜査に使う綿棒を納入していた業者の従業員でした。バイエルン州の同じ工場から出荷された綿棒に、はじめから付着していたのです。ドイツの新聞は、戦後のドイツ警察史でもっともお粗末な出来事だと評しました。
原因は、包装の工程にあった
滅菌済みでも、DNAが無いとはかぎらない
問題の綿棒は滅菌されていました。細菌がいないことは保証されていたわけです。しかし、人のDNAが付いていないことまでは保証されていませんでした。
この工場では東欧出身の女性を多く雇っており、包装の工程は素手で行われていたと伝えられます。別の工場の綿棒を使っていたバイエルン州警察の検体からは、同じDNAが出ませんでした。産地の違いが、そのまま答えになったかたちです。
100倍の値段がつく綿棒
この一件を受けて、2016年に国際規格 ISO 18385 が発行されました。犯罪現場の証拠採取に使う消耗品について、人のDNAの混入リスクを最小化する製造要件を定めたものです。
この規格に対応した綿棒は、ふつうの綿棒の100倍以上の値段で売られているといわれます。形はほとんど同じ。値段の差は、素手で触られていないことの証明にかかっています。
※ ISO(国際標準化機構)とは、工業製品や検査方法などの国際規格を定める組織です。ISO 18385 は、DNA鑑定用の綿棒などの製造工程についての規格にあたります。
綿棒そのものは、1923年からほとんど変わっていません。変わったのは、どこまで入れてよいかという目安のほうです。台所で妻の手つきを見ていた発明家は、赤ちゃんの世話を思い浮かべていて、大人の外耳道の奥までは考えていませんでした。
耳の中では、掃除の仕事はとっくに引き受け手が決まっています。皮膚が毎日少しずつ動いて、耳垢を出口まで運んでくる。手を出さないことがそのまま手入れになる場所は、体の中でもそう多くありません。綿棒の出番は、運ばれてきたものを入口で受け取るところまでです。
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