コアラが一日の大半を動かずに過ごすのは、主食のユーカリの葉が栄養に乏しく、消化に手間のかかる食べ物だからです。眠りと休息で使うエネルギーを抑えています。では起きている時間は何をしているのか。野生のコアラを追った調査では、その大部分が食事でした。移動に使ったのは、24時間のうちわずか4分です。
20時間のうち、本当に眠っているのは何時間?

野生のコアラを20日間追いかけた記録
コアラの一日の過ごし方を細かく測った研究として、よく引かれるのが1985年の論文です。オーストラリアのビクトリア州で、ユーカリの一種(Eucalyptus ovata)を食べている野生のコアラを20日間調べ、行動と代謝を同時に記録しました。
結果を24時間に配ると、次のようになります。
| 時間の使いみち | 一日あたり |
|---|---|
| 眠っている | 約14.5時間 |
| 起きたまま休んでいる | 約4.8時間 |
| 葉を食べている | 約4.7時間 |
| 移動している | 約4分 |
「20時間」は睡眠と休息を足した数字
純粋な睡眠は14時間半ほど。目を開けたままじっとしている4.8時間を足すと、動いていない時間は19時間あまりになります。よく聞く「一日20時間眠る」は、この二つを合わせた数え方だと考えると話が合うでしょう。
保護団体のオーストラリア・コアラ財団(AKF)も、コアラは一日に18〜22時間「眠るか休むか」して過ごすと説明しています。眠りだけでなく、休んでいる時間も含めた幅だという点は押さえておきたいところです。
起きている4時間あまりは、ほぼ食事に使う

食べている時間は1日約4.7時間
題名の問いへの答えは、上の時間割にそのまま出ています。起きて活動している時間のほとんどは、葉を食べることに充てられていました。時間の量で見れば、食事が圧倒的です。
活動する時間帯は、昼か夜かのどちらかに限られていませんでした。24時間のあちこちに、食べる時間と休む時間が散らばっています。動物園で見かけるコアラがたいてい眠っているのは、見に行った時間がたまたま休みの番に当たっているからでもあります。
移動に使うのは、24時間でたった4分
同じ調査で、木から木へ渡るなどの移動に使われた時間は一日4分でした。食事の4.7時間を除けば、コアラの一日は「食べる」と「動かない」でほぼ埋まっていることになります。移動が少ないのは、食べ物が足元にあるからです。暮らしている木そのものが食卓なので、餌を探して歩き回る必要がほとんどありません。
一日に食べる葉は数百グラム
1985年の調査で実測された食事量は、乾燥重量で一日約222g。生の葉に直すと約510gでした。AKFは成体で一日200〜500g、オーストラリア博物館は600〜800gとしています。
数字に幅があるのは、体の大きさや季節、葉の水分量で変わるためでしょう。「数百グラムから1キロ弱」とおおまかにとらえておくのが無難です。4時間以上かけて食べる量としては、意外に少なく感じるかもしれません。
ユーカリの葉は、なぜ割に合わない食べ物なのか

繊維ばかりで、吸収できるのは4分の1
ユーカリの葉は繊維が多く、そのわりに栄養が乏しい素材です。AKFによれば、コアラが食べた繊維のうち体に取り込めるのは25%ほど。残りの4分の3は、ほとんど素通りして出ていく計算になります。
しかも硬い繊維を分解するには時間がかかります。入ってくるエネルギーは少なく、取り出すのにも手間がいる。動き回る余裕が残らないのは、この収支の厳しさから来ています。
多くの動物にとっては毒になる葉
ユーカリの葉には、精油のもとになるテルペン類をはじめ、動物に食べられるのを防ぐ化学物質がたくさん含まれています。ほとんどの動物にとって、ユーカリの葉は食べ物というより毒です。
※ 植物二次代謝物とは、植物が成長そのものには使わず、虫や動物に食べられるのを防ぐためなどに作る化学物質の総称です。ユーカリの精油もこれにあたります。
そのおかげで、競争相手がほとんどいない
裏を返せば、ユーカリの葉は奪い合いの起きにくい食料です。AKFによると、ユーカリの葉だけで生きられる哺乳類は、コアラのほかにオオフクロモモンガとリングテイルポッサムくらい。関門さえ越えれば、森がまるごと自分の食卓になります。
ただし、どのユーカリでもいいわけではありません。オーストラリアには600種類以上のユーカリがあるとされますが、ある地域のコアラがふだん食べるのは1種から、多くても2〜3種ほどです。
2メートルの盲腸が、消化を引き受けている

微生物に任せる発酵タンク
コアラの盲腸は長さ約200cm。人間にも盲腸はありますが、比べものにならない長さです。中には何百万もの微生物がすんでいて、コアラ自身では歯が立たない繊維を、吸収しやすい物質へ分解しています。
発酵には時間がかかります。AKFの説明では、コアラは代謝がとても遅いぶん、食べたものを消化管に長くとどめて栄養を絞り取れるのだそうです。遅い代謝と長い消化は、ひと組の仕組みとして働いています。
子どもは母親の「パップ」で微生物を受け取る
この微生物は、生まれたときから体にいるわけではありません。乳から葉へ切り替わる時期、子どもは母親が出す「パップ」と呼ばれるやわらかい液状の糞を食べます。
オーストラリア博物館は、パップがユーカリの消化に必要な細菌を子どもに渡していると考えられる、と説明しています。葉を食べる力は、親から子へ手渡しで受け継がれているわけです。
肝臓とゲノムに組み込まれた解毒の仕掛け

解毒酵素の遺伝子CYP2Cが31個
2018年、オーストラリア博物館のレベッカ・ジョンソン氏らの国際チームがコアラの全ゲノムを解読し、科学誌ネイチャー・ジェネティクスに発表しました。解毒に関わる酵素の遺伝子が大きく増えていたことが、目立った発見の一つです。
増えていたのはシトクロムP450のうちCYP2Cと呼ばれる一族で、その数は31個。肝臓で盛んに働いていました。ユーカリの化学物質を分解し、体の外へ出しやすい形に変える役目を担っていると考えられています。
※ シトクロムP450(CYP)とは、肝臓などで薬や毒物を分解する酵素の大きなグループです。人間にもあり、薬の効き方や飲み合わせを左右します。
苦味の受容体24個と、水を感じる遺伝子
同じ解読では、苦味を感じる受容体の遺伝子が24個見つかりました。オーストラリアの有袋類では最多です。さらに、水分の濃さを感じ取るのに役立つとみられるアクアポリン5という遺伝子にも重複がありました。危ない葉や水気の少ない葉を、そもそも口に入れない。鼻と舌で選び、肝臓で処理するという二段構えです。
薬まで分解してしまう悩み
この解毒の力は、人がコアラを治療するときには壁になります。CYPの仲間は消炎鎮痛薬や抗生物質の分解にも関わるため、薬が効く前に壊されてしまうおそれがあるからです。
同じオーストラリア博物館の解説には、クラミジア感染症のコアラには抗生物質を多めに与えることが多いと触れられています。ゲノムの情報は、薬の量を決める手がかりにもなりそうです。
「ユーカリに酔って寝ている」は本当?

コアラ財団ははっきり否定している
「ユーカリの油に酔っているから眠る」という話は、いまもよく耳にします。AKFはこの言い伝えを取り上げたうえで、本当ではないと打ち消しています。考えてみれば、酔うほど精油を吸収していたら肝臓がもちません。コアラがしているのは酔うことではなく、酔わないように分解し続けることのほうです。
眠りは消化にエネルギーを回すため
AKFの説明では、長く眠るのは、繊維が多く栄養の少ない葉を消化するのに多くのエネルギーが要るからです。眠りや休息で体の出費を抑え、そのぶんを消化に回しています。
入ってくる量を増やすより、出ていく量を減らす。木の上でぐったりして見える姿は、怠けているのではなく、家計簿をぎりぎりで合わせている姿だといえます。
木に抱きつくのも、省エネの一部

幹は気温より5℃以上低いことがある
2014年、ジェームズクック大学のナタリー・ブリスコー氏やメルボルン大学の研究者らが、ビクトリア州のフレンチ島で30頭のコアラを観察しました。暑い日のコアラは、幹に体を押しつけるようにして休んでいたのです。
測ってみると、木の種類によっては幹の表面が気温より5℃以上低いことがありました。冷たい幹に抱きついていれば、体の熱がそちらへ逃げていきます。
涼む木と、食べる木は別
研究チームの試算では、冷たい木を使えると、暑い日に体を冷やすために要る水分の半分ほどを節約できるとされます。息を荒くしたり毛をなめたりして冷やすと、水を失ってしまうからです。
面白いのは、いちばん冷たかったのがアカシアの木だったこと。アカシアはコアラの食べる木ではありません。食事のための木と涼むための木を、使い分けていたことになります。
コアラは本当に水を飲まないのか

水分の大半は葉から取っている
「コアラは水を飲まない」という話も長く語られてきました。AKFによれば、コアラは水分の大半をユーカリの葉から取っていて、水を飲む必要はめったにありません。
ただし日照りが続いて葉の水分が減ると、水を飲むこともあります。飲まないのではなく、ふだんは飲まなくても足りている、という言い方のほうが正確です。
雨の日に、幹を伝う水をなめていた
2020年、シドニー大学のバレンティナ・メラ氏らが、2006〜2019年に集めた野生のコアラの観察46件をまとめて発表しました。主な観察地はビクトリア州のユーヤンズ地域公園です。
雨が降ると、コアラは幹を流れ落ちる水をなめていました。この水は樹幹流(じゅかんりゅう)と呼ばれます。雨の日にしか見られない飲み方なので、人の目に触れにくかったのでしょう。
食べられる葉は、腸内細菌しだい?

好きな木を食べ尽くして、7割が餓死した森
2013年、ビクトリア州のケープ・オトウェイでは、増えすぎたコアラが好物のマナガム(Eucalyptus viminalis)を食べ尽くしました。飢えで7割が死んだとされます。それでも多くのコアラは、近くに生えていたメスメイト(E. obliqua)にほとんど口をつけませんでした。
糞のカプセルで、食べられる葉が広がった
そこでクイーンズランド大学のマイケラ・ブライトン氏らは、マナガムを食べていた野生のコアラに、メスメイトを食べるコアラの糞から作ったカプセルを与える実験をしています。2019年に発表された結果では、腸内細菌がメスメイト側へ寄った個体ほど、メスメイトをよく食べるようになっていました。何を食べられるかは、本人の好みだけでなく腸の住人にも左右される。生息地を移されるコアラの助けになる方法として、注目を集めました。
クマではなく、カンガルーと同じ有袋類

「コアラベア」という呼び方は誤り
英語圏では koala bear と呼ばれることがありますが、AKFはこれを誤りだとしています。コアラはおなかの袋で子を育てる有袋類で、クマとは系統がまるで違う動物です。オーストラリア博物館は、いちばん近い親戚としてウォンバットを挙げています。
生まれたときはジェリービーンズほど
サンディエゴ動物園によれば、生まれたばかりのコアラは大きめのジェリービーンズほどの大きさで、体重は0.4〜1gほど。そこから母親の袋の中で乳を飲んで育ち、やがてパップを経てユーカリの葉を食べる体になっていきます。
ほかの動物が手をつけない葉を選んだおかげで、コアラは食べ物を奪い合わずに済むようになりました。その代わりに手放したのが、動き回る余裕です。起きている4時間を食事にあて、残りの時間をじっと過ごす。あの眠たげな一日は、空いていた食卓を独り占めするための、ちょうどいい暮らし方なのかもしれません。
参考
- Australian Koala Foundation「The Koalas’ Diet & Digestion」
- Nagy & Martin「Field metabolic rate, water flux, food consumption and time budget of koalas in Victoria」(Australian Journal of Zoology 33巻5号、1985年)
- オーストラリア博物館「The Koala Genome」
- Briscoe et al.「Tree-hugging koalas demonstrate a novel thermoregulatory mechanism for arboreal mammals」(Biology Letters、2014年)
関連記事








