地球が太陽のまわりを一周するのに約365.2422日かかり、365日の暦では毎年6時間近くが余るからです。その余りを4年ためて1日にしたのがうるう年です。ただ4年に1度では足しすぎになるため、400年に3回だけ、4で割り切れてもうるう年にしない年が決められています。
うるう年を決める3段の割り算

判定に使うのは4・100・400の3つの数です。下の段ほど強く、上の段の結果を打ち消す仕組みです。
4で割り切れる年は366日
西暦の年が4で割り切れれば、その年はうるう年。2月29日が入ります。2024年や2028年がこれにあたり、4で割り切れない2026年や2027年は365日の平年です。ふだんの暮らしで出会うのは、ほぼこの1段目だけです。
100で割り切れる年は平年に戻る
4で割り切れても、100で割り切れる年は平年に戻します。1700年・1800年・1900年がそうでした。1900年の2月は、4で割り切れる年でありながら28日までしかありませんでした。次にこの段が働くのは2100年で、2200年・2300年と続きます。
400で割り切れる年はうるう年に戻る
100で割り切れても400で割り切れる年は、もう一度うるう年に戻す決まりです。2000年は4でも100でも400でも割り切れ、いちばん下の段が効いてうるう年になりました。前回は1600年、次は2400年です。2001年から2400年までの400年で数えると、4で割り切れるのにうるう年にならない年は2100年・2200年・2300年の3回だけになります。
1年365日では何時間足りない?

足りないのは1年あたり約5時間49分です。うるう年の出どころは暦の都合ではなく、地球の公転の端数にあります。
地球の一周は約365.24219日
国立天文台は、地球が太陽のまわりを一回りするのにかかる時間を約365.24219日と説明しています。小数点以下の0.24219日を時分秒に直すと、約5時間48分45秒です。1年ごとにこれだけの時間が、暦の365日からはみ出していきます。
※ 回帰年(かいきねん)とは、太陽が春分点を出てふたたび春分点に戻るまでの時間のことです。季節がひと巡りする長さで、暦の1年はこれに合わせて作られます。
4年ためると1日に少し足りない
4年ぶんためると0.24219日×4で約0.9688日。時間に直せば約23時間15分で、1日にわずかに届きません。この「ほぼ1日」を4年目の2月に押し込むのが、うるう日の正体です。足りない45分ほどを4年ごとに切り上げているので、長い目で見ると今度は足しすぎになります。
調整をやめると124年で1か月ずれる
うるう日を一切入れないと、1年あたり約0.2422日ずつ暦が季節を追い越していきます。30日ずれるのに約124年。半年ぶんの約183日なら約755年です。800年ほど使い続ければ、カレンダーの1月に真夏が来ることになります。
昔の人にとって、このずれは見過ごせないものでした。種まきや収穫の時期を暦から読み、祭りの日取りも暦で決めていたからです。春の祭りが夏に来てしまえば、暦そのものが信用を失います。
ユリウス暦はなぜ季節とずれた?

4年に1度の規則は、うるう日を入れすぎていました。差は1年に11分ほどで、気づかれるまでに1000年以上かかっています。
紀元前45年に始まった4年に1度
4年に1日を足す方式は、ユリウス・カエサルが紀元前45年から施行したユリウス暦で確立しました。それ以前のローマの暦では、神官が必要に応じてうるう月を差し込んでいました。政治的な思惑で年の長さが伸び縮みしていたとされます。
カエサルはこの裁量をなくし、4年に1度という機械的な規則に置き換えました。1年の平均は365.25日。当時としては十分な近似で、この暦はその後1600年以上使われ続けます。
1年あたり約11分14秒の入れすぎ
ユリウス暦の1年は平均365.25日で、回帰年より0.0078日ほど長くなります。1年あたりに直すと約11分14秒です。1回では誰も気づきません。ただ暦は、世代をまたいで使われる道具です。
128年で1日たまるずれ
1÷0.0078で約128年。この速さで、暦の日付が季節より先へ進んでいきます。人ひとりの一生では1日にも届きません。誰かが困り始めるまでに、数百年の時間が必要でした。
325年から1582年までで約10日
基準になったのは、325年のニカイア公会議のころの暦です。このとき春分は3月21日ごろにありました。そこから1582年までの1257年を128で割ると、およそ10日。16世紀の春分は、暦の上の3月21日より10日ほど早く来るようになっていました。
※ ニカイア公会議とは、325年に現在のトルコで開かれたキリスト教の会議です。復活祭の日取りの決め方が話し合われ、のちに春分を3月21日とする扱いが定着しました。
1582年10月4日の翌日は10月15日

たまった10日を一度に削ったのが1582年の改暦です。削った理由は天文学より、教会の祝日の都合にありました。
日付だけが10日飛んだ改暦
ローマ教皇グレゴリウス13世は1582年、たまった10日を削る改暦を布告しました。1582年10月4日の木曜日の翌日が、10月15日の金曜日になります。曜日は連続したまま、日付だけが10日飛んだわけです。こうして始まったのが、いま世界で使われているグレゴリオ暦です。
イギリスは11日、ロシアは13日を削った
改暦は各国で足並みがそろいませんでした。イギリスが採用したのは1752年で、このときは差が11日に広がっていました。9月2日の翌日が9月14日になっています。ロシアにいたっては1918年で、削った日数は13日にのぼりました。遅れた国ほど、うるう日の入れすぎを長く抱えていた計算です。
復活祭は春分から逆算される
キリスト教で最も重い祝日のひとつである復活祭は、春分のあとの最初の満月の次の日曜日に祝います。起点の春分が10日もずれれば、祝日の日付そのものが動いてしまいます。暦のずれは、そのまま教会の行事の混乱につながっていました。
戻す先は紀元前45年でなく325年
削る日数は、ユリウス暦が始まった紀元前45年ではなく、325年の状態に戻す量として計算されました。基準を公会議の年に置いたため、削除は13日ほどではなく10日で済んでいます。改暦が目指したのは季節の復元というより、教会の取り決めの復元でした。
400年に3回の例外はどう決まった?

10日を削っただけでは、同じずれがまたたまります。グレゴリオ暦が加えたもう一つの仕掛けが、100年と400年の例外でした。
400年で97回という数
4年に1度なら400年に100回。そこから3回を引いた97回が、グレゴリオ暦のうるう年の数です。365日×400年に97日を足すと146,097日。400で割った平均が365.2425日で、回帰年の365.24219日にかなり近い値になります。97という半端な数は、この平均を作るための数だと読めます。
残る誤差は約3,200年で1日
365.2425日と365.24219日の差は、1年あたり約0.00031日。秒に直すと約27秒です。国立天文台は「数千年程度で1日のずれ」と説明しており、計算するとおよそ3,200年になります。ユリウス暦の128年と比べると、25倍ほど長持ちする暦になりました。
3つの暦を、1年の平均と1日ずれるまでの年数で並べると次のとおりです。
| 暦 | 1年の平均 | 回帰年との差 | 1日ずれるまで |
|---|---|---|---|
| うるう年なし | 365日 | 約0.2422日 | 約4年 |
| ユリウス暦 | 365.25日 | 約0.0078日 | 約128年 |
| グレゴリオ暦 | 365.2425日 | 約0.0003日 | 約3,200年 |
2月29日が8年来ない期間
100年ごとの例外には、意外な副作用があります。2月29日の間隔が、そこだけ4年ではなく8年に開くのです。直近の例は1896年で、次のうるう年は1900年を飛ばした1904年でした。
同じことが2096年から2104年にかけて起こります。1900年の空白を覚えている人はもういません。2100年の空白には、いま生きている世代の一部が立ち会うかもしれません。
うるう日はなぜ2月にある?

2月がかつて、1年の最後の月だったからです。年の途中に日を足すのは不自然に見えますが、もとは年末の調整でした。
最初のローマ暦は10か月
国立天文台の解説によると、古いローマ暦(ロムルス暦)には、いまの1月と2月にあたる月がありませんでした。年は3月に始まり、10か月で304日。冬のあいだは月の名前がない期間だったとされます。英語のSeptemberからDecemberがラテン語の7から10に由来するのは、この数え方の名残です。
2月は1年の最後の月だった
その後のヌマ暦で1月と2月が加わりますが、2月は年の終わりの月として置かれました。1年は355日で、足りない分はうるう月で調整していました。ユリウス暦で年の始まりが1月に移ったあとも「年末」という意識は残ります。カエサルはこの2月で、うるう年の日数を調整する仕組みにしました。
2月だけ28日の理由
ヌマ暦の各月は29日か31日でした。2月にあたるFebruariusだけが28日だったのは、祓(はら)いと清めの月だったからだと考えられています。不吉とされた偶数でも気にしなくてよい月だった、という説明です。
ユリウス暦でもこの日数は増やされませんでした。宗教的な祭礼が多い月で、混乱を避けたためとみられます。2月は他の月に日数を取られて短くなったという話も広まっています。ただ国立天文台の解説では、はじめから短い月だったという扱いです。
うるう日はもとは2月24日
ユリウス暦の当初は、うるう年に2月24日を2回繰り返していました。月末に新しい日付を作ると、その後に決まっている祭礼の日付がずれてしまうからです。2月28日の後に29日を置く今の形は、あとから定着しました。
英語にはうるう年を指す語として、leap yearのほかにbissextileがあります。「6番目の日が2回ある」という意味のラテン語に由来する言葉です。2月24日は3月1日から逆に数えて6番目の日にあたり、使われなくなった置き場所の記憶が単語に残っています。
日本のうるう年は明治の勅令が決めている

日本のうるう年の判定には、明治時代に出された1本の勅令が今も使われています。その条文の基準は西暦ではなく皇紀です。
明治5年の12月は2日で終わった
日本が太陽暦(グレゴリオ暦)に切り替えたのは明治6年(1873年)です。発表は明治5年11月で、本来なら明治5年12月3日にあたる日が、新しい暦の明治6年1月1日になりました。12月はわずか2日で打ち切られた計算です。
国立国会図書館の解説によると、突然の改暦だったため、新しい暦は明治5年のうちに全国へ行きわたりませんでした。発表から実施まで、ひと月ほどしかなかったのです。
1898年の勅令第90号「閏年ニ関スル件」
うるう年の判定を条文にしたのは、1898年(明治31年)5月11日公布の勅令第90号「閏年ニ関スル件」です。1900年が平年になる2年前のことでした。条文は神武天皇即位紀元(じんむてんのうそくいきげん)の年数を基準に書かれ、4で割り切れる年をうるう年と定めています。
※ 神武天皇即位紀元(皇紀)とは、神武天皇の即位を元年とする年の数え方です。西暦に660を足した数にあたり、西暦2026年は皇紀2686年になります。
660を引いて100で割る条文
例外の書き方は少し回りくどい形です。紀元の年数から660を引いて100で割り切れる年のうち、その商がさらに4で割り切れない年を平年とする、とあります。660を引くのは皇紀を西暦に戻す計算です。商を4で割るのは、西暦を400で割るのと同じことになります。
式の見た目は違っても、判定の結果はグレゴリオ暦とぴたりと一致します。1900年は西暦1900を100で割った商が19で、4で割り切れないため平年。2000年は商が20で、うるう年です。
今も現行の法令として残る
この勅令は廃止されておらず、政府の法令データベース「e-Gov法令検索」に現行の法令として載っています。参議院法制局も、うるう年をめぐる法令の解説でこの「閏年ニ関スル件」を取り上げています。ふだん誰も意識しない場所で、明治の条文がいまも暦を支えているわけです。
2月29日生まれの人はいつ年を取る?

4年に1度しか誕生日が来ない人も、法律の上では毎年きちんと1歳増えます。
平年は2月28日の24時に1歳増える
年齢の数え方を定めているのは、明治35年の「年齢計算ニ関スル法律」です。年齢は生まれた日を1日目として数えるため、誕生日の前日が終わった時点で1歳増えます。参議院法制局の解説によれば、2020年2月29日生まれの人は2021年2月28日の24時に満1歳になります。2月29日が無い年でも、年を取るのは止まりません。
お祝いは3月1日が多い
実際に誕生日を祝う日は、うるう年なら2月29日、平年なら3月1日が一般的だろうと同じ解説は述べています。法律の上で年を取る瞬間と、お祝いの日が1日ずれる珍しい形です。平年の2月28日に祝う人もいて、家庭ごとに決め方が分かれるところです。
運転免許証は2月28日生まれと同じ扱い
運転免許証の有効期間は、道路交通法第95条の6で誕生日を基準に決まります。ただ存在しない日付は手続きで扱えません。そこで更新の年が平年なら、2月29日生まれの人の誕生日を2月28日とみなす規定が置かれました。末日が土日などにあたれば次の平日まで延びるので、最終日は年によって変わります。
例外が今の道具に残した痕跡

めったに働かない規則は、見落とされやすい規則でもあります。その見落としと400年の周期が顔を出すのは、意外に身近な場所です。
Excelに存在する1900年2月29日
Excelでは、現実には存在しない1900年2月29日が日付として扱われます。マイクロソフトの公式文書によると、先に広まっていた表計算ソフトのLotus 1-2-3が1900年をうるう年として扱っていました。ExcelはLotusと同じ日付の通し番号を使えるよう、その前提ごと引き継いだのです。
直すと今あるファイルの日付がほぼすべて1日ずれるため、修正しない方針がとられています。影響は、1900年3月1日より前の日付でWEEKDAY関数の曜日が狂う点だけ。2100年など他の世紀の年は正しく平年として扱われます。
400年でカレンダーが一巡する
グレゴリオ暦の400年は146,097日で、7で割ると20,871週ちょうど。端数が出ません。400年たつと、日付と曜日の組み合わせが完全に元へ戻ります。2026年のカレンダーは、2426年のカレンダーとまったく同じものです。
13日は金曜日がいちばん多い
400年で一巡するので、各曜日が何回現れるかを数え上げることができます。13日について数えると、400年の4,800回のうち金曜日が688回で最も多くなります。13日の金曜日を不吉とするのは迷信ですが、ほかの曜日よりわずかに多いのは暦の仕組みから出てくる事実です。
4年に1度という規則には、100年ごとの例外と、それを打ち消す400年ごとの例外が重ねてあります。下の2段は、ふつうに暮らしていれば一生に一度働くかどうか。それでも暦が季節から離れないのは、出番の少ない条文が黙って効いているからです。2100年の2月が28日で終わるとき、その条文は200年ぶりに仕事をします。
参考
- 国立天文台「どの年がうるう年になるの?」
- 国立天文台「どうして2月だけ28日しかなくて、日数が変わるの?」
- 参議院法制局「うるう年をめぐる法令」
- Microsoft「Excel では、1900 年が閏年であると誤って想定しています」
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