1933年(昭和8年)の春、大阪・道頓堀のカフェー「丸玉」で、なじみの客が女給に「独立の資金に400円をあげる」と約束しました。客は払わず、女給は裁判を起こします。一審と二審は女給の勝ち。ところが1935年、大審院(だいしんいん。今の最高裁判所にあたる)は「自分から払えば有効だが、相手から無理に取り立てることはできない約束だ」として、判決をやり直させました。
道頓堀のカフェーで何があった?

客と女給が親しくなったのは昭和8年1月ごろ
舞台は大阪市南区道頓堀(今の中央区)のカフェー「丸玉」です。判決文によると、客の男性は店で女給として働く女性と遊ぶうちに、1933年1月ごろから親しい間柄になりました。
判決は当事者を「上告人」「被上告人」と呼ぶだけで、名前は出てきません。分かっているのは店の名前と場所、そして日付と金額。それだけで、90年後の今も法律の授業で語られる事件になりました。
約束は4月18日、名目は「独立して暮らすための資金」
同じ年の4月18日、客は女給に400円を与えると約束します。判決文の言い方では、女給の歓心を買うため、将来「独立シテ自活ノ途ヲ立テシムヘキ資金」として渡すという約束でした。店を辞めて自分の力で暮らしを立てるための元手、という意味です。ところが、お金は一向に支払われません。そこで女給の側が、約束どおり400円を払うよう客を訴えました。
400円は新任の小学校の先生の給料7〜9か月分
朝日新聞社の『値段史年表』によると、1933年の小学校教員の初任給は月45〜55円です。400円はその7〜9か月分にあたります。酒の席の気前のよい一言としては、かなり大きな額でした。
大審院も判決文で、この額を「相当多額」と表しています。軽い口約束で動かすには重いお金だったことが、後で見る判断にも響いてきます。
女給の稼ぎは客からのチップだった

カフェーは酒と接客の店
昭和初期の「カフェー」は、今の喫茶店とは別物です。洋風の店で酒を出し、女給が客のテーブルについてもてなす、今でいう夜の飲食店に近い営業でした。
なかでも大阪のカフェーは派手さで知られます。1930年前後には大阪資本の店が次々と東京・銀座へ進出し、「大阪カフェーの銀座占領」とまで言われたほどでした。道頓堀はその本場にあたります。
決まった給料のない働き方
昭和期の女給の多くは、店から決まった給料を受け取っていません。収入の柱は、もてなした客から受け取るチップでした。立命館大学の紀要に載った研究は、客へのサービスがそのまま収入につながるしくみだったと指摘しています。
客の気前のよさが、そのまま暮らしに直結する仕事です。「独立の資金」という約束が女給にとってどれほど現実味のある話に聞こえたかは、この事情を知ると想像しやすくなります。
一審と二審は女給の訴えを認めた

女給は「贈与の約束」として400円を求めた
女給の言い分は、この約束は贈与にあたるというものです。贈与(ぞうよ)とは、ただで財産をあげる約束のこと。あげる側が申し出て、もらう側が受け入れれば成り立ちます。一審と二審の裁判所はこの考え方を認め、客に400円の支払いを命じました。約束があった以上は守るべきだ、という素直な結論です。
客は上告して何を訴えた?
負けた客は、大審院へ上告します。上告とは、二審の判決に不服があるとき、さらに上の裁判所に判断を求めることです。当時の裁判も、三つの段階で争える三審制でした。
客の主張は、約束の動機は女給と深い仲になることにあったというもの。だから社会の秩序や道徳に反する(公序良俗違反)約束で無効だ、という趣旨だったとされます。約束そのものを最初から無かったことにしようとしたわけです。
大審院はどこを問題にした?

「短い期間、店で遊んだ間柄にすぎない」
1935年4月25日の大審院判決が決め手にしたのは、公序良俗ではなく二人の関係の深さでした。判決文によれば、二人の親しさは女給の勤める店で「比較的短期間」遊んだ関係にすぎません。ほかに深い縁があるわけでもない、と大審院は見ました。
そうした場で一時の興に乗り、気に入られようと大金を約束することはある。けれども、それで女給に裁判で請求できる権利まで与えるつもりだったと「速断スルハ相当ナラス」。つまり決めつけるのは適当でない、というのです。
払えば有効、でも取り立てはできない「特殊ノ債務関係」
判決の核心は次の一節にあります。客の約束から生まれるのは普通の債務ではない、と言い切った部分です。
諾約者カ自ラ進テ之ヲ履行スルトキハ債務ノ弁済タルコトヲ失ハサラムモ要約者ニ於テ之カ履行ヲ強要スルコトヲ得サル特殊ノ債務関係ヲ生スル
大審院昭和10年4月25日判決より(原文のカタカナ書きのまま)
今の言葉にすると、約束した客が自分から進んで払えば借りを返したことになる。しかし女給の側から支払いを強いることはできない。そんな特別な関係が生まれるにすぎない、という意味です。
贈与と言うには特別な事情の裏づけが要る
普通の贈与として支払いを命じたいなら、客が本気であげるつもりだったと納得できる特別な事情(判決の言葉では「格段ノ事由」)を確かめて示す必要がある。大審院はそうも述べました。二審はそれをしないまま女給の請求を認めています。
そこで大審院は、調べが足りず理由も十分でないとして二審の判決を破棄。事件を大阪地方裁判所に差し戻し、審理をやり直させました。客を勝たせたというより、「その約束が裁判で取り立てられる種類のものか、もっとよく調べよ」と命じた判決です。
自然債務とはどんな債務?

債権がもつ四つの力
法律の世界では、お金を請求できる権利(債権)には、いくつかの「力」が重なっていると説明されます。普通の約束と丸玉の約束を並べると、どの力が欠けていたのかが見えてきます。
| 力の名前 | 中身 | 普通の約束 | 丸玉の約束 |
|---|---|---|---|
| 請求力 | 相手に「払って」と求められる | ある | ある |
| 訴求力 | 裁判で支払いを命じてもらえる | ある | ない |
| 執行力 | 財産の差し押さえなどで強制的に回収できる | ある | ない |
| 給付保持力 | 払われたお金を返さずに持っていられる | ある | ある |
最後の「給付保持力」だけが残っている点が大事です。客が後から自分で400円を払えば、女給はそれを返す必要がありません。払う義務は消えていないので、ただの贈り物とも違います。
判決文に「自然債務」という言葉はない
この「払えば有効、取り立ては不可」という債務を、学者たちは自然債務と呼んできました。丸玉事件は、日本の判例でこれを認めた代表例として教科書に載っています。
ただし判決文が使ったのは「特殊ノ債務関係」という言い方だけです。自然債務という名前は、古代ローマ法の「ナトゥラリス・オブリガティオ(自然の義務)」に由来する学説上の呼び名。判決が後から学説の言葉で読み直され、看板になったわけです。
明治の旧民法には「自然義務」の章があった
じつは日本にも、この考え方を条文にした時期がありました。フランス人の法学者ボアソナードらが起草し、1890年(明治23年)に公布された旧民法の財産編には「自然義務」という章が置かれています。
しかし旧民法は「日本の慣習に合わない」などの反対論に押されて施行が延期され、そのまま今の民法に置き換わりました。今の民法に自然債務を定めた条文はありません。丸玉事件の判決は、条文から消えた考え方を裁判所が拾い上げた形になりました。
今の法律で口約束はどう扱われる?

契約は口約束でも成り立つ
今の民法522条は、契約を結ぶのに書面などの決まった形は要らない、と定めています。「あげます」「もらいます」のやりとりだけで、贈与の契約は成り立つのが原則です。
つまり口約束だから無効、という考え方は法律にはありません。丸玉事件でも、大審院は「約束がなかった」とは言っていない点に注意が要ります。問われたのは、その約束にどこまでの力があるかでした。
書面のない贈与は渡す前なら取りやめられる
一方で民法550条は、書面によらない贈与は、まだ渡していない部分なら取りやめ(解除)できると定めています。口だけの「あげる」は軽はずみになりやすいので、引き返す道を残しているわけです。
この条文は約束が成り立っていることが前提で、あげる側が自分で取りやめを言い出す道具です。丸玉事件の大審院が問うたのはその手前。そもそも裁判で取り立てられる約束だったのか、という点でした。
冗談と相手も分かっていた約束は無効
民法93条は、本心でない約束(心裡留保=しんりりゅうほ)も原則は有効としつつ、本心でないと相手が知っていたり知ることができたりしたときは無効だと定めます。酒の席の「100万円あげるよ」を相手も冗談と受け取っていたなら、こちらの筋で片がつきます。
丸玉事件の判決は約束を無効とも有効とも言い切らず、その中間に「払えば有効、取り立ては不可」という居場所を作りました。冗談と本気のあいだにある約束を、どう扱うかの一つの答えといえます。
取り立てられない債務は今もある

自己破産で免責された借金
身近な例は、自己破産で「免責」を受けた借金です。破産法253条は、免責が確定すると、破産した人はその借金について「責任を免れる」と定めています。貸した側は、もう裁判で取り立てることができません。
ただし借金そのものが消えるのではなく、責任がなくなるだけ、という読み方が一般的です。そのため免責の後に本人が自分から返したお金は、返してもらう必要がないと説明されることが多く、自然債務の例に挙げられます。
「裁判にしない」と約束した債務
お金の貸し借りの際に、当事者どうしで「この件では訴えない」と取り決めることがあります。不起訴の合意と呼ばれるものです。この場合、貸した側は約束どおり裁判に訴えられず、強制的な回収もできません。それでも借りた側が自分から返せば、立派な返済です。丸玉事件の約束と同じ形の「払えば有効、取り立ては不可」が、契約で意図的に作られるわけです。
時効が来た借金は学説が分かれる
返す期限から長い時間がたち、時効を主張された借金はどうか。債務がまるごと消えるとみる立場と、取り立ての力だけが消えて自然債務として残るとみる立場があり、学説が分かれます。
判例や多数の学説は前者に立つとされます。同じ「取り立てられない」でも、債務が残っているか消えているかで、後から払ったお金の扱いが変わってくる。自然債務という考え方は、その境目を見分けるための物差しでもあります。
判決文の細部に残る昭和の空気

載ったのは『法律新聞』3835号
この判決は、当時の法律専門紙『法律新聞』の3835号5ページに載りました。教科書や論文が「新聞3835号5頁」と記すのはこのためです。2000年には雑誌『みんけん』の連載「民法基本判例解説」でも、自然債務の判例として取り上げられています。
名古屋大学が公開している講義ノートには、判決文の主要部分がカタカナ書きのまま収められています。この記事の引用も、そこで確かめたものです。
「カフヱー」という表記
判決文では店の種類が「カフヱー」と書かれています。「ヱ」はワ行の「え」で、戦前にはカフェーをこう書くことがよくありました。法律の文書にも、昭和初期の街の看板と同じ文字が並んでいるわけです。
判決に出てくる「眤懇(じっこん)」も、今ではあまり見かけない言葉です。「昵懇」とも書き、親しく打ち解けた間柄を指します。大審院はこの言葉を使いつつ、その親しさは店の中だけのものだと見積もりました。
差し戻し後の結末は判決からは分からない
大審院の判決は、事件を大阪地方裁判所に戻したところで終わっています。やり直しの裁判で「格段の事由」が認められたのか、客が自分から払ったのか。判例として語り継がれるのは大審院の判断の部分で、400円の行方はこの判決からは分かりません。判決の名前に残ったのは客でも女給でもなく、店の名前でした。90年たった今も「カフェー丸玉事件」の呼び名で、民法の教科書でおなじみの判例の一つとして知られています。
大審院は、400円の約束をなかったことにはしませんでした。裁判所が手を貸すのは取り立てまでで、払うかどうかは客の側に残したのです。法律が届かないその先に、約束した人の良心という、昔からの持ち場がちゃんと残されていました。
参考
- 名古屋大学OCW「千葉基礎セミナー講義ノート:カフェ丸玉ホステス事件第2回」(2003年)
- e-Gov法令検索「民法」
- 寺澤ゆう「1930年代のカフェーにみる性風俗産業界」(立命館大学人文科学研究所紀要103号)
- 新居浜市立図書館「値段史年表」(朝日新聞社『値段史年表 明治・大正・昭和』より抜粋)
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