作品の中で実在の店名や商品名を口にするだけなら、商標権の侵害にはなりにくいとされています。それでも漫画が「ネズミーランド」とぼかすのは、裁判で負けるからではありません。権利者からの抗議やアニメ化のときの放送の制約といった「揉めごと」を、最初から避けておくためです。
※ この記事は、商標や著作権をめぐる一般的な考え方を、身近な例で紹介するものです。個別のケースが問題になるかどうかは事情によって変わります。作品づくりで判断に迷うときは、弁理士や弁護士に相談してください。
実名を出すだけなら商標権の侵害になりにくい

商標権は商品やサービスの「目印」を守る権利
商標権は、名前そのものを独り占めする権利ではありません。登録した商品やサービスについて、その名前を「うちの商品です」という目印として使える権利です。侵害になるのは、ほかの人が同じ種類の商品やサービスに、似た名前を目印として付けたときが基本です。
※ 商標的使用とは、言葉やマークを「この商品・サービスはここのものだ」と示す目印として使うことです。話題として名前を出すだけの使い方は、これにあたらないと判断されることが多くあります。
漫画のコマはハンバーガー店ではない
弁理士への取材記事では、大手ハンバーガーチェーンの例が挙がっています。この商標は「西洋料理を主とする飲食物の提供」というサービスで登録されています。漫画はお客に料理を出しているわけではないので、キャラクターが店名を口にしても、登録されたサービスに使ったとは言いにくい。看板を掲げて商売をしているのとは話が違う、という整理です。
商標法26条は「目印でない使い方」を外している
この考え方は法律にも書かれています。商標法26条1項6号は、商品やサービスの出どころを見分けられる形で使われていない商標には、商標権の効力が及ばないと定めています。会話やストーリーの中で名前が出てくるだけなら、多くはこの「目印になっていない使い方」に入るという見方が一般的です。
それなのに抗議の手紙が届くのはなぜ?

『モンキーターン』のエアロバイクに照会状
法律上は問題になりにくくても、権利者が黙っているとは限りません。2001年、『週刊少年サンデー』連載の競艇漫画『モンキーターン』に「エアロバイクは1日1時間以上漕いだ」というセリフが載りました。すると「エアロバイク」の商標を持つ会社から、小学館の社長あてに照会状が届いたといいます。編集者向けの本『編集者の危機管理術』に記された実例として、弁理士への取材記事が紹介しています。
名前が普通の言葉になると権利が弱まる
権利者が気にしたのは、自社の商品名が「室内で漕ぐ自転車」全般を指す普通の言葉として広まることでした。これが普通名称化(ふつうめいしょうか)という現象。普通名称になったと判断されると、商標登録が残っていても他人の使用を止められない場合が出てきます。裁判所が普通名称と判断した例には「正露丸」や「巨峰」があります。
単行本では「バイクトレーニング」に差し替え
『モンキーターン』のセリフは、単行本になるときに「バイクトレーニング」へ書き換えられました。権利者が普通名称化を防ぐ手段として、メディアに「一般名詞として使わないでほしい」と申し入れることは珍しくありません。法的な強制力のないお願いでも、受け取る側には対応の手間がかかるもの。漫画家や編集者が最初から一般名詞で書いたり、もじったりするのは、この手間を避けるためでもあります。
悪く描くと商標とは別の責任が生まれる

名誉毀損や信用毀損というもう一つの壁
実名を出すこと自体が問題でなくても、描き方しだいで話は変わってくる。実在の会社や商品について事実と違うことを描いたり、評判を大きく下げる表現をしたりすると、名誉毀損(めいよきそん)や信用毀損として責任を問われるおそれがあります。こちらは商標とは別の問題です。名前の使い方より、何を描いたかが問われます。
「安そうな万歩計」にもメーカーから手紙
同じ取材記事には、「安そうな万歩計」といったギャグにメーカーから手紙が届いた例も出てきます。内容は「不信感を与える表記は取り消していただきたい」というものでした。笑いのつもりの一言でも、商品の評判にかかわると受け取られれば抗議の理由になります。
1文字変えても抗議されたコンビニの場面
名前をもじれば安全、というわけでもありません。ある漫画では「Family mark」という、1文字だけ変えたコンビニで高校生が酒を買う場面が描かれました。この描写にファミリーマートから抗議があり、小学館は誌上で謝罪したうえ、単行本にしないと表明したと紹介されています。誰のことか分かる形で悪く描けば、もじりは盾になりません。
もじりが効くのは他愛のない場面
取材記事の弁理士は、メーカーが怒るような描写なら名前を少し変えてもリスクはあまり減らない、と述べています。一方で、店に立ち寄って友だちと話すだけの場面なら、名前を変えることでリスクを下げられる可能性があるとも。もじりは、何気ない場面で余計な連想や誤解を避けるための工夫だと考えると分かりやすいでしょう。
アニメ化で名前が変わるのはなぜ?

NHKは他社の宣伝になる放送ができない
漫画がアニメやドラマになると、今度は放送のルールがかかわってきます。放送法83条は、NHKが「他人の営業に関する広告の放送」をしてはならないと定めた条文です。民放にもスポンサーへの配慮があり、局ごとのチェック(考査)で実在の商品名が差し替えられることは少なくありません。
『バクマン。』の「ジャンプ」は「ジャック」に
漫画家を目指す少年たちを描いた『バクマン。』は、原作では実在の『週刊少年ジャンプ』が舞台です。NHK教育テレビで放送されたアニメ版では、雑誌の名前が「ジャック」に変えられました。NHKのガイドラインでは、企業名や商品名が本当に必要か、ほかの表現に置き換えられないかを判断の目安にしているとされます。
原作の段階でぼかしておく利点
人気が出てアニメ化やグッズ化が決まると、実名の部分をあとから直す作業が出てきます。背景の看板や袋のロゴまで描き直すとなれば、手間は小さくありません。連載の時点でもじっておけば、映像化のときにそのまま使えます。名前をぼかすのは、作品が先へ広がることを見越した準備でもあるのです。
パロディは日本の法律でどう扱われる?

日本の著作権法にはパロディの規定がない
名前だけでなく、キャラクターの絵や作品そのものをまねるパロディは、著作権の問題になります。アメリカには「フェアユース(公正な利用)」という幅の広い例外があり、フランスの法律はパロディを条文で認めています。日本の著作権法には、パロディだから許すという規定がありません。許されるかどうかは事案ごとの判断になります。
1980年のモンタージュ写真事件
よく知られた裁判がモンタージュ写真事件です。スキーヤーが雪山を滑り降りる写真を白黒にし、シュプールの起点に大きなタイヤの写真を合成した作品が争われました。1980年(昭和55年)3月28日の最高裁判決は、正当な引用にはあたらないとして、元の写真の作者の側に立つ判断を示しています。この判決は、パロディを考えるときの出発点として今も引かれています。
2013年に法律で決めるのは見送られた
文化庁の審議会は2012年から2013年にかけて、パロディを法律でどう扱うかを7回にわたって話し合いました。日本漫画家協会や日本民間放送連盟からも意見を聞いています。2013年3月の報告書は、少なくとも現時点では法律を作るより、今の法律の解釈や運用で柔軟に対応するのがよいとまとめました。線引きが条文で示されない状態は今も続いており、作り手が最初からもじる道を選びやすい背景になっているといえそうです。
有名人の名前にはパブリシティ権が絡む

人を引きつける力を守るパブリシティ権
店や商品ではなく、実在の有名人の名前を出すときは別の権利がかかわります。人気のある人の名前や姿には、お客を引きつける力がある。その経済的な価値を本人が守れる、という考え方がパブリシティ権です。法律の条文はなく、裁判の積み重ねで形づくられてきました。
※ パブリシティ権とは、有名人の名前や肖像がもつ「顧客吸引力(お客を引きつける力)」を、本人が独占して使えるとする権利のことです。
2012年の最高裁が示した3つの型
2012年(平成24年)2月2日の最高裁判決は、侵害になるのは名前や肖像の引きつける力を「専ら」利用しようとする場合だとしました。例として挙げたのは3つの型です。
- 写真そのものを、鑑賞する商品として売る
- ほかの商品と差をつけるため、商品に名前や写真を付ける
- 商品の広告として名前や写真を使う
雑誌の記事に載せた写真は侵害にならなかった
この裁判で争われたのは、人気デュオの振り付けを使ったダイエット法を紹介する週刊誌の記事でした。写真は約200ページの雑誌のうち3ページに、白黒で小さく載っただけです。最高裁は記事の内容を補うための掲載だとして、侵害を認めませんでした。物語や記事の中での自然な言及なら、すぐに問題になるとは限らないということです。それでも線引きは分かりにくく、作り手が有名人の名前までもじることが多いのはこのためです。
もじりはどこまで元ネタに寄せる?

ワック・パッキー・マッワ
もじりの多くは、元の名前の1〜2文字だけを変えます。並べてみると、どれも元ネタがひと目で分かる崩し方です。
| 作品に出てくる名前 | 連想される元ネタ |
|---|---|
| ワック/マッワ | 大手ハンバーガーチェーン |
| パッキー | 棒状のチョコレート菓子 |
| ジャック | 『週刊少年ジャンプ』(アニメ版『バクマン。』) |
| OWSON | コンビニのローソン(『ジョジョの奇妙な冒険』第4部) |
読者は「あれのことだ」と気づいて笑い、作品は特定の会社の宣伝にも悪口にもならない。この距離の取り方が、もじりの腕の見せどころです。
「ワ?マじゃろ」という逆の手
名前を伏せずに伝える工夫もあります。『映像研には手を出すな!』では、登場人物の「ワクドナルド」という言い間違いに、別の人物が「ワ?マじゃろ」と突っ込みます。正しい店名は口にしないまま、読者の頭の中にだけ浮かばせる手です。作者の大童澄瞳(おおわら・すみと)さんは、これを企業名を伏せない方法だと説明しています。
サトーココノカドーは公式コラボになった

春日部のイトーヨーカドーが看板を掛け替えた
『クレヨンしんちゃん』の一家がよく買い物に行く「サトーココノカドー」は、埼玉県春日部市のイトーヨーカドー春日部店がモデルとされています。2017年から2018年にかけて、この店が期間限定で「サトーココノカドー春日部店」を名乗り、屋上の看板まで作中の名前に掛け替えました。春日部店は2024年11月24日に閉店し、旧店舗から数えて52年の歴史を終えています。
ジョジョの「OWSON」もローソン公認に
『ジョジョの奇妙な冒険』第4部に登場するコンビニ「OWSON」も、ローソンとの公式コラボとして実現しました。どちらも、作中で元の店を悪く描いていなかったことが共通しています。もじりで生まれた名前が、元の会社に歓迎される側に回ったわけです。
悪く描いていたら話は違った
取材記事の弁理士は、サトーココノカドーが品質の悪い店や未成年に酒を売る店として描かれていたら、クレームが来ていただろうと指摘しています。うまくいく分かれ目として挙げているのは、悪意のない描写と元ネタへのリスペクトの2つです。同じもじりでも、けなすために使えば角が立ち、愛着をもって使えば思わぬ縁につながります。
「ネズミーランド」の一文字違いは、法律に負けないためというより、権利者とも読者とも揉めずに物語を続けるための工夫です。実名でも違法とは限らない。それでも作り手は、何を描くかと同じくらい、どう名づけるかに気を配っています。
参考
- 商標法(e-Gov法令検索)
- 文化審議会著作権分科会法制問題小委員会 パロディワーキングチーム報告書(平成25年3月)
- 最高裁判所第一小法廷 平成24年2月2日判決(裁判所ウェブサイト)
- 漫画作品中に実在の商標を使うと侵害になる?(Toreru Media)
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