「卒業証書」と「卒業証明書」は、名前が一字違いなだけの別の書類です。卒業証書は卒業式で一度だけ渡される原本で、多くの学校は再発行をしません。卒業証明書は学校に残る記録をもとに、申請すれば何度でも出してもらえます。式の練習で教わる「左手を先に出す」受け取り方は、国の決まりのどこにも書かれていません。
卒業証書は何を証明する紙なのか

卒業証書が証明しているのは、成績でも在籍した年数でもありません。校長が「全課程を修了した」と認めた、その判断そのものです。
授与の義務は省令の一文が定める
「卒業証書」という語は、学校教育法の条文には一度も出てきません。義務を定めているのは、その下にある文部科学省令の学校教育法施行規則で、根拠は第五十八条のたった一文です。
校長は、小学校の全課程を修了したと認めた者には、卒業証書を授与しなければならない。
主語は校長で、義務の中身は「授与」だけ。紙をどう保管するか、失くしたらどうするかは、この一文の外に置かれています。
中学から大学まで準用でつながる
小学校について書かれたこの一文は、中学校・高等学校・中等教育学校にも準用されています。大学・高等専門学校・専修学校も同じです。一つの条文が準用の連鎖で、学校の種類のほぼ全体へ広がっているわけです。
※ 準用とは、ある条文を別のものごとに読み替えて当てはめることです。同じ内容を何度も書かずに済ませるための、法令の書き方のひとつです。
様式を定めた条文はどこにもない
施行規則は授与を義務づけるだけで、紙の大きさにも文面にも触れていません。卒業証書の見た目が学校ごとに違うのは、そこを決めた条文が無いからです。それでも氏名・生年月日・修了した課程・年月日・学校名・校長名は、たいていの証書に入っています。法令が求めた形ではなく、証明の用を足すうちに自然と揃った形と考えられます。書体や台紙の色までは揃っていないのも、そのためでしょう。
卒業の認定は証書より先に決まる
卒業を認めるかどうかは、施行規則にあるとおり、ふだんの成績を評価して決めます。証書は、その結果を紙に書き写したものにすぎません。順番でいえば、認定が先で紙は後。証書を失っても卒業したことは変わりませんし、学校には誰に証書を渡したかの記録が残り続けます。
卒業証書はなぜ一度きりなのか

再発行しないという扱いを、法令が命じているわけではありません。条文が「授与」までしか書いていないため、そのあとをどうするかは学校や大学の判断に任されています。
京都大学は災害で失ったときに限って再発行する
条件を文書で定めている例もあります。京都大学の「学位記等の再発行に関する取扱要項」は令和元年10月に定められ、令和3年4月から施行されました。再発行できるのは、自然災害などで罹災(りさい)して学位記を失ったり傷めたりした場合です。共同学位プログラムで記載を書き加えるときの差し替えも、別に定められています。
期限は授与から三十年・回数は一回
災害で失った場合でも、提出先が原本を求めていて、学位授与証明書や卒業証明書では代えられないことが条件になります。対象は学位授与から三十年以内で、同じ学位記につき一回まで。手数料はかかりません。ここまで細かく決めてあること自体が、原本を一枚に保とうとする姿勢の表れに見えます。
代わりを務める書類が最初から用意されている
京都大学の要項は、証明書で代えられるかどうかを判断の分かれ目に置いていました。原本を出し直さなくても、卒業したことは証明書で示せるからです。原本は思い出の側に、証明は手続きの側に、それぞれ受け持ちが分かれています。
卒業証明書の裏づけは学校の台帳

卒業証明書には、根拠になる条文がありません。それでも何十年後に頼んでも出てくるのは、学校に残る台帳のおかげです。
法令に名前のない書類
学校教育法にも施行規則にも、「卒業証明書」という語は出てきません。国の文書でこの名前が現れるのは、大学入試の実施要項のような通知の側です。義務からではなく、実務の必要から生まれた書類だと言えます。
卒業証書授与台帳は捨てずに使い続ける
学校が備える帳簿は、施行規則で原則五年の保存です。ただし「別に定めるもののほか」とあり、細かな年限は自治体が決めています。東京都豊島区の基準では、卒業証書授与台帳は「常用」の文書でした。廃棄の時期を決めず、使い続けるという扱いです。学校日誌や出席簿が五年で廃棄されるのと比べると、差ははっきりしています。
何十年前の卒業でも証明できる
台帳が残り続けるので、卒業したかどうかは年数に関係なく確かめられます。証明書が何度でも出るのは、原本を刷り直しているからではありません。授与の記録を、そのつど写して証明しているからです。
窓口は学校か教育委員会か
申請先は学校の種類や自治体ごとに異なり、一律ではありません。北海道由仁町では、町の小中学校の卒業証明書を町教育委員会の教育課が発行しています。手数料は一通400円。郵便定額小為替を使えば郵送でも申し込めます。この窓口は、統合でなくなった古山小学校や三川中学校などの卒業生も受け付けています。校舎が消えても、記録を預かる先があれば証明は続くわけです。
成績の証明には期限がある

卒業証明書は年数の制限を受けませんが、成績に関する証明書には期限があります。区切りを決めているのは、指導要録という記録の保存期間です。
※ 指導要録(しどうようろく)とは、児童生徒の学籍と学習の記録を残す、学校の公式な帳簿のことです。
学籍は二十年・指導の記録は五年
施行規則は、指導要録のうち入学や卒業といった学籍に関する記録を二十年間保存すると定めています。成績の評価が載る指導の記録は、原則どおりの五年です。同じ帳簿でも、部分によって残る長さが違います。
卒業後五年で成績証明書は出せなくなる
新潟県立佐渡高等学校の案内では、成績証明書と調査書は卒業後五年間、単位修得証明書は二十年間が発行の期限です。卒業証明書は「卒業年次にかかわらず発行可能」とされています。埼玉県教育委員会も、卒業後二十年を過ぎた人には卒業証明書以外は発行できないと案内しています。期限を過ぎても、発行できないことを示す証明書なら受け取れるそうです。
大学入試では卒業証明書が調査書の代わりになる
文部科学省の「令和9年度大学入学者選抜実施要項」は、指導要録の保存期間が過ぎた人について、原則として調査書に記載しなくてよいとしています。廃校や被災で調査書が得られない場合も含め、卒業証明書や成績通信簿を出してもらうなど、代わりの方法をとるよう求めています。法令に名前のない書類が、国の通知のなかでは調査書の代役として名指しされているわけです。
閉校した高校の証明は統合先が引き継ぐ
学校そのものが無くなっても、証明の道は切れません。埼玉県教育委員会は、閉校した県立高校の卒業生は統合先の学校で証明書を申請するよう案内しています。旧行田進修館高校・旧行田工業高校・旧行田女子高校の卒業生なら、窓口は進修館高校です。
大学の「学位記」は卒業証書と何が違うのか

大学の卒業式で渡される紙は、多くの場合「学位記」と呼ばれます。ところが学位記という言葉は、学位規則にも施行規則にも書かれていません。
学位規則に「学位記」の語はない
学位規則第二条は、大学が卒業した者に学士の学位を授与すると定めています。専攻分野の名称を付記することまでは決めていますが、紙の名前や様式は出てきません。名前が条文に無いという点は、卒業証明書と同じ事情です。
大学にも第五十八条が準用される
一方で施行規則には、「第五十八条の規定は、大学に準用する」という条文があります。法令の建前でいえば、大学も卒業証書を出さなければならない立場です。学位記と書かれた紙を渡していても、それが卒業証書を兼ねているという整理になります。
学士は平成三年に称号から学位へ変わった
平成三年(1991年)の制度改正まで、学士は学位ではなく称号でした。当時の大学設置基準は、文学士・法学士・工学士など二十九種類の学士を定めていました。今は「学士(法学)」のように、分野を括弧に入れて書く形に変わっています。
一枚の紙が二つの役目を兼ねる
立命館大学は、全体の卒業式のあとに専攻ごとの「卒業証書・学位記授与式」を開いています。卒業したという事実と、学位を授けたという事実は、制度としては別のものです。多くの大学はその二つを一枚にまとめて渡しており、呼び名が揺れるのはそのためと読めます。
卒業証書を出さなくてよい学校もある

準用の連鎖は、すべての学校の種類には届いていません。第五十八条の外に置かれた学校が、二種類あります。
幼稚園に第五十八条は準用されない
幼稚園に準用する条文の一覧には、第五十八条が入っていません。卒園式で渡される修了証書は、法令の義務ではなく園ごとの慣行として続いてきたものです。小学校の卒業証書と同じ形をしていても、立っている足場が違います。
各種学校も準用の外にある
各種学校について定めた条文にも、第五十八条は挙がっていません。予備校や日本語学校のうち各種学校として認可された施設は、卒業証書を出す義務を負っていないことになります。修了を示す紙を出すかどうかは、施設ごとの判断です。
専修学校と高専は義務の内側
専修学校と高等専門学校には、第五十八条が準用されています。専門学校と呼ばれる課程も、法令のうえでは卒業証書を出す側に立っているわけです。学校の種類ごとに並べると、次のようになります。
| 学校の種類 | 第五十八条の適用 | 根拠の条文 |
|---|---|---|
| 小学校 | 本則 | 第五十八条 |
| 中学校・高等学校 | 準用あり | 第七十九条・第百四条 |
| 中等教育学校 | 準用あり | 第百十三条 |
| 大学・高等専門学校 | 準用あり | 第百七十三条・第百七十九条 |
| 専修学校 | 準用あり | 第百八十九条 |
| 幼稚園 | 準用なし | 第三十九条 |
| 各種学校 | 準用なし | 第百九十条 |
左手が先という決まりはあるのか

書類の話はどれも、たどれば条文に行き当たりました。ところが受け取り方の作法だけは、探しても条文に行き着きません。
国の決まりに所作の規定はない
施行規則は授与を義務づけるだけで、どちらの手をどう出すかには触れていません。学習指導要領も、卒業式を儀式的行事の一つとして扱うにとどまります。手の順番を書いた国の文書は、見当たらないのが実情です。
図書館に寄せられた同じ疑問
国立国会図書館のレファレンス協同データベースには、「最初に左手を出して持ち、半拍遅れて右手を出して受け取る」動作の由来を尋ねた事例が登録されています。学校行事や作法の本を多く当たったうえで出た結論は、受け取り方の起源や由来を述べた文献は見つからなかった、というものでした。
昭和二十二年の『礼法読本』は「こともある」
この調査で挙がった記述の一つが、桜井役『礼法読本』(教学研究社、1947年)です。「証書などは、先ず左手で左縁を持ち、次に右手を右縁にかけて受けることもある」とあります。左手が先という順番は確かに出てきますが、断定ではなく「こともある」という書き方です。松平二郎『礼儀作法の手引』(愛隆堂、1959年)も挙がっているものの、左右の順番についての具体的な記述は無いとされます。
警察礼式はむしろ右手が先
順番を条文で決めている世界も、ないわけではありません。警察礼式の第十七条によれば、辞令書や賞状は「右手でこれを受け、左手を添えて」開いて見たあとすぐに左手へ収めます。学校で教わる順番とは、ちょうど逆です。それでも『礼法読本』と警察礼式は、証書が最後に左手へ収まる点で一致しています。入り口の順番は割れているのに、着地点だけが揃っているのは面白いところです。
卒業式の光景は、全国どこでもよく似ています。壇上で受け取るときの手の順番まで、多くの人が同じように習ってきたのに、それを決めた条文はどこにもありません。揃っているのは決まりがあるからではなく、前の年の式を誰かが手本にしてきたからでしょう。紙のほうは省令が支えているのに、その紙を受け取る手つきを受け継いできたのは、毎年の練習でした。
参考
- e-Gov法令検索「学校教育法施行規則」
- 京都大学「学位記等の再発行に関する取扱要項」
- 文部科学省「令和9年度大学入学者選抜実施要項」
- レファレンス協同データベース(国立国会図書館)「卒業式の際の証書の受け取り方とその由来・理由について」
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