きんつばと羊羹(ようかん)の違いは、最後に焼くかどうかです。いま主流の四角いきんつばは、餡(あん)を寒天で固めた塊に小麦粉の衣をつけ、六つの面を焼いて作ります。羊羹は同じ餡と寒天を型に流し、固めたところで完成。中身はほぼ同じなのに、焼くひと手間で名前も日持ちも別の菓子になりました。
分かれ目は最後の「焼く」ひと手間

四角いきんつばの中身は寒天で固めた餡
四角いきんつばの作り方は、小豆の餡を寒天で固めるところから始まります。冷えて固まった餡を角切りにすると、四角い餡の塊ができあがり。この段階では羊羹と見分けがつきません。材料表だけを見せられたら、どちらの菓子か言い当てるのは難しいはずです。寒天の役目は、柔らかい餡を包丁で切れる硬さにまとめること。菓子屋の言葉でいう「寄せる」工程です。
練り羊羹は煮詰めて水分を飛ばす
練り羊羹は、小豆と砂糖と寒天を鍋で練りながら煮詰めて作ります。老舗の虎屋は、100℃を超える温度で炊く時間を含めて1時間かけて練り上げると説明しています。水分を飛ばしたぶん、糖の濃さは増すわけです。あの独特の弾力も、刃物で切ったように平らな切り口も、この練りから生まれるものです。
「寄せる」と「練る」で歯ごたえが変わる
寒天で寄せただけの餡は、口の中でほろりと崩れます。練り上げた羊羹は、歯で押し切る感覚が残る。同じ豆と砂糖からできているのに、噛んだときの印象はまるで別物です。
きんつばの中身を練り羊羹ほど詰めてしまうと、衣をつけて焼いたときに重たい菓子になってしまいます。柔らかく寄せた餡と薄い衣の組み合わせが、きんつばらしさを支えています。
羊羹にはどんな種類がある?

練り・蒸し・水の三つに分かれる
羊羹は一種類ではありません。固め方の違いで大きく三つに分かれます。きんつばの中身を横に並べると、どれに近いのかが見えてきます。
| 種類 | 固めるもの | 水分 |
|---|---|---|
| 練り羊羹 | 寒天(煮詰めて練る) | 少ない |
| 蒸し羊羹 | 小麦粉や葛粉(蒸す) | 中くらい |
| 水羊羹 | 寒天(少なめ) | 多い |
| 四角いきんつばの中身 | 寒天(流して寄せる) | 多め |
蒸し羊羹は小麦粉で固める古い形
蒸し羊羹は、餡に小麦粉や葛粉を混ぜて蒸し固めたものです。栗蒸し羊羹がその代表格。きんつばの衣と同じ粉が、こちらでは中身の一部になっています。
羊羹が日本に入ってきたころは、小豆や小麦粉で固める作り方でした。寒天と餡で作る練り羊羹が和菓子として定着したのは、江戸時代の後期とされています。同じ「羊羹」の名で呼ばれながら、中身の設計は時代とともに入れ替わってきたわけです。
水羊羹はきんつばの中身にいちばん近い
水羊羹は寒天が少なく水分の多い羊羹です。夏に冷やして食べる、つるりとした口当たり。練り羊羹とは正反対の方向を向いています。きんつばの中身と手触りが近いのは、じつはこちらのほうです。言い換えると、きんつばは「柔らかめの羊羹に衣を着せて焼いた菓子」に近い姿をしています。
丸いきんつばの中身は寒天で固めない

江戸以来の丸いきんつばは皮で包んで焼く
「中身は羊羹と同じ」が当てはまるのは、四角いきんつばに限った話です。東京・日本橋の老舗、榮太樓總本鋪のきんつばは丸くて平たい円盤の形。小麦粉を練った生地で餡を薄く包み、胡麻油で焼く江戸以来の作り方を続けています。こちらは寒天で固めた塊ではなく、餡を皮で包んだ焼き菓子。羊羹との距離は、四角いきんつばよりずっと遠くなります。
四角は寒天の塊を衣に浸して焼く
一方の四角いきんつばは、寒天で固めた小豆の塊を小麦粉の水溶きにくぐらせて焼きます。一面ずつ衣をつけて鉄板にのせ、上下と側面を合わせて六回。その形から「六方焼き」とも呼ばれます。
衣はごく薄く、餡を包むというより表面に添える程度です。断面はほとんどが餡で、皮は輪郭の線のように見えます。同じ「きんつば」の名前でも、丸と四角では中身の作り方がまったく違うのです。
なぜきんつばだけ衣をまとっている?

出発点は餡を包んだ京都の焼餅
きんつばの衣は、あとから足した飾りではありません。はじまりが「粉の皮で餡を包んで焼いた餅菓子」だったので、皮のほうが先にあったのです。寒天で固めた餡を中に入れる形は、ずっと後になって生まれました。
『雍州府志』に書かれた米粉の焼餅
京都の地誌『雍州府志(ようしゅうふし)』は1684年の刊行です。焼餅の項には、粳米(うるちまい)の粉で小さな団子を作り、中に小豆と砂糖を入れて焼くと書かれています。形が似ているので「銀鐔」ともいう、という一文もあります。
※ 『雍州府志』とは、江戸時代前期の医師・黒川道祐(くろかわどうゆう)がまとめた山城国(現在の京都府南部)の地誌です。
衣があるから手でつまめる
衣は味のためだけのものではありません。柔らかく寄せた餡は、そのままでは指でつまめない。薄い皮を焼き固めることで、手を汚さずに食べられる菓子になります。
屋台や店先で焼いてその場で手渡す菓子にとって、この持ちやすさは大事な性質だったはずです。焼きたてを売る商いと、薄い皮の菓子は相性がよかったのでしょう。
羊羹に皮が要らなかった理由
練り羊羹は、練り上げた本体だけで形が保てる菓子です。棒状に固めて包丁を入れれば、切り口はそのまま立ちます。包む必要がないので、皮という発想が生まれませんでした。むしろ羊羹では、切り口の美しさが見どころになりました。栗や小豆の粒を散らした断面を見せるのに、皮はかえって邪魔なのです。
「金鍔」の名は刀の鍔から

鍔とは刀のどの部分か
きんつばは漢字で「金鍔」と書きます。時代劇で刀を抜く場面を思い出すと、柄(つか)と刃の境に丸い金属の板が挟まっています。あれが鍔です。平たく丸い焼餅の姿が、この鍔に似ていたのが名前の由来です。
※ 鍔(つば)とは、日本刀の柄と刀身のあいだに取り付ける板状の金具のことです。「鐔」とも書きます。手が刃のほうへ滑るのを防ぐ役目があります。
京都の「銀鍔」が江戸で「金鍔」になった
最初の名前は「金」ではなく「銀」でした。国立国会図書館のレファレンス事例によると、銀鍔が京都で流行したのは天和年間(1681年〜)。享保年間(1716年〜)に江戸へ伝わり、金鍔と呼ばれるようになりました。
江戸では皮の材料も、うるち米の粉から小麦粉に替わりました。小麦粉の皮は焼くと黄金色になるので、色の変化が金の名前を後押ししたという説明もあります。
上方は銀遣い、江戸は金遣い
改名には、お金の事情もからんでいたとされます。江戸時代の上方は銀を基準にした「銀遣い」、江戸は金を基準にした「金遣い」でした。金貨が主役の町に移ったので、「銀よりも金」と格を上げたという見方です。
皮の色と町のお金。どちらか一つが決め手というより、二つの事情が同じ向きに働いたと考えると、改名の流れが自然に見えてきます。
羊羹の「羹」はもともと汁物

中国では羊の肉を使った料理だった
「羹」は訓読みで「あつもの」と読み、とろみのある汁物を指す漢字です。中国の羊羹は、羊の肉やゼラチンを使った料理でした。菓子の名前に羊の字が入っているのは、この料理名の名残です。
禅僧が小豆と粉で作り替えた
日本へは室町時代、禅僧が食事の合間にとる軽い食べ物「点心(てんしん)」として伝えました。僧侶は肉食が禁じられていたため、小豆や小麦粉で固めて食べていたといいます。
肉の代わりに豆と粉を使ったこの形が、のちの蒸し羊羹につながります。汁物の名前だけが残り、中身は菓子へと姿を変えました。
名付けの向きが正反対
きんつばの名は「見た目」から来ていて、羊羹の名は「前世の料理」から来ています。同じ棚に並ぶ二つの菓子でありながら、名付けの向きは正反対です。刀の部品を写した名前と、羊の汁物を引き継いだ名前。どちらも、いまの姿からは由来がほとんど想像できない点だけは共通しています。
四角いきんつばはどこで生まれた?

神戸の本高砂屋が「元祖四角」を名乗る
角型きんつばの元祖を名乗っているのが、神戸・元町の本高砂屋です。創業は明治10年(1877年)。看板の「髙砂きんつば」は100年以上前に生まれた商品で、いまも職人が一つずつ手焼きしていると同社は紹介しています。
鍔に似せた丸い菓子が、明治の神戸で角張った形に作り替えられたことになります。四角いきんつばが「神戸発」と紹介されるのは、この店の存在があるからです。
四角が広まった作りやすさと詰めやすさ
角型が広まった理由として考えられるのは、作りやすさです。寄せた餡を包丁で切り分けるだけで、同じ大きさの塊がそろいます。平らな面が六つあるので、鉄板の上で一面ずつ焼き色をつけるのも簡単です。
箱に詰めるときに隙間が出ないのも利点でしょう。丸い菓子は箱の中で転がりますが、四角ならきれいに整列します。手土産として売るには、無視できない差です。
羊羹はなぜ「棹」で数える?

型の「舟」から切り出した形が棹に見えた
羊羹の数え方は一本ではなく、一棹(ひとさお)です。流して固める羊羹は「舟」と呼ばれる型で作られます。そこから細長く切り分けた形が棹のようだったので、そのまま数え方になったと説明されています。
数え方の言葉に「流して固める」という作り方が埋め込まれているわけです。焼いて一個ずつ仕上げるきんつばは、もちろん棹では数えません。
切り分けられるから贈り物に向いた
棒状の羊羹は、人数に合わせて包丁で分けられる融通のよさがありました。来客が三人でも五人でも、その場で切れば足ります。一棹まるごと贈る羊羹が、改まった手土産の定番になったのも納得できます。
きんつばは最初から一個ずつに分かれているので、この融通は要りません。売り方の単位が違えば、数え方の言葉も別々に育つのです。
日持ちは一年と二日で桁が違う

虎屋の羊羹は製造から一年
虎屋の羊羹の賞味期限は、製造から1年です。開封しなければ期限後さらに1年食べられるとも案内しています。ただし時間がたつと糖蜜が表面に出やすくなり、弾力や風味は少しずつ弱まるそうです。
常温でこれだけもつ和菓子は多くありません。防災用の備蓄品として練り羊羹が売られているのも、この保存性があってのことです。
長持ちを支えるのは砂糖と加熱
虎屋は保存性の理由として、100℃を超える加熱で練り上げること・砂糖の多さ・密閉性の高い中袋を挙げています。砂糖に強く抱えられた水は、微生物が使えません。この状態を「水分活性が低い」といいます。
※ 水分活性とは、食品に含まれる水のうち微生物が利用できる自由な水の割合を示す指標です。砂糖や塩を多く含むと値が下がり、傷みにくくなります。
手焼きのきんつばは賞味期限二日
本高砂屋の手焼き「髙砂きんつば」の賞味期限は2日です。寄せただけの餡は水分が多く、焼いた衣はその水を吸って時間とともに湿っていきます。焼きたての香ばしさを売る菓子なので、日持ちより焼き上がりの状態を優先しているのです。一年と二日。同じ小豆と寒天から出発しながら、煮詰めるか焼くかで保存性まで分かれてしまいました。
業界の分類でも別の棚に入る

きんつばは焼き物の「平鍋もの」
和菓子には製法による分類があります。全国菓子工業組合連合会の解説では、焼き物は平鍋もの・彫型もの・流し込み型もの・オーブンものなどに分かれ、火床の上で焼き上げるものが平鍋ものです。
平鍋ものの例に挙がっているのは、どら焼き・桜餅・金つば・中花・唐まんじゅう。分類の上では、きんつばの親戚は羊羹ではなくどら焼きのほうです。
羊羹は流し物の代表
同じ解説では、流し物を「寒天、砂糖および餡を主材料とした流動状の生地を型に流して成形したもの」と定義しています。代表例は錦玉(きんぎょく)・羊羹・水羊羹です。
角型のきんつばの中身は、この定義にそのまま当てはまります。ところが衣をつけて焼いた瞬間に、菓子は焼き物の棚へ移ってしまうのです。
寄せるか練るか、そして焼くか焼かないか。売り場では別々の棚に並び、数え方まで違う二つの菓子も、四角いきんつばの皮を一枚めくれば同じ豆と同じ寒天でできています。刀の鍔を写した菓子と羊の汁物の名を継いだ菓子は、餡の前で親戚どうしに戻るのです。
参考
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「きんつばの元になった『ぎんつば』という菓子について知りたい」
- 全国菓子工業組合連合会「お菓子何でも情報館」和菓子の分類
- 虎屋「羊羹の賞味期限」
- 本髙砂屋「髙砂きんつば・銀つば」
- HugKum「定番和菓子『きんつば』の名前の由来は?」(榮太樓總本鋪監修)
- HugKum 羊羹の由来と種類の解説(榮太樓總本鋪監修)
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