サイレンの音が車ごとに違うのは、姿が見えなくても「何の車が、どんな用件で来たか」を音で伝えるためです。救急車の「ピーポー」は1970年に東京で採用された音で、消防車と区別しつつ患者や沿道の人の負担を軽くするねらいがありました。消防車の「カンカン」は火事の出動だけで鳴らす鐘です。法令が決めているのはサイレンの音量だけで、音色の違いは国の通知や各機関の運用から生まれています。
救急車だけ「ピーポー」なのはなぜ?

1970年6月に東京の3署から始まった
東京消防庁によると、救急車に「ピーポー」の電子サイレンが付いたのは1970年(昭和45年)6月11日です。最初は麹町・日本堤・池袋の3つの消防署の救急車に試しに取り付けられました。その後正式に採用され、全国の救急隊へ広がっていきます。
それより前の救急車は、消防車と同じ「ウーウー」を鳴らして走っていました。音だけでは、火事なのか急病人なのか聞き分けられなかったわけです。
区別と「負担を軽くする」が目的
東京消防庁は採用の理由を二つ挙げています。一つは救急車をほかの緊急車両と区別するため。もう一つは、運ばれている傷病者と、救急車が通る地域に住む人の負担を軽くするためです。
音を変えたのは、聞き分けやすくするためだけではありませんでした。具合の悪い人を乗せて走る車ならではの配慮でもあったのです。
「ピー」と「ポー」の高さは数字で決まっている

ピーは960Hz、ポーは770Hz
ピーポーの音色は、採用の前日にあたる1970年6月10日付の消防庁の通知「救急自動車に備えるサイレンの音色の変更について」で示されました。東京消防庁の消防科学研究所が1993年にまとめた報告では、その中身が数字で紹介されています。
高い「ピー」は960Hz、低い「ポー」は770Hzで、それぞれ0.65秒ずつ鳴ります。ピーとポーで1往復が1.3秒。音程の差はおよそ4半音で、ドとミくらいの開きです。
音の中に細かい揺れが入っている
同じ報告によると、ピーポーには1秒に10回の細かい揺れ(ビブラート)もかかっています。まっすぐな電子音ではなく、わずかに震えた音なのです。
この報告は、ある消防署の近くの住民から「ここの救急車だけ音が高く感じる。とくに夜」という声が寄せられて行われた測定でした。調べると、その車のサイレンには基本の高さ以外の高い成分が多く含まれていました。同じ960Hzでも、機器しだいで耳当たりが変わるということです。
法令が決めているのは音量だけ

前方20mで90〜120デシベル
サイレンの基準は「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」の第75条にあります。書かれているのは、車の前方20mの位置で90デシベル以上120デシベル以下という音の大きさです。測るときのマイクの高さや、測り直しのルールまで細かく決められています。
一方で、音色や高さ・リズムについての決まりはこの告示にありません。ピーポーやウーウーの違いは、法令ではなく別のところで決まっているのです。
※ デシベル(dB)とは、音の大きさを表す単位です。数字が10増えると、音のエネルギーは10倍になります。
鳴らすこと自体は道路交通法の決まり
緊急走行中にサイレンを鳴らし、赤色の警光灯をつけること。これは道路交通法施行令の第14条が定める「緊急自動車の要件」です。鳴らさずに走れば、原則として信号を越えるなどの特別な扱いは受けられません。
音色は通知と各機関の選び方しだい
救急車のピーポーは、先ほどの消防庁の通知が全国に広めた音です。パトカーや消防車の「ウー」は、昔ながらのモーター式サイレンの音が手本になっています。法令で一つの音に決めたわけではありませんが、通知と長年の慣習が重なって、全国どこでも似た音として通じるようになりました。
消防車の「カンカン」は火事の合図

正式な名前は「警鐘」
消防車の「カンカン」は警鐘(けいしょう)と呼ばれます。サイレンが車両の装備として道路運送車両法の側で扱われるのに対し、警鐘は消防法の「消防信号」として位置づけられています。もとをたどれば、火の見やぐらの半鐘と同じく、火事を地域の人や消防団に知らせる音です。
行きは3点鐘、帰りは2点鐘
火事の現場へ向かうときは、サイレンと一緒に「カン・カン・カン」と3回ずつ鳴らします。これが3点鐘です。火が消えて署へ戻るときはサイレンを止め、「カン・カン」と2回ずつの2点鐘だけで走ります。2点鐘は鎮火の知らせで、地域によっては鳴らさないこともあります。
カンカンが無ければ火事以外の出動
交通事故の救助や救急の手伝いで消防車が出るときは、サイレンだけで鐘は鳴らしません。ウーウーだけの消防車は、火事ではない用件で走っているということです。現場に緊急車両がたくさん集まったときに「消防車が来た」と伝える役目も、この鐘にはあるとされています。
パトカーの「ウー」はどう作られている?

電子アンプがモーターの音をまねている
今のパトカーには「サイレンアンプ」という機器が積まれていて、アンプの中で音の波形を作ってスピーカーから出しています。メーカーの説明では、音程やリズムはモーター式サイレンの音を参考に決めているそうです。羽根を回して鳴らしていた時代の「ウー」を、電子の力で再現しているわけです。
うなりが揺れるのはスイッチの操作
パトカーのサイレンが鳴り始めや止まりぎわに「ウゥゥ…」と不安定に揺れることがあります。エンジンの回転と連動しているという説もありますが、メーカーは否定しています。手で操作するスイッチの入れ方しだいでリズムが一定でなくなる、というのが担当者の説明でした。
パトカーはこのほか、マイクで「緊急車両が通過します」などと呼びかけることもあります。声で道を空けてもらえるのは、サイレンには無い強みです。
救急車も「ウーウー」を鳴らすことがある

交差点や赤信号を越えるとき
救急車でも、ピーポーから「ウーウー」に切り替える場面があります。大阪市消防局の説明では、赤信号を進むときや交差点を渡るときです。まわりの車や歩行者に、より強く注意をうながすための使い分けになります。
切り替えるのは助手席の救急隊長
どちらの音を鳴らすかは、助手席に座る救急隊長が道路や周りの状況を見て決めています。大阪市消防局の中では、それぞれ「ピーポーサイレン」「ウーウーサイレン」と呼び分けているそうです。救急車がウーウーを鳴らしていたら、交差点に入ってくる合図と考えてよさそうです。
夜のサイレンは音をやわらげられる?

「住宅モード」は音色をやわらげる機能
鎌倉市消防本部の救急車には「住宅モード」が付いています。静かな住宅地を走るときや深夜の出動で使う機能で、音量は保ったまま耳当たりのやわらかい音で鳴らすというものです。急に大音量で鳴り出したり、ぴたりと止まったりしないよう、音を少しずつ大きく・小さくする機能も備えています。
同じ市の大船消防署には「コンフォートサイレン」という音色の違うサイレンを積んだ救急車もあります。周波数などを調整して、耳障りな成分を減らしたものです。
千葉市は音の大きさを2段階に切り替え
千葉市消防局では、サイレンの音を2段階で切り替えられます。夜間で交通量が少なく支障がないと判断したときは、音を低くして走るそうです。どちらの工夫も、前方20mで90デシベル以上という下限は守ったうえでの調整になります。
鳴らさずに走ることはできない
「夜はサイレンを止めてほしい」という声は各地の消防に届いています。ただ、緊急走行にはサイレンが欠かせない決まりなので、消すことはできません。音量の範囲の中で、少しでも負担の少ない音を探す。夜の工夫は、その折り合いの結果です。
近づくと高く、遠ざかると低く聞こえる

音の波が詰まったり伸びたりする
救急車が目の前を通り過ぎた瞬間、サイレンがすっと低くなる。この変化はドップラー効果と呼ばれ、高専の物理の授業でも定番の例として出てきます。音を出す車が動くと、進む側では音の波の間隔が詰まり、後ろ側では広がるために起こる現象です。
サイレンの音そのものは変わっていません。聞く人の耳に1秒あたり届く波の数が変わるので、高さが違って聞こえるのです。
時速60kmなら「ピー」は約1010Hzから約915Hzへ
音の速さを秒速340mとして計算してみます。時速60km(秒速約16.7m)で走る救急車の960Hzの「ピー」は、近づいてくる間は約1010Hzに聞こえます。通り過ぎたあとは約915Hzまで下がるので、その差は約95Hz。本来の「ピー」と「ポー」の差(190Hz)の半分ほどにあたります。すれ違う前と後で、同じサイレンが半音2つ近くも違って聞こえる計算です。
ピーポーは区別のために、カンカンは火事を知らせるために、ウーウーは交差点で注意を引くために鳴っています。どの音も、見えない場所にいる人へ「道を空けて」と頼むための言葉のようなものです。次に聞こえたら、その音色から何が起きているのかを読み取れるかもしれません。
参考
- 東京消防庁「途中で交代したサイレン担当者」
- 東京消防庁 消防科学研究所報30号「救急車電子サイレン音の分析結果について」(1993年)
- 国土交通省「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」第75条(緊急自動車)
- 千葉市「救急車はサイレンを鳴らさないで来られないのですか。」
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