ランゲルハンス島が「島」と呼ばれるのは、顕微鏡で膵臓(すいぞう)をのぞくと、消化液をつくる組織のあいだに別の細胞のかたまりが小島のように散らばって見えるからです。見つけたのは1869年のドイツの医学生ランゲルハンス。けれど「ランゲルハンス島」と名づけたのは本人ではなく、1893年のフランスの研究者ラゲスでした。血糖の話も出てきますが、治療の判断は主治医に相談してください。
膵臓のなかで島はどう見える?

島に見えるのは、膵臓の大部分がまったく別の仕事をする組織で埋めつくされているためです。その「海」の中に、性質の違う細胞の集まりがぽつぽつと浮かんでいます。
膵臓の本業は消化液づくり
膵臓の組織のほとんどは、膵液という消化液をつくって十二指腸へ流す部分です。脂肪やたんぱく質を分解する酵素を細い管で送り出す、いわば消化液の工場。食べ物の消化を下支えする臓器として知られているのは、この働きのためです。
※ 外分泌(がいぶんぴつ)とは、つくった物質を管を通して体の外側(消化管の中も含む)へ出すしくみのことです。汗や唾液、膵液がこれにあたります。
管につながらない細胞のかたまり
その工場の敷地のところどころに、管とつながっていない細胞の群れが混じっています。膵液をつくる細胞とは並び方も見た目も別もので、まわりから浮き上がって見えるかたまりです。地図の島が海に囲まれているように、細胞の島も消化液の組織にぐるりと囲まれています。
別名は「膵島」
日本語の医学用語では、ランゲルハンス島を「膵島(すいとう)」とも呼びます。膵臓にある島、というそのままの名前です。英語でも pancreatic islets(膵臓の小島)という言い方が広く使われていて、どの言葉で呼んでも「島」の見立ては変わりません。
島の大きさと数は?

一つひとつの島は肉眼では見えないほど小さいのに、数はとても多いのが特徴です。小さな島がたくさん集まって、ようやく膵臓のごく一部を占めています。
直径はおよそ0.05〜0.2ミリ
日本大百科全書によると、島の直径は約50〜200マイクロメートル。ミリに直すと0.05〜0.2ミリほどで、砂粒よりもさらに小さな点です。顕微鏡がなければ、まず存在に気づけない大きさです。
数は20万〜200万個
島の数は膵臓全体で約20万〜200万個とされ、人によって大きな幅があります。健康な大人ではおよそ100万個という数字もよく挙げられます。手のひらほどの臓器の中に、それだけの島が散らばっているわけです。
全部合わせても膵臓の2%ほど
これだけ数が多くても、島の体積をすべて足すと膵臓の2%前後にしかなりません。残りの大半は消化液をつくる組織です。広い海に小さな島が点々と浮かぶ多島海の景色を思い浮かべると、膵臓の断面にかなり近い姿になります。
1869年、21歳の医学生が見つけた

島を最初に書き残したのは、ベルリン生まれのパウル・ランゲルハンス(1847〜1888)です。学位論文のための研究で、まだ学生のうちに見つけています。
ウィルヒョウのもとで膵臓を調べる
ドイツ糖尿病研究センター(DZD)の紹介によると、ランゲルハンスは1867年から病理学者ルドルフ・ウィルヒョウの指導で膵臓の研究を始めました。ウィルヒョウは細胞病理学を打ち立てた人物として知られています。
学位論文に記した「二つの細胞の系統」
1869年2月に出した学位論文は、膵臓の顕微鏡的な解剖を扱ったものでした。その中でランゲルハンスは、膵臓には二つの系統の細胞があると報告します。一方が消化液をつくる細胞で、もう一方が組織のあちこちに散らばる小さな細胞の集まり。これがのちの「島」です。
役割はわからないままだった
ただし若いランゲルハンスは、その細胞が何をしているのかまでは結論を出していません。形を正確に観察して記録する、そこまでが彼の仕事でした。島が血糖と深く関わる場所だと分かるのは、それから数十年あとのことです。
名づけたのは24年後のラゲス

「ランゲルハンス島」という名前を付けたのは、発見者本人ではありません。1893年、フランスの組織学者ギュスターヴ=エドゥアール・ラゲス(1861〜1927)が発見者の名を冠して呼んだのが始まりです。
リールで膵臓を調べたフランスの研究者
ラゲスはディジョン生まれで、1885年にパリで医学の学位を取りました。1891年からは北フランスの都市リールで研究を続け、のちに同地で組織学の教授になります。膵臓を調べるうちに、ランゲルハンスが記録した細胞の集まりにあらためて注目しました。
パリの学会で「ランゲルハンスの小島」
DZDの紹介では、この細胞群は1893年にパリの生物学会で「ilôts de Langerhans(ランゲルハンスの小島)」と名づけられたとされています。発見から24年。そのあいだにランゲルハンスは1888年に世を去っていて、自分の名が付いた島の名前を聞くことはありませんでした。
辞典では本人の命名とする記述も
日本大百科全書には、ランゲルハンス自身が島(ドイツ語でInseln)と名づけたという記述もあります。一方で、ドイツの研究機関DZDや英語の医学史論文はいずれも、1893年にラゲスが発見者にちなんで命名したと書いています。少なくとも「ランゲルハンス島」という呼び名が定着したのは、ラゲスの命名からと見てよさそうです。
ラゲスは島に何を見たのか?

ラゲスの仕事は名づけだけではありません。島が何かを血液へ送り出していて、それが糖の扱いに関わっているのではないか。そう見立てたことが、のちのインスリン研究への道しるべになりました。
「管なし」で血液へ出すという見立て
島には管がつながっていません。それなら島がつくる物質は、管を使わず血液へ直接出ているはずです。ラゲスはこの「内分泌」の考え方で島をとらえ、尿に糖が出ていくのを防ぐ物質を島が分泌している、という仮説を立てたとされます。
※ 内分泌(ないぶんぴつ)とは、つくった物質(ホルモン)を管を使わず血液の中へ直接出すしくみのことです。外分泌が「管あり」なのに対し、内分泌は「管なし」と覚えると区別しやすくなります。
膵臓を取った犬が糖尿病になった
この見立てには下地がありました。1889年、ドイツの医師フォン・メーリングとミンコフスキーが犬の膵臓をすべて取り除く実験を行い、犬が糖尿病の状態になることを示していたのです。膵臓が血糖に関わることは分かった。では膵臓のどこが担っているのか、という問いにラゲスは「島」と答えたことになります。
仮説が次の研究者を動かした
医学史の論文によれば、フランスの生理学者ウジェーヌ・グレーはラゲスの仮説に触発されて、膵臓から有効な成分を取り出す研究に取り組みました。「島から出る物質を取り出せば糖尿病を抑えられるかもしれない」という筋道は、こうして次の世代の研究者へ引き継がれていきます。
島ではどんな細胞が働いている?

小さな島の中には、役割の違う細胞が同居しています。血糖を下げる細胞と上げる細胞が隣り合い、互いに調子を合わせて血糖を保つ、体の調整室のような場所です。
ヒトではβ細胞が約55%
いちばん多いのは、インスリンを出すβ細胞(ベータさいぼう)です。2006年に米国科学アカデミー紀要に載ったヒトの島の研究では、インスリンを含む細胞は平均55%でした。教科書で「7〜8割」と紹介されることがありますが、これはマウスなど動物の島に近い数字です。
血糖を上げるα細胞は約38%
2番目に多いのが、グルカゴンを出すα細胞(アルファさいぼう)です。同じ研究でヒトの島では平均38%を占め、マウスの18%の倍ほどありました。グルカゴンは血糖が下がりすぎたときに肝臓から糖を出させて、血糖を押し上げます。
主な細胞とホルモンの顔ぶれ
このほか、ほかのホルモンの出方を調整するδ細胞(デルタさいぼう)も8〜12%ほど含まれます。ヒトとマウスの違いを並べると、次の表のとおりです。
| 細胞 | 出すホルモン | 主な働き | ヒトの島での割合 | マウスの島での割合 |
|---|---|---|---|---|
| β細胞 | インスリン | 血糖を下げる | 約55% | 約77% |
| α細胞 | グルカゴン | 血糖を上げる | 約38% | 約18% |
| δ細胞 | ソマトスタチン | ほかのホルモン分泌を抑える | 8〜12% | ― |
ヒトの島は細胞が混ざり合う
同じ研究は、細胞の並び方の違いも示しました。マウスの島ではβ細胞が中心に固まり、ほかの細胞はそのまわりを囲みます。ヒトの島ではβ・α・δの細胞が島全体に入り混じり、β細胞の71%がほかの種類の細胞と接していました。島の中でも、ヒトは「混住型」なのです。
血糖を下げるホルモンはインスリンだけ

島が医学でくり返し話題になるのは、ここが血糖を下げるただ一つのホルモンの出どころだからです。体には血糖を上げるしくみがいくつもあるのに、下げる役はインスリンひとつに任されています。
食後の糖を細胞へ取り込ませる
食事をして血液中のブドウ糖が増えると、β細胞からインスリンが出ます。インスリンは筋肉や肝臓などの細胞に糖を取り込ませ、余った分をたくわえさせて血糖を下げる、いわば糖の片づけ役です。近畿大学医学部の生理学の講義資料でも、インスリンは血糖調節の中心で「血糖を下げる唯一のホルモン」と説明されています。
上げる側には4つのホルモン
同じ資料は、血糖を上げるホルモンとしてグルカゴン・アドレナリン・コルチゾール・成長ホルモンの4つを挙げています。下げ役が1つ、上げ役が4つ。空腹や緊張で血糖が下がりすぎないよう、体は上げる手段を何重にも備えているわけです。
糖尿病は島の働きと深く関わる
下げ役がインスリンしかないため、その出る量が減ったり効きが悪くなったりすると、血糖は下がりにくくなります。これが糖尿病です。1型糖尿病ではβ細胞がほとんど働かなくなり、2型ではインスリンを出す力がある程度残ったまま、量の不足や効きにくさが重なって起こるとされます。
「インスリン」の名も島から来た

島から出るホルモンの名前にも「島」が刻まれています。しかもこの名前は、物質そのものが取り出されるより前に付けられていました。
ラテン語のinsula=島
インスリン(insulin)は、ラテン語で島を意味する insula(インスラ)から作られた名前です。ランゲルハンス島から出る物質だから「島の物質」。日本大百科全書も、島(insula)から分泌されることにちなむ名だと説明しています。ホルモンの名前に生まれた場所がそのまま刻まれている、めずらしい例です。
名づけ親は二人いる
誰が最初に「インスリン」と呼んだかは、文献によって分かれます。ベルギーのジャン・ド・メイエルが1909年に命名したとする説と、イギリスの生理学者シャーピー=シェーファーが1916年ごろに名づけたとする説です。2018年の医学史の論文も、両方の説を並べて紹介しています。
物質が取り出されたのは1921年
名前が先に用意され、中身が追いついたのは1921年のことです。カナダのトロントでバンティングとベストが犬の膵臓を使った実験を重ね、同年12月に成果を報告しました。生化学者コリップが精製の方法を改良し、翌1922年1月には14歳の少年レナード・トンプソンが初めて治療を受けています。
皮膚にもランゲルハンスがいる

体の中には「ランゲルハンス」の名が付いた場所がもう一つあります。皮膚の「ランゲルハンス細胞」で、こちらも同じパウル・ランゲルハンスの学生時代の発見です。
膵臓の前年、1868年の発見
島を報告する前年の1868年、ランゲルハンスは人の皮膚の神経を調べた論文で、表皮の中にある枝分かれした細胞を描いています。形の印象から、彼はこれを神経の細胞だと考えたとされます。膵臓の島と同じく、ここでも役割より先に形の記録が残りました。
正体は免疫の見張り役
この細胞の働きは、100年以上も謎のままでした。いまでは、皮膚から入りこむ異物をいち早くとらえて免疫に知らせる見張り役だと分かっています。膵臓の「島」と皮膚の「細胞」。一人の学生が2年続けて残した観察が、体の別々の場所に名前として生きています。
発見者が最期を過ごしたのも島だった

「島」に名を残したランゲルハンスは、人生の最後の十数年を大西洋の島で過ごしました。病気の療養のために移り住んだ、ポルトガル領のマデイラ島です。
結核でフライブルクを離れる
学位を取ったあと、ランゲルハンスはシリアやパレスチナへの調査旅行にも同行し、やがてフライブルク大学で教える立場になります。ところが1874年に肺結核と診断され、イタリアのカプリ島での療養を経て教授職を退きました。
マデイラ島で医師として暮らす
1875年、ランゲルハンスはマデイラ島の港町フンシャルへ渡り、同じ結核に苦しむ人たちを診る医師として働きました。港では漁師の網にかかった海の小さな生きものも観察していたといいます。1888年7月、41歳の誕生日を目前に同地で亡くなりました。
ランゲルハンス島の「島」は、比喩でも愛称でもなく、顕微鏡の中に実際に見えた景色から生まれた呼び名でした。見つけた学生と、24年後にその名を刻んだ研究者。二人のあいだを結ぶように、ホルモンの名前にまで insula が受け継がれています。消化液の海に浮かぶ百万の小島は、いまも一人の青年の名を乗せて、毎日の血糖を守り続けています。
参考
- Paul Langerhans(ドイツ糖尿病研究センター DZD)
- The Discovery of Insulin: An Important Milestone in the History of Medicine(Frontiers in Endocrinology, 2018)
- The unique cytoarchitecture of human pancreatic islets has implications for islet cell function(PNAS, 2006)
- ランゲルハンス島(日本大百科全書・世界大百科事典/コトバンク)
- 膵内分泌(近畿大学医学部 生理学 講義資料)
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